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ブログ 津上俊哉
農業を成長分野にするには

今日読んだ新聞記事に触発されて、前回ポストの続編みたいなポストです。時間の関係で、書き殴り。熟考も経ていませんが、とりあえず「思い」だけ、汲んでください。




  先日、緊急経済対策は成長戦略に役立つ中味にしてほしいというポストをしたが、今日の新聞によると18日の産業競争力会議は農業強化策の検討に入り、安倍総理は「農業を成長分野と位置づけて産業として伸ばしたい」と強調したという(19日日経新聞「首相「農業、成長産業に」 競争力会議」(有料記事))。後に控えるTPP加盟問題にも関わる懸案の検討が始まったということだろう。

  同会議の席上、林農水大臣は「(1)農産物の輸出拡大(2)農商工連携の強化(3)農地の有効活用――の3本柱で農業の競争力を高めると説明した」のに対して、民間議員からは(農家の経営規模の拡大など)「より踏み込んだ農業改革を求める意見が出た」そうだ。

  双方とも気持ちは分かるが、おもてだって触れずとも、伏在するのはTPPに加盟するとき、農業、とくにコメをどうするか?の問題だ。農水省側は自民党選挙公約に従って「聖域なき関税撤廃には反対」の立場からスタートしている。民間議員はそうして農業が反対してTPP加盟の目処が立たなくなることを心配している。

  前回ポストでも触れたように、私は、何はなくとも、コメ(及びご同類)だけはTPPを機に自由化すべきだと考える者だが、それは「農業は成長分野」と位置づけられると思うからで、経済界や一部のTPP推進論にある「少数の農業者の反対で日本経済全体の利益を害するのは止めて欲しい」的な論調とは、ちとニュアンスの異なる考えを持っている。

  TPP加盟でコメも対象とするのは、加盟を機に、「保護に保護を重ねてなお衰退する日本のコメ農業」に再生の「活(かつ)」を入れるためだ。「今までの発想じゃ通用しない」「けど、頑張れば道が拓ける」という気運を高めて、産業として再生してもらうためだ。

  過去の農産物自由化で牛肉やオレンジは絶滅しなかったどころか、自由化で危機感を高めて、高生産性の農業に生まれ変わったと言ってよい。日本の農業でも他の品種では高いパフォーマンスを誇るものがいろいろあるのに、特異的にダメなコメ農業に「活」を入れるために、そしてそれを機に大幅な財政投入を正当化するために、TPP加盟を利用する。

 コペルニクス的な発想の転換

  そういう思いから、発想をコペルニクス的に転換して、以下の3原則を提唱したい。素人の怖いもの知らず論だが、聞いてほしい。

 (原則1)農業分野で正社員の雇用を50万人分生み出すことを目標とする

  これまで顧みられなかった農業は、いま「逆張り」の発想が通用する典型的な領域だ。今後の世界を考えると、日本の水資源と環境の希少性は必ず高まる。農作物はこの強みを体現する商品であり、今後の日本として、これを売らない手はない。

  もちろん後述するように、補助金を必要とするが、この財政難にあって、多額の血税を投入する以上、「出し甲斐」ある農業になってもらう必要がある。いま通用するキーワードで言えば、「雇用創出」「成長促進」だろう。

  農事生産法人と呼ばれるような「企業」に勤務する「社員」が正社員として年収300万円取れる雇用を生み出すことを目標とする。田舎暮らしにはなるが、300万円あれば、都会で非正規雇用に甘んずるよりはるかに良い。結婚してここで夫婦共働きすれば、子供も問題なく育てられる。

 (原則2)1割に達する「耕作放棄地」だけでなく、(田んぼの4割を占めると言われる)休耕田のうち活用度の低いものの再稼働を目標とする

  私がいまの農業でいちばん残念に思うのは、いま既にある産業ストックである田んぼが活かされていないことだ。少子高齢化で新規の投入もままならなくなる日本経済が既存のストックを活かさないのは勿体ないにも程がある。

  耕作されていない田んぼを再稼働すれば、供給が増えて米価は下がってしまう。ここには「減反制度」を止めること、60kg換算で2万円という法外な禁止的関税を大幅に下げることが含意されている(コメ関税を撤廃する必要はない。100%相当まで下げれば十分である)。当然、国内需要を上回る分は輸出する前提である。

  「生産者米価の内外価格差が5倍以上あることを知っているのか」と怒られそうだが、従来の議論は、コメの品質に応じた市場セグメンテーションの考え方がなさすぎた。前回ポストで披露したように、中国でも「高級米」の小売価格は、5kg当たり2万円を超えるものさえあるほどだ。日本の輸出米はこうした「高級米市場」向けを目指す。平均米価をいまの半分まで下げれば、海外市場との新しい均衡が生まれると思う。海外市場を開拓していけば、下げ幅は2/3で済むかも知れない。

 (原則3)上記2目標を実現するために必要な補助金は惜しみなく投入する

  そうして売価が下落しても農家や農事生産法人勤務の社員が暮らしていけるように、補助金を投入する。戸別補償(名前は変わるようだが)や就労補助が中心になるだろうが、ばんばん投入する。2〜3兆円はかかるかもしれない。

  言葉を換えれば、TPP加盟を機に始まる「農業改革」で、農家や社員を「骨折り損」の目に遭わせたりすることはしないと公約する。努力すれば必ず報われる改革にすることを約束する。


  農地の集約(経営規模拡大)を(補助金受給要件を通じて)義務づけたり、指導したりはしない。これも農家の不安をかき立てる大きな障害だった。こういうことを言っているかぎり、農業改革論議は堂々巡りだ。規模拡大が不要だと言うつもりはないが、それを事業者の自主性、判断に委ねるのである。

  そもそも「生産を集約・大規模化しないと、ぜったい生き残れない」というのも、従来の「コメ=一物一価」の思いこみに由来するところがあるのではないか。「中山間地で集約化にも適さない田んぼだが、その代わり格別に高級で美味いコメが作れる」というなら、生産集約化を無理強いする必要はない。「ウチはいまのままの規模でも米価は下がらずに済む」と思うかどうか。そこは農家の経営判断に委ねればよい。

  これまでのコメ行政の最大の罪は、「減反」に代表される「計画経済」式を農家に押し付け、農家から経営者の創意工夫や努力の自由を奪ったことだ。経営大規模化が必要だと判断する農家に対しては様々な支援メニューを用意するが、選択は「経営者」に委ねることが、農業を面白くし、産業として再生させるためのキモだ。

 農業以外から見た損得勘定

  2〜3兆円の大盤振る舞いをすることで、農業以外の日本経済の損得はどうなるか。私は安いものだと思う。

  第一は、消費者の生活コストの低下である。消費者に負担を負わせる「価格支持」を止める代わり、農家に所得補償を行うことは先進国農業政策の定番というか常識であり、これまでそれをしてこなかった日本の農政がアホすぎたのである。

  第二は、TPP加盟や他のFTAへの加盟メリットを享受できることである。産業界に「FTAによる関税免税措置が日本にないゆえに、工場を海外に作る(いわゆる「六重苦」の一つ)愚をこれ以上犯させるべきではない。

  「TPPにはFTAの相場を超える独特の筋悪条項が多々ある」と言われるが、日本がそういうものを押し付けられるリスクは、実は数多くの農産品について、FTAの原則に反する筋悪の適用除外をたくさん取ろうとする日本の交渉態度が自ら招いている憾みがある。交渉相手にすれば「それだけ脛に瑕持つ身で加盟したいと言うなら、代償を払ってもらおうか」となる。だから、例外要求を少なくしてFTA原則に接近すれば、外国からの筋悪要求を「そんなものは自由貿易原則に反する」と撥ねつける交渉力も高まるのである。

  第三は、日本の国土保全である。今後の少子高齢化で限界集落が消えていくことは悲しいが、やむを得ない。しかし、インフラに少なからぬカネを投じた日本の田舎が不必要に消えて、過去の投入が無意味に帰することを避ける努力はすべきである。農村地帯の就業・生活人口を増やす努力は、中山間地をはじめとする日本の農村コミュニティ維持にも役立つであろう。そのとき、「いま農業が面白い、やり甲斐がある」状況がぜひとも必要である。

  危機感を以て努力すれば新しい道が拓ける。輸出産業になって休耕田を減らすことも可能である。「付加価値を創出し雇用を増やす」ことこそ、「成長戦略」の王道だ。要は日本経済全体にメリットをもたらすような農業予算投入をし、農政をしてほしい。
(平成25年2月19日 記)




 

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