津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

対談/講演

世界経済のよきメンバーになれるか
-「いつか来た道」をたどる中国-
2007/07
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市場ガバナンスはどこまで機能しているのか、北京オリンピックまで中国経済はもつのか、中国経済の実態を徹底解剖する

 田代秀敏 日興コーディアル証券株式会社国際市場分析部部長・エコノミスト
 津上俊哉 東亜キャピタル株式会社代表取締役社長
 村山  宏 日本経済新聞社編集局英文編集部次長

■中国経済の現状

〜中国経済の現状をどうとらえていらっしゃいますか。

津上

 中国経済を見ていますとデジャブ(既視感)を感じます。

 中国経済には光の場所と影の場所がありますが、光の部分-長江デルタなどの沿海部に行くと、昭和40年代に日本でよく見られた景色と重なります。

 それと同時に中国社会が直面する問題を見ても、かつて高度成長期の日本にもこんな時代があったと感じます。例えば、貧富の格差が急激に拡大して、旧来の社会システムが壊れていく中で人々の不安が高まっていく現象。人の流動性が高まって、若い働き手はみな都市に出稼ぎに出て、田舎では残された爺ちゃん、婆ちゃん、母ちゃんの「三ちゃん」が細々と農業を続けている現象。中国の環境問題を見ても日本の公害国会の頃を彷彿とさせるところがある。また不適切な言葉かもしれませんが、ある意味、人の命の値段が上がってきた部分がある。産業事故で数十人死傷者が出たりすると幹部が罷免される。10年前の中国ではなかったことです。世の中の人の意識が管理者の責任を問うようになってきている。それに伴って今の政治制度がうまく回らなくなりつつある。いい面にせよ悪い面にせよ、経済が発展する過程で共通に起こる現象があるように思います。

 他方、日本にはなかった景色も見られます。外国人・外資との付き合い方は日本と中国ではまったく違います。日本は閉鎖的でしたが、中国はどんどん引き込む形のビジネスモデルを取ってきて、それが前例のない成功を収めた。

〜「かつての日本で見た景色と見たことのない景色を中国に見る」ということですね。

津上

 今の中国経済を見て思うのは、「世界の工場としての中国の時代」が幕を降ろしつつあるということです。では次の幕は何か。それは「チャイナマネーの時代」です。そのマネーの力は決して十分にガバナンスされていないし、市場ではなく政府の手に過度に握られているところに危うさを感じますが、いずれにしても中国はお金のない国、貧芝な国ではなくなってしまった。われわれはこれからチャイナマネーのプレゼンスを善しにつけ悪しにつけ、いやというほど思い知る時代に入ってきつつある。このチャイナマネーがまた経済脅威論の第二幕を引き起こす可能性もあります。そういう現実にどう向き合っていくのかがこれからの日本の課題です。

村山

 津上さんは「世界の工場」という言葉を使われましたが、私は中国で製造業のウインブルドン化が進んでいるととらえています。

 「ウインブルドン化」はよく1980年代にイギリスで使われた言葉です、金融自出化に伴ってイギリスにどんどん各国の金融機関が入っていきました。イギリスで実際にプレーをするのは外資ばかりでイギリスの金融機関はないが、それでもイギリス経済は活気づきました。

 中国では今、製造業のウインブルドン化が進んでいます。それをネガテイブだけにとらえる方もいますが、私はポジティブに見ていい部分もあると思っています。知的財産権や法律などいろんな問題を抱える途上国がこれだけの外資系企業を集めることができて、それが成長の牽引車になっているわけですから。今輸出の約60%を外資が担っています。

 しかし、外資を除けば中国で話題となっている中国企業は国有か、国有企業もどきです。四大商銀も三大石油エネルギー会社も国有です。上場企業には地方政府の持ち株会社も多いですね.香港の株式市場ではプライベートカンパニーの「P」をとって、純粋な私営企業銘柄をP株と呼んでいますが、このP株が話題になることはほとんどありません。私営企業が見出たらない。レノボとかTCLとか一時、もてはやされた私営企業は失速してしまいました。金型など中小企業には着実に伸びてきている企業もあるのでしょうが、まだ表に見えてこないレベルにある。

 中国自身、2002年の党大会で企業家を党員にするという形で、大々的に私営路線を盛り上げたはずなのに、その後の流れを見ていますと、目に見える企業は外資系企業と国有企業の二つだけです。

 消費者や株主への責任があいまいな国有企業はどうしても環境問題やエネルギー効率問題に無関心になりがちです。金融機関から比較的低金利で金を借りられるので緊張感をもって経営にもあたらない。中国が普通の先進国に変わるためには民問セクターが伸びていくことが不可欠です。鋭い経営感覚をもつ民間企業が投資をし、民間の一般民衆が物を買って経済を支える形です。

田代

 今年5月下旬、北京で行なわれた「第17回日中産業技術協カシンポジウム」に出席しました。これまでは光ファイバーなど技術系、特に通信技術の協力が議論されてきましたが、今回は日中の証券市場の協力が主たるテーマでした。日本側の目的は、チャイナマネーの台頭をステッピングボードとして円を国際化し、日本の金融の国際戦略を立て直すということでした。ただし中国側はどちらかといえば独力でチャイナマネーを世界に押し出していくという感じでした。

 証券会社におりますと、チャイナマネーの膨張をひしひしと感じます。中国の四つの国有大銀行のうちの三つが既に株式会社化されて上場されています。その最大の中国工商銀行は今では時価総額で言うと世界で三番目に大きな銀行になっている。

 一時期話題になったP株は最近見ません。逆に今注目されているのがG株です。これはいわば国有企業特選銘柄で、パフォーマンスがよい。マネーは膨張していてもそれがうまく私営部門に回らない。実質的な国営企業にほとんどが集まってきてしまっている。

 最近、中国の「真似っこ遊園地」が話題になりました。中困では知的財産権は確立されていません。今回の出張で、『地球の歩き方』にそっくりな装丁のガイドブックを見つけました。内容までほとんど剽窃している。ですから中国で今一番の話題の観光地、日本の巻がないんですね。

村山

 かつて台湾でもそっくりの本を見かけました、どこの国・地域でも外国の物まねの時期があるわけです。中国が今その段階なんですね。

田代

 「フィナンシャル・タイムズ」や「ニューズ・ウィーク』にそっくりな新聞、雑誌もあります。

 「ニューズ・ウィーク』にそっくりな雑誌の最近の号を読みますと、膨張したマネーが国内に向かって膨らもうとしていることがわかります。

 例えばゴールドビッシュという携帯電話は十八金ばりで宝石がちりばめられていて、一台820万元。今の為替レートで計算すると1億円を超えます。売れたかどうか知れませんが、そういう商品が売り出されているわけです。

 それから株の熱狂ぶりは大変なものです。普通の家庭雑誌の表紙に「B株は宝の山」という見出しがあります。本格的な投資話が出てくる。日本のバブル期は元からの証券投資家が盛り上がっていただけですが、今の中国はそうではなく「全人民投資家」状態です。

 今回の出張で中信(CITIC)証券の北京の下町の一角にある支店を実際に見てきました。中信証券は最近上場した国有企業です。入っていくと、出入り口を入ったところの地べたでおじさんたちが将棋やトランプをやっている。賭けているんですね、お金のある人は中に入っていって株をやる。投資、投機というより博打という感じがしました。証券会社の支店内では、明らかに一般の方がたくさん集まってきていて、固唾を呑んでボードをじっと見つめている。

 証券会社の新規口座の開設窓口も混み合っています。つい先日、株価が暴落した日も一日で32万口座が開設されました。空前の株ブームが起きているわけです。マネーの膨張が内にも外にも起きていて中国を一変させていることがよくわかりました。

■人間の心理が一番変わりにくい

村山

 マネー膨張を作り出してしまったのは、今なお続く事実上の人民元のドルペッグ状態に起因します。対ドルでの、元の上昇を抑えるために中央銀行が元売り・ドル買い介入をしていますが、その際に人民元が国内市場に多量に出てしまう。それを吸収しきれず、過剰流動性を起こしているのが問題なのです。

 政府が目標としている通貨供給量はM2で16%増ですが、このところ17%を上回っている。2004年までは年間300億ドルくらいまでの貿易黒字だったのが昨年は1800億ドル近くになっている。さらに直接投資が約600億ドルありますから、二千数百億ドルが中国に流入している。これだけの外貨を中央銀行が買い上げればすさまじい元の放出を招きます。中央銀行は手形の売却で為替介入に伴うマネーの増加分を吸い上げていますが、最近は介入が巨額になりすぎて吸収しきれなくなっている。もう限界です。吸収されずに膨張したマネーは不動産に流れていたわけですが、去年の秋、上海市の汚職が発覚して不動産投資に縛りがかけられたために、マネーは一気に株に向かいました。人民元の上昇を認めて介入を止めれば通貨供給量は減るし、そもそも外貨がこんなにたまって中国マネー脅威論を引き起こすほど中央銀行なり国家が巨額の外貨をため込むこともなかった。

津上

 人民元に起因するのではないかというご指摘に私も賛成です。今の中国の姿はニクソンショックの前の日本と重なります。それから遡ること数年前、1970年頃から日本でも一部のエコノミスト、識者は、これだけ黒字が定着してきたのだから、そろそろ360円のレートは改定すべきであると言い始めた。その時に世論にサポートされた財界の強硬な反対にあい、為替を調整する時期を逸しました。その結果、変動相場制に移行した後の円にリバウンドが起きて、一気に308円まで上がり、最終的には一時270円台までいきました。

〜 なぜそんなことになったのでしょうか。

津上

 私の解釈では思い込みです。「自分たちは弱い。いまの為替レートを崩したら競争力のない産業はたちまち衰退する。日本経済はだめになる」という強い思い込みがあった。こういう構図は今の中国とまったく一緒です、今の中国は当時の日本に比べて規模が大きいですが、起きている現象は同様です。人間の心理が一番変わりにくくて、環境の変化から取り残されやすい。その一つの表れが人民元問題だと思います。

 他方で、乱暴な比喩ですが、一国の通貨は一国の株価だと思うならば、世界中が中国株を買ったわけです。この株は将来値上がりするとみんなが思うから、これだけのお金が中国に流れ込む。それで中国は過剰流動性に悩まされていますが、どこの国でも同じ政策をとれば同じ結果になるわけではない。世界中が「中国は買いだ」と思わなければこんな結果にはならなかった。その意味では、善し悪しは別にして中国人はある種の達成をしたといえるでしょう。

 先ほどP株の話が出ましたが、私は去年までの数年間、中国の株はなぜ上がらないのかが不思議でした。過剰流動性の問題が初めて当局の一部でまずいと思われたのは、2003年の夏です。その数カ月前にマッキノンら学者が警告を発しています。「このままだと過剰流動性が起き、経済が過熱する」と。しかし当時は誰も気にかけなかった。人民銀行の担当者たちだけが焦燥感を募らせた。2004年初めになって少し様子が変わり、まずいと思う人が増えてきたが、それでも政策の方向は変わらなかった。2004年の春になって初めて大騒ぎになって、そこで中国は過剰流動性の問題について舵を切り始めます。という意味では、今の形勢は4年くらい続いているわけです。その中でなぜ株が上がってこないのかが昨年までは不思議でした。

〜 昨年から株が上がり始めました。

津上

 不動産投資のバルブを閉めたということもあるでしょうが、もう一つの原因は中国の株式市場の変化だと思っています。「あれは賭場で、まともな人間は近寄ってはいけない」くらいに見られていた株式市場の改革が進み、それなりのコンフィデンスが世の中から与えられたことが大きかったのではないか。

 それ以前はお金が入ってこないマーケットだったので、私営企業が上場しようと思っても、長い順番待ちの列に並ばなければ上場させてもらえなかった。ところが昨年あたりから過剰流動性を吸収したいという狙いもあり、どんどん順番待ちをさせずに上場させるようになってきた。この1年間に深センの中小企業ボードに100社以上上場しました。その後ろにも上場を目指している私営企業は相当数あります。必ずしも中国に私営企業が育ってきていないわけではない。昨年からようやく株式市場で資金が調達できる道が私営企業にも開かれたので、これからだいぶ様子が変わってくると思います。

田代

 今回の中国出張でオリンピックの建設現場に行ってきました。建設しているのは中信グループの傘下の建設会社で、入札で落としたそうです。政府が指定するのではなくて、入札というメカニズムが働いている。複雑で大規模な建築物でした。中国での建設技術の革新・浸透ぶりには目を見張るものがあります。

 日本では、北京オリンピックが終われば中国経済は終わりというふうに書き立てるメデイアが多い。それは違うと思ったのは、スタジアムの建設現場の周りをみると、至るところで老朽化した建物をモダンなデザインのビルディングに建て替える工事が進められています。北京の街中でそうした建設現場が至るところにあって、それは企業単位で進められている。津上さんがおっしゃるように私営企業が育っていく素地はあるという気がします。

 一方でシンポジウムでは、人民大学校長・金融証券研饗所所長の昊暁求氏がプレゼンテーシヨンしました、現在銀行預金がマイナス成長をしているのはいい傾向だ、減った分の資金は不動産ではなく株式に向かっている。株式発行時価総額は2005年に8 兆元だったのが、いま20兆元まできている。GDPは22兆元だから上値余地はある。2010年には30兆元を目指す、2020年には80兆元を目指すと。80兆元は、現在の為替レートでいうと12〜13兆ドル、ということは、現在のニューヨークの半分になる。束京の倍以上の規模を目指す、といったことをさらっと言っておられました。

 中国の企業業績や企業収益の伸びから冷静に考えると、株価の上がる余地はまだあるわけです。もっとも、つい最近急激に上昇しているから、大きな調整があるかなという意見は中国でも根強いですけれど。

津上

 今のバプル傾向は明らかですが、他方、PEなどを見て、今までが低すぎたという指摘もありますね。

田代

 株価の上昇を1980年代の日本のバブルの形成と崩壊をデジャブではないかと見るから、いつ崩壊するかとはらはらしながら見ているわけです。先ほど津上さんが「かつての日本で見た景色と見たことのない景色を中国に見る」とおっしゃいました。後発の国はどこかの段階で先発の国の一部先取りが起こる。例えば今、米国で起きている住宅バブルはかつて80年代終わりに日本で起きたことのリプレイみたいです。中国でそういった一部先取りという現象が起きている。日本人の発想だと産業面で充実した後に金融面が発達するとなっていますが、逆転して金融の方が先に世界レベルになっていくということがあるのかもしれません、

■「北京オリンピックまで」か

村山

 デジャブなのか、それとも雁行型発展形態なのか、段階的経済発展なのか、言葉の使い方はいろいろありますが、やはり中国経済は他の東アジアの発展過程と似ています。1960年代に日本で起きたこと、70〜80年代に台湾、韓国、香港、シンガポールで起きたこと、80〜90年代に東南アジア諸国連合(ASEAN)で起きたことが、中国で今起きている。

 振り返ってみると、日本も韓国もASEANもかつては政府の力が強く、パブリックセクターが経済成長を引っ張った面がありました。それが終わって韓国や台湾では民主化を始めた。民問が育てば自由を求めるのは当然です。ただ、独裁時代とは異なり、政争が激化し政策はなかなか決まらなくなった。公共投資や政府系企業などパブリックセクターが機能しにくくなってしまった。韓国や台湾の政治混乱は経済にも悪影響を及ぼしています。民主化コストと呼んでもいいでしょう。中国も同じ道を歩むとすれば民主化に耐えられるだけの民聞の分厚い経済力がないと過渡期を乗り切れません。

〜発展過程ゆえの課題に中国も直面しているということですね。

村山

 もう一つは、中国の人口コストです。一人っ子政策の成果などもあり、上海では合計特殊出生率が1.0を切り、人ロ構造が急速に少子高齢化に向かっている。今の中国経済は資本と労働力の投下によって規模を拡大する形で膨らんでいます。科学技術力の寄与度は日米と比べてきわめて低い。豊富な労働力と外資の資金で中国は成長しているのです。しかし、これからは科学技術力を高め、私営企業のイノベーションを引き出していかなければならない。そうしないと労働力人口の伸びがほぼフラットになる2011年以降は、中国の経済は低成長を免れない。労働生産性の向上も今から進めていかないと間に合いません。

 日本経済研究センターがまとめた人口だけに基づいたアジアの経済予測で言うと、2006〜2010年の中国の年平均経済成長率は5.5%。決して高くはない。若い人が減れば国内の需要は伸び悩むし、今の沿海部の経済発展を支えている内陸からの出稼ぎ労働者の供給も細ります。そうなった時のことを考え、民間主導で成長力を高める工夫をしていかなくてはならない。民主化と人口の二つのコストに備えるためにも民間部門の発展が期待されるわけです。

津上

 マクロ経済の問題を考えると、いっぺんリセットしたほうがいいと思います。というのは、人民元を急激に上げるわけにはいかない。せいぜい年率3〜5%くらいのいわゆるクローリングペッグのやり方で調整していくしかない。しかし、金融の世界に生きる人間はそれを、いまカネを中国に持ち込んで人民元に換えておけばそれだけで3%の利回りが保証される、と見るわけです。したがって、カネの流れ、過剰流動性は止まらなくなる。今の人民元のような先高感がいったん生まれてしまうと、これに対してなかなか対策がない、と財務省の方が言っていましたが、そのとおりです。この「先高感」の流れをどこかで一度リセットしないと、出口のない状況が続いてしまう。

〜何がリセット要因になりますか。

津上

 外的インパクトとしては鳥インフルエンザがSARSを上回る幾模で半年続くようなことが起きると、リセットに近い現象になるかもしれない。東アジア全域がショックに見舞われますが。政策的に何かをやるとすれば、人民元を思い切って上げることでしょうが、先ほども申したように、社会の通念、主流の意識が最大の障害です。

 もう一つの中国の問題は、既得権益です。中国は一党独裁だから、胡錦濤総書記が右だといえば右に向くと聞こえがちですが、今の中国はある意味で、そういう体制からぜんぜん違うところに来てしまっているところが閥題だと思います。たとえ国家主席が「そんなものは認めない」と言ったところで、それを是正できなくなってきている。

 例えば株価の問題がありますが、今の中国株高を冷ます方法は簡単です。大量に保有されている国有の株を放出すればいい。しかしそれはやらない。なぜなら、株を保有している部門は、この株こそわが部門の権益の足がかりだと思っているし、この先も値上がりすると思っているから、株の放出に応じない。本当はそうしたほうが、株価の安定につながるだけでなく、中国経済の民営化も進み官製経済の弊害も是正されていくわけですが、理屈でわかっていても、なかなかできない。既得権益の問題はこれから克服すべき大きな課題だと思います。

 中国のマクロ経済についていうと、先ほど田代さんが指摘されましたが、よく2008年を過ぎたら崩壊するという議論があります。しかしまず、2008年までは大丈夫だと思うのはなぜですかと聞きたい。今の状態は大丈夫の部類に入るのか。

〜中国でこれから起きそうなリスクは何ですか。

津上

 マクロ経済を引き締めすぎて、短期的に失速状態に入ることです。マクロ経済の舵取りは非常に難しい。特にマネタリーな手段を使って行なうというのは、スーパータンカーを操船しているようなところがあって、曲がりたい時になかなか曲がれないものだから必死になって舵輪を回していると舵の切りすぎになりやすい。今は相変わらず経済過熱が収まらないということで、どんどん金利と預金準備比率を引き上げて、行政介入型のマクロコントロールを強めていますが、それでもまだ収まらないと言っているうちに急激に経済のスキームが落ちるということが、この二、三年中にも起きる可能性が私はあると思っています。

 しかしそうなっても、それは中国の終わりではないと私は思います。近未来に高齢化を控えているのは事実ですが、現在1980年以降生まれの人間が人口の4割、ものすごく若い労働力があって、日本の往時をしのぐ貯蓄比率があって、実は中国の労働生産性はいま数字の上で上がっているわけです。これまでは輸出製品の下請け経済のようなことだけやったのが、国内の一部かもしれませんが、内需がそれなりに大きくなってきて、高いものも売れるようになってきて、そっちの方を狙ったほうが企業も儲かるということに気付き出した。あるいは国内FTAといったある意味での経済改革がまだまだ効果を発揮していることもあり、数字の上から見ると生産性の向上が著しい。

 そういうファンデメンタルズをもつ国が、一度の蹉鉄で「崩壊」や「混乱」するかというと、そうではないと思う。数年の調整期を経てということになるかもしれませんが、もう一回上がり始める余地が2020年までの間に十分ある。これからそういうショック的な調整が起きた時に、おそらく日本のマスコミでは「ついに起きた中国経済大崩壊」との見出しが紙面を埋め尽くすでしょう。実はその後がまだあるはずで、結果、そこで日本はまた中国経済を読み違える可能性が高いと思っています。

■中国の実態を見るために

村山

 中国の中央政府が仕切る外交だけでなく、民問と外資が動かす部分に注目すべきだと思っています、広東省や上海周辺など成長センターは北京からは遠い。広東や上海周辺では日、米、台湾、韓国の企業と中国企業との問に自発的なネットワークができていますが、そこに日本の目がいっていない。中国南部沿海部の企業や人々は北京政府の思惑で動いているのではありません。北京でまとめるマクロ経済と大国外交だけを見ると対立点ばかりが多く見えますが、南部では国際的なネットワークがむしろ強まっています。外交・政府開発援助(ODA)を考える際でも、この成長センターにどんな企業や人がいて何が起こっているかを現場に行って見てほしい。そこから始めると新たな対中外交の方向が見えてくると思います。

津上

 日本の対中観の重心がどこにあるのか時々わからなくなります。目に付くのはメディアの中国論調ですが、それらは日本の本当の対中観を代表していないと思います。日本の対中観と言っても一様ではない。産業界、地域によって実は相当違います。例えば関西経済圏の意識を日本のメディアはちゃんと代表していない。中国を頻繁に訪れて皮膚感覚として見えている人は増えていますが、メディアのような人の意識にのぼるところに十分に反映されていないところに間題がある。

 同時に中国における日本は過小評価されています。本当の日本を知っている中国人は少ない。より多くの中国人に本当の日本を知らしめる努力をする必要があります。自分で日本を見たことがある中国人は、日本に来る前と後で対日観がずいぶん変わったと言います。国民の意識は外交の下部構造であり、大きな影響力をもつ部分だと思うので、中国人にもっと現実の日本を見せる機会を増やして、彼らの対日観に働きかけることは大事だと思います。

田代

 中国人はアメリカを向いていて日本を無視している気がしますが、意外に日本が意識されています。北京の電器街では日本製品のブランド価値は認められていますし、北京の電気屋さんでは中国製エアコンに「和の風、日本、韓国で大ブーム」と書かれた広告が貼ってありました。「和の風」という商品は日本で見たことがありませんが……。それはともかく、「の」という助詞は中国でよく見かけます。

村山

 それはもともと台湾や香港で始まりました。「台湾、香港、上海、最後に北京に到達するルート」で日本の情報が入っていく。やはり、北京だけを見ていては中国の実像が歪んでしまいます。庶民レベルでは別の形の日本像があるようですよ。民は反日などの観念論より、どう結びついて儲かるかを考えます。対立しても最後は互いが妥協点を探し合うわけです。

 上海の地元紙で目にしたのですが、生まれ変わったとしたらどこの国籍を得たいかという若者への問いに対して、1位はアメリカ、2位は日本と答えた調査結果が載っていました。記事には「民族教育がなっていない」というコメントまでついていました。意外と日本は意識されているんですよね。

■無益有害な脅威論はあっても…

津上

 日本はこれからある意味で中国に抜かれます。日本人として心中穏やかではないが、避けられません。この国と国が追い抜く、追い抜かれるという時期は微妙で危うい移行期間です。

 有史以来、日本は追い抜かされた経験のない国です。隣国が台頭して追い抜かれるという事態に直面して冷静さを失ったりする危険がある。中国側も自分がどれほど強大で人に不安を覚えさせるほどの存在になったかという自覚意識が十分ない。そういう時期、本当は周囲にもっと気を配り、行動に気をつけなければならないのだけれども、まだそれが十分できていない。そういう不安定期には思わぬ衝突が起きやすい。

 しかし、そこで両国間に大事が起こると双方の国民とも大損害になります。そういう不安定期をどうやって安定を保ちつつ抜け出していくかが最大の課題だと思います。そういう意味では日中関係は安定したほうがいいけれども、なかなか難しい。皮肉な言い方をすると、日本人が心の抵抗なく、中国が上でしょ、と受け容れられる時が来れば、安定し始めるのではないでしょうか。

村山

 それには私は異論があります。日本は科学技術、カルチャー、ファッションの情報発信地です。フロントランナーとしてアジアでは日本が先頭に立っていくでしょう。量では中国に超される日が来るかもしれない。でも、社会の成熟度、イノベーション、ネットワーク化されたアジアの分業体制を引っ張っていく技術力のような質の面では日本のほうがずっと高い。

 東アジアの各国・地域は順番に成長してきましたが、その最後尾で急成長する段階にあるのが今の中国なのです。日本、韓国、台湾、香港、シンガポール、東南アジアでも高度成長時代がありましたが、すべて終わりました。中国だけが特別なわけはありません。

田代

 自分たちは自信を失わず、中国をよく理解して、中国との距離のうまいとりかたを考えるべきですね。それをしないと中国に相手されないし、日本は中国を相手に利益を出すことはできないと思います。

津上

 私も願わくは、量で抜かれても質では何周も先を行く先輩格としてアドバイスができ、中国もそれを「耳は痛いが貴重な助言だ」として受け容れるような関係が永く維持できればいいと願っています。しかし、日本の現状を見ると、そういう路線にいけるかどうか…。私はやや悲観的です。

 一言でいえば、無益有害な脅威論はあっても、この国の将来について本当に必要な危機意識が足りないのです。世界の9割の人はいま現在、既に日本より中国のほうがはるかに影響力のある重要な国だと考えている。それは世界のメデイアを見れば一目瞭然。みな日本人に面と向かって言わないだけです。

 日本の誇れるものは何か。サブカルチャーは誇れるかもしれないが、その隆盛に何の功績もない日本のエリートがそれを誇ることに私は抵抗があります。ものづくりは誇れますが、もはや後継者がなかなかいないのです。過去数年、賃金ばかり抑制されましたが、物流コスト一つ取っても日本で製造業を立ち行かなくしている高コスト構造はまだまだ是正されていない。なのに「ものづくりなら日本」というスローガンだけで自己満足に浸っている感じがする。

田代

 「フィナンシャル・タイムズ」発表の世界の企業ブランド力・トップ100ランキングで、1位グーグル、2位GE、3位マイクロソフト、4位コカコーラ、5位がチャイナモバイル。日本の企業はやっとトヨタが10位。中国工商銀行が33位、中国銀行が38位ですけれど、日本の金融機関はまったく出てこない。

津上

 それは残念ながら正当な評価ですよ。

村山

 われわれこそ民力を高めなければならないわけですね。

〜本日はありがとうございました。

(『外交フォーラム』2007年7月号 都市出版株式会社刊)