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ブログ 津上俊哉
変貌する中国経済 その一

先週日経新聞「経済教室」に載った論文に共鳴したので、中国経済の最近の変化について思うことを、何回かに分けて書くことにします。


                      変貌する中国経済 その一
                       労働需給の 「転換点」

  10月9日付けの日経新聞「「経済教室」欄に国際開発高等教育機構主任研究員の大塚啓二郎氏が「中国 農村の労働者は枯渇」と題して、一文を寄せておられる(以下 「大塚論文」 )。
  論旨は2点あり、? 中国の労働集約型製造業を支えていた農村からの労働者が枯渇し、製造業の実質賃金が上昇している。中国でも経済学でいう (都市賃金上昇の)「 転換点」 は既に過ぎた。 ? 今後の中国経済改革の焦点は土地私有制の導入ではないか。なぜなら、現行制度は、一方で所得の上昇した新中間層の住宅需要急増に伴い (農民は土地を取り上げられる一方、不動産業者は大儲けといった) 不動産を巡る許し難いほどの所得格差・不公平を生んで社会の不満を増大させているからである、といった内容である。
  大塚論文は実証研究の紹介ではないが、日頃中国経済を眺め、商売にもしている人間として、私は上記2点の論旨はいずれも 「当たっている」 と感じた。

  第一の労働者不足問題、「転換点」 通過について。 2000年頃まで 「内地から賃金の安い若年労働者が、後から後から無尽蔵に出稼ぎに来るので、広東省の工場労働者賃金は何年経っても 600?700 元/月のまま、上昇しない」 という広東神話がよく語られたものだが、この 2?3 年間で様相は一変し、ヒトが以前ほど集められなくなった。劣悪な労働環境がもたらす出稼ぎ労働者(「民工」)の人権侵害は深刻な社会問題と化した。13億人もの人口と上述の 「神話」 に寄りかかりすぎた反動が始まったのである。軌道修正の動きは急で、法定最低賃金が一挙に対前年比30%以上引き上げられる事例も生じている。
  賃金問題は広東省だけに限定されない、総体としても 「中国=低賃金」 の構図は既に崩れたと言ってよいだろう。また、賃金だけの問題でもない。性急な経済成長路線が生んだ成長の負の側面は、「民工」 の劣悪な就業環境や自然環境の破壊に代表される。経済学で言えば 「外部不経済」 だ。そのコストの 「内部化」 は中国の人件費や環境対策費を押し上げるが、第11次五ヶ年計画の主題は 「持続可能な成長」 と 「和諧社会(調和、バランスの取れた社会) 」 である。それを主題とするならば、外部コストは内部化していかなければならない。
  このコスト増は対中投資 (FDI) にも影響を及ぼしている。日本国内では 「チャイナ・プラスワン」 戦略 (中国にだけ投資するのは危険という投資ポートフォリオ論) がよく語られるが、生産コストの安さを求める低付加価値産業の対中投資は、既にコスト要因によって東南アジアへの逆流を始めた。これからの対中投資は 「内需マーケット志向」 でないとうまくいかない傾向が強まるであろう。

  「農村労働者の枯渇」 も事実だと思う。 若年労働者層が男も女も都市へ出稼ぎに出ている。 この ”human mobility” は実に高い。農村に残っているのは年寄りと子供ばかり、おかげで最近、農村ではコンバインなどの農機が大売れだ。高度成長時代の日本の農村に似た光景があちこちに見られる。
  都市では何が起きているか。ホワイトカラーの賃金は急上昇というほどでもなく、かえって人数が急増した新大卒の就職難が深刻なくらいだが、上述論文が論じた 「住宅需要の急増」 は事実だ。 日本では中国の不動産、とくに住宅と言うと、よく 「バブルなんでしょう?」 という反応が返ってくる。しかし、一部都市で投機があるのは事実としても、全体をバブルだと思いこむと、いまの中国内需最大の動力源を見失ってしまう。
  住宅に関しては、近年都市住民に二つの追い風が吹いた。一つは、1998年に行われた住宅 (商品化) 改革の折、在来の都市住民について、従前から住んでいた住宅を低額で取得できる優遇措置が講じられたことである。手に入ったのは住み慣れた住宅だが、傍らで進む 「住宅商品化」 により、その資産価値が高騰した。
  もう一つは住宅ローンの普及である。ある先輩が 「高度成長経済」 とは、「来年も経済は 9、10% くらい成長するだろうと、みんなが信じている経済のこと」 だと喝破したが、言い得て妙だ。ホワイトカラーの今の月収からすれば、住宅ローンはかなりの借金だが、みな経済成長とベースアップが自信になって 「なに、返せるさ」 とローンを借りる。優遇装置で手に入った住宅を元手にローンを組んで新しい住宅を手に入れる動きも盛んだ。
  上を見ればキリがないが、北京や上海の場合、販売される住宅の「ボリューム・ゾーン」 は都心から離れるが、面積 80~100?、値段にして 70~100万元(1000~1500万円) といったところだろうか。これを頭金 20~30%くらい、残りをローンで賄うといった階層が急激に増えているのだ。日本で言うと、ちょうど昭和 40年代半ば頃の東京のマンション市場が似た様子だったように記憶している。

  以上のような情景から判断すると、「中国でも経済学でいう (都市賃金上昇の) 『転換点』 は既に過ぎた」、そして 「所得の上昇した新中間層では住宅への需要が急増している」 との大塚論文の指摘は当たっていると感じられるのだ。
  東北アジアでいま、こんな具合に、中国という 「巨鳥」 が羽を広げようとしている。中国を「巨鳥」 と呼ぶと、なんだか気圧されているみたいだが、日本も経済的には中国に先立って東北アジアから飛び立ったもう一羽の巨鳥であることを忘れていけない。とくに、この後発の巨鳥の生態が、幾つかの点で先行した日本のそれと意外とよく似ていることに興味を惹かれる。
(平成18年10月12日記)
  




 

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