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中国バブルはなぜつぶれないのか

読書感想文です。


中国バブルはなぜつぶれないのか
(朱寧 著/森山文那生 訳 日本経済新聞出版社刊)
ainoshougeki

 
 真っ赤な表装にデカデカと「中国バブル」というタイトルがふられた本書は、一見するとキワモノ中国本に見えるが、著者の朱寧氏は米国で経済学の研鑽を積み、カリフォルニア大学でテニュアも獲得した本格派の学者であり、本書には2013年ノーベル経済学賞受賞者でもあるロバート・シラー教授(イェール大学時代の著者の同僚)が序文を寄せている。

 中国では社債がデフォールト(債務不履行)で紙くずになる、ことはまずない。経営不振の会社はいくらでもあるが、そういう会社が社債の利払いや償還をできそうもなくなると、不思議と肩代わりをしてくれる救い主が現れて事なきを得てきたからだ。
 (その社債の発行や販売に関わった)「金融機関は自らの評価を懸念し、監督当局者は出世を気にかけ、政府は社会の安定を重視している」「それゆえ本来投資家が債券類似商品に投資する際に負担すべきリスクは、万一の事態になってもそれらの機関が背負ってくれる」からだ。これまでがそうだったし、多くの投資家はこれからもそうだろうと信じている。

 実は社債のような金融商品だけでなく、不動産についても同じ仕組みがある。北京の都心で広さ100?の新築マンションは、いまや日本式に測ると3億円はする。それでも未だ値上がりしそうな気配だが、買う人はバブル崩壊が恐くないのだろうか。
 逆なのだ。中国景気の先行きを悲観する中国人は急増しており、事業に実物投資することをためらっている。「そういう先行きが不安なご時世だからこそ、カネは不動産に投じておいた方がまだ安全」という感覚なのだ。外国から見ると理解に苦しむ選択だが、中国ではそれなりの根拠がある。「マンション価格が2割も3割も下落する事態を地元政府が放置するはずがない」と信じているからだ。事業投資は下手すれば全損もありうるが、不動産に投資すれば悪くても1,2割の値下がりで済む・・・それは幻想ではなく、これまで何度も経験済みだ。その経験に基づいた政府への期待が不動産価格を際限なく押し上げている。

 それだけでなく、著者は本書の中で、深刻な過剰生産能力の問題、シャドーバンキングの異常な膨張などの問題も取り上げて、GDP成長を至上と考え、安定を好む政府が投資の失敗の尻ぬぐいをしてくれるだろうという期待が中国経済を歪めていることを描き出している。

 「暗黙の保証」とも呼ばれるこういう慣行・仕組みが「投資家に無謀な投資をそそのかす結果になり、その無謀な投資が過剰投機や資産価格のバブルを引き起こす」・・・昨年出版された本書の英語版タイトル”Guaranteed Bubble”(「保証されたバブル」)にはそういう意味が込められている。「中国経済と金融部門の構造改革がおこなわなければ、このバブルは最終的には崩壊に至る」ことが保証されているという警告もこのタイトルには込められているという。

 評者も自分の近著(注)でまったく同じことを主張した。「中国バブルはなぜつぶれないのか」・・・評者なりの言い方をすると、「このバブルは既に崩壊しているべきなのに、『お上の暗黙の保証』の慣行・仕組みがあるために崩壊しないでいる。それがいまの中国経済の問題だ」ということになる。
 中国の失敗をあげつらいたくてそう言うのではない。人間の生理に喩えれば、バブルは傷んだ食物を食べてしまったようなものだ。それで吐く、下痢をする(=バブル崩壊の症状)のは、毒を体外に排出しようとする行いで、経済の正常な生理なのだ。そうせずに毒を体内に留め置く、果ては傷んだ食物をなおも食べ続けることが中国経済の健康にどのような影響を及ぼすか、を心配してそう言っているのだ。

 本書の最大の値打ちは、中国経済がいま直面する多くの問題が、実は「暗黙の保証」という形をした政府の経済干渉及びそれがもたらす企業、国民の側の「期待」という同根の原因に発していること、そして、その改革が急務であることを分かりやすく説いているところにある。

 そう述べた上で、以下三点コメントしたい。
第一、本書はおそらく著者が数年前から様々な問題について書き溜めてきた論評を一冊の本にまとめ上げたものではないか。記述される中国経済の状況は2012年から2014年頃にかけてのものが中心だが、地方債を巡る状況、政府の経済運営、金融業のレバレッジ問題の更なる悪化など、情勢は数年前からさらに大きく変化しつつある。その点で内容がやや旧くなっている点は留意して読む必要がある。

第二、本書は第11章で海外における「暗黙の保証」の事例として、2008年世界金融危機の発端になったファニーメイ・フレディマック(住宅ローン保証会社)や「大きすぎて潰せない(TBTF)」判断に基づく大手金融機関の救済、誇張された格付けを得た仕組み投資(SIV)商品も取り上げている。読んでハッとした。たしかにそのとおりだ。これは中国に限られた問題ではない。同様のインセンティブがあれば洋の東西を問わず同様の病理が生じうるのだ。
  日本だって同じだ。最近評者が気になっている事例を挙げれば、評者の古巣経済産業省がやっている東芝救済だ。原子力に会社の将来を託す賭けが失敗した・・・そこまでは仕方のないことだが、その後の隠蔽・先送りのひどさは、この会社を株式市場に留め置いてはいけないことを示している。
  にもかかわらず官庁主導で「何が何でも潰さない、上場を維持させる」と言わんばかりの介入が行われている。この先例が「日本を代表する製造業であれば、政府が救ってくれる」という甘えを増長させ、「改革を断行しなければ会社が潰れる」という危機感を薄れさせ、第二、第三の東芝が後に続く結果を生まないかと評者は懸念する。

第三、では中国はこの問題をどう解決したらよいのだろうか、解決できるのだろうか。この点について本書が提示する処方箋は、例えば2013年の中国共産党「三中全会」が決定した改革案と共通するスタンダードなメニューだ。輸出競争力や労働生産性の伸びなど「成長エンジン」が最近衰えていることに警鐘を鳴らし、「成長の速度よりも持続可能性が大切」、「市場に決定的な役割を担わせる」「デレバレッジ、デフォールトと破産の容認、金利自由化、ディスクロージャとコーポレートガバナンスの改善」等々。その方向にまったく異論はないが、問題はほんとうに実行できるのかだ。
 なお、著者はとくに金融分野における「暗黙の保証」の解消を性急にやってはいけないことも強調している。「ショック療法は予期せぬ事態と手に負えないリスクをもたらす」として「漸進的な改革」を提唱している。それは同時に、「中国経済がいまにも崩壊する」ような状況にはないという著者の情勢判断も伴っているのだろう(評者もこの点は同意する)。
 では、このような処方箋で中国は問題を解決できるのだろうか。上述した米国における「暗黙の保証」事例を紹介するくだりで、著者は「(米国)政府が大手金融機関への暗黙の保証を終わらせ、投資家の暗黙の保証への期待を変えようと試みていることはどれもうまくいっていない」と言う。「金融危機後の銀行救済の規模はどんどん大きくなっており」「合併によりメガバンクはかつてないほどに巨大になって」いるため、「リスクが大きくなれば保証も大きくなり、保証が大きくなればさらにリスクが大きくなるという悪循環が生まれる」からだと述べている。
 ならば同じ理屈を米国よりもはるかに問題が深刻な中国に適用するとどうなるだろうか。いまは中国で教鞭を執る中国人の著者にこの点をぎりぎり問い詰めるのは気が進まないが、答は自ずと見えてくると言わざるを得ない。

 本書の末尾の一文は「失敗こそが、中国の暗黙の保証問題を解決する唯一の途であり、中国経済と金融システムを立て直すための方法だといえよう」だ。ここで言う「失敗」とは、著者が「もっと容認、普及すべし」と唱える「デフォールトと破産」のことだが、段落の小見出しには「企業、そして政府さえも」とある。まさに「失敗」のマグニチュードがどれくらい大きくなったときに、ほんとうの舵が切れるのかを中国は問われていると言えよう。
(平成29年8月5日 記)

注:「米中貿易戦争の内実を読み解く」(PHP新書)2017年7月刊




 

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