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ブログ 津上俊哉
アジアの価値観と理念は地球を救えるか

明代中国の航海家、鄭和に関するNHK特番に触発されて書いた前号「大海洋国家、中国」の続編です。


                    アジアの価値観と理念は地球を救えるか


  5月3日夜のNHK総合テレビで放映された明代中国の航海家、鄭和に関する特番について、もう一つ考えさせられたことを述べたい。

  インドから中東にまで進出した鄭和が見たのは、アラビア商人、ユダヤ商人、インド商人らが東南アジアからインド、中東、アフリカまでを股にかけた環インド洋地域で繰り広げる盛んな海上交易の世界だった。600年前の環インド洋は基本的に 「平和の海」 であり、通商による結びつきを基調とし、異教徒、異人種も互いを尊重し、信義を守る世界だった。
  欧米が覇を称える以前のアジア (中東からインド、中国までを含めて) には、鄭和の航海術だけでなく、アラビアの学術、中国の工芸など、当時のヨーロッパをはるかに凌ぐ先進的な文明も存在していた。

  番組は、その後16世紀に至り、国力が傾いた明朝が大航海の財政負担に倦んで内向きに転ずる中、ポルトガル、スペイン、オランダなどヨーロッパの暴力的な植民地主義が進出してきて、この地域の命運が暗転したと言う。
  衰退してしまった文明は世界史の陽の当たる場所に残らない。その後は我々アジア人まで欧米中心史観に馴らされてしまったが、いま、忘却されたもう一つの歴史の発掘が進められているそうだ。
  余談になるが、番組でその歴史の発掘と新解釈を語る人の少なからぬ割合は、この文明を葬り去ったヨーロッパ人の末裔だった。皮肉な話ではあるが、他方、失われた文明の末裔側に語らせれば 「お国自慢」 に聞こえがちな話を葬った側の末裔に語らせたことで説得力が増した (前回も述べた喜望峰ルート発見に関する新事実について、とくにそのことを感じた)。この点、番組の取材と演出は巧みであった。

  さて、「600年前の環インド洋は 『平和の海』 だった」 ことがことさら印象に残るのは、昨今世界中で異教徒、異人種、異民族の相克が激化しているからだ。とくに、イスラム文明圏からは西洋文明に対する激烈な異議申立てが行われ、「文明の衝突」 が現実味を帯びてきた。
  ここまで諍いが絶えない現代を見ていると、過去世界をリードしてきた 「西洋文明」 の行き詰まりさえ感じさせられる。イスラム教徒、仏教徒、ヒンズー教徒、ユダヤ教徒らが平和に共存していた当時と現代は何が違うのだろうか、当時のアジアに今後の世界が平和と安定を維持するよすがとなる材料はないのだろうか。

  とは言え、そこから 「西洋文明は行き詰まった、これからの世界はアジアの復権が支える」 といった結論に飛びつくのはいくら何でも安直に過ぎるだろう。当時は生産力や人口の爆発的な膨張などがなく、逆から言えば 「アジア的停滞」 の時代だったのかも知れない ( 「変化に乏しかったから安定が保たれた」 というのは着想としては当たっている気がする )。当時この地域にドミナントな支配勢力がなかったことも平和・安定が保てた一因であろう。
  そうだとすれば、当時と現代はずいぶん前提が異なる。とくに環インド洋地域が600年前に平和と安定を保てた所以を以上のように仮定するならば、中国の経済、政治的な台頭という環境の激変に見舞われている現代の東アジアは、平和と安定からはずいぶん遠い場所にいるとさえ言える。 「アジアの価値観や理念」 を掲げて西洋文明に 「降板」 を求めるどころではない、まずは己が内の平和と安定を維持できるかが当面の課題だということになる。

  しかし、これまで人類を導いてきた西欧由来の価値観や理念が、世界の平和と安定を保障することが難しくなりつつあるのだとしたら、後を継いで人類を導く新しい価値観や理念をどこかに探し、或いは作り出さなければならなくなる。環境制約が顕在化してきたことにより、生産力・人口・経済等の成長がいつまで続けられるのか?という新しい問題も浮上しつつある。それは 「技術革新と成長」 に慣らされた我々にとって憂鬱な話だが、それが世界の平和と安定を攪乱する材料でもあったとすれば、「停滞」 はある意味で平和で安定的な世界の到来を促すという別の側面があるかも知れない。
  平和と安定を重んずるアジア由来の価値観は、新たな価値観と理念の候補として吟味し続けていく価値があるように感じられたが、東アジアはそのためにも、まず己が 「修身」 に務め、平和と安定を尊ぶ ”Asian way” を実践していかなければならないだろう。                     (平成18年5月15日記)




 

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