津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

日中関係

日中が互いに固定観念を捨てる時が来た
2004/10/30
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 よく「日中経済は相互補完性」という。中国側は以前から指摘してきたが、永い間、日本側はこれを聞いて「日本より中国の得るメリットの方が大きい」と感じていた。日本企業が中国に大量の投資をする結果、産業も雇用も中国に移ってしまうと感じたからだ。

 しかし、最近その日本人が「相互補完性」を実感し始めた。中国の経済発展がこの数年日本に大きな利益を与えてくれたからだ。対中国輸出は2000年に3兆円だったのが、2003年には倍の6兆円へと急伸した。中国に進出した日系企業も好調だ。進出動機も生産コストの低減よりも成長市場を掴みに行くことが中心になった。そのおかげで経済界では、わずか3年前に大流行した脅威論が急速に影を潜めた。

 しかし、日本人がやり方を変えれば中国の成長からもっと受益することができる。そのための鍵は日本人が中国に抱いてきた固定観念を捨てることができるかどうかだ。例を3つ挙げよう。

 第一は観光だ。これまで日中で観光と言えば日本人が中国に観光しに行くことだったが、いまや大勢の中国人が海外観光に行く時代が来た。中国人に日本観光に来てもらうためには、まず中国人を「お客様」と意識し、誠心誠意奉仕することが必要だが、日本はまだ固定観念のせいで、そこが不十分だ。

 思い起こせば30年くらい前の日本もいまの中国と同じ立場だった。日本人は当時それほど意識しなかったが、欧米諸国は日本人観光客を上顧客として遇するために白人優越の固定観念を(ある程度)捨てた。今度は日本が固定観念を捨てる番が来た。

 第二は人材の活用だ。これまで日本人にとって中国人は雇う、使う対象だった。だから日本語を話せる、使い易い中国人ばかりを雇った。しかし、これから日本企業は中国市場を開拓しなければならない。日本人が中国の営業販売を本当にやれるのか。製品の品質に頼って商売できる製造業ならまだ良いが、サービス業はどうするのか。そこで能力を発揮できるのが中国人なら、中国人が上司に就くべきだが、日本企業に、日本人社員にその心の準備はあるか。

 第三は日本経済という舞台をもっと中国人に開放することだ。中国人、中国企業が日本で投資を行い、商売をできるようにすることだ。「ウィンブルドン現象」という言葉がある。ウィンブルドンで開かれる全英オープンは世界屈指のテニス大会だが、出場選手に英国人はほとんどいないことから、ある国が国際的な経済活動の大舞台になっても、そこで活動するのが外国人ばかりでは意味がない、と揶揄する意味で使われる。

 しかし、逆に日本はもう少しウィンブルドン化した方がよい。我々日本人は知らず識らず、日本企業、日本経済を支えるのは日本人だという前提でモノを考えてしまう(「島国根性」)。しかし、米国でも欧州でもそんな純血主義的観念でやっている国は一つもない。中国企業に投資してもらい、雇用を創出してもらう・・・そういう受益をしていないことは日本にとって大損なのだが、できるかどうかの鍵は日本側が固定観念を変えることができるか否かにかかっている。

 以上のような動きは既に日本で始まっている。遅いように見えるが、10年経ってから振り返れば大きな変化が起きたことが分かるだろう。中国もその変化を見落とさないで欲しい。残念ながらいまの中国で日本に対する関心は低く、かつ、感情も冷淡だが、これを逆に見れば「日本は穴場だ」ということになる。みんなと同じことをしていたら成功するのは難しいからだ。

 最後にもう一例挙げよう。中国企業の海外上場が増えている。これまでは米国か香港に上場するのが普通だったが、今後の穴場は東京だ。もちろん言語の壁、市場の規制など課題もあるが、調達できる資金額が大きい。考えてみれば日本は世界最大の債権大国なのだ。中国企業に対する日本側の関心も急速に高まりつつある。ごく最近、東京マザーズ市場に「新華ファイナンス」社が上場したが、今後日本と業務上の関わりのある企業にとって、東京上場は大きなチャンスになっていくだろう。

 日本だけでなく中国にも固定観念の壁がある。お互いにその壁を打ち破って創新を実現していくことが急速に変化する日中経済関係の今後の課題だと言える。

(財経2005年特別号 世界・中国2005展望)