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ブログ 津上俊哉
中国「IT社会」考(その1)

日本より進んでいるニュービジネス



  スマホ・アプリを舞台とした中国ニュービジネスの繁栄ぶりは、日本でもようやく知られるようになってきた。QRコード読み取りで簡便化された支払サービス、GPSによる位置情報、ユーザーがサービスを採点するレーティング(星付け)、シェアリング・エコノミーという新しいビジネスモデル・・・そうしたものが組み合わさって、オンライン・ショッピングはもとより、シェアライド(タクシー・アプリ)、シェアバイク(自転車)、宅配サービス、各種の代行サービスなどニュービジネスが雨後の竹の子のように急成長している。

支払サービスが共通の舞台

  このニュービジネス成長の共通の舞台になっているのは、QRコードで口座を読み取る支払・送金サービスだ。日本にも「おサイフケータイ」があるが、中国のサービスの強みは、およそお金を払う場所全てに共通のプラットフォームが普及したことだ。商店やレストランだけでなく、屋台や夜店、はては街頭で物乞いをする人までQRコードを持っているという笑い話まである。個人間の支払・送金もワンタッチで済むから、割り勘もスマホで済む。だから若者は財布を持ち歩かなくなった。

低コストが経済を変える

  もう一つ重要なポイントは、この支払サービスの利用手数料が極めて低廉なことだ。0.1%とか、条件付きながら無料とか、日本などのクレジットカードが加盟店側から3%を徴収するのと比べると、雲泥の差がある。この点からみると、いまや中国の支払サービスは利用者数世界最大の「フィンテック」だと言って良い。
  売上の3%を抜かれるか否か・・・利益率を考えたとき、この差は大きい。この舞台の上で成り立つ商売の地平が大きく拡がるのだ。それだけでなく、入金は確実で取りっぱぐれがないし、ユーザーがサービスを採点するレーティング(星付け)システムが備わっているおかげで、高い評価をもらえれば広告宣伝費もかけずに検索上位に並ぶことができる。
  こんなプラットフォームができたおかげで、普通のおばちゃんが団地で弁当宅配サービスを始めた、「味も配達の愛想も良い」と高いレーティングをもらった、注文がどんどん入るようになり、配達のバイトを雇って目の回る忙しさ・・・という風に、ITのおかげで、こと商売に関するかぎり、市井の人でも起業できる、まことに民主的なビジネス環境が中国に生まれている。

  翻って我が国。クレジットカードはどうして3%も手数料を取るのか? 会社の人に尋ねると「客へのポイント還元のコストが嵩むから」だそうだ。貯まったポイントで年に一、二度ギフトをもらうのもけっこうだが、そのギフトを諦める代わりに、いち個人でも努力すれば報われるニュービジネス育成の環境が整備されることの方がずっと意義深い気がするのだが。

スピード勝負

  もう一つ、中国ニュービジネスの急速な発展を語るときに忘れてならない論点は、事業展開のスピード感だ。
  アリババは今の支払サービスの前にオンライン・ショッピングのお金を一時預かりする「理財」サービスを始めた。そこで預かった金の運用収益のほとんどを消費者に還元したのだろう、銀行定期預金を上回る金利を付けて銀行から大量の預金を奪った。怒った国有銀行たちはこのサービスを踏み潰したかっただろうが、成長が速すぎてもう潰せる小ささではなくなっていた。シェアライド(タクシー・アプリ)の滴滴は内外のファンドから調達したエクイティ資金を財源に邦貨で数百億円のクーポン(初度利用のボーナス)を散布して一気にユーザーを開拓した。シェアバイクの設備投資もそうだが、成長すると見込んだ市場に一気に資源を投入して時間を買う・・・MBA課程で使うベンチャービジネスの教科書にそのまま載せられるような大胆な戦略だ。

  日本がいまの中国から「学習」しなければならないのは、スマホ・アプリや(個々の)ビジネスモデルだけではなさそうである。
(「国際貿易」紙 平成29年8月25日号所載))




 

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