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ベトナムが経済危機!?

当方が情報の 「外野」 にいるのでヤキモキするだけかもしれませんが、このことを知って、ひとこと言いたくなりました。


                      ベトナムが経済危機!?

  また中国に出張に来ているのだが、話をしていた当地の友人が 「ベトナムの経済危機が・・」 と言ったので、「え!?」 と思った。少し前、どこかで 「 1997 年のタイの金融危機に似てきた」 と書いてあるのは読んだが、「経済危機」 というほど深刻化したのか?

  日本のネットを調べても東南アジアを概括した記事が出てくるくらいだが (注)、中国のネットを調べると、出てくるわ、出てくるわ。結論から言えば、「まだ真性の経済危機とはいえない」 としつつも、「制御不能の縁にいる」 といった報道がどんどん転載されて、大きな注目を集めていた。そこに書かれている限りの情報を拾うと、こうなる。

 ○ 5 月の CPI (消費者物価) 上昇率が対前年比 25.2% に達した ( 4 月の 21.4% からさらに悪化)
 ○ 政府は最近の物価急騰に直面して、急遽目標成長率の引き下げなど緊縮型経済政策をとることとし、5 月 19 日に基準金利を 8.75% から 12% に、6 月 10 日には、これをさらに 14% に引き上げた。
 ○ 貿易赤字は 2007 年に 120 億ドル、これは 2006 年比 2.7 倍の増加だったが、今年は 1-4 月だけで 111 億ドル (前年同期比 71% 増) に達した。世銀の予測によると、今年の対外債務の規模は 240 億ドル、GDP の 30.2% に達する (ちなみに、外為準備高は急増しているものの 2007 年で 150 億ドルと外債規模に比べて過小)。
 ○ 中央銀行は今年の経常収支赤字の規模を GDP 比 5%、2009 年には 7.5% と予測している ( 1997 年にタイの金融危機が発生したときは 6.5% だった。抱える外債の期限や外為規制に違いがあるので同列には論じられないものの、異常に高いといえる)
 ○ 資本取引はまだ十分自由化されておらず、為替レートも厳重な管理下にあるものの、12 ヶ月物の NDF (Non Derivative Forward;為替先物の代わり) があり、これによると、対ドルで 30% 前後の下落が予想されている。また、国民がドン先安を嫌気して、ブラックマーケットでドンを外貨や金に変える動きが活発化している。
 ○ 以上のようなマクロ経済情勢を受けて、過去 2 年急騰してきた資産価格が下落を始めている。2005 年に 10 億ドルだった株式市場の時価総額は 2007 年に 200 億ドルを突破、VN インデックスも 1170 のピークをつけたが、その後は下落、5 月 27 日には連続 16 日間下げを記録した後、「機器の故障」 を理由に 2 日間取引が停止され、6 月 9 日にはインデックスが 380 を割り込んだ。また、ホーチミン市の住宅価格は 2005 年に平均 200 ドル/? だったのが 2007 年には 600 ドルに急騰、しかし、最近は反動で急落が起きている。
 ○ 政府は既に経済引き締めの方向に舵を切り、物価沈静化、金利引き上げ等の措置を執っているものの、フィッチ、ムーディーズなどの格付け機関はこれでは 「力不足」 と判断、5 月末以降、ベトナムのソブリン債格付け (現状BB) の見通しを相次いでネガティブに修正。
 ○ 1997 年のタイ金融危機の最大の原因は、外債の過半の割合を占めていた短期外債が雪崩を打つように引き揚げられたことだった。その点から言えば、いまのベトナムは資本取引が当時のタイほど自由化されていないし、為替レートも厳重な管理下にある、国有経済が全体に占める比率も依然高いなど、事情が異なるので、「タイの二の舞」 と即断するのは禁物だ。しかし、容易ならざる形勢なのは確かであり、制御不能に陥るか否かの縁 (崖っぷち) にいるといえよう。

  さて、もとより門外漢の筆者にベトナム経済の行方を占うことはできない。それにも関わらずこの問題を取り上げたのは、続けて次の記事を読んだからだ。
  格付け引き下げが行われた 5 月末に、ベトナム共産党ノン・ドゥク・マイン書記長が訪中したという。この訪問は 「胡錦涛総書記の招聘による公式訪問」 といいながら、事前の外交日程には載っておらず、1 週間前に突然発表されたという。四川大地震の直後であるし、30 日の前後には韓国の李明博大統領、台湾の呉伯雄国民党主席の訪中も集中していた。通常ならこんな時期は選ばないし、訪問する側も遠慮するだろう。ベトナム側によほど火急の用があったに違いない。
  会見後の発表内容もヘンだった。ノン書記長は中越両国の 「同志であり兄弟でもある伝統の友好関係」 を強調し、「中越関係はホーチミン主席と毛沢東主席が自ら打ち立て、両党、両国の歴代指導者が心を込めて育てた、中越両党、両国及び両国人民の何物にも代え難い宝」 と述べたというのだ (ノン書記長の発言として発表されたのはこれだけ)。

  以下はこの唐突で不可解な首脳訪問について、市井のブロガーがした書き込みであるが、なかなか的を射ていると思うので転載する (中国の公式メディアや政府が述べたことではないので、誤解なきように願います)。
 ○ この突然の訪問が目下急を告げるベトナム経済情勢と無関係な筈はない。「藁をも掴む思い」 だったのではないか。ベトナム側が要請したことは、恐らく外為支援を含んでいる筈だ。また、中国が 「窓口指導」 を行い、中国資本や香港資本が急激に引き揚げるようなことのないように (筆者注・・華人資本にはありそうな話だ) と要請したのではないか。
 ○ 今回救援要請に来たベトナム側は分かっている、中国は 「動くべき時には動く」 ことを。そうすることは中国にとっても、少なくとも四つのメリットがある。相応の政治的・経済的利益を得られる、中国のイメージとソフトパワーを向上できる、ベトナムの西側幻想を打ち消せる、国内向けの宣伝効果もある・・・

  以上を読むと思わず問いたくなる、同様の要請は日本に来ていないのか?と。しかし、首脳レベルが至急の会見を求めてきたとしても、日本は応じていたかどうか・・・この頃、皮肉にも日本外交は第 4 回アフリカ開発会議 (TICAD IV) で大忙しだった (アフリカ支援がいかんと言うつもりは毛頭ないが)。

  日本はベトナムを東南アジアの中でも親日国と位置づけてきた。とくに近年多くの日系企業が進出して経済関係が深まったので、日本が東南アジアで中国の勢力拡張に 『対抗』 する拠点にしたいという思惑も政官界にあると聞く。
  しかし、そのベトナムの異変を中国がここまで大きく取り上げているのに、日本ではメディアも政界も経済界も無関心なのはどうしたことか。通貨当局しか知り得ない情報というなら別だが、経済統計、株価下落、格付け引き下げなど、公開情報はいくらでもある。日頃日本で 「言論統制」 を揶揄、批判されている中国のメディアから以上の事態を知るというのは不本意だ。
  実は筆者も世間も知らないだけで 「日越政府は密接に協議中、イザというときの手筈も整っている」 ということであれば、大いにけっこうだ。昔なら財務省の 「隠密」 通貨外交により、世間はもとより、政界にもマスコミにも気づかれることなく、密かに官邸とだけ相談して、大規模な支援パッケージの準備をすることもできただろう。しかし、そういう霞ヶ関の力はいまも健在なのか。
  親しくて重要な筈の近隣国が 「崖っぷち」 にいるのに、みんな無関心・・・いまの日本のノーテンキと内向き姿勢がはしなくも現れていると感じた。中国は大震災直後だというのに周辺への目配りを欠かしていない。対する日本、「中国への対抗」 を言うのはけっこうだが、「うどん屋の釜 (湯だけ=言うだけ)」 では誰も相手をしてくれない。
  困ったときにベトナム首脳はどっちを頼ったか・・これがいまの日本の外交、ソフトパワーの実態かと思うと残念だ。
平成 20 年 6 月 15 日 記


(注)日本でもネット上の専門媒体はこの問題を取り上げている。また大マスコミもベトナム経済の異変をまったく報じていない訳ではない。調べたかぎりでは日経新聞の現地特派員氏は何度か記事を書いており、最新のものは気がかりな調子でこう書いている「・・保有株の下落で金融機関の経営悪化懸念も高まってきた。株価急落は一時的な「過熱の修正」か、長期的な「経済の変調」か。市場関係者の見方は徐々に後者に傾きつつある」と。ただし、記事が載ったのは投資家向け雑誌、載った分量もたった238文字だった(6月8日付け日経ヴェリタス Chart of the week「ベトナム株7割下落」)





 

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