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ブログ 津上俊哉
「大恐慌」 以来の経済・金融危機 (その3)

この問題について、あれこれ考え出したら止まらなくなりそうですが、本号の後は最終号、のつもりです。


                     「大恐慌」 以来の経済・金融危機 (その3)
                       「終末」博士の不吉な予言


  米国発の金融・経済危機が日本を始め世界に及ぼす経済損失は、? CDO(Collateralized Debt Obligations;「合成担保証券」と訳すべきか・・) などサブプライム問題で直撃を受けた金融資産毀損による直接損失、? 米欧金融機関の株式下落や破綻による二次損失、? 公的救済進行の過程で予想される米国財政危機に伴う米ドル、米国債の信用低下に伴う三次損失といった風に分類でき、発生もこの順番になると思われる。
  ところで最後の ?、米国の財政危機が顕在化しそうな場合、当然ながら関係国は緊急に集まり協調対策を練らなければならなくなる。それ無しに足並みが乱れると、ちょっとした弾みで制御困難な市場の暴落が起き、世界が被る傷手がますます大きくなりかねない。
  この問題は喩えて言えば、如何に米国に輸血 (ファイナンス) するかというER (救急治療) であり、対策は参加各国の外貨準備による米国債共同買い入れ、政府の手による買い入れだけで間に合わなければ、世界協調利下げによる流動性供給をすることになると思われる (注1)。
  さて、この対策会議のメンバー如何? 伝統的に言えばG7蔵相及び中央銀行総裁といったフォーラムであろうが、これだけでは足りない。中国やロシア、ブラジル、インドなどが入ったG20とか、さらにシンガポールや湾岸産油国など有力な資金の出し手を含めた会議が必要だろう。要するに、新興勢力に目を配った 「第2プラザ合意」 みたいなことだ。

  そういうことになったら日本の担当者達に是非お願いしたいことがある。世界がより深刻な危機に突入するのを防ぐためだから協調対策に参加することは必須だが、同時に参加する日本の、国としての得失勘定を予めよく考慮して欲しいということだ。
  1986年のプラザ合意も当時は必要だったと思うが、そのとき日本の国益は本当に十分考慮のうえでディールがされたのだろうか。また、その後も米国が苦しかったとき、当時はまだ「権勢」が残っていた官僚機構が 「対米配慮」 一辺倒で、みすみす差損の出ると分かっている米ドル資産を金融機関に強引に買わせる行政指導をしたといった話も聞いた。あの頃は日本経済もまだ元気だったが、今はそうではない。公的部門が千兆円に達するような債務を背負い、高齢化や世界経済の地殻的変動に対応していくための経済構造改革も遅々として進んでいないのだから。
  その日本が、読みが浅く対策の検討がなかったがゆえに、或いは 「国益は自分で守る」という使命感が足りないせいで、ババを引かされるような合意にサインしてしまうといった事態は是非とも避けて欲しい。いまや日本の国力・影響力の最後の砦である1500兆円の金融資産をここで手ひどく痛めたら、この国は経済的にも精神的にも立ち直るのがますます難しくなる気がするのだ (なんだか 「目減りした家産にしがみつく能のない三代目」 のセリフみたいで情けないが)。

  そうならないために何を心がけるべきか。素人が付け刃で考えることゆえ、生煮えで不十分なこと極まりないが、思いつくかぎりを言えば、合意は次のようなものであって欲しい。
  第一に公平性を確保したマルチ (多国間) の合意であること。日米バイラテラル合意は禁物だ。さもないといいカモにされる、あるいはバイ合意した上でもう一度マルチ合意の負担をかぶせられる可能性がある。旧いG7メンバーだけでも不十分だ。債権者側・債務者側を公正に代表する顔ぶれになっていない。米国とビジネスモデルを共有してきた欧州金融機関の痛み方も相当ひどいらしく、米欧は問題によっては利益共同体として行動する可能性がある、そのときに、残る日本とカナダだけでは何もできない。
  第二に、債務国 (米国あるいは米欧) にも適正な痛み・負担を強いる公平な枠組み、かつ今後の問題再発防止にも有用な枠組みであること。前号でも述べたように、イラク戦争、住宅ブームなどにより持続不可能な双子の赤字を産んだ借り手の米国が 「有責」 ならば、その米国にカネを貸し続けるとともに、キリギリス式の繁栄をつかの間お相伴したBW2諸国及び日本も 「有責」 であり、「応分の」 貸し手責任を問われることは 「常識」 にも適っている。したがって、BW2諸国や日本は、米国由来の負担をいっさい免れることは期待すべきではないし、不可能だ。
  しかし、だからと言って、問題の震源地である債務者米国の責任が不当に軽減され、他国に転嫁されれば、人類史上最大のモラルハザードを産む。米国は懲りず、世界をかけ巡る過剰流動性も温存され、もっと大きな次の問題を生むことになるだろう。
  第三は、第一、第二で触れた問題を防ぐためにも、各国のコミットメントを市場のような場で監視可能な枠組み (見える化) を目指すべきだ (こう言っておいて、それ以上具体的イメージが湧かないのが情けないが)。
  以上の 「べき論」 が 「言うは易く行うは難し」 の典型であることは自分でもよく分かっているつもりだ。緊急招集される多国間メンバーが 「会議は踊る」 をやっている暇はない。「米国に適正な痛み・負担を強いる公平な枠組み」 と言っても、かの国はそういう義務にかぎって不履行を重ねてきた前歴があり、本当に履行が担保できるのか (注2)。コミットメント履行の 「見える」 化といっても、いつ、誰がその設計をするのか、などなど。

  そうであるからこそ、第四のお願いがある。こういう緊急事態に備える上では、なるべく事前に情報を収集・分析、かつ 「こう来る、こう打つ」 という囲碁将棋のような 「読み」 を入念に行っておくことが肝要だが、独りで考えているだけでなく、利害を共にする同士で情報と意見を交換し、合意形成の備えをすることが欠かせないと思う。
  官僚機構は衰えたりとはいえ、外交や国際金融のチャネルを通じて、既にそういう仕事を始めていると期待したいが、問題は日本と利害を共通にするが、G7のような伝統的メインストリームに属さない国との情報・意見交換が行われているのかどうかだ。
  具体的に言えば、シンガポール、韓国、湾岸産油国などBW2諸国が対象になるが、交流すべき最大の相手は、実は中国だと思う。前号の末尾注で述べたとおり、中国では指導者層も一部世論も、今回の金融・経済危機で中国が被る恐れのある損失に既に神経を尖らせている。それも当然、モルガン・スタンレーや米系ファンド会社ブラックストーンに対する数十億ドルずつの出資、そして外貨準備が保有すると言われる数千億ドルのGSE債の損失問題が既に顕在化しているのだから。最近商務部長など政府高官が米国にドル価値を維持する責任を強い調子で指摘したのはその危機感の表れだが、問題は 「では、対策如何?」 にあり、財政危機に伴う米ドル、米国債のシステミックな危機となると、中国も独りで考えているだけではお手上げ、立場を共有する同士が意見交換する値打ちは大きいはずだ。
  そして (これは賭けてもよいが) そういう日中間の情報・意見交換が真剣にできれば、日本は中国の方が広く深い情報と多種の 「こう来る、こう打つ」 の読みのセットを持っていることに気付くだろう。理由は二つ、中国がこの問題に危機感を持ち、検討を始めたのが日本より早いから、そして、いまや世界の金融界では日本より中国の方が人脈も情報もあるからだ (世界の金融界首脳が年間どれだけ訪中しているか、ポールソン米財務長官だって(前職のGS時代を含めてだが) 物見遊山のために80回も訪中している訳ではない)。
平成20年8月26日 記
(この項さらに続く)

注1:協調利下げで流動性供給と言っても、世界的な資源インフレの方はどうするのだ? という問題がある。しかし、市場が世界不況に向かうことによる需要減を織り込み始めて資源価格もいっときからかなり下落しており、米国危機が深まればその傾向は一層強まるだろう。つい一ヶ月前まで世界各国は利上げに動いていたが、いまや利上げに向かう加速度は急速にマイナスに転じ、既に利下げに動いた国も出てきた。ルービニ教授も 「危機が深まる過程で、インフレは中央銀行が心配すべき 『最後の問題』 になるだろう」 と述べている。逆に言えば、来るべき世界不況の谷はそれほど深いという覚悟が要る。
  それでも石油がバレル100ドルを下回ることはないだろうが、「金融商品」 化した資源が天井知らずに上がっていく心配をする必要は減じている。むしろ、我々はほどなく省資源・省エネルギーの新しい技術革新の波を目にすると信じたい (今晩放映されたNHK 「クローズアップ現代」 がこのことに触れていて、ちょっぴり元気が出た)。
  協調利下げ策に懸念があるとすれば、危機を避けるのに必死なあまり、この10年間世界経済をおかしくした過剰流動性をまるまる温存することがあってはならないということだ。その則を超えて利下げをしすぎれば、いまや一国の手に余るようになったグリーンスパン流を、今度は世界の手でまた繰り返すことになる。

注2:外国から米国の国際義務履行について見ると、かの国の行政府と議会の分立の仕組みが極めてリスキーである。米行政府とさんざ交渉を重ねて合意した内容が議会で否認されて (あるいはその見込みを理由にされて) それっきり、という事例がどれほど多いか、古くは国際連盟創設、下って日米問題で言えばFSX共同開発合意 (私は役所でこの 「後始末」 をした経験がある)、最近では京都議定書など枚挙に暇がない。
  しかし、如何に 「第2プラザ合意」 における米国の義務履行を担保しようと努力しても、この仕組みには実は大きなループホールが隠れている。「米国の国力低下による世界公共財の供給減少」 がもたらす問題である。この点は次号で触れたい。




 

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