津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

中国経済・政治

中国内需拡大策の行方
-ますます大きくなる影響力-
2009/02
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リード

  世界不況の影響は中国にも大きく及び始めた。国務院は政府投資主導で八%成長を維持すべく財政・金融を総動員しているが、本格的景気恢復には消費拡大が不可欠だ。容易に実現できない難題だが、その成否は中国の成長維持だけでなく、世界の資金循環や米国との外交的力関係にまで影響する。

中国経済も世界不況に「巻き込まれた」

  一月後半に昨年第4四半期の経済統計が発表された。四半期GDPは第3四半期の九・〇%増(対前年同期比)から一気に六・八%増まで落ち込んだ。消費は二十三・二%から二十・八%(ただし十一月単月)、投資も二十八・八%から二十六・八%(十一月単月)と、そこそこ堅調を保っているものの、輸出は二十一・五%から四・三%、外国投資に至っては四十三・四%増から三十四・六%減へと暗転した。中国もいよいよ世界不況に本格的に「巻き込まれた)格好だ。

  外需急減は沿海輸出産業に大打撃を与え、雇用調整は日系企業にまで拡がってきた。素材産業は「在庫サイクル不況」が顕著、つまり昨年原料高騰時に積んだ在庫の圧縮を図るための大減産で操業水準が急低下した。GDPの一割を占める不動産業は住宅の「先安」観で消費者が買い控えに回り販売量が急減した。都市の消費は街角でもさほど影響を感じないが、ホワイトカラーにレイオフ(給与減額・自宅待機)が拡がっており、今後は予断を許さない。

  そして最も憂慮されるのが農村経済だ。沿海輸出産業の不振が遠隔の内陸農村を直撃し、出稼ぎ農民二千万人に失業の恐れありと言われている。農家平均収入の四割以上を占める出稼ぎ収入の減少はマクロ経済、社会の安定にも影響する深刻な問題だ。

「保八」・「内需拡大」が政治任務に

  十二月に開催された中央経済工作会議は危機感も露わに成長維持を訴え、二〇〇九年はGDP八%成長の確保が必達課題になった。外需に期待できない今は内需の拡大が必須、このために国務院は十一月に「内需拡大十項措置」(四兆元対策)、さらに一月には鉄鋼、自動車などへの助成策を盛り込んだ「十大産業振興計画」を打ち出した。地方政府が計画する投資額も総額十兆元以上、金融面では九月中旬以降五回の利下げを行うなど、財政・金融は総動員になった。

  確かに急減した需要は暫時政府の投資で埋めるしかない。しかし、昨年前半までは政府自身が「政府主導・固定資産投資主導の成長モデルからの脱却」を訴えていた。四兆元対策では生産能力拡大に繋がらない民生や公共インフラを重視する工夫の余地も見受けられるが、長く続けられる措置ではない。内需拡大策の中長期的な成否は政府投資を呼び水に消費拡大にバトンタッチできるか否かにかかっている。

消費拡大の難点は分配メカニズム

  しかし、中国は消費拡大に泣き所を抱えている。三つの数字を挙げて説明する。第一は雇用者報酬/GDPの割合であり二〇〇六年統計で四十%に過ぎない。日本では過去十年間六十六〜六十九%で推移している数字であり、成長経済と成熟経済では違うと言っても日本の六割以下というのは低すぎる。第二は住民消費支出/GDPの割合であり二〇〇一年の四十五%から二〇〇六年には三十六%へ逆に下降してしまった。豊かになったようでも所得格差が大きく大多数の勤労大衆の収入はまだまだ低いうえ、老後・住宅・教育の負担が重いせいで、乏しい収入を貯蓄に回さざるを得ない状況が浮かび上がってくる。

  中国も完全雇用の達成期に入ったと言われる。「今後は人件費が上昇して分配も改善される?」しかし、そこに労働生産性向上が伴わないと今度は成長率が落ちてしまう。おまけに企業は深刻な不況に突入してヒトも人件費もむしろ減らそうと躍起、前途は容易ではない。

  第三の数字は推定で百十六兆元(≒千五百五十兆円、ちなみに日本の国富は二千七百兆円)とされる中国の国富である。しかし、その3/4は国有の土地、国有企業資産など広義の政府の掌中にある資産で、民間(国民)の手にはわずか1/4しかない。この国富の所有・分配メカニズムを変えていかないと消費の拡大も見込めないし、私営企業中心のサービス産業の拡大も見込めない。例えば政府の資産を年金原資に組み入れて国民の将来負担と老後の不安を軽減する、土地の価値上昇分をもっと農民に分配するといった政策で、時間もかかり難度も高い。消費主導の景気恢復の成否は予断を許さないと言うべきだろう。

景気恢復の見通し

  在庫サイクル不況は今年上期で山を越し、下期には製造業の業況が恢復を始めるという希望的観測がある。確かに鉄鋼、セメントなどは内需拡大策の直接の恩恵を受けて下期に恢復が始まる可能性があるが、そこで底打ちできる業種ばかりではない。

  不動産業では住宅ブームが顕著だった沿海大都市で積み上がった販売在庫を消化するのに三年はかかるとの見通しがある。また、企業設備投資が全固定資産投資の四十一%以上を占めるブームが四年続いたせいで(過去平均は三十〜四十%)、製造業全体に過剰設備傾向があり、解消に二〜三年はかかると言われる。

  中国経済全体として過剰感が解消、底打ち感が出るまでには二〜三年はかかり、それまでは業種・地域による「まだら模様」が続くのではないか。(それでも世界最速?)

成否は世界の資金循環にも影響

  「中国に世界経済恢復の尖兵を担ってほしい」というのは世界中の期待であり、とくに日本経済界の期待は切実だが、中国の内需拡大策は成長維持だけが目的ではない。

  今回の経済危機で破綻した米国の過剰消費体制の裏側には米国債を大量に買って対米資金環流を担った国々がいた。中でも元高回避のために膨大なドル買い介入を続けた中国は最大口の担い手だった。危機発生により米ドルの暴落も取りざたされるいま、介入で約2兆ドルもの外貨準備を積み上げてしまった中国は初めて「元高回避」の代償の大きさを思い知ったのである。

  こんな資金環流は続けられないから圧縮しなければならないが、市場介入を止めて人民元を上昇するに任せるのは非現実的だ(輸出産業が耐えられるか?の前に大口買い手を失うドルが暴落してしまう)。解決策は貿易黒字を圧縮して経常収支の余剰を徐々に減らすことしかない、つまり消費や(輸出に繋がらない)投資で内需を拡大して過剰貯蓄のマクロ・インバランスを是正する必要があるのだ。内需拡大策のもう一つの狙いはここにある。

  仮に内需拡大が成功し経常収支余剰が縮小すれば、中国は米国債を買わない選択ができるようになる、つまり「買い手市場」だ。ドル暴落の引き金を引くような拙速は禁物だが、米国の懇請があれば「多めに買ってあげる」が、そのときは見返り要求が出せる。しかし逆もまた真なり。内需拡大に失敗すれば「他に選択肢がない」ことを米国に見透かされて「売り手市場」になってしまう。

  中国内需拡大策の成否は今後の世界経済の恢復だけでなく、世界の資金循環にも中米外交の力関係にも影響する。中国はそれだけ大きな国になってしまった。

(2009·年2月)