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ブログ 津上俊哉
中国の景気の行方

再び、月刊 「東亜」への連載の転載です。執筆から1ヶ月以上経って、見方を少し修正したいところ無きにしも非ず、ですが、そのまま掲載します。今後も四半期に一回のペースで同誌に中国経済関係の投稿をする予定です。


再び、月刊 「東亜」への連載の転載です。執筆から1ヶ月以上経って、見方を少し修正したいところ無きにしも非ず、ですが、そのまま掲載します。今後も四半期に一回のペースで同誌に中国経済関係の投稿をする予定です。



                       中国の景気の行方
                      年後半に政策の転機か

【要約】

去る3月、全人大の記者会見に臨んだ温家宝総理は 「今年は恐らく中国経済にとって最も困難な1年になる」 と述べた。国民生活を直撃する物価高を抑制する1方、景気急落も防ぐ必要があるからだ。3月以後、世界金融市場の混乱、資源価格の高騰など不確定因子が更に増す中、高成長を続けてきた中国経済にも変調の兆しが見られる。経済運営はたしかに微妙な局面を迎えている。


効き始めた金融引き締め

  経済政策の最重点は物価抑制だが、3月のCPIは対前年同月比 (以下同じ) 8.3%の上昇だった。大雪害に直撃された2月の8.7%よりは低いものの依然高い。とくに政府が気を揉む食料品は21%の高い伸びでCPI全体を6.6%も引き上げた。
  その背景にある過剰流動性を削減するため、当局は金融機関貸出の厳しい抑制を図るとともに、1?4月の間に準備金比率を3回も引き上げ、資金回収のための売りオペにも力を入れた。
  第1四半期 (1?3月) の統計によれば、ようやくこの効果が現れてきた。金融機関貸出は1月に新年度貸出枠が現場に渡ったとたん激増したが、その後2ヶ月は強力な窓口指導で絞り込まれ、3月末の貸出残高伸率は過去15ヶ月間の最低、対前年同月比 (以下同じ) 14.8%に留まった。マネーサプライ (M2) も昨年後半からほぼ毎月18%の増勢を続けていたが、16.3%に落ち着いた。

株価は過度の悲観を修正、しかし反転は限定的

  昨年暴騰した株価は、極端な楽観の後に極端な悲観が来てしまった。サブプライム危機で陶酔から醒めた中国株式市場は昨年秋以降大幅に落ち込んできたが、4月下旬、ついに上海指数が一時3000を割り込み、10月中旬に付けた最高値の半値にまで下落した。昨年の株価高騰は明らかなバブルだったが、3000台前半まで落ちてくればPERも30台に落ち、高成長経済なら正常と見なせる範囲に入ってくる。市場関係者も 「そろそろ底打ち」 を期待したのに、3000の大台割れが起きたため、政府が奥の手を放った。近日中に放出が予想される (最近の新規上場に伴う) ロックアップ解禁株の市場放出制限及び証券取引印紙税の引き下げである。前者は抜け道が指摘されて効き目は今ひとつだったが、後者の減税は著効を示し、指数は発表から1週間で500以上上昇した。
  過度な悲観に歯止めが打たれたとはいうものの、景気減速と諸コスト上昇が続く中、企業利益増大の余地は狭まっている。PER水準から見れば 「現状を以て良し」 とすべきなのが今の中国株式市場であろう。

消費と投資にも陰り

  今後の景気を左右する消費と投資の両方に物価上昇が陰りをもたらしていることは要注意だ。第1四半期の都市住民1人当たり可処分所得及び消費支出額は、それぞれ11.5%、10.0%の伸びだったが、物価上昇を差し引いた実質の伸びは3.4%、2.0%しかない。昨年の第1?第3四半期にはそれぞれ実質で13.2%、9.8%の伸びを示していたのだから、大幅な減速である。原因はその後に起きた物価上昇に加えて、株価の大幅下落による 「負の資産効果」 だと言われている。
  投資も実質減速の現象が起きている。第1四半期の固定資産投資は24.6%、前年同期より更に0.9%高い伸びだったが、同時期に投資物価も8.6%上昇したので、実質で見れば16%前後の伸びでしかないのだ。
  また、過熱の代表選手、不動産開発投資にも変化が現れた。近時の厳しい金融引き締めの影響で (引き締めが功を奏して?)、珠江デルタ地区や北京、上海などの住宅価格が下落傾向を示し始めたほか、資金繰りがタイトになったディベロッパーが応札を手控えたせいで、住宅用地の競売流れが散見され始めた (ちなみに、中央と地方政府の間で分配される土地の競売収入は、地方政府の重要財源である。このため、各地の地方政府からも金融引き締め転換を要望する声が高まり始めた由である)。

人民元引き上げは「中休み」

  エネルギーや資源の高騰に対して中国が講じうる唯一の対策、人民元レートの引き上げにも変化が生じている。昨年後半から対米ドルレート引き上げを加速し、11月から4月末までの半年で累計6.5%上げたのだが、4月中旬に1米ドル=7元の大台を突破して以降は 「中休み」 モードに入ってしまった感がある。
  急速な為替の上昇が輸出産業の採算に顕著に効き始め、広東省などでアパレルや雑貨などの業種で倒産や撤退が目立ち始めたからである。輸出採算の悪化と世界経済の減速により、第14半期の貿易は輸出が21.4%伸びたが、前年同期の伸率からは6・4%の低下、逆に輸入は28.6%、前年同期より9.4%伸率が高まり、期間中の貿易黒字は10.8%の減少となった。為替レートの調整は 「実体経済に明白な影響が出ないかぎり続ける」 という方針があったようだが、以上の帰結として 「中休み」 が来たように見える。
  しかし、半年でレートを6.5%引き上げたと言っても、円やユーロに対しては値下がりしている。総合するとどうなのか。公表されない実効為替レートの代わりに対SDR(IMFの特別引出権)レートを代用すると、昨年11月から3月までに人民元は逆に1.9%ほど減価した格好である。また、石油や資源の国際相場は昨今 「ドルが下がる分、価格が上がる」 様相を呈している。レート調整をさらに進めるのは辛いが、立ち止まることにも大きな代償が伴う。

8月以降の政策に要注目

  以上のように経済運営はいよいよ微妙な局面に入った。物価優先と言うものの、金融引き締めに対しては 「このままではハード・ランディングになる」 として緩和を求める声が高まりつつある。たしかに、外需に加えて投資や消費もスローダウンとなると成長の牽引車がなくなる。昨年の成長率11.9%は高すぎたが、他方で、第11次5カ年計画が示す8%では、地域によっては雇用吸収も覚束なくなるだろう。
  政策転換のカギを握るのは物価動向、そして急上昇が始まったのが昨年8月である。前年同期の上昇が基数に織り込まれると、見かけ上は物価が沈静する。景気振興に舵を切るとしたら、8月前後ではないか。ちょうど 「オリンピック後」 を睨む時期でもある。
  アクセルをふかす早道は金融引き締めの緩和だが、全国には早く業績を挙げたい新任の地方指導者が揃っている。うっかり 「引き締め緩和」 などと叫べば、「それっ」 とばかり政府主導の投資激増を招いてしまう、やるとしても 「音無し」 型だろう。専門家の間には、福祉充実など低所得層への財政移転を拡充すべきという意見もある。筆者は加えて、法人所得税の再減税も一考に値すると思う。今年から (内資企業向けには) 税率を25%に引き下げたが、第1四半期の税収は前年同期比で33.8%、3800億元 (≒5兆7000億円、四半期で!) の激増ぶりだからだ。コスト上昇に悩む企業主や株価に気を揉む大衆投資家にとっても福音となると思うが如何?
                                       月刊 「東亜」6月号掲載

平成 20 年 6 月 19日 記




 

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