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ブログ 津上俊哉
「統一口径」について

最近よく思う 「人の心理が一番変化しにくい」 ということについて、また格好の題材を中国に見つけました。日本も他人のことばかり言っていられる立場ではないのですが・・・


                    「統一口径」について

  「統一口径」 という言葉をご存じだろうか。工業製品の規格の話ではない、政治的、重要な問題について外人と話すとき、中国人は自分の個人的考えを述べてはならず、中央の方針と一致する答えぶりに従わなくてはならないという紀律のことだ。

  例えば、「公務出国人員の外事紀律」 という決まりがある( 「統一口径」 をネットで検索すると、あちこちの地方政府のウェブに出てくる)。その第一条は「外事政治紀律」とあり、「公務出国人員が国外にある間は、国家の主権と利益、民族の尊厳を堅く守らねばならず、祖国に不利ないかなる話もせず、国や国民の国格、人格を損ねるいかなる事もしてはならない、国内及び国外の重大問題に関する外国向けの意見表明は中央と一致する 『統一口径』 で行わなければならず、個人的な主張をしたり、思うままを勝手に話したりしてはならない・・・」 とある。最近聞いたところでは、最初に言い出したのは周恩来なのだそうだ。

  「さすがは中国共産党の国らしい」 と思う方も多いだろう。しかも、これは 「公務出国」 人員だけを縛る決まりではない。最近は薄らいできたとはいえ、「国家利益のために統一口径たるべし」 は中国人全体の心理を縛る一つの行動規範であり続けている。 「言論統制はそこまで徹底している」 という見方をする人もいるだろう。しかし、共産党が口を酸っぱく説いても全然守られない規範だらけの昨今、なぜ、「統一口径」 は拘束力を持ち続けているのだろうか。

  中国では様々な国際問題について、上から言われなくとも国民が自然に一致団結する。日本ならサッカー・ワールドカップや先のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)のときくらいしか、お目にかかれない国民の団結心が様々な国際問題の上で日常茶飯のように発揮される。母国を貶す国民が多い我が日本から見ると羨ましくなるようなお国柄なのだが、中国人は昔からそうなのか。

  違うと思う。もしそれが中国人の生来の性分だったならば、中国が前世紀に半植民地化の屈辱を味わうこともなかったはずだ。むしろ 「統一口径」 は国が分裂し外部からの干渉を受けてしまったという民族の痛恨の記憶から生まれた教訓、そうしないと国が不利益を被ることを憂慮せざるを得なかった 「弱い中国」 の時代の自衛心理ではないかと思う。

  逆から考えてみよう、「統一口径」 的な考え方から世界で一番遠い国はアメリカだろう。団結したときのアメリカの怖さ・強さは誰しも知るところだが、彼らに 「ウチ向け、ソト向け」 という使い分けの意識は甚だ薄い。あたかもドルが世界中で通用するが如く、国内での甲論乙駁の議論がソトに 「流出」 することに彼らは支障も不安も感じない。

  「統一口径」という用語は、最近知り合ったある中国人留学生から聞いた。 「中国外交の欠点は何だと思いますか」 という彼の質問に対して、私は 「中国がソトに見せる顔が仮面をかぶったようで、仮面の下で何を考えているのかが見えないこと」 と答えた。 「・・・中国でも一つの問題について相対立する意見があるはずだが、ウチの分裂をソトに晒してはならないとばかり、『同じ答え方にしなくてはならない』 とか、『このことは外国人に話してはいけない』 とか考えていないか? それは交渉には有利かも知れないが、それでは外国人が 『中国人も我々と変わらない』 という共感を持てない。ソトで脅威論が喧伝される理由の一つはそこにあると思う。国益を害されまいとしてやっていることが、いまや中国に大きなコストをもたらしているのは皮肉だ」 と、言いたい放題を言った。それを聞いた留学生がバツの悪そうな顔をしながら、そういう考え方を 「統一口径」 と言うのだ、と教えてくれたのだった。

  日増しに強大になり、影響力を増す 「中国台頭」 の時代に即さなくなっているから、「統一口径」 ルールは改めるべし、と外国人が言っても中国は簡単には受け入れないだろう。国の強大化に伴って、中国も考え方を変えていかなければならないとする意見は 「和平台頭」 論をはじめ増えてきたが、依然主流にまでなったとは言いがたい。

  今回ネットサーフィンしていたら、「外事指南」 だの 「対外宣伝手帳」 だのと、「統一口径」 以外にも外国人に見られたら気まずいんじゃないかと思う「内輪向け」のマニュアルがいろいろあった。みんな人民服を着ていた時代に引き戻されるような古色蒼然たる中身が多い (昔と違うのは、ネットのおかげで日本にいても、こういう文件をたちどころに覗けてしまう時代になったことだ) 。こういう文件が、誰も強いて 「見直そう」 と言い出すことなく墨守されているところに、なかなか変わらない人間の心理が表れている。そう、人の心理が一番変化しにくい。しかし、急激に進む 「中国台頭」 の中で変化しないことのコストは日増しに高まっている。

  どうすればよいか、それは中国人自身で考えてください。 (平成18年4月7日記)




 

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