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ブログ 津上俊哉
FASTEN YOUR SEAT BELTS (1)

中米関係の様子がヘンです。世界経済にとっても、ちとヤバいことになるかもしれません。


FASTEN YOUR SEAT BELTS (1)
急速に “heat up” に向かい始めた中・米関係



  この2ヶ月あまりの間に中米関係がにわかにギクシャクし始めた。筆者が異変を感じ始めたのはコペンハーゲンのCOP15だった。そして1月のGoogle中国撤退騒ぎ、さらに先週末に起きた米国の台湾向け武器売却問題 (注1) が続き、今週3日には (名指しは避けながらも) オバマ大統領が人民元問題に異例の言及をした。
  …とここまでの出来事は数日前に書いたのだが、それでは終わらなかった。一昨4日、オバマ大統領が2月末にダライ・ラマに面会する計画があることをホワイト・ハウスが確認し (注2)、中国は中国で、米国産鶏肉に対するアンチ・ダンピング措置発動を決定した (昨年の中国産輸入タイヤ向け米国アンチ・ダンピング措置に対する対抗措置と見られている)。
  以上は中国メディアでも大きく取り上げられ、「中米関係はいよいよ“collision course”か?」 といった報道も現れた。BBS (ネット上のチャット・ルーム) にも大量の投稿が続いている。
  中国の 「対外関係」 における米国の存在感は圧倒的だ。先日発表された対外関係に関する民間世論調査でも、「中国にとって最も影響が大きい二国間関係は?」 の問い (2項選択)に対して、「中米関係」 との答が81.2%で、中日関係及び中露関係 (21%台でほぼ同率2位)、中欧関係19.9%を圧している (環球時報 「中国は世界をどのように見ているか」 2009年度版調査。ちなみに注3の 「余談」 も参照のこと)。

  オバマ政権は対中姿勢を 「硬化」 させつつある

  外交問題のマグニチュードを計るときは、? 問題が双方政府のどのレベルで扱われているか?そして、? 双方メディアでどれくらい報じられているか?の二つの尺度が有用だと思う。例えば、日米間の 「普天間」 問題。日本ではメディアが 「日米関係の危機」 と大騒ぎし、政府でも鳩山総理が追い回されたが、米国側の温度は2つの尺度のいずれで見ても低く、日本メディアと双方の「日米関係者」 による 「自作自演」 の匂いが感じられた。
  この二つの尺度で中国側を観察すると、対米関係は既に十分緊張への道を辿っている。しかし、今回は中国だけが大騒ぎしているとも言えない。米国メディアは今のところロー・キィだが、冒頭紹介したように、オバマ大統領が 「中国問題」 に関わるケースが増えている。その様を一言で言うと、「ポスト金融危機時代における中国との付き合いはたいへんだ」 という現実を重く噛みしめ、「ときに衝突」 することも覚悟し始めた印象があるのだ。

  オバマ大統領の中国との関わりについては、まず11月の公式初訪中が思い起こされる。訪中したオバマ大統領は礼儀正しく低姿勢だった。そこには金融危機勃発の原因国であるという自責の念も込められていただろうし、急速に国際的影響力を高める筆頭新興国への敬意、さらには 「一枝独秀」 の景気恢復を果たした巨大マーケット、世界最大の米国債保有国でもある中国に対する 「営業」 的配慮もあっただろう。中国側もこれに礼を以て応えた (ように見えた)。
  しかし、そのわずか1ヶ月後のCOP15@コペンハーゲンは、オバマ大統領にとって苦い記憶になったはずだ。首脳会議の席上オバマ大統領の向かいに中国の実務高官が座った (温家宝総理も現地にいたのに)、大統領が温家宝総理とのバイ会談のつもりで会議室に向かったのに、中国は無断でインドやブラジルを部屋に呼んでいた、といったギクシャクがメディアで取り上げられた。中国にも言い分はあるが、西側メディアはこぞってこれを 「非礼」 と報じた。なにより当事者だった大統領自身が強く 「記憶」 しているはずだ。
  雇用はなかなか恢復しないのに国家債務は着実に増大、ヘルスケアや金融改革でも苦労し、マサチューセツ州上院補選でも負けて民主党議会支配にも陰りが見えたオバマ政権は今後ますます国内制約の増大に直面する。「そういうとき、相手国は米国の国内事情に配慮すべきだ」 というのが伝統的な米国政権の考え方だ。いかにも覇権国らしい(笑)。
  しかし、中国は配慮してくれるどころか、人民元問題で譲歩しないだけでなく、アンチ・ダンピングには対抗措置を打ち出し、政府機関にまでサイバー・アタックをかけてくる ・・・ ホワイト・ハウスには違和感と “frustration” が募ってきたのだと思う。「下手に出ていると、中国はどんどんつけ上がってくる」 と。
  為替レートに大統領が言及する異例さ、そして今月末に大統領がダライ・ラマに会見する予定とホワイト・ハウスが確認する様を見ると、米国側が以上の反省に立って対中姿勢を 「硬化」 させつつあるという印象を強く受ける。

  対台湾武器売却問題?今後の焦点その1

  当面する諸問題の中でも影響が特大で深刻なのは、対台湾武器売却問題とダライ・ラマの大統領会見問題の二つだ。
  対台湾武器売却は1979年米国の中国国交樹立・台湾断交と同時に成立した台湾関係法に基づいて行われてきた。議会による行政府への義務付けだ。以前は毎年のように売却が行われ、最後の決定はブッシュ政権時代の2008年に行われたペィトリアット?3型ミサイル迎撃システム売却を含む65億?売却だったのだが、これが中国の強い抗議と反発 (一切の米中軍事交流停止など) に遭った。政権末期のレーム・ダックも手伝って実施されないままになっている2008年の売却決定…今回のオバマ政権決定は、実際にはこれの仕切り直しなのだ。
  米国にしてみれば、以前は年中行事のように行ってきた武器売却であり、今回も中国に配慮して2008年にいったん供与を決めたF?16戦闘機を外す配慮もした。台湾関係法による台湾防衛という法律の定めがある以上、対台武器供与が金輪際できなくなるような先例を拓くわけにはいかない。

  他方、中国は1982年の中米合同コミュニケ (「8.17公報」第6項) で対台武器売却の 「漸進的な減少」 について米国の言質を取っている。せっかく2008年に実施を 「阻止」 したのに、今回供与を許せば 「漸進的減少」 の実績を覆されることになる。また、前回決定と今回の間に金融危機が起き、既にG20時代に入ったという巨大な変化が起きている。在野・民間の反発には 「いっそう台頭した中国に払われるべき敬意と配慮を欠いている」 という反発も加わっていよう。
  米国の供与決定に対する中国の反発は官・在野を問わず激しいものがあり、中国は既に今週2日の外交部定例記者会見で 「対台武器売却に参画した米国企業には相応の制裁を加える」 旨を予告している。真っ先に取り沙汰されているのはハープーン・ミサイルを生産するボーイング社だ。全面輸入禁止となれば3700万?前後のミサイル供与のために100億?になんなんとする対中民航機商談を失うぞ、と中国メディアが報道している。
  今回の武器供与は政府が売り手になるFMS形式で行われる。ボーイング社他の関係企業は台湾に直接武器を売る訳ではなく米国政府に納入するだけ、「これは米国政府の決定であり、納入業者が制裁の対象にされるのは勘弁してほしい」 と言っている。しかし、中国はそれを百も承知で、米国の弱い脇腹を突いてきている。理屈を言えばWTO提訴もあり得るが、か弱いWTOに世界の2大Giantsの政治激突を裁く力量があるはずもない。

  ダライ・ラマの大統領会見問題?今後の焦点その2

  ダライ・ラマのオバマ大統領の面会問題も中国にとっては極めて重大な問題だ。2008年、ダライ・ラマ問題で中国を怒らせた仏サルコジ大統領は中国から手厳しい仕返しを受けた。制裁措置はなかったが仏の対中大型商談が次々失注し、昨年9月の温家宝総理欧州歴訪でも訪問国リストからこれ見よがしに外された。中国の仕打ちに驚いた仏側が必死に関係修復に動いた結果、状況は「好転」しつつある。まさに今週、外相が訪仏して一昨日サルコジ大統領と会見、大統領は上海万博への出席を 「許された」 ようだ (笑)。
  今回のオバマ大統領の面会計画は、Google問題、対台武器供与問題、人民元レート問題と中米関係が波立ってきた最中に浮上した。中国から見ればオバマ政権がことさらに “fighting pose” を取ったということだ。中国政府は、一方で官製メディアに 「感情化」 を避ける報道を指示し、現にオバマ政権の 「お家の事情 (国内政治事情)」 を解説する記事も出ている。しかし、他方で、本問題では譲歩できないと考えて次の一手も準備を始めたはずだ (注4)。

  オバマ政権の対中政策方針は 「台湾やチベット問題など双方の立場が一致しようのない問題はあるが、これらが両国のイランや北朝鮮などの核拡散問題をめぐる協力の努力を覆すことはないし、経済問題や温暖化問題で米中の利害を調整することを妨げるものでもない」 というものだと伝えられる (1月25日AP電)。中国語で言えば 「存小異就大同」、つまり 「小異」 (一致し得ない問題) を保留する (日本では誤用されているが、「捨てる」 のではない) 傍らで、「大同」 (Win&Winになる協力関係の発展) は進める路線と言える。
  中国側にも、中米外交は 「好也好不了、壊也壊不了」 という言葉がある。つまり、満面のバラ色関係にはなりようがない一方、破滅的で真っ暗な関係にも悪化しようがない、という醒めた認識だ。中国の大人が好む 「中庸」 の思想でもある。

  世界経済の前方に積乱雲

  筆者も今回の問題が中米両国の全面衝突に至るとは思わないし思いたくもない。満場の気を大いに揉ませつつも、最後は玄人も唸る 「大人の解決」 に至ってほしいと願う。しかし同時に、オバマ政権が対台武器売却問題に加えて、敢えてダライ・ラマ問題までテーブルの上に載せたことで、これは容易なことではなくなるぞ、という予感がしてきた。
  上記の言い方に即して言うなら、米国が 「小異」 と見なしたい台湾やチベットの問題は、中国から見ればいずれも 「中国統一という大事」 に関わることで、安易な譲歩は政権を揺さぶるくらいの重大問題になる。胡錦濤政権にしてみれば、いわば台湾問題とチベット問題が同時に並ぶ事態の展開は、容易に逃げ隠れのできないコーナーに追いつめられる思いだろう。
  ボーイング社等への制裁カードは切ったばかりだ。「大義を貫徹するためには、 “Win&Winの協力関係” だって犠牲にすることを厭わない」 姿勢を見せなければならない。マーケットを揺るがすような緊張…例えば何処からともなく 「米国債の大量売却」 といった噂が流れ、中国政府もこれを正面から否定しない…ような事態だって考えられる。しかし、世界経済は依然病み上がり状態、世界経済の2大Giants が半病人の腹の上で取っ組み合いをやったら、病状は再び悪化するだろう。
  世界経済の前方に積乱雲が立ち現れ、回避できずに真っ直中に突っ込む飛行コースになってきたのかもしれない。それなら機長がアナウンスしなければならない頃合いだ “Fasten Your Seatbelts” と。

(COP15で異変が起きて以来、筆者はしばらく遠ざかっていた中国国内の対外論調や世論動向のサーフィンを続けてきた。そしてポスト金融危機時代の中国に大きな思潮の変化が生まれつつあることを感じた。中国政府は今回取り上げた中米問題にとどまらず、西側に対して今まで以上に強腰な姿勢を採る予感がする。そうさせるであろう要因はこの思潮の変化にある。次回はこの問題を取り上げたい。)
平成22年2月6日 記


注1:台湾向け武器売却問題:先週29日にオバマ政権が議会に通告したPatriot-?型ミサイル迎撃システム、ブラックホーク (UH-60) 型ヘリ、ハープーン・ミサイル、掃海艇など総額64億?の台湾向け武器供与 (FMS)。2008年供与決定に含まれていたF?16戦闘機は外された。

注2:今週、中国の国際問題専門紙、環球時報に 「オバマ大統領がダライラマと会見予定」 との報道が載った。半信半疑だったが、一昨4日のホワイト・ハウス記者会見で、これが 「確認」 された。以下はロバート・ギブス報道官の応答 だ。報道官は 「11月の中国訪問の際、胡錦濤主席には大統領から話をしてある」 と応答している。事実かも知れないが、外に漏らしてはならない秘密のやりとりのはず、一方的暴露はルール違反だ。とくに話の相手が胡錦濤主席であることが最悪だ。中国側はぜったい認めないだろう。この発言が両国対立の火に油を注ぐ恐れを懸念する。
Q If the Dalai Lama is still coming to meet with the President at the White House?

MR. GIBBS: He will be here later this month, yes. Again, just let me say, again, that we told President Hu in November in Beijing. The President told him that. The President discussed each of these issues -- Iranian sanctions, larger proliferation, and currency.


注3:環球時報 「中国は世界をどのように見ているか」 2009年度版調査に関する余談
  この調査によると15?20歳の年齢層では 「いちばん好きな国は?」 の問いに 「日本」 と答えた回答がトップだった (日本が12.8%、僅差で仏と米国が同率2位の11.8%)。
  この報道には中国で 「あり得ない!」 とか 「教育の大失敗」 といった書き込みが相次いだ。筆者もかなり意外な思いだが、アニメを始めとする日本ポップカルチャーの功績と言うほかない。政府は歴代外務大臣よりも 「クレヨンしんちゃん」 の作者故臼井儀人氏や 「ちびまる子ちゃん」 の作者さくらももこ氏に勲一等を授与すべきではないか (笑)
  (日本アニメが中国若者に及ぼした影響の大きさ如何ばかりかについては 『中国動漫新人類』 (遠藤誉著 日経ビジネス社刊) を参照。)

注4:今週のタイミングでの中・仏和解には、対米関係の緊張が作用していると思う。つまり 「いちどきに多方面と事を構えない」 中国伝統の戦術だ。よって対米外交戦動員令の一環ではないかと思う。憶測だが。




 

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