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ブログ 津上俊哉
松尾文夫氏の著作を読んで

感じる米中関係の底深さ



  元共同通信ワシントン支局長で米国を追い続けたジャーナリストで、日米両首脳による広島と真珠湾の相互献花外交を提言したことでも知られる松尾文夫さんからご著書「アメリカと中国」(岩波書店刊)を頂戴した。最近拝読して感銘を受けたので、読後の感想を綴りたい。

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  著者は「私の気持ちの中ではあの戦争と一体となっている(幼少期を過ごした)中国での原体験を基に、アメリカと中国の関係―あの戦争で日本が捉えることに失敗した関係―にメスを入れたかった」と言う。そのために、永年取材対象としたアメリカだけでなく、中国にも何度も取材で足を運び、14年間かけて書き上げたのが本書である。 米中関係の歴史と聞いて脳裏に浮かぶのは、帝国主義に苦しむ清代の中国に同情したアメリカ宣教師の布教・慈善活動であり、それが今日まで米国の中国観に影響を与えている、といったことだった。

  しかし本書は、米国が建国後間もなく、経済実利を得る必要から対中貿易を始めたという。独立戦争で英国との関係が悪化し、大西洋を舞台とした貿易活動が八方塞がりになった状況を打開するために、独自の商船を中国に送り出したというのである。

  当時の中国は乾隆帝の全盛期で、欧州でも繁栄する中国文明への畏敬の念があったというが、程なく西欧の科学技術、軍事力がアジアを圧倒する帝国主義の時代がやって来る。清朝は英国が始めたアヘン貿易の弊に苦しみ、林則徐がアヘンを没収・焼却してアヘン戦争が起きる。

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  著者はアヘン戦争をきっかけに米中関係は一段と深まったが、それは「建て前と本音、理想主義と現実主義の巧みな共存という建国以来のアメリカ外交の二枚腰の実像」が表れ、「太平洋で隔てられた二つの大国が意識し合い、したたかな共生、共存を果たしていく過程」だったと描く。

  例えば、アヘン戦争では英国と一線を画し、中国にアヘン密輸取締りの権限があることを条約で認める一方、米国商人がアヘン貿易に従事し、清朝がアヘン貿易合法化を呑まされた頃には、中国・欧州・アメリカの三角貿易の決済に米ドルが組み込まれる国際貿易金融構造も出来上がっていたという。

  また、19世紀末、ときの米国務長官ジョン・ヘイは「中国のすべての領土保全、通商上の機会均等」を求める「門戸開放宣言」を打ち出したが、著者はその内実を「欧州列強が獲得した不平等条約上の権利が米国にも均等に与えられること」を確保せんとする現実主義だった、とする。

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  しかし、アメリカの対中関係の歴史には「偽善」と切って捨てられないもう一つの側面がある。例えば、義和団事件の後で清朝から賠償金を得ても、アメリカは実損を超える金額を中国の教育のために返還した。「アメリカが中国の教育制度に対して与えた影響の大きさ」は、現在に至るまで両国の間に存在する「隠れたインフラ」であると著者は言う。

  プラグマティズム哲学の泰斗ジョン・デューイと中国の関わりの故事も印象深い。五四運動勃発の頃に日本、中国を歴訪したデューイは、日本に批判的になる一方、中国には共感を寄せて、なんと2年以上滞在して講演して回った。しかも熱心な聴衆の中に若き毛沢東がいたというのだ。著者は若き毛沢東がプラグマティズムに共鳴したこと、そして朝鮮戦争後、敵対の一時を経るとはいえ、「毛沢東とアメリカの距離の近さ」を忘れてはならないとする。

  米国は「中国を裏切り続けた」とも言えるのに、中国はどこか米国に近さを感じている。米国も同盟国を蚊帳の外に置いて、ニクソン電撃訪中のようなことをやってのける。昨今は台頭する中国と既成大国米国の衝突の可能性が論じられるが、そこだけを見るのはどうも危険だ。

  米中関係に測りがたい地下水脈があるように感じるのは何故か。私は本書を読みながら、米中両国がプラグマティズムや戦略的思考といった点で相通ずるものを認め合っているからではないかと感じた。米中関係のそんな底深さを感じさせてくれる1冊だ。
(「国際貿易」誌 平成30年2月20日号所載)




 

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