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ブログ 津上俊哉
「大東亜戦争」 の時代背景と心情 (その1)

明けましておめでとうございます。年末年始のお休みの間に、最近繰り返し読んでいる本の読書感想文を書きました。例によって分量が多いので、数回に分けてアップします。


「大東亜戦争」 の時代背景と心情 (その1)
『「近代の超克」とは何か』 を読んで

     輝し大東亜生るる胎動は今し極り対米英開戦す

耐へに耐へこらへ来ましし大み心のらせ給へば涙落ちにけり

  ひたぶるの命たぎちて突き進む皇軍のまへにABCD陣空し

  「米英に対する戦争が宣言せられた時、国民はからりとした気持ち
になった。それまで、もやもやしてゐたのがきれいに晴れたといふ気持
であった。 我々は既に久しく忍ぶべからざるを忍んできたのである ・・・ 」
(昭和17年1月 『中央公論』 新年号 巻頭言)

  これは昭和16年 (1941年) 12月8日、日本が真珠湾を攻撃し米英に宣戦布告した直後に生まれた歌や出版物だ。言論の自由が許されず、思想を取り締まる憲兵に迎合せざるを得なかったと聞く、暗い戦前昭和の産物にも見える (そういう側面はたしかにあった)。しかし、「ABCD包囲陣」 を嗤った三番目の歌を詠んだのは当時を代表する良心の一人、南原繁 (注1) だったと知ると、「戦前=言論統制」 というステレオタイプだけに頼って判断することも躊躇われる。「対米英開戦の報道は、ほとんどの日本人を大きな感動の渦のなかに置いた」 のはかなり事実だったらしいのだ。
  しかし300万人以上の同胞を殺し、日本を亡国の一歩手前まで追い込んだ無謀の極みの戦争を 「もやもやの晴れた、からりとした気持ち」 で迎えた当時の日本と国民は、いったいどういう時代背景と心情の下にあったのか ・・・

  『「近代の超克」 とは何か』 (子安宣邦著 2008年青土社刊 ) という本を数週間かけて読んできた。著者子安教授 (注2) は戦前を少年として過ごした日本思想史の学者であり、「六・四」天安門事件の前年に北京で講義をするなど豊富な中国経験もお持ちのようだ。
  本書は戦後生まれの日本人に戦前日本の置かれた環境と当時の思潮を生々しく追体験させることによって最近の 「田母神論文」 に象徴されるような迷走を続けるこの国の 「歴史認識」 に貴重な覚醒材料を提供してくれるだけでなく、「東アジア共同体」 論議が盛んになってきた今日あらためて日本とアジアの関係、さらにはアジアとは何かなどについて深く考えさせる好著だと感じるので、以下数回に分けて筆者なりの本書理解と読後の感想を述べたい。


  上述の 「からりとした」 気持ちを生んだ最大の原因は敵となった米欧に対して積もり積もった反感である。それは冒頭に掲げた当時の文章が一様に 「耐えた」、「堪えた」、「忍んできた」等々と書いていることからも明らかだ。自分たちもさんざ帝国主義をやってきたくせに、遅れてやってきた新興の帝国日本の行いは妨害しようとする米欧の “double standard” に対する怒り・不公平感のようなものだろう。
  本書は、その感情が単に 「満洲事変」 以後の対中政策を巡る日本と米欧の軋轢という時事情勢によるだけでなく、明治維新以後の日本近代化の過程を貫く、もっと根の深い感情であることを指摘する。「文明開化」 以来、日本が必死に模倣し追い着こうとした 「ヨーロッパ中心の近代」、その持つ世界観や秩序に “No” と言わんとする感情が対米英開戦の報せを聞いて迸り出たのだ。書名に採られた 「近代の超克」 はそういう心情を象徴する当時の流行語だった。

・・・ 日本人が久しく持ってきたもやもやとした心理的鬱屈は、具体的には 「支那事変」 と対米交渉がもたらしたものではあるが、それは明治以来の日本人が潜在的にもってきた歴史心理的な症状でもあった ・・・ 「近代」 とは、1941年にいたるまで日本とアジアに重くのしかかってきた驕れる国々 (=欧米諸国、筆者注) の 「近代」 である ・・・ 対米英戦の開戦が、日本人に己れの歴史心理的な鬱屈の要因を 「近代」 として対象化させ、その克服の言辞を可能にさせたのである。(本書30ページ)

  対米英開戦の前後、欧米中心の 「近代」 を疑い、異議を申し立てる言説は高坂正顕、高山岩男ら当時の京都 (京大) 学派が主導した。彼らは第一次世界大戦とその戦後過程を 「帝国主義をヨーロッパと新たな帝国であるアメリカと日本との間で、そして民族的自覚を持つに至った非ヨーロッパの植民地・従属的世界の住民に対して、いかに再編成して維持するかの過程」、つまり 「ヨーロッパ支配による世界秩序の破綻とその解体の始まり」 であると見た。

  (第一次世界大戦) 後の世界のヴェルサイユ秩序は即ち単に古き近代的世界観に基づくのみならず、事実上依然としてヨーロッパの世界支配を根本前提とするヨーロッパ中心的秩序であり、ただ戦勝国中心の秩序に模様替えせられたにすぎなかったのである。かくて近代に終焉を告ぐべき前大戦は何ら近代の終焉を告げることなく、近代は今日まで20年の歳月を延長するに至った。(高山岩男 『世界史の哲学』 からの引用 本書135ページ)
  現今の世界史上の大動揺、世界史の大転換がもたらさうとしてゐるのは何であるか。私はそれを、ヨーロッパ世界に対して非ヨーロッパ世界が独立しようとする趨勢或は事実であると考へるのである。(同上 (本書18頁))
  満洲事変、国際連盟脱退、支那事変と、この世界史的意義を有する一聯の事件を貫く我が国の意志は、ヨーロッパの近代原理に立脚する世界秩序への抗議に他ならない。(同上(本書19頁))
  この動乱の世界に於て、どこが世界史の中心となるのか。無論経済力や武力も重要だが、それが新しい世界観なり新しいモラリッシェ・エネルギーによって原理づけられなければならない。新しい世界観なり、モラルなりができるかできないかといふことによって世界史の方向が決定されるのだ。それを創造し得たものが世界史を導いてゆくことになりはしないか。日本は今言った風な意味でもって、かかる原理を見出すことを世界史によって要求されてゐる、世界史的必然性を背負ってゐるといふ気もするんだ。(座談会 『世界史的立場と日本』 における高坂正顕の発言 (本書74頁))

  著者子安教授が 「哲学的饒舌」、「繰的」 と評する京都学派のこの言説を読んで感じたことが二つある。一つは (本書は触れていないが) 二つの大戦に挟まれた1920?1940年という時代に流れる独特の 「空気」 だ。政治面で上述のヨーロッパ中心秩序の動揺が起きただけでなく、経済面でも1929年の 「世界大恐慌」 (前回起きた 「百年に一度」 の世界大不況) とこれに続く世界のブロック経済化 → 恐慌の深刻化が起きて 「資本主義」 体制の行き詰まりを痛感させた。旧来の体制・秩序が行き詰まったというだけなら時代の空気は 「終末論」 になるはずだが、当時はそうならなかった。閉塞を打ち破り旧体制に取って代わろうとする二つの 「革新」 思潮、共産主義と国家社会主義が一世を風靡していたからだ。前者はソ連のコミンテルン運動に始まり西欧・米・日の知識層を魅了する勢いだったし、後者はドイツや日本など後の枢軸国家のテーゼになった。この時代は、この 「世界は大転換しつつある」 という 「空気」 を抜きに理解できないと思う。
  二つめは、いかにヨーロッパ中心秩序の解体の兆しが見られ、閉塞の打破・革新が待望された時代とは言え、それだけで当代一流の学者が 「世界史の新しい中心は日本、それは歴史的必然」 とうそぶくほどの誇大妄想に浸れるものだろうか?という疑問である。米欧が 「仕切る」 世界秩序、“double standard” に対する怒りや不公平感は今日まで延々と続く問題だから我々にもよく分かる。しかし、それのみを栄養源として、無謀な戦争を始めて 「もやもやの晴れた、からりとした気持ち」 になれるものだろうか。本書はこの問題にも啓示を与えてくれる。
(以下、次号に続く)
平成21年1月4日 記

注1:南原繁 (1889年?1974年) は内村鑑三の教えを受けたキリスト教信者であり、内務省で社会問題に取り組んだ後、東大法学部で教職に就き政治思想史を教える。戦後東大総長に就任し、連合国との講和問題について単独講和を進める吉田茂総理から 「曲学阿世の徒」 と批判されながらもソ連や中国とも講和すべしとする全面講和論を提唱した。
  ちなみに歌に詠んだ 「ABCD包囲陣」 とは対中侵略を進め、昭和16年7月仏領インドシナ南部にも進駐した日本に対して、対日資産の凍結や石油取引の禁止などの経済制裁を行った欧米各国の対日政策を非難して日本が命名したもの。ABCDはアメリカ (America)、英国 (Britain)、オランダ (Dutch) 、対戦国であった中華民国 (China) の頭文字。
注2:子安宣邦氏は1933年生まれ、大阪大学名誉教授、日本思想史学会元会長




 

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