「台湾海峡1949」 を読んで
一部で話題の書を読んで感動しました。
「台湾海峡1949」 を読んで
書名:「台湾海峡1949」
出版社: 白水社 (2012/6/22)
ISBN-13: 978-4560082164
定価:2,940円(税込み)
「国共内戦」について、我々が知っていることは「日本が敗戦で撤退した後、中国大陸では毛沢東の共産党軍と蒋介石の国民党軍の間で、戦後中国の支配権を巡る内戦が起き、国民党軍は1949年、大陸での闘いに敗れて台湾に逃れた」という程度ではないだろうか。もう少し歴史に詳しい人なら、国民党軍が台湾に逃れた直後に「2.28事件」という民衆大虐殺事件が起きたことも知っている。しかし、たいていはそこまでだろう。
本書は、台湾の運命が大きく変わった1949年を軸に、戦中から戦後つい最近まで、こんにち台湾(一部は香港、大陸)に暮らす著名・無名の人々がどのような日々を送ったのか、をオーラルヒストリーの手法で著した本である。
大方は80歳を超える人々が戦中戦後のいっとき送った日々は「流転と苦難」という言葉に尽きる。国民党政府の下にあった大陸の中学・高等学校の学生達が疎開の途上、ちりぢりバラバラになり、国民党軍と共産軍の「兵士狩り」に遭ってそれぞれの兵士にされる、戦中に台湾で日本に応召されて南方に送られBC級戦犯とされる、戦後に国民党軍に志願して大陸に送られて悲惨な内戦を戦う・・・。
台湾人のアイデンティティは本省人、外省人、原住民族に分かれて複雑だとは知っていたが、そんな簡単な分類では済まされない。ほんの偶然が一人の人間の身分を何度も染め替えて、運命を木の葉のように弄ぶ。無数の不合理な別離、無数の殺戮、餓死、病死、凍死・・・身の上話で語られる物語は悲惨を極める。国共内戦の過酷さ、悲惨さを初めて知る思いがした。
筆者の龍応台女史は、外省人籍で、いまは馬英九政権の文化部長の職にある女流文学者だ。米国留学後ドイツに渡り、ドイツ人と結婚して設けた19歳(執筆当時)の息子がいる。本書はドイツで徴兵を良心的に忌避しようか思案する息子に筆者の家族の物語を聞かせる形で始まる。60有余年前、いまの息子と変わらぬ年頃だった語り部達の身の上に、筆者は何度も自分の息子を投影する。そんな母親の視線が、物語の悲惨さを或る面では和らげ、或る面ではより深く浮き彫りにしている。
本書を読んで、我々が知らない戦争の歴史が未だたくさんあることを痛感した。こんにち我々が知る戦争の歴史とは、戦後それぞれの国の政府がそれぞれの立場から「正史」として編纂したごく一部でしかない。その裏側には、知られていない民衆の物語が膨大な量で隠れている。
それは曾て大日本帝国の版図だった地域に対する関心を戦後急速に喪った日本人の我々が知らなかっただけでもないらしい。本書は2009年に台湾で公刊されて大反響を呼ぶベストセラーになったが、その後台湾でも(更には禁書とされた大陸でも)「忘れられた歴史」を思い返そうという大きなうねりが起きたという。
そういう目で改めて見た台湾は、今さらながらに複雑な「襞」を持つ存在だ。その複雑さの少なからぬ部分に、我が日本は絡んでいる。その複雑さが投射される形でこんにちの日台関係がある。少なくとも台湾から見た日台関係はそういうものであるはずだ(同様のことが中国についても言える。「外省人」の身の上も多く取り上げている本書は、そういう内容にもなっている)。その襞を少しでも知ることは、我々が己の立ち位置を考える上でも、これまで気付かなかった補助線を引くことを助けてくれる。
(平成24年8月20日記)
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