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日本の不都合な真実 (その二)

日本が直面する 「不都合な真実」 は深刻だという話の続きです。


                     日本の不都合な真実 (その二)

  日本が直面する 「不都合な真実」 は深刻だという話の続きをする。
  不都合の最たるものは、京都議定書の削減目標と実態の間に実に 14% もの乖離が生じていることだ。2008 年から 2012 年までの 5 年間 (第一約束期間)、温室効果ガスの排出を基準年 1990 年の 12 億 6100 万 t-CO2 から -6% 削減しなければならないのに、2005 年度の実績は 13 億 6400 万 t-CO2 と、逆に基準年より 8.1% も増加してしまっている。増加分のうち 2.3% は原発の長期停止による影響だとされているが、今後もう原発停止事故は起こらないという保障もない。


  日本の温室効果ガス排出の太宗を占めるエネルギー起源のCO2排出量を部門別に見た現状と削減見通しは次のとおりだ。

  これを見て分かるとおり、1990 年と対比して、業務部門(オフィス・商業・サービスなど)と家庭部門の 2 つが群を抜いて増加している。家庭部門のシェアが 14.5% と低いのは自家用車が運輸部門にカウントされているためで、これを含めると家庭部門のシェアは 21%、1990 年対比では実に 40% 増加したことになる。
  ビルや住宅など、ストックが多いせいでエネルギー消費を減らし難い 2 部門が今後消費を現状より 2、3 割も削減し、それで国全体で必要な削減量の 7 割が賄われる・・・なにやら売れる見込みのない不良在庫を資産計上しているような話である。

  この 2 部門についての現実的なシナリオは、目標の 2010 年まで 「せめて、これ以上の増加は食い止める」というくらいが精一杯ではないだろうか。それを前提として考えると、削減不足量は単年で 1 億 t-CO2 以上増加することになる。政府が 2005 年に閣議で決めた目標達成計画では、上述の削減が可能だとしても、なお不足する分を排出総量の 1.6% (約 2000 万 t-CO2×5 年分 = 約 1 億 t-CO2 ) と見込んで、この分は 「京都メカニズムで対応する」 ことになっている。しかし、ここでの仮定に従えば、不足分は 5 年間で 1+1×5 = 6 億 t-CO2 になる。政府の計画は近々改訂される由だが、約束期間が来年から始まることを考えれば、今度はたとえ苦くてもホンネの数字を出すべきだろう。

  約束を達成できない場合はどうなるか。京都議定書によると「過剰に排出した量を 1.3 倍し、第 2 約束期間 (2013 ? 2017年) の総排出枠から差し引く」、喩えて言うならば、次の 5 年間、新しい削減目標に上乗せして前 5 年分の超過分を 3 割増しの超過利息、ペナルティ付きで 「返済」 しなくてはならない。本当にそんな削減義務を課されれば、産業も家庭生活ももたないだろう、非常に厳しい制裁だ。
  ただ、「京都議定書」 には、頑張っても削減できない場合に備えて 「京都メカニズム」 と呼ばれる救済措置が用意されている。クリーン開発メカニズム (CDM:Clean Development Mechanism)、共同実施 ( JI :Joint Implementation)、国際排出量取引 (International Emissions Trading) の三つの手段である。
  CDM の例で言えば、削減目標を負っていない途上国で、日本が関与する排出削減プロジェクト (たとえば省エネ事業) を実施し、その結果生じた排出削減クレジット (CER (Certified Emission Reduction)、以下本稿では 「CDM/CER」 と呼ぶ) を日本の排出枠にカウント、つまり超過分の帳消しに使える仕組みである。

  日本での京都メカニズム利用は数年前から始まっており、大手産業界は経団連を舞台とする 「自主行動計画」 に基づき、自前の省エネ努力を行うとともに、1990 年の自社対比 -6% の目標達成の不足が見込まれる分について CDM/CER の購入を始めている (大口排出者である電力業界は 3000 万 t-CO2、また、鉄鋼業界は 2700 万 t-CO2 を取得する予定を発表)。
  しかし、基本的には、これらの努力は産業やエネルギー転換部門が自らに課せられた削減目標を超過した分を帳消しにするための手段であり、帳消しの 「余り」 が大量に出てこないかぎり、上述の仮定に基づく不足量 6 億 t-CO2 は、国が対策を講ずるほかないだろう。

  もう一つの 「不都合な真実」 は CDM/CER の需給と価格の問題だ。政府は京都メカニズム利用の具体策として、2006 年度から予算を計上して、CDM/CER の購入を始めている。しかし、昨年の国会議事録を閲覧すると、政府は正確な予測は困難としつつも、「・・・ 1 億t-CO2 のクレジットを確保するのに、約 700 億円から 1,500 億円程度必要・・・」 との見通しを述べている。CDM の購入単価が 2004 年時点で 5.4 ? /t-CO2 だったこと、世界銀行が予測した 2010 年時点の予想価格が 11 ? /t-CO2だったことが根拠のようだ。現状は約 8 euro(≒ 10.4 ?)である。
  しかし、価格は需給によって変動する。政府は同じ答弁で 2012 年までに約 8 億 5500 万 t-CO2 程度のクレジット発行 (供給) が見込まれると述べる一方、需要については 「約 7 億 t-CO2 弱ではないか」 と見通している。「供給量がこのとおり出てくる保証はない」 と言っているが、おおむね需給はバランスするとの認識に立っていると見てよいだろう。
  しかし、エネルギー消費量が日本の 1/5 以下のオランダや 1/3 以下のスペインも同じく 1 億 t-CO2 が不足するとして CDM 購入を急いでいる。仮に日本の削減不足量が急に 5 億 t-CO2 も増加すれば、需給バランスが崩れるのは確実だ。
  この場合、CDM 価格の高騰が起こる。理屈の上では代替策のコスト(注) に向かって値上がりしていく。仮に A 国の代替策限界コストを 50 ? /t-CO2、B 国は 60 ? /t-CO2、日本は 80 ?/t-CO2だとしよう。CDM 価格が 50 ?を超えると、A 国は CDM 対応を放棄して国内対策に転じ、A 国の分だけ CDM 需要が減る (価格上昇につれて新規供給も増えるはずだが、CDM 事業の立ち上げには時間がかかるので、短期的には供給が増えないのがつらい)。50 ?でも需給が均衡しなければ、価格は次の B 国の 60 ?の大台に向かって上昇するが、どこかで需給が均衡する ・・・ そんな展開になるのではないか。
  加えて頭が痛いのは、今後は新規の CDM 事業立ち上げが急減しそうなことだ。いまの 「京都議定書」 の下では、第一約束期間が 2012 年までで、それ以降は CDM 収入を得られる保証がない。もともと事業を立ち上げて稼働するまでに 1?2 年はかかるうえに、「後ろも切られている」のでは、収入期間は 3?4 年しかなくなる。事業者側としては、これから新規着手しても割に合わないという訳だ。しかし、新規供給が細る中で需要が急増するというのでは、先が思いやられる。
(注) 京都メカニズムに頼らずに国内の省エネ等を進めて排出量を 1 t-CO2 削減するために必要なコスト

  強いて言えば、CDM/CER の価格が青天井式に暴騰することはないという見方も、あるにはある。CDM の代わりに、もう一つの京都メカニズム 「国際排出量取引制度」 に基づき、ロシアが売り出す 「ホット・エアー」 を買い付ける手段があるからだ。
  しかし、ホット・エアーには重大な欠陥がある。ロシアはペレストロイカ以降の経済混乱があったせいで、既に現状排出量が 1990 年対比で半減している。この 「既に減った分」 がホット・エアーと呼ばれているが、それを 「買い取る」 見返りに、先進国が枠超過を認めてもらう仕組みである。
  ・・・誰しも 「その取引はどこかヘンだ」 と感ずるだろう ・・・ 先進国の枠超過と引き換えに途上国の排出が減る CDM と異なり、ホット・エアーの取引が行われても、地球上の温室効果ガス排出量は全く減る要素がないからだ。気候変動対策の本筋から見れば、「まがい物」 と言うほかはない。
  そんな制度が認められた背景には、京都議定書交渉の過程で、西側に人気のあったエリツィン大統領への援護射撃という側面があったという人もいる。おまけに、CDM 価格が高騰すれば、ホット・エアーの価格も連動して高騰する。ロシアはその好機を窺っていると言われる ・・・ 「京都議定書懐疑派」 の主張も心情的には分かるというものだ、やれやれ。
  削減量が不足したときの逃げ道として CDM だけでなくホット・エアーもあることは 「不幸中の幸い」 かもしれないが、それでも負担増は間違いなく生ずる。
  以上のような性格のせいで 「枠の超過をホット・エアー買取で辻褄合わせするのは最悪だ」 ということは立場を超えて共通の認識になっている。それにも関わらず、国内外の多くの識者が 「このままでは日本はそうするしかないだろう」 と見ているという。「環境先進国」 の筈の日本が恥を忍んで 「なりふり構わず」 ホット・エアー買付に走るしかないのだろうか。

  以上をまとめると、戦慄すべき結果になる。約束期間中の削減不足を埋め合わせるために必要な CDM/CER の購入量が 5 億 t-CO2 増加し、価格は想定していた 10 ?前後から 2、3 倍にでも値上がりしたら、5 年分の所要予算額は優に 1 兆円を上回る。
  CDM については、いま世界で取引所設立の構想が持ち上がっている。そうなれば投機資金が流入してくる。株や外貨などの相場では、空売の決済等に迫られて、どんな値段でも買わざるを得ない状況に追い込まれる参加者がいて、大抵ひどい目に遭う。とくに、その窮状を他の参加者に嗅ぎつけられると、投機の食い物にされるので、より悲惨な末路を辿る。日本はそうなる道を歩いていないか。
平成 19 年 2月 22日




 

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