Tsugami Toshiya's Blog
トップ サイトポリシー サイトマップ お問合せ 中国語版
ブログ 津上俊哉
一党独裁のパラドックス(前編)

ブログ始めます。初回は4月の反日デモが題材です。


             ブログ事始めの言

私はもともと長めの文章を書くのが好きで、興が乗るとすぐ五千字くらいいってしまう。しかしファンドの仕事に換わってからは、そんな「大作」を書く時間がなかなかとれない。もう少し「ライトな」書き物にしないと、ものを書く習慣が薄れてしまいそうだ。それに読み手側の負担という問題もある。とくにネットでは、読者が1ページに滞留してくれる時間はせいぜい数分間が限度だろう。
という訳で、今後このサイトで目標を1000字くらいにして流行りの「ブログ」なる書き込みをときどきやることにします。以後読者各位のご愛読をいただけますように。 (以上で約250字、初回はここから1000字を目標にします。)
----------------------------------------------------------------------------

            一党独裁のパラドックス

 4月の中国反日デモの背景についていろいろな推論が行われた。代表例を上げれば、デモは共産党の指導下で行われたと見る「官製デモ」説、貧富の格差などの理由で高まる社会的不満がデモの原動力であり、中国共産党は日本を内政に対する不満のガス抜きに利用したいとの思惑から「黙認」したとする説だ。この両説の間はいわば濃淡の縞みたいにつながっており、日本のおおかたの認識はこの中間線上のどこかに位置していると見てもよいのではないか。

 デモは週末毎に盛り上がり、4月中旬を期に当局の取締りが強化されて収斂した。その「屈曲」をどう見るか。官製デモ説ならば、暴徒化した16日の上海デモあたりで中国共産党が「日本に十分な教訓を垂れた」と判断して「撃ち方止め」の指示を出したと見るだろうし、黙認説ならば「利用するつもりだったが、運動が拡がり統制不能になる恐れが出てきたので、慌てて取締り強化に転じた」と見るだろう。

 両説の違いを挙げれば、官製デモ説は「中国共産党は全てお見通し、全てコントロール可能」、誇張して言えば、全知全能という前提に立っている。人は「よく分からない敵」を論ずるとき、往々にしてこういう仮定に立ちやすい。冷戦期のソ連を論ずる米国の論調にもまま見られたことだ(そう考えると、中共は日本ではずいぶん畏れられているのだと、可笑しくなる)。

 これに対して、黙認説は「中国共産党は大衆の不満を恐れている」と見る点、「屈曲点は中国共産党の読み違いから生まれた」と見ている点など、中国共産党を人間臭く捉えていると言える。官製デモ説に比べれば、現実味があって理解可能な対象として捉えていると言えよう。

 しかし、黙認説もまだ現実味が乏しいのではないか、というのが私の考えである。上述のとおり両説とも、屈曲点の前では中国共産党が積極的又は消極的にデモを利用しようと考えていた、しかし「デモを十分に利用したと判断した」、あるいは「利用すると害が益に勝ると判断した」ため取り締まり強化に転じた、と推論する。

 「そう解釈すれば前後の辻褄が合う」とばかり、屈曲の理由を合理的に説明しようとしている点が共通している。それが「計算づく」であっても「読み違い」であってもよいが、屈曲を一人の人が前後を通して判断し、選び取ったものとして理解する、言葉を換えれば、中国共産党を擬人化して、その作戦や意図を論じようとしていると言って良い。

 しかし、現実の政治プロセスは多くの場合、擬人化できない「複雑系」であると思う。今回の反日デモがそうだったという訳ではないが、例え話をしよう。ある政治的事件の途中で意思決定の担い手が交代したとする(交代の結果、屈曲が起きる想定だ)。前半のプロセスを主導した勢力はある考えの下にまとまっているから、その判断と選択は擬人化することも可能だ。後半を担った勢力も別の考えの下にまとまっているから、そこだけ見れば擬人化が可能だ。では、屈曲の前後を通した擬人化ができるだろうか。

 担い手が交代している以上、前後の辻褄が合わなくてもおかしくないのに、「それでは辻褄が合わない」と無理に辻褄の合う解釈を求める結果、現実から遊離してしまう。擬人化モデルの危うさはここにある。現実の政治プロセスは、異なる見方、思惑を持った登場人物や勢力が影響し合い、ときに対立する結果の「合力」によって展開していくものではないかと思う。そういう「合力」に一人の人間の意思のような辻褄を求めることには慎重でなければならない。

 開かれた民主主義国家では、報道により政治プロセスの中で起きている意見や利害の対立、主導権の変遷がかなり露わに見えるから、誰もこういう擬人化モデルで出来事を理解しようと思わない。しかし、中国共産党は意思決定の内幕を他人に覗かれることを極端に嫌う。そのせいで、中国で事が起きるたびに擬人化モデルが林立する結果となっているように思う。

-----------------------------------------------------------------------------

 やれやれ、1000字目標と言いながら、既に1600字近くになってしまいました。まだ書きたいことがあるのだけど、今回はここらで止めて、続きは次号にします。最後までお付き合いいただいてありがとうございました。     (平成17年5月22日記)




 

TOP PAGE
 ブログ文章リスト

New Topics

2期目習近平政権の発足

松尾文夫氏の著作を読んで

トランプ政権1周年

中韓THAAD合意

中国「IT社会」考(その...

中国「IT社会」考(その...

中国バブルはなぜつぶれな...

暑い夏 − 五年に一度の...

対中外交の行方

1月31日付けのポストに...

Recent Entries

All Categories
 津上のブログ
Others

Links

All Links
Others
我的収蔵

Syndicate this site (XML)
RSS (utf8)
RSS (euc)
RSS (sjis)

[ POST ][ AddLink ][ CtlPanel ]
 
Copyright © 2005 津上工作室版権所有