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ブログ 津上俊哉
バリ島 地球温暖化交渉に思ったこと

仕事に追いまくられています。年末年始の休みにやっと一本書き上げました。


                     バリ島 地球温暖化交渉に思ったこと

  中国で懇意にしている大手住宅ディベロッパー経営者と年末に会ったら、省エネの話になった。彼は 「中国もバリ島でエネルギー利用効率を 20% 引き上げると国際公約したからたいへんだ、我が社も環境先進企業を前面に打ち出して省エネ強化に取り組む・・・」 と言った ( 「バリ島」 とは言うまでもなく昨年 12 月に行われたポスト京都議定書をめぐる COP13 交渉を指す)。省エネに真剣に取り組むという経営者の心がけは賞賛に値するが、「中国が国際公約」 云々とは何のことだ!?

  バリ島では 「先進国は 2020 年までに 25?40% の温室効果ガス排出削減を」という数値目標を盛り込む事務局原案に米国が抵抗、最終的に数字は盛り込まない代わり、米国も参加することになった・・・以上が報道を通じて世間一般の理解するところだろう (注)。先進国も数字にコミットしなかったのに、途上国たる中国が国際公約するはずがないのだが、バリ島会議に参加していた NGO の人によれば 「・・・バリ島会議では、中国がいま進めている環境対策の対外アピールにこれまでになく力を入れていたのが印象的」 で、カラー印刷のパンフレットを配って現行施策や努力のほどを宣伝したのだそうだ。
  中国は国内で 2010 年までの 5 年間にエネルギー原単位を 20% 削減する目標を掲げている。冒頭の経営者が言った 「国際公約云々」 は、バリ島でこの政策を宣伝したことを念頭に置いているのだろう。そんな宣伝をしても法的な拘束力は生じないが、国際交渉をしている最中に宣伝した目標も達成できなければ中国も立場がなくなる。そういうプレッシャーが生ずる限りでは拘束力が働かない訳ではない。交渉の埒外にいる中国人が 「国際公約してしまった」 と感じている事実も注視に値する・・・などと考えているうちに、ふと気が付いた。

  ポスト京都交渉に臨む中国の姿勢が WTO 加盟交渉に似てきたのだ。

  中国 WTO 加盟交渉については別論したことがあるので委細は省くが、印象的なことが二つあった。第一は中国が交渉過程でした市場開放の ”offer” は、交渉相手から迫られて決断したというより 「改革開放」 という国内政策のために、どのみち実行する必要があると考えていたことであり、第二はそれに必要な国内合意を形成する際に、政府が WTO 加盟を 「外圧」 としてうまく利用したことである。
  この 2 年間で中国の環境・省エネ対策は様相一変と言えるほどの変化を見せた。持続可能な節約型社会の実現は胡錦涛政権の看板課題となり、矢継ぎ早に新政策が打ち出され、その結果、各地で環境対策投資のウェーブも起きようとしている。背景にあるのは、これ以上エネルギーを浪費し、環境を破壊したら、国土も国民の健康ももたないという危機感だ。交渉で義務を承諾する、しないに関わらず、どのみちやるしかないという点で環境・省エネ対策は 10 年前の 「改革開放」 と似てきたのである。ポスト京都議定書は 2013 年以降を対象期間とするが、交渉が行われるのは 「原単位 20% 改善」 の目標期間中であり、目標が達成できるか否か・・・情勢は相当厳しい。おそらく、「外圧」 を利用して目標達成に発破をかける動きも間もなく顕在化してくるだろう。

  「・・・中国が承諾すべき義務はエネルギー使用の効率性だけで足りない、排出総量の削減義務も課すべきだ」 といった議論は当然あるだろう。しかし報道から推測する限りだが、今回のバリ島会議では途上国に排出削減の義務を負わせるためには、国民 1 人当たりの排出量及び歴史を遡った累積的な排出量という二つの要素を斟酌する必要があるという見方がかなり支配的になったらしい。省エネ先進国を自認する日本でも国民 1 人当たりの温室効果ガス排出量は未だに中国の 2 倍以上だ。
  上で中国にとってのポスト京都議定書交渉が WTO 加盟交渉に似てきたと書いたが、二つの交渉の性格が大きく異なる点もある。それは WTO 加盟交渉が 「遅れてきた国が入れてもらう」 片務的な交渉だったのに対して、ポスト京都は双務的、対等な交渉の場だということだ。日本を含む先進国が中国に排出総量削減のコミットを要求すれば、中国は疑いなく 「それでは先進国は京都を大きく上回る削減義務にコミットするのか、中国が義務を承諾する見返りは何か」 を問い返してこよう。いまの日本にその覚悟と備えはあるか。
  こと中国に関する限り、「義務を承諾するか否か」 は既に争点ではなくなりつつあると思う。中国が承諾すべき義務は如何なる義務で、それを引き受けさせるために、日本は自ら如何なる削減義務を承諾する用意ができ、また、如何なる見返りを提供しうるのか。「日本は京都で不当に過酷な削減を強いられたから、今度は他の国が汗をかく番だ」 と顔に書いてある式では、中国はおろか誰も耳を貸さない。産業セクター別アプローチ、技術移転、排出権取引制度の進化・・・win & win の観点から日本の今後の国益を最大化する交渉ポジションは何かを検討することが求められていると思う。
平成20年1月6日 記


注:この理解にはやや盲点がある。バリ島では気候変動枠組条約 (UNFCC) 加盟国による会議 (COP13) が 「バリ・ロードマップ」 と呼ばれる決定を行ったが、並行して京都議定書現加盟国による会議 (CMP) も開催された。米国や豪州は前者には加盟・参加しているが、後者には加盟・参加していない。
  そして、後者の交渉では、下部機関である特別作業部会 (AWG : AdHoc Working Group) の限り、そして官僚修辞学付きながら、京都議定書附属書?国 (加盟先進国) が 「2020 年に 1990 年比で温室効果ガスを 25?40% 削減する必要がある」 ことを認める決定を行ったのである(Conclusions adopted by the AWG)。京都議定書非加盟国である米国にとっては 「数字は入らない」 結果に終わったが、日本を含む現議定書附属書?国にとっては、何らかの意味で 「数字は残った」 のである。
                     原文は以下のとおり
・・・the AWG recognized that the contribution of Working Group III to the AR4 indicates that achieving the lowest levels assessed by the IPCC to date and its corresponding potential damage limitation would require Annex I Parties as a group to reduce emissions in a range of 25–40 per cent below 1990 levels by 2020

  最終的なポスト京都議定書は前者の COP の場で決定されるが、日本はその交渉過程で後者の CMP (やAWG) の合議による拘束も受けるはずである。このように、先進国と言っても先発組と後発組は、既に別々のバスに乗っている。
  政府の発表は、「先進国(附属書 I 国)の更なる約束に関する第 4 回 AWG4・・で・・・IPCCの第 4 次評価報告書の分析 (世界全体での削減目標、先進国による削減幅等) についても言及された」 とあるのみで、あれほど争点となった 「2020 年に 1990 年比で温室効果ガスの 25?40% 削減」 という数字には触れていない。マスコミ報道もこの点に若干触れたものが散見されたが、大勢は 「数字は入らなかった」 である。日本政府は今からこの点をもっと丁寧に説明しておかないと、後顧に憂いを遺すのではないか。
  日本はバリ島会議で 「主要排出国が全て参加し、京都議定書を超え、世界全体での排出削減につながること ( 「美しい星50」 の三原則の一) 」を重視して交渉に臨み、米国を取り込むためにその主張に配慮・同調した結果、NGO の不評を買い、「化石賞」 をもらってしまった。米国を取り込むための協調路線も必要だ、しかし、所詮その結末は 「呉越同舟」 になるという醒めた認識と、それを前提とした上で日本の国益を如何に確保するかの智恵が不可欠だと思う。




 

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