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 ,糧稟宗中国経済が直面する短期、中期的な問題について

「東大丸川知雄教授の批判に応える」の第1回目です




  中国経済が直面する問題を短期、中期、長期に分けて論ずるのは「終焉」以来、私がずっと著作や講演で採用しているスタイルである。
    i) 短期的な問題:リーマンショック後の投資・負債頼みの成長「嵩上げ」は、もはや限界に来ていること
  近年の中国過剰投資は、二つの問題を生んでいる。一つは投資効率がどんどん低下して、成長に貢献しなくなっていること、もう一つは低効率な投資と負債を大量に積み重ね続けている結果、中国経済全体のバランスシートが劣化し始めており、早く方向転換を図らないと、早晩バランスシートの破綻、成長の急落を招くことである。
  「終焉」でも、この二つを視野に入れて「「4兆元投資」の後遺症」(同書第2章)として取り上げたつもりだが、近著「巨龍の苦闘」では、より直裁に、バランスシートの劣化、これによるマネーフローの悪化、最終的にはストック面での損失処理の必要が生ずることを論じている(同書第2章「投資・信用バブルの終焉」)。
  まず、投資の效率低下については、本書でも、共著者である梶谷教授が「投資過剰経済」という用語を用いて第1章で論じている。梶谷教授は、地方政府の融資プラットフォーム企業や負債過多の民営企業などが資本収益率の低下を設備投資の拡張競争によって先送りする傾向が見られることを「ポンジーゲーム(ねずみ講)」だと表現した中国学者を紹介しながら、(そんな先送りをしても、問題が)「より深刻化するのは明らか」「このような状況の中で全体の資本収益率の低下が進んでいけば、現在『影の銀行』などを通じて高金利での資金調達を行っている中小企業や融資プラットフォーム企業、およびそこに資金を供給している中堅の金融機関などを中心に、いずれ広範な経営破綻が生じても不思議ではない」と論じている(本書58頁)。
  バランスシートの劣化問題については、そもそも経済学者の中に、キャッシュを稼ぐ力が弱くて借金を返せないような投資を大量に積み重ねていけば、国全体のバランスシートが劣化して、やがては一国経済全体が危機的な状況に陥るという当たり前の事実を無視する人がいるように思われる。典型は、一人当たりの資本ストックが先進国に比べてまだまだ小さいことを論拠に「中国は今後も長期間にわたって投資主導の高成長を遂げることができる」と主張する北京大学の林毅夫教授であり、林教授の頭の中の経済モデルには、バランスシートの健全性に関する制約式が最初から欠落しているのではないかと疑わせる。
  金融危機に見舞われて経済がハードランディングする事態を回避するためには、投資を減速させる必要がある、しかし、そうすれば過去の成長「嵩上げ」の反動で、今度は景気が下振れするだろう。GDPを需要面から捉えるならば、2014年まで、中国経済はGDP成長率の半分以上を前年より増大する投資で稼いできたのである。投資が前年横ばいに止まるだけで、成長率は7〜8%の半分に低下する。投資を前年より削減すれば、今度は半分と言うよりゼロ成長の方に近付くことは明らかだと思われる。
  いま短期的な最大の問題は、丸川教授が言う「潜在成長率が何%あるか」よりも、向こうしばらくは有効需要不足と成長低下に甘んじてでも、バランスシートの破綻を回避することができるかどうかである。昨年来の「新常態」キャンペーンも、地方財政改革(とくに地方債務の地方債への置き換え計画)も、昨今話題になっている「中国版QE」と呼ばれるような政策傾向も、このままでは重大な危機を迎えるという危機感が高まったからこそ発動されたものだと私は思う。
  本書で共著者の梶谷教授は過剰資本蓄積の危険性について、かなり強い警告をしていると感じるのだが、その割に全体として「7%成長はまだ続く」という楽観ばかりが目に付く本になっているのは、ちぐはぐな印象を与える。
    ii) 中期的な問題:今後どこまで成長が維持できるかは、改革の達成具合次第であること
  拙著「終焉」では、第3章「中期的な成長を阻むもの」で「国家資本主義と国進民退」が問題だと指摘したうえで、第4章「新政権の課題(1)国家資本主義を再逆転」、第5章「新政権の課題(2)成長の富を民に還元」、第6章「民営経済の退潮」、第7章「新政権の課題(3)都市・農村二元構造問題の解決」と5章にわたって習近平新政権の取り組むべき課題を論じた。
  そこで列挙した課題の多くは2013年11月の「三中全会改革決定」に取り入れられたので、私は翌2014年2月に刊行した拙著「中国停滞の核心」(文春新書)の第2章や今月刊行した「巨龍の苦闘」第4章で、今後の中期的な成長の鍵を握るのは、これらの改革を実行して全要素生産性(TFP)の向上をどこまで図れるか?であり、改革が進めば比較的高めの成長率を維持できるだろうし、逆に改革が進まなければ、成長は中期的に大きく鈍化するだろうという立場を採ってきた。
  「改革が進めば比較的高めの成長率を維持できる」という限りでは、私と丸川教授の考え方に大きな違いはないと思う。教授の主張に違和感を覚えるのは、改革が進めば全要素生産性の伸びが続くという「可能性」に止まらずに、それらの改革がすべからく達成される、うまく行く結果、「1995−2010年の全要素生産性の伸びが今後もそのまま続く」と仮定しているように見えることである。
  例えば、これまで中国の経済成長を支えてきた農村の余剰労働力の第二次、第三次産業への移動が「ルイスの転換点」を迎えたことにより減少するのではないかという見方について、「現在の中国において農村の余剰労働力が完全に枯渇した訳ではなく、土地制度や戸籍制度などの改革を通じて農村から都市へ、農業部門から工業あるいはサービス部門への人口移動が今後も進んでいく可能性を示唆する」(187頁)と述べている(『疑似的なルイスの転換点』説)。
  この主張にも「可能性」の限りでは反対しないが(注)、本書で教授が採用している「1995−2010年の全要素生産性の伸びは今後もそのまま続く」という仮定を導くためには、土地制度や戸籍制度などの「改革が達成された」、あるいは「達成される見込みである」と論証し、よって「農村の余剰労働力の第二次、第三次産業への移動は今後も持続する」ことを論証する必要があるはずだ。
  その論証をしないまま、「全要素生産性の伸びは今後も続く」と仮定することには同意できない。教授は、私の見方に対しては「ふつう潜在成長率を予想する際には政策の出方によって左右される要素は含めない」ものだと指摘しているが(8頁)、ご自身はここで「政策の出方によって左右される要素」を「政策はうまく行く」と予断して「潜在成長率を高めに予測」しているように見える。これでは「高成長持続の結論先に在りき」だと言われても仕方ないのではないか。私はやはり、「今後の成長は改革の進展次第だ」と結論するのが正しいと思う。

注:私は丸川教授の『疑似的なルイスの転換点』仮説に全く反対の立場を採る訳ではないが、いまなお農村に残る就業人口は大半が40歳以上だと言われていること、近年はいったん都市に出稼ぎに出た農民が地元にUターンする例も増えていることには注意を要する。
  また、近時は農村社会保障制度の整備も進み始めたこと、土地収用基準の引き上げにより、いまや「農民であること(農地の工作請負権を所有していること)」に財産的価値が認められるようになり、農民が都市居民戸籍への転換を希望しなくなり始めたことも重く見る必要があると思う。そうだとすれば、農民が土地を離れて都市に出稼ぎに行っても地代収入をきちんと得られるような制度改革が進んだだけで、丸川教授が予想するように「農民の移動が再び活発化する」とは限らないということになるからである。




 

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