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成長率より雇用増!

政策討議の季節を迎えて、経済論壇ではポスト4兆元対策を巡る政策提言が相次いでいます。今日はその中の一本をご紹介。


成長率より雇用増!
ポスト4兆元対策を巡る政策提言相次ぐ



  また面白い論考を見つけた。出所は毎度おなじみの愛読誌 「財経」 ウェブサイトだ。筆者は社会科学院人口・労働経済研究所の蔡ファン (日偏に方) 所長、数年前実証研究により 「農村には若年労働力が何ほども残っていない」 ことを明らかにして 「中国農村=大量の余剰労働力」 という内外の固定観念を打ち破った論客だ。

  今回の論考は 「雇用優先が必要、それも差し迫って」 というもので、今後の経済は “jobless recovery ( 「無就業復蘇」 )” が続く恐れがあり、景気対策に当たってはGDPの伸率よりも雇用増に着眼すべき、それも数値目標の導入が必要だと訴えている。
  同旨の論考は多いが、この考察が目を惹くのは 「投入・産出表を用いて4兆元対策の使われ方による雇用増の大きさをシミュレーションしてみた」 とする点だ。

  設定は3ケースあり、第一は2005年の投入・産出表の表わす産業構造をそのまま前提として、プロラタで4兆元を投入した場合。この場合の雇用増効果は約4500万人、非農業雇用を9.6%増大させる結果となる。
  第二のケースは、現実の4兆元対策の投入先 (震災対策・低所得者向け住宅建設・交通インフラ・農村建設など) に応じて4兆元を投入した場合。この場合の雇用増効果は約5140万人、非農業雇用を11.0%増大させる結果となる。
  第三のケースは、産業毎の雇用増効果の大きさに応じてウェイト付けを行った上で、4兆元をその大小に従って分配した場合。この場合の雇用増効果は約7240万人、非農業雇用を15.9%増大させる結果となる。
  文中のモデル説明は至極簡単で実際の計算過程が分からないため、上記の試算結果がどれくらい検証に耐えるものか分からないが、蔡所長は 「簡単なモデル計算からでも、経済対策の打ち方によって雇用に与える影響は4割から6割違ってくることが分かる」 として、今後の経済対策における雇用重視を訴えている。
  モデル計算以外に面白かった点は、米国90年代初頭の “jobless recovery” について、企業が費用削減のために雇用を海外に移転したことが大きな原因だと論じた上で、中国には沿海の労働集約型雇用を海外にでなく国内、すなわち中西部に移動させる途があるとし、産業の国内再配置を訴えていることだ。
  蔡所長は政府の 「中西部開発」 スローガンを代弁している訳ではない、むしろ逆に政府がスローガンの下、実際には中西部の重工業投資を優先していることを批判している (雇用移転の受け皿になる地域で資本集約型産業を育成してどうする!?)。
  (米国90年代初頭の “jobless recovery” の故事紹介のくだりには 「これが老ブッシュの再選を阻む原因になった」 と (わざわざ) 書いてある。米国の故事を引いて中国の為政者に警告している感じだ。為政者は警告されるまでもなく雇用問題を重視している、だがやり方が拙いと訴えたいのだろう。余談だが、蔡所長は全人大常務委員会委員の要職にもある人だ。全人大でも同じ方向でぶっているのかも (笑))

  中国は来月建国60周年を迎える。その前には共産党の4中全会があるし、国慶節が終われば直ちに年末の経済工作会議に向けた政策討議が本格化する。最近経済論壇に今後の経済運営を巡る提言が増加しているのはそういう季節だからだろう。
  主流の論調は官主導・公共投資主導の現状路線の転換を訴えている。官から民へ、投資から消費へ、といった具合だ。そのとおりだと感ずるが、裏返して見れば、いまの中国の国家体制が官主導・投資主導の方向に行きたがる傾向を持つが故に、方向転換の限界効用が高いのだ。
  かねて本ブログで取り上げている年金財源の充実は庶民の財布の紐を縛る老後不安を解消する上で正しくかつ有効な対策だし、国有大企業が独占する産業領域を民間開放して民間の資本と経営効率を導入することも中国経済の体質改善に必須の政策だが、いずれも共産党と政府に潜む既得権益を侵す難しさがある。おまけに喩えて言えば 「漢方薬」 で、実行できたとしても速効が期待できない。消費拡大や民営産業振興に速効が期待できるのは減税措置であり今後何らかの形で盛り込まれるだろうが、政策を立案する役人は減税だけでは働いた気がしない (逆に投資が好きな理由もここにある)。
  4兆元対策が著功を挙げて世界の喝采を浴びた中国だが、次なる一手を正しく指すことは容易ではない。次々と出る政策提言を読んでいて、中国のことわざ 「家家都有一本難念的経」 (どこの家にも難しい問題はあるものだ) を想い出した。
平成21年9月5日 記




 

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