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ブログ 津上俊哉
TCI 向け投資中止勧告が意味するもの

いろいろ感ずるところがあったので、急いでポストします。あまり推敲していないので乱筆乱文はご容赦願います。 注記:少し書き足しました(平成20年 4 月 19 日)


                TCI 向け投資中止勧告が意味するもの

 英系投資ファンドTCI のJパワー株買い増しが中止勧告を受けたことについて、二つ感想を述べたい。

  第一は、この問題が 「外資」 問題として論じられることへの違和感だ。外為法に基づいて審査に当たった関税・外国為替等審議会 (外為審) 外資特別部会は、TCI が買い増しによって会社経営への影響力を強めると、Jパワーが保有する基幹的送電線網や青森県大間の原発建設計画に支障が出て、電力の安定供給に影響しかねないと判断したという。「TCI は買い増しを実現すれば原発建設に反対する可能性がある」 という予測については筆者も同感だが、国内ファンドが建設反対提案をして委任状争奪戦を展開したらどうするのか。
  仮に、「それは阻止する手だてがないからしようがない」 と言うのなら、まことに奇妙な「安全保障・公の秩序」概念だし、TCI の買い増しを阻止したことは “xenophobia” (外人嫌い) の誹りだって受けかねない。さらに言えば、「国内株主の提案なら阻止する手だてがない」 と聞けば、TCI は何らかの形で国内企業をダミーに立てて外為規制を回避しながら再トライしてくるかもしれない。
  逆に、「国内株主であってもJパワーの原発建設計画を阻止するような行動は許さない」 というのであれば、「安全保障・公の秩序」 の考え方としては首尾一貫する。しかし、政府には委任状争奪戦への介入しか手だてがないだろうから、マスコミ・世論対策やら主要株主企業や金融機関など外部関係者に対する根回し・働きかけをするのだろう。
  それは成功するかもしれないが、そうなったとき、Jパワーは現行会社法とは相容れない別のルールで統治される会社だということになる。大間原発の建設は、いまの同社にとって 「既定方針」 かもしれないが、数千億円かかり回収にも長期間を要するような投資をするか否かの重大問題なのだから、同社の株主は 「既定方針」 を再吟味し、必要なら変更する権利がある。投資を中止することは政府の意には沿わないかもしれないが、何の法令違反も構成しない。
  政府が同社による原発建設がそれほど重要だと考え、その考えに対していまの同社株主の理解が得られないのであれば、即刻、同社に TOB をかけて 「特殊会社」 に戻す・・・それがスジというものであろう。いまや 「完全民営化」 された株式会社に対して、1 株も持たない政府が安全保障の名の下に投資せよと干渉することは、いまの我が国法制では説明できない。株式市場や他の上場企業から見ても、現行ルールが予定しない 「異物」 が市場に混入しているせいで、市場全体の閉鎖性やらを言い立てられ、外国資金が逃げていくのは迷惑きわまりない話だ。
  「政府がTOB をかけるなどと言えば、それこそTCI の思うつぼではないか?」そのとおり。だが、TCI があまたの上場企業の中でJパワーに狙いを定めたのは、この制度上の歪みに目をつけたからではないのか。

  第二の感想は、本件がこれまで発動されたことがなかった外為法第26 条及び第27 条に基づく投資の変更・中止の勧告・命令(外為法第 26 条、27 条)の 「第一号案件」 だという点についてだ。
  以下は憶測だが、今回政府が行動した背景には、中国や産油国で設立が相次ぐ SWF (国家投資ファンド) 対策があったと思う。一朝ゆゆしき買収事案が出来したとき、法的措置を執ろうにも、一度も手続を動かしたことがない、ではあまりにも心許ない (私も役人時代に一度関わったことがあるが、「発動した先例がない」 と聞いて 「それじゃ死文規定ということだな」 と言った覚えがある)。
  今回勧告の別の理由は制度の試運転にあったのではないか、本質的に 「外資」 問題とは言えない本件は、その意味で 「試運転に乗り合わせた乗客がたまたまTCI だった」 に過ぎないのではないか。

  Financial Times 紙は、TCI 買い増しの中止勧告を報ずる記事の中で、「これは西側諸国が 『戦略的な』 資産 (最近ますます広汎な解釈をされているように見える言葉) に対する外国投資を制限しようとする流れの最新事例である」 とコメントし、類似例として、豪州政府が中国アルミによる同業大手リオ・ティントへの資本参加を審査した事例 (注)、ニュージーランド政府がカナダの年金基金によるオークランド空港買収を阻止した事例、カナダ政府が米国企業による宇宙技術の会社の買収を阻止した事例などを挙げている。ほかに米国政府が中国による米石油会社ユノカル買収を阻止した事例も想起される(“TCI bid to lift J-Power stake blocked”、4 月 16日付け)。
  日本でも中国が SWF (中国投資公司、CIC ) を設立して以降、「中国政府が SWF による M&A などを仕掛けて日本の戦略的な重要技術を手に入れようとするのではないか」 といった警戒感が高まっている。そこで流失が懸念されている 「戦略的」 技術の範囲は伝統的な 「安全保障」 関連 (軍事技術など) を超えた経済・ビジネス上に及んでいる。
  今回の一件はたまたま電力業種が舞台だったが、中止勧告・命令制度が SWF や政府が危惧の念を抱くような外国投資家 (たとえば製鉄のミタル・グループ?) と 上述するような意味での「戦略的な企業、技術」 を念頭に置いて始動されたのだとすれば、影響が及ぶ範囲ははるかに広がる。 投資対象の会社 (技術) の 「戦略性」 を理由に外国投資が否認されるリスクがあれば、 SWF ではない外国投資家も国内投資家も、「買収提案による株価上昇シナリオの蓋然性低下」 を織り込む。上場企業は 「戦略的な技術を持っているがゆえに株価が下がる」 という皮肉な現象が起きかねない。唯一の救いは、上述 FT紙を見るかぎり、この風潮は日本に限ったことではないらしいということだ。

  SWF は運用する側も投資を受け入れる側も不慣れで、まだ腹を探り合う状態だ。目下議論されている 「運用透明化」 が進み、株主権の行使範囲などに相場観が出来上がるまでの間は、受け入れ国が警戒的な姿勢を取り続けるのは致し方ない面もある。しかし、漠たる不安を背景に安全保障理由の制限がむやみに拡大すれば経済厚生は損なわれ、誰も勝者のいない結果になる。投資側には不安感を誘うような行動の自制、情報の公開を、受け入れ側にも 「投資拡大は基本的に良いこと」 を念頭に置いて、進んで相互理解のための対話をする努力が望まれる。
平成20年4月17日 記

注:中国アルミ (チャイナルコ) によるリオ・ティント資本参加はやや込み入った背景のある案件だ。目的が別の豪州系鉱山会社、BHP ビリトンによるリオ・ティント買収計画を牽制、阻止することにあったためだ。BHP ビリトンによるリオ・ティント買収には、圧倒的な力を持つ資源会社の誕生により原料を調達する下流の製鉄・金属会社などが著しく不利な立場に置かれるという懸念が世界中から表明されたし、チャイナルコの対抗提案も同様の見地から米アルミ大手アルコア社との共同参加という形で行われた。




 

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