Tsugami Toshiya's Blog
トップ サイトポリシー サイトマップ お問合せ 中国語版
ブログ 津上俊哉
唐船がやって来る日(その三)

「唐船」シリーズの最終回です。この一年ほど、「中国台頭」 が新しい段階に入ったという印象が日増しに強まってきましたが、そのことを語るきっかけがなかなか見つからずに来ました。SFEIC のニュースを聞いて、「これだ」 と飛びついた次第です。


                       唐船がやって来る日(その三)
                        「国家外匯投資公司」 考

  以下では SFEIC 構想が世界や日本に与える影響を考えたい。

  いまもっとも注視の的になっているのは、この仕組みにより、中国がこれまで大量に購入してきた米国債の買入量を減らすのではないかということだ。中国が 「支払準備は 8000 億ドルもあれば足りる」 として、外貨準備の増分を利回りの高い資産に移すということになれば、米国債の最大の買い手がいなくなるかもしれない。それが為替や米国の金利水準にどのような影響を及ぼすか・・・。
  ただ、米ドルの急落や米国経済の変調を引き起こしたら、中国経済もタダでは済まない。某米国金融機関のレポートには 「・・・自分で自分の首を絞めるような投資戦略はとらないだろう」・・・「米国はリスク資産市場でも非常に懐が深いので、資産運用が利回りの高い資産にシフトしていっても、一段のドル売りに繋がると考えなければならない理由はどこにもない・・・」 等々と書いてあったが、それは米国金融界と米国政府の願いそのままだと感じた。ちなみに、3 月の全人大後の総理記者会見でもこの質問が出たが、温家宝総理は 「中国の外貨準備投資会社の設立は、ドル資産に影響を及ぼすことはない」 と述べている。この問題の持つ機微さは既にトップまで十分共有されていると見て良いのだろう。
  前々回述べたように中国資金市場への影響をも考慮しなければならないから、SFEIC の資産運用規模は一朝一夕に増やせない。したがって、変化は徐々に進むと見て間違いないが、5 年後には世界の資金循環の姿が変わっているかも知れない。
  大手国際金融機関の首脳やポールソン米財務長官がしばしば訪中する理由は何か。いまや中国が 「世界の工場」 としてだけでなく、金融の世界でも到底無視できない重要な地位を占めつつあるからに他ならない。SFEIC は 「中国台頭」 が新しい段階に入ったことを象徴する出来事なのだ。そこでのやりとりに日本の姿がほとんどないことは奇異であり、遺憾である。

  さて、SFEIC の投資は、世界とくに日本でどのように受け止められるだろうか。中国の対日投資が進むことは決して悪い話ではない。政府は今後の日本経済を活性化するために “Invest Japan” の標語を掲げているが、これだけ日中経済の相互依存が進めば、それを反映して中国からの投資が増えてもおかしくないどころか、むしろ中 → 日の方向の投資がほとんどないことの方がいびつだと言うべきだろう。
  さらに言えば、日中間の直接投資が One way な現状は、言葉は悪いが 「人質を取られている」 ようなもので不健全だ。中国からも日本に投資が来れば、日中関係が緊張したり、日本で大きな災害が発生したりしたときに、中国側がもっと切実に気を揉むようになるだろう。「相互依存」はそういう風に深まっていくべきものだ。

  SFEIC の海外投資も基本的にはウィン・ウィンをもたらせるのだが、他方、これが海外で大きな違和感を以て迎えられ、下手すると 「中国脅威論」 の第二の波を引き起こす可能性は否定できない。二つの点で違和感があるのだ。
  一つは中国の大きさだ。運用額の大小を言っているのではない、前号でシンガポールの TEMASEK や GIC が日本の不動産やら株式をずいぶん買収している例を取り上げたが、買う人がシンガポール政府なら、誰もさして気にとめないが、買収するのが中国、しかも政府だとなると話は違ってくる。中国は既に超大国であり、小国シンガポールとは訳が違う。
  また、不動産なら中国政府が家主になっても、間に管理会社が介在するから、店子は中国政府を意識しなくても済む。しかし、企業買収、とくに被買収企業側にとって予想外の買収となる場合はどうだろうか。
  とくに、いまの日本で中国が一番魅力を感ずるのは、日本製造業に蓄積された技術だろう。「技術はあるが経営が左前」 のメーカーに欧米の金融機関やファンドが食指を伸ばす例が増えてきているが、長期保有しない彼らが誰に 「売り抜ける」 かを考えるとき、脳裏に 「中国」 がないはずがない。そうなれば、いまの日本のマスコミや政官界のムードからして 「技術を持ち去られる」 等々のアレルギー反応が起きることは避けられない。
  ここでも 「台頭する中国は周辺との調和に心を配り、無用な警戒感を巻き起こさないように留意すべき」 という 「平和台頭論」 に立った心配りが必要だ。とくに心がけてほしいのは、被買収側にも喜ばれるウィン・ウィン型の買収を目指すことである。逆に中国産業の育成や技術の獲得といった一方的な 「国益」 をぎらつかせて企業買収に走れば、いまの中国で一部外資企業が中国国有企業を買収しようとしてしばしば遭遇するのと似たナショナリスティックな反発を受けることは必至だろう。
  買収の目的、経営方針などを現地で十分に説明すること、そして現地国情を十分理解し、「良き企業公民」 を心がけるなど、現地で受け入れられる努力をすることも大切だ。それを怠れば、反発を受けるだけでなく、投資自体も失敗する。

  もう一つの違和感は、買収主体が中国政府 (国務院直属公司 = 中国政府) だということから来る。もともと中国経済は資源配分の権限が政府に極端に集中している。そういう官製経済がもたらす弊害については、中国国内でも 「経済改革をいっそう進める必要性がある」 という形で叫ばれてきた。その意味から言うと、外為市場介入の結果溜まった膨大な外貨を政府が自ら運用する SFEIC の仕組みは、官製経済の弊害を海外に輸出するような憾みがある。
  同じ金額も独りで運用するよりは大人数で分散運用する方が安全で結果も良い、というのが市場経済だろう。このため、中国はもっと外貨 (資産) の取得・運用のプレイヤーを多元化するべきだ。中国は既に外貨集中制を緩和したり (企業・個人の外貨保有規制を緩和)、QDII (適格国内機関投資家制度) による国内企業・個人による外貨建て資産保有を奨励したりと、その方向に向かっているが、もっと大胆な加速が望まれる。そうなる分、政府の外為市場介入が減り、SFEIC だけでなく大人数で外貨を取得・運用でき、目立ち方も減ずるのである。
  さらに言えば、中国は SFEIC の本格始動と時を同じくして、懸案である資本取引の開放、外国投資への制限緩和の要求が海外で高まることを覚悟し、タイムテーブルを前倒しすべきだ。このことに触れた中国メディアを見かけなかったが、海外で巨額の資産・企業買収を繰り広げながら、自国は資本取引の門戸を閉鎖し、多くの業種で外国投資を制限したまま・・・それは国際社会で通らない。
  そう言われると、中国人は不安がり反発するかも知れないが、予想される SFEIC の規模は 「途上国」 の域を超える。喩えて言えば、身長が2mある若者が酒もタバコもやりながら、都合が悪いと 「未成年です」 と言い訳しても聞いてもらえないということだ。
  中国は WTO 加盟時の市場開放約束を見事にやり遂げた。しかし、「中国台頭」 が新たに段階に入ったいま、市場開放の要求、外圧の次の波が起こるだろう。「無理に背中を押さないでくれ」 と中国人は言うかもしれないが、中国自身が韋駄天走りしているのである。

  SFEIC を受け入れる日本側には何が求められるか。かねて言ってきたことだが、日本人が目線と発想を大きく変える必要がある。これは企業買収の例ではないが、日本の自動車メーカーが初めて欧米に進出したとき、雇用される現地従業員たちはチビで黄色い顔をした “Jap” の下で働くことに違和感を覚えたはずだ。「でも、job が来ることが大事だ」・・・心の中でそういう割り切りをつけてホンダ、トヨタの工場を歓迎したはずだ。
  いままでの日中経済交流というのは、いつも日本人が主語だった。中国に進出して中国人を雇うことには慣れているが、中国人が日本に来て自分の上司になるという関係はピンと来ない。「そんなの、ゴメンだ」 と感じる。
  しかし、戦後台頭した日本は世界中でそういうことをやってきた。米国でロックフェラーセンターを買収したときは大騒ぎになったが、いまは日本の投資も成熟、世界もこれに慣れて、大きな買収をやっても誰も騒がなくなった。今度は中国が台頭する番が回ってきた。我々の方がこれに慣れる番が来たということだ。
  そこでどれだけの中国投資を惹き付けられるか、投資をどれだけ成功させてウィン・ウィンの結果を生み出せるか・・・その責任の一半は受け入れ側の 「心の持ちよう」 にかかっており、受け入れる投資の大小・結果の善し悪しが今後の日本の繁栄を左右する。「中国だけはゴメンだ」 的に、アタマからこれを拒絶することは日中双方を敗者にするだけだという冷静な見方が必要だと思う。

  さて、お分かりのように本シリーズのタイトル 「唐船がやってくる日」 は 「黒船」をもじったものだ。「船」 の喩えを使うなら、対外資産が 4 兆米ドルを超える日本はもっと巨大な船なのだが、残念ながらこの船には 「船長」 (=国家意思) がいない。対照的に、唐船は船長がやけに目立つ (笑)。
  この中国船は友好と互恵互利の船だろうか、それとも 「黒船」 だろうか。幸いなことに、いま望遠鏡で中国を見ると、唐船の建造が始まった様子が見て取れる。船子の大量養成も始まっているが、本格的な出航には未だ時間がありそうだ。だから、やがて来る唐船と、どうしたら良い関係が築け、双方の国益に合致するディールができるかを考える余裕がある。その準備を怠らなければ、唐船船隊が来航したときに、浦賀沖にペリー艦隊が出現したときのようなショックを覚えることもないだろう。
(平成19年4月26日 記)




 

 TOP PAGE
 ブログ文章リスト

New Topics

2期目習近平政権の発足

松尾文夫氏の著作を読んで

トランプ政権1周年

中韓THAAD合意

中国「IT社会」考(その...

中国「IT社会」考(その...

中国バブルはなぜつぶれな...

暑い夏 − 五年に一度の...

対中外交の行方

1月31日付けのポストに...

Recent Entries

All Categories
津上のブログ
Others

Links

All Links
Others
我的収蔵

Syndicate this site (XML)
RSS (utf8)
RSS (euc)
RSS (sjis)

[ POST ][ AddLink ][ CtlPanel ]
 
Copyright © 2005 津上工作室版権所有