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ブログ 津上俊哉
「普天間」 三題 (その3)

以前書きかけのままにしていた普天間問題について、改めて書きます。鳩山内閣の無残な崩壊、そして参議院選挙と出来事が続く中、続きを書く気が失せ果てていましたが、最近の新しい進展を見て、やはり書きたくなりました。


「普天間」 三題 (その3)
2006年合意の「見直し」


  2ヶ月前の5月28日、鳩山政権は 「迷走」 の末に、米軍普天間基地の代替基地を 「国外、最低でも県外に移設」 する従来の方針を断念し、移設先を従来案に近い 「辺野古崎付近」 とする日米共同声明を発表した。地元の同意はもちろん連立与党の合意もない、ただただ 「5月末期限」 を前に、投降するかのような無惨な結末だった。

  メディアでは 「当てもないまま非現実的な目標を掲げた挙げ句に自滅した」 と、鳩山総理への批判が圧倒的だが、筆者はこの物言いに対して、当時も今も強い違和感を拭えずにいる。この問題を解決するにしては、鳩山政権も民主党もあまりにも力不足、準備不足だったことは明白だが、目指した方向は本当に馬鹿げたことだったのか、「鳩山政権の過誤を正す」 が如くに決められた5月日米共同声明の路線は当を得たものなのか、そもそも実現可能なのか。

  5月の日米共同声明では 「8月末までに位置、工法を決める」 ことも謳われたが、最近の報道ではこれが延期され、11月のオバマ訪日はおろか越年するとの見方まであるらしい。予想された展開と言える。外務・防衛省が推進する 「辺野古崎付近」 案 (浅瀬埋立案) は、元々地元合意が得られる見込みがないからだ (以前のエントリで紹介した守屋元防衛次官の見方参照)。「鳩山総理が国外・県外移設を打ち出して地元の期待値を煽った (から、進むものも進まなくなった)」 と言われるが、それは違うと思う。元々政権交代前から実施可能な案が現実にはなかったのだ。

  関係省庁はいま、埋立など公共事業による経済メリットをアピールして、現地の受け容れ派を増やす努力を続けているようだ。担当する役人には悪いが、所詮うまくいかないだろう。用地買収などに携わった経験のある人間なら直ぐ分かることだ。たとえ地元住民の9割が賛成したところで、残る1割が反対したら成功しないのが、この種の事業の常だからだ(注1)。

  5月日米共同声明の路線に対しては、実現性以外にも根本的な疑義がある。海兵隊の主たる移転先であるグァムで整備される予定のインフラが当初の容量見積もりでは過小と判断されたため、2006年に合意された2014年の移転時期も日本側の負担額もそれぞれ、遅延、追加負担を余儀なくされそうだといった報道が見られ始めたことだ。この展開を聞かされて、みなさんはおかしいと思いませんか?
 移転完了、最大5年遅れ 米、7月にグアム整備計画 中国新聞(共同通信配信) 6月1日付け
 米国:日本にグアム移転費の追加負担要求 国防長官が書簡 毎日jp 7月4日付け
 沖縄米海兵隊のグアム移転、14年完了困難に :日本経済新聞 7月24日付け
 沖縄海兵隊の14年移転完了困難 グアムの整備遅れ??米報告書 :毎日jp 7月24日付け
 沖縄の海兵隊、移転完了17年以降 :日本経済新聞7月29日付け

  そもそも鳩山政権が 「当てもない」 5月末の期限を設定したのは、「2006年合意を守るため」 だった。当初は、作業の難航を見越して、オバマ大統領がAPEC首脳会議のために訪日する今年11月前に決着すればよいではないかといった意見もあった (仲井真沖縄県知事など)。しかし、外務・防衛省が 「5月末までに決めないと、6月に行われる2011年度米国予算編成 (米議会が決定) に間に合わなくなり、米側のグァム移転関連予算が流れてしまう」 と強く主張した結果、やむなく5月末が期限とされたのだと理解している。

  そうしたら、いまや2006年合意の核心である移転時期や負担額が 「見直しを余儀なくされそうだ」、つまり、米国は合意の再交渉を求めてくると言う。きつい言葉を使えば、2006年に合意した期限や負担額は反故になるということだ。日本では 「デッド・リミット」 を守るために無理をした内閣が潰れたというのに、米国は早晩、その2006年合意そのものの再交渉をしに来る…これはいったい何なのか。

  移転時期遅延の理由について 「日本側が辺野古をきちんと決められないからだ」 と報ずるメディアもあった。米国側にもそういう趣旨を言う向きがあるようだが、「責任転嫁」 に聞こえる。グァムのインフラの容量が当初の想定では足りず、整備予算はもっとかかる、などということは沖縄代替施設の建設見通しと関係ないからだ。

  断っておくが、筆者が難じたいのは 「米国の身勝手」 というより、日本側の対応だ。外務・防衛省が 「2006年合意を守るために」 5月末がデッド・リミットだと主張するのはよい。しかし、そう主張するなら尚更のこと、米国側から 「移転時期や負担額は見直しが必要」 との見通しを伝えられたときに、「話が違う」 と 「卓袱台返し」 の剣幕で抗議しなければならないはずだ。「日本国内で 『合意を守る必要がある』 と訴えてきた自分たちの立場はどうしてくれるのだ!?」 と。

  移転時期や負担額の見直しの話を最初に聞いたとき、筆者はそう考えて、「血が逆流する思い」 だったが、その後アタマを冷やして見方を変えた。米国側は「移転時期や負担額の見直しが必要なことは、以前から日本側には伝えてある」とも言っている。つまり、外務・防衛省は最初からそうだと知った上で、官邸に 「5月末デッド・リミット」 を強いたのであろう。

  グァムのインフラ容量や建設予算が見通しを上回るというのは解せない話だ。何人の人間が引っ越して来て、インフラがどれくらい必要になるといった話は、計画作りの基本ではないか、米軍や国防総省の計画立案能力は、それほどお粗末で幼稚なのか。そうではあるまい。

  やや 「陰謀論」 めくが、普天間基地のグァム移設事業の日本側負担額が60億?で終わらないことは最初から分かっていたことではないのか。おそらく、最初から全容を表に出すのはまずいので、両国当局が共有する 「裏マスタープラン」みたいな合意 (文書化されているか否か別にして) を基に、時間をかけて小出しにしていく作戦なのだろう。2006年合意が第一次合意、今回の 「見直し」 協議の結果は第二次合意になるという式に。そう考えれば、グァムのインフラ見積もりを巡る 「お粗末な」 顛末も合点がいく。

  メディアが 「見直し」 を淡々と報じたのは、外務・防衛省が合意改訂に向けて上げた観測気球だ。政治も世論もこれをさして問題視しない風なのを受けて、北沢防衛大臣はすかさず 「協議に前向き」 な姿勢を示した (7月29日付け毎日jp)。

  以上は明確な証拠があって言っている訳ではないが、昨年末にニューヨーク・タイムスのOp-edコラムニスト、Roger Cohen氏のコラム“Obama's Japan Headache”を眼にした。このコラムは、全体としては普天間問題に関する鳩山政権の姿勢に苛立ちと不信感を強める米国側に対して、忍耐を以て見守るべきと訴えたものだったが、その中に以下の一節があった。

When the president was here last month, Hatoyama appealed for trust, Obama said sure, but they never cleared up what the mutual trust was about. To Hatoyama, it was the future of the alliance. To Obama it was the implementation of the $26 billion 2006 Okinawa accord.

  「(鳩山総理が 「トラスト・ミー」 と言ったことを) オバマ大統領は260億?の2006年沖縄合意の履行のことだと受け取った」…少なくとも米国には 「日本が (合意文にある 「60億?」 ではなく) 260億?拠出する約束をした」 と関係方面に説明してまわる人がいるということだ。

  しかし、「グァムへの移転だけで260億?」 というのは如何にも過大な数字という印象がある。調べていくと、この260億?という数字は2006年4月、当時のローレス米国防副次官が記者会見で述べた今後の在日米軍再編経費の見積もりが出所であり、さらに辿れば2006年3月に行われた日米外務・防衛審議官級協議のなかで日本側が説明した試算 (3兆円超) が根っこだということが分かる(日経新聞 同年3月12日付けに報道あり)。

  さすがにグァムだけに 「260億?」 が使われる訳ではなさそうだが(注2)、同時にこれで米国が勝手に「260億?」を言っている訳ではないことも分かる。日本側が示した数字が基になっていることが決定的であり、これが 「約束」 と受け取られているのだ。しかも今回のグァム経費増に見られるように、金額がこれ以上膨らまないという保証は何もない(前出ローレス副次官はこの数字について、“It is their responsibility. But these are very rough, probably reasonably conservative estimates”と述べている。)

  「260億?を約束した」 と認める人物は日本政府内に誰もいないだろうが、今後の事態は 「あたかも約束であるかのように」 推移していくだろう。グァムの増額分も 「その後必要だと判明し、その都度協議によって合意された」 と説明されるだろう。今回行われる見直し協議が最後のものか否かも「先のことは分からない」。つまり、我々は 「260億?」 の真相を日本政府の口から知る術がない。将来、日本側の累計負担額が結局幾らについたかを遡って検証するか、さもなくば 「核密約文書」 のように米国側で外交文書が公開される30年後を待つ以外は。

  鳩山内閣が崩壊した後も閣僚に残留した外務大臣や防衛大臣は、今回のグァム経費見直しの流れにも激昂する風がない。つまり役人の敷いたレールに乗っているということだ。それを 「身辺にありながら鳩山前総理を裏切った」 となじれば、ご両人は直ちに反駁するだろう。「国外・県外移設」 などということは、民主党マニフェストにも連立合意の中にも書いていない、鳩山個人が独りで言い出したことで、自分たちはこれに関与した事実もなければ従う責任もないと。

  そう。民主党の最大の問題は連立与党間はおろか、民主党内部にすら、安全保障上の重要問題について綱領もコンセンサスもないことだ。それは鳩山内閣時代にも無かったし、いま現在も無いままだ。では、重要問題は誰が決めているのか。外務・防衛省の役人が政治の実質関与のないまま、米国側カウンターパートとの密議で決めている。以前も述べたとおり、日本の安全保障政策はガバナンスが働かないまま両国の 「お仲間」 だけで決められているのだ。
平成22年8月1日 記


注1)筆者は昔、長崎県庁に出向したときに工業団地造成の仕事を担当したことがあり、用地買収をちょっぴりかじった経験がある。団地造成候補地を何カ所か回った際、地元市役所の人から 「この地区は既に住民の7?8割は団地造成に賛成している」 と聞かされて、「中央から出向してきた」 課長の私は 「それなら地元対策は順調に行きそうですね!」 と応えたものだ(笑)。
  それを聞いていたお付き (お守り) の担当課長補佐が後で私に言った。「課長、県の事業でやる用地買収なら、どこでも住民の7?8割は最初から賛成言うばってん、残りの2?3割は簡単じゃなかとです。そいで最後は 『絶対反対』 言うとが二、三軒は必ず残るとですよ。そん土地にえらい愛着持っとる者もおれば、地元の顔役と折り合いの悪うして 『あいが来るうちは、おいは絶対ウンとは言わん』 とか 『あんときの恨みをこん用地買収で返すけん』 とかになっとです。そいを説得するとを 『地元対策』 言うとです。」

注2:主たる内訳は普天間基地移設に伴う代替施設の建設関連費 (一兆円超)、グアム移転経費 (約九千四百億円) の日本側負担分(これが2006年合意にある「60億?」)、厚木基地米空母艦載機部隊の岩国基地移設に伴う整備、普天間基地の空中給油機の鹿屋基地移転に伴う整備、嘉手納基地のF15戦闘機の訓練移転先の滑走路整備など。




 

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