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広州番寓ゴミ処理場騒動

2週間のご無沙汰でした (済みません)。最近twitterを始めたら面白くて、けっこうハマッています。そちらでは日本政治についても 「つぶやいている」 のですが、本サイトはやはり中国問題を取り上げたいと思います。


広州番寓ゴミ処理場騒動
そこに垣間見える中国の世相



  広州市の中南部に番寓市 (県級市) という街がある。人口90万人 (出稼ぎを含めると140万人) で日系企業では日立エレベータが進出している。いま、ここでゴミ処理場建設を巡って全国を騒がす騒動が起きている。あれこれネットサーフィンしていたら、これが面白い、面白い、いまの中国の世相が幾つも垣間見えるのだ。

  1)深刻化する都市ゴミ問題

  生活水準の上昇、生活様式の洋化により中国の都市ゴミは激増しているが、処理が全く追い着いていない。某調査によると2007年全国で未処理の都市ゴミは70億?以上、ゴミ捨て場の占める面積が500㎢に及ぶという。同調査ではゴミの4割近くが未処理のまま堆積され、「処理分」 も半分は簡易埋立、焼却や堆肥化されているものはそれぞれ数%しかないという。とくに処理が進んでいない都市の一つが北京市で、毎日発生する18,400?のゴミのうち90%が 「埋立処理」、ゴミ焼却場は日処理量200?の小規模なものが2カ所、焼却処理率は2%だという。この結果、ゴミ捨て場が急速に飽和しつつあり、地方政府、とくに大都市では、このままではあと数年で 「街がゴミに包囲される」 という危機感が高まっている。
  1970年代、東京でも 「江東・杉並ゴミ戦争」 が起きた (なんて言うと歳が知れてしまうが)。高度成長と住民意識の高まりの中で、嫌がられる施設の立地問題をどうするかが大問題になったのだった。番寓騒動を見ていると、あたかもほぼ40年の周回遅れで日本の後を追いかける中国が感じられる。日本も都市ゴミ問題を解決し終わった訳ではないが、報道を見ていると、日本の経験は20年後同じ問題に直面した台湾で参考にされ、そして今、中国が日本や台湾の経験を学びつつあるらしい。「雁行現象」社会問題版ですな!

  2)激しい住民反対運動

  ゴミは焼却すれば容積が1/5以下になる。中国得意の 「海外考察」 の結果、先進国ではどこでもゴミを焼却処分していることが分かった (報告書には、焼却処分率は欧州で1/3?1/2、日本は7割、台湾は9割とある)。加えて、省エネ・リサイクルの時代だから、中国でも当然 「ゴミ発電」 をやるべしということになっている。
  ところが、近隣住民の反対運動が起きて建設が難航し始めた。番寓市はその代表例だ。住民はゴミ焼却の大方針には異論がないが近所でやるのは反対、いわゆる 「NIMBY」 現象とも見えるが (Not In My Backyard;ウチの庭以外の場所で)、「住民エゴ」 とばかり片付けられないのは、住民が心配しているのがダイオキシン問題だからだ (環境や健康問題を巡る住民意識は中国も日本もほぼ時差がなくなっている)。
  当局は 「焼却排気は欧州基準に準拠して高熱分解・吸収等の浄化処理を行い、健康にまったく問題のないレベル」 と説明しているが、住民がこれを信じず、「政府の信任危機」 と評されている。

  3)「公害問題」 から漂いだした 「腐敗」 臭

  広州市は番寓をはじめ今後のゴミ処理場をBOT (日本式に言うとPFI) 方式で運営する方針だ。広州市政府傘下の国有企業、広日集団が広州市全域のゴミ焼却・発電事業の25年間経営権を取得、番寓を含めて広州市に4カ所の処理場を建設する計画だという。
  広日集団はもともと日立製作所とのエレベータ事業合作のために設立された国有企業だ。日立エレベータは中国でかなり高いシェアを持つに至っているが、広日エレベータ部門は既に日立がマジョリティを握っている。よって集団としては、エレベータ (及び関連設備) に続く次なる主要業務としてゴミ処理など環境関連事業に進出したい意向という。
  そこで注目すべきは番寓騒動発生後のメディア取材攻勢だ。周知のとおり中国の言論統制は厳しく、国家指導者の名指し批判はご法度、地方でも地元メディアは党書記や市長を批判することを躊躇う。しかし、相手が地方政府の一部門や国有企業となると話は違ってくる。メディアが 「党の喉舌」 でなく 「社会の公器」 として監視機能を発揮することがかなり許されている。記者たちは事業主体が市政府傘下の国有企業であることに目を付けて集中追跡し始めた。
  既にいろいろな事実が暴露されている。曰く;地点選定過程で住民説明が行われていなかった;広日集団への25年経営特許権付与は入札なく付与され、その過程が非常に不透明;認可当局である広州市環境衛生局の元局長の弟が広日集団に就職し、同局には広日集団がセダン車2台を無償提供している;広日集団は環境事業のために子会社を設立したが、何故か環保関連の業歴もない台港澳籍 (台湾、香港、マカオのいずれかは不詳) の外資IT企業に49%の持分を持たせる合弁形式を選んだ、などなど。さあたいへん、当初は公害問題だったのが、にわかに 「腐敗」 事案の臭いもし始めた (笑)

  4)中国メディアの 「調査報道」 姿勢に感心

  感心したのは、これら 「調査報道」 が事業の経済性分析にも鋭く切り込んで、このBOT事業が実はヒジョーに 「オイシイ案件」 であることを暴き出したことだ。曰く;この処理場は広州市環衛当局からゴミ処理費として140元/?の補助を受け取る約束になっている。広州市のゴミ発生量が1.2万?だから全量処理できれば年商6億元 (80億円) を超える計算だ (全国のゴミ処理補助は海南の50元?上海の120元まで幅があるものの、業界では60?80元あれば収支は均衡すると言われている);ゴミ処理費だけでなく一般火力よりも大幅に優遇された単価での売電収入も入る (ランニングコストは賄える)。10年前の報道によると、番寓サイトで既に稼働している1期分 (処理量1000?/日) は年間5千万元の売電収入と?当たり124元を得て、年間1.2億元の利潤を生んでいる。それでは処理量が1期の2倍200?/日ある番寓2期ならいくら儲かるか・・・;この事業の最大の利点はいったん契約を結べば安定した高収益が25年間約束されることだ。この利点を評価して事業には工商銀行を幹事行とするシンジケート銀行団から合計80億元の融資が行われることが決まっている。
  日本でこの種案件を追いかけるマスコミは社会部と相場が決まっており、記者はたいてい経済オンチだから、こんな切り込みは期待できないだろう。しかし、この案件の本質はこうして事業の経済価値を掘り下げて分析しないと見えてこない。

  5)影の薄い日本の環境技術

  ゴミ処理発電のBOT事業を市政府傘下の広日集団に請け負わせたことについて、広州市の担当副秘書長がする反論 (弁解?) が興味深い (地方政府でも中央省庁でも 「副秘書長」 というのは重要ポストだ、日本の役所で言えば総括審議官、というより昨今は政務三役と言うべきか。ちなみに、この副秘書長氏は上述の、弟が広日集団に就職した広州市環境衛生局の元局長と同一人物)。
  副秘書長の反論は 「海外の技術・設備はコストが高すぎるので、中国のゴミ処理問題解決のためには国産化による低廉化が不可欠、よってこの事業を地元国有企業である広日集団に請け負わせ、経験を積み、消化させ、国産化推進の目的に資するのだ」 というものだ。
  たしかにゴミ焼却発電の普及のためには設備コストの低減が不可欠だ。最近中国の火力発電所には排煙脱硫装置が急速に普及した。いまや大型火力発電所の設備設置率は7割を超えたと聞く。そして急速な普及を促した最大の原因はコスト低廉化だったという。輸入設備に比べて何とコストが1/5になったというのだ (勿論、限界的な性能では輸入品が勝るが、脱硫性能が多少落ちても5倍のスピードで全国に普及する方がいいに決まっている)。
  しかし、可笑しいのはそう言う広州市が番寓で選定したのは、やはり輸入技術であり、技術導入のためにデンマークのウェイルン (中国語読み) 社に10億元近い技術導入費を払うのだそうだ。副秘書長は 「最初は導入・吸収から始まる」 と言うのかもしれないが・・・。また、請け負う広日集団は環境設備製造業だけでなく環境請負 (BOT) 事業を主要業務にすると述べているのだ。
  それはさておき、一連の報道にはデンマークだけでなくゴミ処理事業に顔を出す外国企業が他にもいろいろ出てくる。重慶でBOTを請け負っているのは米国最大のゴミ処理企業COVANTA、広州では他にフランスの有名なウェリアなどなど。日本企業の名前はだいぶん前に稼働した番寓1期の設備を納入した三菱重工くらいだ (それもドイツのマーティン社のライセンスだと紹介されている (ただし事実関係不詳))。
  日本では事ある毎に 「日本の優れた環境技術を海外に移転する」 という美辞麗句が語られるが、報道を見る限り日本のプレゼンスは無きに等しい。筆者の見るところ、これはビジネスモデルの優劣に起因する。中国側は設備導入コストの高さをかくも気にしている。高い輸入設備を売るだけでは導入側のニーズを満たせない、かと言って原価割れで入札を取ることも困難となれば、喩えて言えば 「プリンタはバカ安で売り、代わりに交換トナーで儲ける」 式のビジネスを志向するしかない。それがつまりBOT形式への参入、投資事業としてモトを取るやり方なのだ。
  こういう現地ニーズは中国だけでなく後に続くインドや他の新興国でも似たようなものだろうと思う。また、ゴミ発電だけでなく上下水道事業も同じだ。つまりモノ売りだけやっていたのでは、割に合わず参入することもできないので、BOT等の手法により運営事業のリスクを負う、その代わりに中長期的な投資回収を図るべきなのだ。
  一部商社を除いて、日本企業はこういうビジネスモデルを避け、「もの作り」 に徹しようとする。やるやらないは別に、BOTはかくも儲かるということ自体あまり知らないのかも知れない。それが証拠に、報道に出てくる欧米企業はたいてい談話を寄せる担当者として中国人 (または台湾人) の名前が出てくる。現地責任者も現地化しているのだ。対照的に、総経理が現地人という同業日本企業があるか。
  「もの作り」 が日本企業のDNAであり、「投資」 などという性に合わないことはやれない、やりたくないと言うならそれも 「一局の碁」 だろうが、その代わり 「日本の優れた環境技術を海外に移転する」 といった美辞麗句は否定することだ。縮小する日本市場でガラパゴス式に生きる道を選ぶということなのだから。

  6)けっきょく行き着く結論は 「官有経済」 の弊害

  さて、話を番寓に戻す。今回の報道で筆者がいちばん印象深く感じたのは 「オイシイ事業は政府が囲い込んでしまう」 実態だ。本ブログでは、中国経済最大の欠陥は「官の官による官のための経済」になっていることだと言ってきた。今週見ていたネットでは 「中国国有企業の境界線は何処にある?」 という文献も見かけた。筆者はシンガポール国立大学東亜研究所の鄭永年所長だが、「90年代には 『抓大放小』 と言って、国有部門は自然独占産業など少数の枢要な産業を重点とし、その他の (小さな) 領域は非国有部門に開放する」 政策だったはずなのに、その後の財力の充実、元々強い政治力により、最近は国有部門が際限無く膨張、非国有部門にまで手を伸ばし侵しつつある」 と批判している。財力にモノを言わせて国有大企業が大民営企業の買収を行う例も生まれていることが念頭にあるのだろうが、筆者の考えもこれに近い。
  民間部門を育成すると言いながら、現実には 「オイシイ」 事業は 「身内」 の国有企業のために囲い込み、美味しくない事業だけ民間に 「開放」 する・・・こういうやり方が現場でまかり通っている限り、中国経済の問題点は解消しそうもない。
平成21年12月8日 記




 

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