中国「IT社会」考(その2)
中国の未来実験、経済の地平線拡大
前回取り上げた中国のシェアライド(タクシー)、シェアバイク(自転車)などは米国発のビジネスモデルをパクっただけ、と思えなくもない。
中国発サービスも出現
しかし、中国発&初のビジネスモデルも出現し始めた。アリババ・グループの「芝麻信用(ジーマー・クレジット)」に代表されるクレジット・レーティング・サービスだ。
一言で言うと、個人や企業の信用度を「見える化」するサービスで、当初は同じグループ内のオンラインショッピングサイトでの個人の購買・支払事故歴や金融機関の信用情報などのデータベースを元にスタートした。個人の場合は950点満点、企業は2000点満点(企業誠信体系)で、信用度が採点される。
この信用システムを様々な企業、さらには政府までが利用し始めた。評点がX点以上あれば、各種サービス料金が割引になったりデポジットが免除になったりするところから始まって、空港のセキュリティ・チェックで専用レーンが通れる、700点以上あればシンガポールやルクセンブルグのビザが取れる等々メリットはどんどん拡大している。「逆もまた真なり」で、評点が500点に届かないと、いまやきちんとした職に就くのは難しいと聞く。
つまり、この新しい社会システムは、人々に約束や契約を守ること、善行を奨励するインセンティブを供与し、逆に約束違反、悪行にペナルティを科す仕組みなのだ。
プライバシーとの関係?
そう聞くと、我々は「プライバシーは守られるのか」という不安を覚えるが、中国の人は個人情報を管理され、閲覧されることに驚くほど寛容だ。「もともと約束を守らない我が中国の悪弊が是正されるなら大いに結構だ」等々。
何かにつけて「個人情報保護」がうるさくなった日本とは対照的に、中国では個人が裁判で訴えられたか敗訴したかといった情報もネットで検索できるようになった。さらに、上記の「芝麻信用」とは別に、裁判で敗訴してもなお債務を履行しない債務者に対しては、裁判所に「高額消費の制限措置」を申請できるようになった。申請が認められると、相手方は飛行機にも新幹線にも乗れなくなる(切符の購入に必要な実名・身分証番号をブラックリストに載せる)。
つい最近まで、「中国=約束・契約を守らない国」を常識としてきた我々日本人にとって、この10年の変化は驚くべきものだ。「あと10年経つと、中国は世界でもいちばん約束を守りマナーの良い国になるのでは」という冗談さえ聞かれるようになった。
似た仕組みはインドでも
このような仕組みは、ジョージ・オーウェルの未来小説『1984年』が描くような監視社会を招くのではないか。そういうサービスが成り立つのは、共産党独裁で個人の自由が制限される中国だからではないか・・・そんな考えも脳裏をよぎる。
しかし、個人情報を身分証番号や指紋情報とヒモ付けして、各種の商業的、公共的なサービスと結びつける仕組みは、実はインドでも普及しつつあると聞く(「アドハー」システム)。ひょっとしたら、「プライバシーという遺制」に足を取られた先進国を途上国が抜き去りつつあるのだろうか。
人類社会の行方
こういうシステムが普及すると、善行の奨励以外にもメリットがあるのだろうか。学者は取引のリスク・コストが劇的に低減するかもしれないことに注目している。「『見知らぬ人の間での信頼関係』という問題は莫大な取引コストを生じ、何十億ドルもの価値がある取り引きを妨げ、行われたはずの取り引きが行われずじまいになってしまっている」(ジョセフ・ヒース)。
全員が顔見知りの小規模社会は取引リスクやコストが低いが取引の機会が乏しいのに対して、大規模社会はその逆だ。しかし、ITの発達は両者のいいとこ取りをして、経済の地平線を大きく拡げるかも知れない。
どんな未来が人類を待っているかは分からないが、そんな未来の実験が中国で始まったことに時代の変化を痛感している。
(「国際貿易」誌 平成29年9月26日号所載)
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