国際通貨体制のこれから (まとめ)
昨年の11月末から国際通貨体制の今後のあり方について4回連載をしましたが、長大な「牛のよだれ」になり、しかも未完のままでした。そこで今回まとめをやりますが、最後は 「・・・で、日本はどうするか」 についても私見を述べたいと思います。
国際通貨体制のこれから
まとめ編
昨年の11月末から国際通貨体制の今後のあり方について、4回ほど連載をしました。もともと 「学習ノート」 のつもりで書き始めたのですが、長大な「牛のよだれ」になり、しかも未完のままでした。そこで今回 「中国にとっての通貨問題」 についてまとめをやりますが、筆者は中国屋である前に日本人なので、最後は 「・・・で、日本はどうするか」 についても私見を述べたいと思います。
1.中国にとっての通貨問題とそれがマクロ政策に及ぼした影響
2005年に為替制度を変更して以降、人民元はドルに対して約20%切り上がった。とはいえ膨大なドル介入を実施して人民元高を防ぐ基調は依然変わっておらず、2008年には外貨準備高が2兆ドルちかくまで膨れあがった
? そのような政策を採る背景として次の2点を指摘できる
○ 「元高は中国に不利」 というバカの壁が依然として国民心理に根強く、人民元切り上げを加速することが政治的に難しい
○ 元高を防ぐために介入可能な規模に為替取引を抑える、一朝有事の際にも “capital flight” を防ぐ、という2つの狙いから、貿易や直接投資などの 「実需取引」 は認めるが、資本取引は限定的にしか認めない為替管理制度を基本的に変えていない
? “Breton Woods II regime”がもたらした副産物
恒常的に巨額のドル買い介入を行って元高を防ぐ体制は、過去数年にわたって次の2つの効果を生んできた。NY大学ルービニ教授の言う“Breton Woods II regime”がもたらした繁栄だ。
○ 米ドル債券の大量購入を通じて、過去数年米国に安定的に資金環流する役割を担った。米国は住宅 (借入) ブーム等で国内貯蓄がマイナスになり 「過剰消費体質」 が顕著だったが、これにより金利上昇を心配せずに景気を拡大、世界的な好景気が持続した (もちろん、中国だけでなく中東産油国や日本(2003年まで)も同様の役割を担った)
○ 中国国内では、ドル買い介入の裏側で大量のベースマネー供給 (ドル買い代金の市中供給) が行われた結果、「企図せざるリフレ効果」 が生まれ、外需だけでなく不動産や株式市場の好況がもたらされ、毎年10%を超える高成長が持続した
? “Breton Woods II regime”がもたらした副作用
しかし、それは同時に次の2つの深刻な副作用ももたらした
○ 恒常的に続けたドル買い介入の結果、中国の外貨準備高は膨張の一途を辿り、2008年には2兆ドル近くに達した。金融危機発生により、中国は今後ドルが暴落すれば莫大な為替差損を被る危険な立場に身を置いてしまった
○ 「企図せざるリフレ効果」 (マネーサプライの急増) は不動産や株の資産バブルを生み、2007年からはインフレ圧力も昂進したため、金融当局は強硬な金融引き締め策に追い込まれた。きつい引き締めをやっていたところに世界同時不況が襲ったため、結果的には 「大起大落」 を促進してしまった。
? 中国内需拡大策のもう一つの狙い
いま中国は “Breton Woods II regime” (巨額のドル買い介入で元高を防ぐ体制) が持続可能性を欠いていたことを痛感している。目下行っている内需拡大政策 (4兆元対策など) は成長の維持以外に、マクロ経済のインバランス (過剰貯蓄) を改善、経常収支余剰を削減して、ドル買い介入を極力圧縮するというもう一つの狙いを込めている。
2.中国の通貨問題のこれから
さて、今後は膨大な差損リスクをはらむ対米資金環流役を降りたい中国だが、そのことは直ちに次の問題を生む。
? 今後財政赤字を急増させる米国を誰が“finance”するのか
発行量が急増する米国債の海外消化ができなくなればドル金利は急騰、世界はほんとうに 「大恐慌」 に突入しかねない。中国もドルが暴落し世界経済が更に落ち込むことは困るし、まして 「引き金を引いた戦犯」 にはなりたくないから、ドル建て債券を購入を急に止める訳にはいかない。
? ドル建て債券の購入を減らすことが本当に可能か
購入削減の成否は内需拡大の成否にかかっている。経常収支余剰が減らなければ選択は二つしかない。人民元の超過需要が元レートを押し上げていくのを放置するか、市場介入で外貨建て資産を買い続けるかであり、前者の選択が採れないなら米国債は今のところ購入対象として最も安全な資産である。
? 内需拡大策の成否は中米両国の今後の力関係をも左右する
実効が挙がりドル建て資産を買わなくても済むようになれば、中国は買い手市場の強い立場で米国に向かえる (米国の懇請に応じて 「買ってあげる」、見返りの要求を出せる)。実効が挙がらなければ 「売り手市場」 (「他に選択肢がない」 ことを米国に見透かされる) になる
中・米間の資金環流問題は激変を避けながら、今後の両国のマクロ経済バランスの推移に従っていくことになろう。中国経済が内需主導になり余剰が減る、米国経済の過剰消費が改まり貯蓄が増えるという動きになれば、資金環流の必要性は減る (逆もまた真なりだが)。
現状はそうなるか予断を許さない。いま米国の “over borrowing” 体質は借入主体が民間から政府に替わっただけで何ら変わっていない。中国の内需主導路線も政府主導・固定資産投資主導という “sustainable” でない姿であり、数年のうちに民間消費主導の成長路線に移れるかは依然大きな未知数だ。
3.中国の長期国家戦略から見た人民元問題
? 「ドル・ユーロ・人民元」三極体制の夢
中国では今次金融危機を見て現行ドル基軸体制の将来を危ぶむと同時に、基軸通貨国の特権“Seniority”の重要性を再認識し、「ドル・ユーロ・人民元」 の世界三極通貨体制を目指すべきといった論調が高まっている。たしかに中国が 「大国」 から 「超大国」 に出世するためには、人民元も世界の主要通貨の一つに出世しなければならないだろう。
? 人民元 “hard currency” 化工程
しかし、人民元は東南アジアに 「流通圏」 を拡げつつあるとはいえ、資本取引を自由化せず、膨大な市場介入を続けるいまの姿を変えないかぎり、「国際通貨」 になりえない。それなしに 「三極通貨」 を語っても 「夢想」 と嗤われるだけ、出世のためには以下のような人民元 “hard currency” 化工程を達成することが先決である
○ 余剰を縮小、介入を減らす
当面は国民の元高恐怖症 (「バカの壁」) も未だ克服されていないし、世界大恐慌の引き金を引く訳にもいかないから巨額のドル買い介入を止められないが、内需拡大の実効を挙げて数年内には余剰を縮小、介入を減らす目処を立てる必要がある
○ 引き続き「資本取引」を自由化する
いまの金融危機では多くの 「新興国」 が資金流出で打撃を被っているため、中国は 「資本取引自由化を遅らせた選択の正しさ」 を再確認している。しかし、その姿勢を守るかぎり人民元は永遠に 「ローカル通貨」 のままである。いつかは資本取引を自由化、短資も株売買も解禁する決断が必要になる。
○その上で世界における人民元の保有・利用(決済通貨)を普及させていく
・・・人民元の出世は以上のような幾つものステップを踏む必要があるのだ。
? 迫る来る高齢化 ? 超大国を目指す中国に時間は意外と残されていない
他にも人民元の出世にとって不利な要素がある。「 一人っ子政策」 で歪んだ人口構成のせいで高齢化社会の到来が近いため、余剰は今後10年も経てば縮小に向かい将来は消える運命にあることである。そうなれば為替差損累増の悪夢から解放されるが、同時に 「大債権国」 のオーラも消える。このオーラなしで基軸通貨国に出世するのは難しいだろう。
? アジアは基軸通貨を生み出せないのか
超大国を目指し人民元 「基軸通貨」 化を目指したい中国であるが、足許には未克服の課題が山積しているのに残された時間はあまりないため、その可能性は残念ながら低い。「アジアの世紀」 が標榜されるが、日本に続いて中国も挫折となれば、結局 「おらがアジアからは基軸通貨を出せないまま終わる」 のか・・・
4.日中通貨協力の可能性
? 中国と手を組むメリットは日本にあるか
日本は1980年代に基軸通貨国 (「円の国際化」) のチャンスが一瞬開けたが、当時は周囲に相棒がおらず、挫折して今に至っている。また 「いまは輸出で稼いで大きな経常余剰を抱えているが、早晩高齢化によって余剰が消える運命にある」 点では中国より先を行っている。
このまま漫然と時を過ごせば、日本は世界金融危機の中で米国債を買い続けて (あるいはIMFに増資して?) 暫しの間、米国や世界の経済危機恢復に 「貢献」 するが、そうするうちに貯蓄の減少→経常収支余剰が縮小する時期に入り、最後の取り柄である 「債権大国」 の座も降りて、国際通貨の檜木舞台から退場していく運命を辿ると思う。この国のいまの混迷と自立思考の欠如 (対米従属思考) を思うとき、筆者は9割以上の確率でそうなるだろうという諦観がある。
それでも、残る数%の可能性を考えたい。通貨体制に関して日本に最後のチャンスがあるとすれば、中国と手を組んでアジア共通通貨を目指すことである。「日中」がドギツすぎると言うなら 「東アジア通貨協力」 と言ってもよい。インドや中東まで含めると訳が違うが、「東アジア提携」 なら 「日中提携」 とさして違わない。東アジアで日中が手を結べば他の東アジアは随いてくると言っても過言ではないからだ。そこには経済政策的見地からみて、以下のようなメリットがある。
○ 域内為替変動リスクの低減
相互依存関係を深める東アジア経済において、経済活動を痛め歪める為替変動のリスクを減らせる。それは更に域内の越境ビジネスを活発化させ、成長を促進する効果を期待できる (下記「イカダのメタファー」を参照)
○ 将来日中が債務国に転じて以降の資金取り入れを安定化
今後高齢化に伴い債権国から債務国に転じた場合、共通通貨体制に入っておいた方が資金の取り入れが安定化する (ユーロ圏入りしないまま金融危機に遭遇した英国やアイスランドのいまの窮状を見よ)
? 中国と手を組むデメリット・障碍は何か
もちろん、中国と手を組むデメリットや障碍もやまほどあるが、まずは議論をするのが先決だ。筆者なりに疑問と答を以下のように初歩的にまとめてみた。
? 日本と手を組むメリットは中国にあるか
たとえ日本がラブコールを送っても、中国には中国の利害打算がある。経済政策的なメリットは日本同様にありうるが、いまの中国人の夢は 「ドル・ユーロ・人民元」 三極体制であり、実現できるならその方を選ぶに決まっている。中国が日本と組む動機・合理性はありうるだろうか。
○ 中国・人民元は単騎で基軸通貨を目指せる「分際」か?
中国人には不愉快な話を敢えてする。単騎で基軸通貨になれた国は19世紀の英国、20世紀の米国だけ、しかも戦乱が大きく作用した結果であることだ。如何に中国が 「台頭」 したとはいえ、往時の両国に並ぶ出世をしたとまで言えるか? 答は “no”、独・仏そして日本もそうであったように、中国も相棒なしで基軸通貨国の地位を獲得するのは無理だと考える。
○ 日本から「為替相互安定協力」を提案
依然 「元高恐怖症」 も 「“capital flight” 恐怖症」 も克服できていない中国は、たとえ必要性が分かっていても人民元 “hard currency” 化を進めるのが怖い、でも躊躇っていては時間が過ぎるばかり ・・・ そこで日本から「域内協力で為替の相互安定を図る協力」を持ちかけるのである。イカダのメタファーに従えば、隣の大丸太 (日本) から 「波に揺られないように、お互いの丸太を縄で結わえないか」 と提案するのである。最低限 「聞く耳」 は持つはずである。
○ 「独り出る杭は打たれる」
中国が単独で基軸通貨を目指そうとすると、他国とくに周辺アジア諸国を警戒させて再び「中国脅威論」といった反作用、少なくとも 「非協力」 の反応を引き起こす恐れが強い。「独り出る杭は打たれる」 は中国人にとっても十分胸に響く警告であるはずである。
中国にとって、以上が日本との通貨面での提携を進めるのに必要十分であるかどうかは分からない。しかし、日本にとっての “pro&con” も、中国にとっての “pro&con” も議論してみないと始まらないではないか。
5.あとがき
本稿を書いている途中で、行天豊雄氏が 「30年先を見越してもドル中心の体制は変わらないだろう」 と述べているのを見つけた。昨年6月の考察だが、第一次世界大戦で疲弊した英国が国力ではっきり米国に凌駕された後もポンドがドルに基軸通貨の座を譲るのにさらに30年かかった故事 (注) が根拠だ。
たしかにそうだ。欧州がユーロを生み出すのにも着手から30年近くかかっている。通貨問題では一世代くらい弛まぬ努力を続けないと事が成らないらしい。でも今から30年も後では、日中両国では十分すぎるほど高齢化が進行している。けっきょく日中通貨提携→アジア発の基軸通貨は荒唐無稽な夢か・・・
しかし、この国が始終 「受け身」 で世界の変化に振り回された挙げ句、衰退の道を辿るのを見るのは辛い。いまは 「素っ頓狂」 なアイデアでもいいから、能動的に 「考える、動いてみる」 ことが必要ではないだろうか。
人民元 “hard currency” 化が始まれば、おそらく 「円」 と 「元」 の連動性は高くなる。それを見れば、両国の世間の眼も意識もだいぶん変わってくるだろう。その頃には日中の相互理解もさらに進んでいると期待したい。
注:通貨覇権を巡る20世紀前半の米・英両国のせめぎ合いを紹介したネット文献として、田中宇さんの 「世界通貨」 で復権狙うイギリスが面白い。この問題について、原書でもいいから誰か参考書を推薦してくれませんか。
平成21年 2月 1日 記
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