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オバマ政権の対中姿勢について

先週22日、オバマ米国新政権の財務長官になるティモシー・ガイトナー氏の発言を聞いて、改めて厳しい現実に向き合わさせられる思いでした。


オバマ政権の対中姿勢について
きっと後で後悔する 「厳しい現実」



  先週22日、オバマ米国新政権の財務長官になるティモシー・ガイトナー氏が 「オバマ大統領は中国が為替を操作していると確信している」 と述べたと報じられた。以下はこれに関する筆者の気付きの点である。


1.発言の 「原典」 が見つからないのは公聴会のメインテーマじゃないから

  上院財政委員会の指名公聴会 (confirmation hearing) で行われた発言らしいが、ググってみてもなかなか 「原典」 にたどり着かない。やっと WSJ紙の “Live-Blogging” を見つけたが、そこにサマリーされた審議の大半はガイトナー氏の納税申告漏れ問題と現下の経済情勢・オバマ政権の経済政策に関するやりとりで、最後まで読んでも 「中国の為替操作」 への言及はない。
  くだんのガイトナー発言はこの速記録もどきの末尾にあるボーカス委員長の指示 「追加質問のある議員は本21日午後5時までに文書で提出、ガイトナー氏はこれに明22日午前10時までに書面で回答のこと」 に基づいて行われた書面にあるようだ (「原典」 には最後までたどり着けなかった、どなたかありかをご存じの方はご教示ください)。

 分かったこと その1 「ガイトナー氏、第1ラウンド早々議会からダウンを取られる」
  報道も伝えるように、公聴会のメインテーマはガイトナー氏の税申告漏れスキャンダルだった。たしかに議事録を見ると、議員にそうとう油を絞られており、就任する前から借りを作る形になった。しかし、これはしょせん米国の “domestic issue” に過ぎず、メインから外れた中国問題の方がより耳目を惹くニュースとして世界中を駆けめぐった訳だ。しかしだからと言って、この発言を軽く見るのは誤りだという話を以下でしたい。

 分かったこと その2 「日本よ、オマエもだ!」
  実は議事録を眺めてもう一つ分かったことがある。「為替操作」 に絡んで本チャン審議中に言挙げされた国は、実は中国ではなく日本だった。
11:54: Sen. Debbie Stabenow (ミシガン州選出、民主党、女性、筆者注), after a discussion of manufacturing and credit, asks about Japan and exchange rates. Geithner says it’s important to have a flexible exchange-rate system driven by market forces. It’s “good economic policy for us” and for the “vast majority” of major economies.

  進む円高を前に、国内では経団連会長の不規則発言や財務大臣の 「口先介入」 スレスレ発言が話題になっているが、これから見ると本件は他人事ではない、ご用心、ご用心。


2.3週間前のポールソン発言との相違

  今月初めガイトナー氏の前任者、退任直前のポールソン氏が似て非なる発言をした
(1月2日付けFT“Paulson says excess led to crisis”)
“(I)n the years leading up to the crisis, super-abundant savings from fast-growing emerging nations such as China and oil exporters - at a time of low inflation and booming trade and capital flows -
put downward pressure on yields and risk spreads everywhere.
・・・This・・・laid the seeds of a global credit bubble that extended far beyond the US subprime mortgage market and burst with devastating consequences.
  ポールソン氏は中国の過剰貯蓄が米国の債券イールドやリスクスプレッド (つまり金利) を押し下げてクレジットバブルを生んだと言っている訳で、過剰貯蓄の米国流入の最たるチャネルが為替介入 = 米国債購入だったことを考えると、このポールソン発言とガイトナー 「為替操作」 発言はコインの裏表のような関係にあると言える。
  しかし、ポールソン発言は 「金融危機はなぜ起きたか?」 というやや理論的な観点からの発言であり、そこから先、論理的にあり得る政策含意は 「再発防止のための金融市場監視体制のありかた如何」 のような “treasury” らしい話である。
  これに対して、ガートナー発言の方は理論的というより “political”、かつ発想の立脚点も “trade” っぽくて、はるかにいやらしい。もともと 「為替操作」 という概念自体が 「不公正貿易慣行」 みたいな見方から発しており、その政策含意も 「為替操作国と認定した中国にはどのように是正を求めるのか?応じなければ中国に如何なる制裁を科すのか?」 といった急迫した貿易交渉に行きがちだ。
  のっけからスキャンダルにまみれたガイトナー氏が保護貿易主義者の多い議会に 「ゴマをする」 ためにこういう “political” な発言をしたのだろうか? そうだと助かるが、恐らく違う。ガイトナー氏は 「オバマ大統領は・・・確信している」 と言ったからだ。
  自分が窮地を逃れるために苦し紛れでボスの名前を出すような人間なら財務長官の器とは言えない、オバマ大統領は即刻彼を “disqualify” すべきだろうが、そういう気配はない。それに 「書面のやりとり」 ということはスタッフが、しかも短時間で書いたということだ。「・・・ ガイトナー氏からも大統領スジからもそう書けと言う “instruction” は別にありませんでしたが、私 (スタッフ) は以前から個人的にそう考えていたので、こう書きました ・・・」 なんてことは普通ありえん!
  ガイトナー氏は 「中国の為替操作」 問題の裏側には 「今後財政赤字を急増させる米国を誰がファイナンスしてくれるのか」 という深刻な問題が横たわっているという認識が未だ浅い? バカを言ってはいけない。昨夏ファニメ・フレディ危機が起きたとき、GSE債券大保有国の中国は 「米国が無責任な態度を取るなら、こちらにも考えがある」 と米国に脅しをかけた。当時のガイトナー氏はニューヨーク連銀総裁として当事者の一人だった。中国を相手に 「為替操作」 問題を言挙げすることの得失は百も承知のはずの人がそう言ったのである。
  選挙戦を通じてオバマ陣営は多くの組織・人と対話し、協力を取り付けてきたはずだ。大統領を引用してのガイトナー発言は、選挙戦の総括として新政権が取るべき対中経済政策については、それなりの議論が行われ既に方向性が出ている可能性があることを示唆しているように思われる。

 分かったこと その3 オバマ新政権の対中政策は波乱含み?
  オバマ新政権の対中政策はタフになる可能性がある、それが正しい考えか、数年後にも変わらぬ考えかどうかは別にして。各国メディアは早くも 「米中貿易紛争が “heat up” する可能性が高まった」 と評している。

  ・・・やれやれ。民主党はもともと保護貿易主義的性格が強く、中国や日本との経済問題にタフな態度を取りがちだ。クリントン政権も1993年の発足当初は 「人権・貿易リンク」 の対中政策を掲げて登場した(そのせいで自縄自縛に陥り、WTO加盟交渉を何年も停滞させた。そのくせ末期には 「べったり」 路線になり中国を “strategic partner” とおだてた)。
  また、米国新政権は発足時には対中関係をギクシャクさせがちだ。ブッシュ前政権も2001年の就任当初は中国を “strategic competitor” と呼び、クリントン政権の姿勢と一線を画したが、その後9.11が全てを変え、最後はまた 「べったり」 路線に収斂した)。
  オバマ政権も以上の経験則に従うのか? そうかもしれないが、この政権が前の2政権と異なるのは、「100年に一度の経済危機」 に遭遇していることだ。


3.遅れた中国の反応

  この報道に中国が何時、どのように反応するか注視していたが、まる二日近くかかった。先週後半中国はほとんど春節休み入りしていたから反応が遅れた?  中国政府は 休日も「当直」 制度がしっかりしているので、これもありえない。
  2日遅れで出てきたのは人民銀行の蘇寧副行長のコメント、しかも声明ではなく、記者がぶら下がり取材で得たコメントらしい。
蘇寧副行長、西側の 「中国が為替操作」 報道について記者質問に回答
(1月24日付け 新華社)

  最近西側諸国の一部の人が 「中国は人民元レートを操作している」 と称していることには気付いている。この種の議論は事実に合致しないばかりか、金融危機の原因をミスリードするものでもある。現下の金融危機に対しては、(各自胸に手を当てて) 自ら反省する精神を持つべきで、そうすることが問題を解決し、危機を克服する方途を探すことに役立つ。目下国際社会は金融危機に共同で前向きに対応している。あれこれの口実を用いて保護貿易主義を助長することは、金融危機封じ込めの役に立たないばかりか、世界経済の健康で安定的な発展の促進にもマイナスに働くので避けるべきだ。

  そつのない優等生的な回答だ。こういう 「満点回答」 を出せるなら2日も措くなよ、と言いたいが、もう一つ見て欲しいものがある。3週間前にポールソン氏が上述発言をした際に新華社が配信した評論(1月6日付け 「評論:謬論が事実を変えることはできない」) だ (長くなるので筆者の抜粋・要約版を本稿末尾に置く)。こちらは上述優等生版とは違って激越、感情的で、この問題に関する中国人のホンネを余すところなく表出している。
  今回は反応が遅れ、トーンもぐっとダウン、この24日報道を伝えるホームページでも6日付けエモーショナル版はリンクもされていない。反応に時間がかかったのは、上述のようにガイトナー発言の政治的いやらしさが3週間前のポールソン発言をはるかに上回ること、そして発言者がポールソン氏のような 「過去の人」 ではなく、これから恐らく4年以上付き合わなければならない新任のオバマ政権高官だからだ。情勢の分析と対応策を巡って、内部でも反応するのに少し時間をかけた (かかった) のではないかと思う。

 分かったこと その4 「中国、対米警戒警報を発令」
  ガイトナー発言に対する中国のメディアや識者のコメントを見ても、貿易テンションが高まることを予測するものが多い。以前から 「可能性」 を指摘する評論は少なくなかったが、「悪い予感が当たった」 という感じだ。
  中国政府は関係部門に警戒警報を発令し、お得意の 「こう来る、こう打つ」 式シミュレーションを始めただろう。貿易紛争が激化し始めたときの対世界世論工作 (4月のロンドン金融サミットはどうする?)、制裁論議が高まる場合に備えて、対抗制裁品目の選定・評価 (ヒコーキ、農産物、米国債入札不参加?)、この問題が両岸 (台湾) 関係に及ぼす影響と対策、などなど。そういうモードに入れば自ずと中国の対米スタンスも 「強張って」 くる。今回のガイトナー発言への反応が自制的だったことを以て、中国が今後もソフトに対応し続けると思うべきではない。オバマ政権の今後の出方次第だが、エスカレーションが始まる可能性は否定できないのだ。

 分かったこと その5 「我々はオバマ・ユーフォリアから醒めて、厳しい現実に向き合うべき」
  それにしても思うのは、未曾有の金融危機に喘ぐ今の世界はそんなことやっている場合か?だ。中国政府自身が強くそう思っているだろうが、だからと言って、彼らがこういうシミュレーションを止めることはぜったいない、それが中国外交だ。
  先週、米国はオバマ大統領就任式典に酔った。世界もそれをお相伴して初の黒人大統領、前政権よりよほど協調的な新政権誕生を祝った。しかし、ユーフォリアもここまでだ。先週の市場では発言を受けて米国金利が上昇、円も強含んだ。 「オバマたちはきっと後悔するぞ」 と感じつつも、それが米国政治の現実だというならば、我々もそこを含めた厳しい現実に向き合わなければならない。
平成21年1月25日 記


    「評論:謬論が事実を変えることはできない」(筆者の要約・意訳)


「中国等の高貯蓄が世界経済の均衡を失わせ金融危機をもたらした原因だ」 とのポールソン発言は謬論 (誤った考え) で、これで事実を変えることはできない。今次金融危機の導火線はサブプライム問題にあり、米国の貸付と消費の過度の拡張をもたらした直接の原因は米国の低金利政策だ。これは中国が巨額の貿易黒字や貯蓄の急速な伸びを記録し始めるより何年も前から始まった現象であり、ポールソン発言は「原因と結果」を顛倒している。

孔子は 「賢くない人を見たら (それを反面教師として) 自ら自省せよ」 と述べたが、米国内で貯蓄率の持続的下降、経常収支の長期の悪化など米国自身が生んだ原因を指摘 (自省) する者は多い。とくによく指摘されるのは過剰消費とデリバティブなどを蔓延させた金融市場の監督不行き届きだ。

昨年は中国その他多くの国の株式市場が震源地米国の市場よりはるかに酷い暴落を経験した。アナリストは米国投資家がキャッシュ危機に見舞われ、デレバレッジ化の中で海外投資資産を投げ売りして資金を回収したためだとしている。米国が生んだ危機が世界中を危機に巻き込んだのであり、むしろ被害者は我々の方なのだ。

今次金融危機の原因の中に世界的な貿易と投資の不均衡も含まれることは我々も認めなければならないが、因果関係はきっちり認識すべきだ、つまり米国金融当局の放縦の下でドルが垂れ流されたことが世界の過剰流動性問題をいよいよ深刻化させ、インフレ圧力を高め、ついにはドル低金利政策を続けられないところまで来てしまったことだ。

窮地に立ったとき、誠実な人間ならば自らに原因がなかったかどうかをまず反省するものだが、自己中心的な者は天を恨み、責任を他人に転嫁しようとする。
振り返って見よ、米国の不動産屋、投資銀行屋、保険屋がありとあらゆるデリバティブ商品を売りまくり、ウォールストリートの「エリート」どもが大衆に 「バブル」 を売りつけて数千万?億ドル単位の収入を得ていたあの頃、ポールソン氏やバーナンキ氏のように「米国金融システムは世界で最も先進的で最も健全」と豪語していた監督当局者はいったい何処で何をしていたのか!

 後記
  ポールソン氏は昨年12月初め米中の 「経済戦略対話 (SED)」 のため、任期最後の訪中をした。ずいぶんセンチメンタルになって、閉幕挨拶のときは 「自分が去っても、このSEDを継続してほしい」 と訴えたそうだ。そのときは暖かくポールソンを見送った 中国政府だが、それから1ヶ月後にこういう発言をしたものだから惜別の念も吹っ飛び、かように激越な批判が飛び出したらしい。
  筆者が感ずることは二つ。11月末の本ブログポストで、北京で開催されたある学術会議の席上、中国のある大国有コングロマリットのトップが 「米国の過剰消費が危機を生んだというならば、米国の過剰消費を可能にした中国の過剰貯蓄も問題とされるだろう。二つはコインの表と裏だ」 と発言した態度に感銘を受けたと書いた。上述評論も書いているとおり、中国も 「コインの裏表」 であることは分かっているのだが、それを 「張本人」 の米国人にはぜったい言われたくないのだ。
  もう一つは、これまで米国型金融モデルを 「崇拝」 してきた中国だが、昨今はその崩壊を 「墜ちた偶像」 のように見ているということだ。だからといって、中国の対米重視が一朝一夕に変わるものではないが、中国人の対米観はどこかが確実に変わった。返す刀で日本はどのように見られるのだろうか・・・




 

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