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「グーグル中国撤退?」 に思うこと (1)

今朝、表題の外電が流れて、あれこれ考えさせられました。本件、日本ではあまり注目されていない感じですが (いま中国にいるので、今ひとつ感じが分かりません)、少なくとも欧米では大事になって尾を引くと思います。話が飛ぶので2回に分けます。


「グーグル中国撤退?」 に思うこと (1)
悩ましい 「ダブル・スタンダード」 問題



  今朝、外電を見ていたら 「グーグルが中国から撤退するかも」 というのがあって仰天した(NYTサイトAP 通信報道 (Yahoo サイトから))。未だ撤退と決めた訳でなく、「今後の中国当局との交渉結果によっては」 の話だそうだが、報道の内容は概ね以下のようなものだ。

○ 先週、グーグルのシステムに中国発の “非常に巧妙 (highly sophisticated)” なハッキング攻撃がしかけられた。この攻撃は数十名の中国人権活動家の個人情報を収集する目的で行われたと見られる (グーグルはこの攻撃に中国政府が関係しているかについてはコメントを避けた)。
○ また、グーグルは同時に最低20社の米国金融、IT、メディア等の大企業が中国発の攻撃を受けたことを察知して米当局に通報したことを併せて明らかにした。
○ グーグルの場合、Gmailサービス上の中国人権活動家2名のメール・アカウントに侵入された (見出しは読まれたが、メール本文は流出していない)。
○ グーグルとしては、本事件を契機にいま中国で行っている検索サービスの 「検閲」 協力 (下記参照) を中止させてもらうべく当局と協議する意向であり、これが認められなければ中国での “Googole.cn” のサービスを停止して中国オフィスも閉鎖する方針だ。(報道によると同社中国従業員は700名、売上げは3億ドルの由)

  ちなみに本事件の前史として、2006年同社が中国での検索サービスを開始する際に、中国当局が求めるネット検閲に協力するか否かという問題があった。それが中国市場参入の条件とされたのだ。
  中国には 「金盾」 という巨大な検閲システムがあり、メールを始めネットや通信回線を流れる情報を検閲し、閲覧禁止語彙を検知するとサーバーへの接続を遮断したりしている。Google や Yahoo などの検索サービスは中国事業を行うにあたって、閲覧禁止語彙の検索は表示を不可能にする等の協力を求められている。ウェブ上の 「言論の自由」 を重視する Google ほかの会社にとって、これへの協力はキツイ踏み絵になっており、協力した会社に対しては海外の人権団体等から強い批判が浴びせられている。「しかし、だからといって中国市場を捨てる訳にはいかない・・」 というのが各社の悩みだった (末尾注1参照)。

  さて、この報道を読んで筆者は二つの感想を持ったのだが、今回はまず一番目、或る 「ダブル・スタンダード問題」 の話をしたい。ちなみに、グーグルは自社サイトに対するハッキング攻撃と中国におけるネット検閲 (協力) という異なるイシューを絡めて発表を行ったが、ここで取り上げるのは後者のネット検閲問題である (注2)

  中国がグーグルの要請に応じて検閲協力の義務を免除する可能性はゼロだ (よって、今日のプレス発表を前提とするかぎり、グーグル社の中国撤退は半ば定まったも同然)。これを一企業でなく米国政府が取り上げようと、欧米諸国が束になって中国に談判しようと、結果は変わらないと思う。
  「言論の自由なんて認められない国柄だから」、「コトが 『国家安全』 に関わるから」、「海外の要求には 『脊髄反射』 で反発してしまうから」・・・ みな誰でも思いつきそうな理由で、それぞれ一面当たっているが、筆者が可能性ゼロと判断する理由はもっと別のところにある。

  それは中国が 「お互い様じゃないか」、つまり米国 (その他の国、例えば英国) も同じことをやっているのに、「中国だけが非難を受け、中止を求められる謂われはない」 と考えるだろうからだ。
  米国は “National Security reason” によって、世界中で電話通話、メール通信等を傍受・盗聴している。そのためにNSA (国家安全保障局) という正体不明の役所があり、そこが “Echelon (エシュロン)” という巨大な通信傍受・解析システムを (噂によれば、WW II の情報戦以来のよしみで英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどアングロ・サクソン4ヶ国と共同で) 運営していると言われる。傍受・盗聴した通信はコンピュータ (設置面積をエーカーで表わすくらい膨大な数ある) にかけられ、「テロ」 とか 「アッラー」 とかいうキーワードが hit すると、更に詳しく調べられるという具合だ。音声認識も取り入れられていて、電話での会話も検索される。いまや画像認識もメニューに入っているだろう。前述の中国 「金盾」 システムもこのエシュロンを手本にして生まれたものだ。
  もともとは、米国憲法によって人権が保障されている米国民は対象にせず、海外向けのシギント (通信傍受) 活動だったはずだが、「9.11」 で 「反テロ」 が異論を許さない世論になって以降は、内国民向けだってどうなっているか分かったものじゃない。また、“National Security” ほど濫用される言葉も珍しいことは、米国サスペンス映画ファンならずともご存じのとおりだ。
  しかし、NSAもエシュロンも情報がまったく公開されないので真相は闇の中、全ては噂と憶測の世界だ。そんな 「ヨタ情報」 を盾に 「中国も米国もお互い様」 と言うと異論が出るかもしれないが、筆者は (別にこの分野のオタクではないが)、こういう米国システムの存在を確信している。というのも20年ほど前役所勤めしていたときに、米国による盗聴に遭遇した個人的経験があるからだ (注3)。その後、1995年に日米自動車紛争に関わったときも、米国政府がジュネーブと東京の間で日本政府関係者がやりとりする電話等を盗聴・傍受して交渉の参考にしたという噂があり、報道もされた。自動車みたいな重要産業になると、“National Security” マターだと判断されるのだろう (笑)

  あるいは 「静かに傍受・盗聴しているだけなら問題なし、しかし、通信を規制・遮断する中国の行為はこれを超える」 という意見もあろう。しかし、「通信の秘密」 を侵害することは直ちに憲法違反だ。そうでないなら 「自国民は対象としない」 タテマエも必要なかった。それに、静かに傍受するだけ?・・・ノーノー! 実際にはメールでアブナイ言葉をやりとりしている人間は直ちに通報を受けたFBIが尾行・内偵し、必要と判断すれば逮捕するのが今の米国ではないのか (髭を生やしたハッサン氏なんてイチコロ (笑)。
  中国の検閲を論難し、企業が中国事業の撤退も考えざるを得ないと言うなら、なぜ、自国政府が同じことをやっているのを大目に見る?、そこには 「ダブル・スタンダード」 があるのではないだろうか。「『反テロ』 目的だから」・・・ うーむ、確かにこのシステムなしだったら、米国で何度も 「9.11」 が再演されたかもしれない。しかし、「じゃあ、新彊ではどうすりゃいいんだ?」 という反論を受けるだろう。「米国は自由と民主主義の政府としての最低限の信頼があるから」・・・ 気分が 「戦時モード」 になっちゃうと、米国政府も何だってやっちゃうことはグァンタナモの捕虜収容所の事例からも明らか。いずれにせよ中国政府の耳にはあまり説得的に聞こえそうもありませんね。

  断っておくが、以上のように言ったからと言って、筆者は 「だから中国の検閲行為も 『お互い様』 で許される」 と思っている訳ではない。自由や人権について信条とするところを発表しただけで逮捕拘禁される・・・そうしないと体制の安定が維持できない (と思っている) 政府は醜く、そういう体制の下に暮らす中国人は気の毒だと感ずる。言論やメディアが不自由なせいで、彼の国の進歩と発展がどれほど損なわれていることか。
  中国人は本来日本人よりずっと outspoken なタチで、日夜政府と要人を罵倒し、笑い物にしているが内輪の会話だ。政府権力に対して言論やメディアによるガバナンスが働かないことがこの国の政治をどれほど悪くしているか (腐敗等々) は言うまでもない。
  ネット検閲だって通信を遮断するのはやりすぎだ。ちなみに、いま中国でこの原稿を書くために “中国 検閲” というのをググッってみた。海外では多数論じられているらしいのだが、中国にいると検索結果が出てこない (実際にググッたのは英語文字列だが、そのままここに書くと、このブログも 「遮断」 されそうなのでやめておく)。日本でも流行りだした “twitter” も中国では接続が遮断されているせいで 「つぶや」 けない。それは中国を何某かの程度、デジタル・デバイドにしないか (ハッキング技術のレベルがヤバイくらい凄いことはグーグルに侵入できたことで証明されたが (笑)。
  そして世界が共有する 「中国政府=言論や自由を弾圧する悪漢」 イメージ。いまや米国に次ぐ世界第二の大国、しかも “rising star” なのに、経済的な 「中国頼み」 はあっても 「憧れの対象」、“Soft Power” には遠い。そのせいで中国という国が被っている無形の損失を金銭換算したら幾らになるだろう、計り知れない損失だ。いまのままでは 「金の切れ目が縁の切れ目」、経済的に落ち目になったら中国は見向きされなくなってしまうだろう。

  ただ、以上を述べた上で元の論点に戻ると、やはり 「ダブル・スタンダード」 は問題だ。何故なら、「それは良くないことだ」 という指摘の持つ力を弱めてしまうからだ。
  今回の事件で、米国と言わず日本と言わず、あちこちで 「鬼の首を取った」 かの如き 「言論弾圧」 批判が繰り広げられるだろう。しかし、それを聞かされる中国の側は 「自分のことを棚に上げてよく言うぜ!」 と反発して聞く耳を持たなくなる。非生産的な 「タメにする」 式の議論を回避して問題を解決するにはどうしたらよいのか・・ニュースを聞いてまず頭に浮かんだのは、20年前の個人的体験を踏まえたこのことだ。
平成22年1月13日 記

  一晩寝て、もう一つ思いついたことがあるので付記する。それは 「同じことをやっている」 米国と中国の間にかくも大きなイメージの差があるのはなぜか?ということだ。様々な要因があろうが、一つは米国の場合、彼の国の言論の自由や司法の独立といった制度装置が体制に対する内外からの最低限の信頼を担保しているということだ。
  ブッシュ政権のイラク開戦やその前後に絡まる一連の行動にはとてつもない誤りがあった。当時は米国全体が 「9.11」 後のパニックに陥っていたので、こういう伝統の制度保証すら機能しないように見えたが、正気を取り戻すにつれてメディアや司法がその過ちを糾弾し、是正に動いた。「行政も、ときに国民も過ちを犯すが、それは制度によって修正されうる」・・・ その最低限の信頼が内外にあるから、米国は中国が被っているような批判を免れている、という側面があると思う。
  「西側流の人権や三権独立はやらない」 という中国だが、それならこれに代わるいい仕組みを作り出さなければならない。そうしないかぎり 「悪漢」 イメージは消えないだろう。


注1:筆者は中国屋だが、中国におけるインターネット検閲にはそれほど詳しくない。本来はもう少しキチンとソースを当たった方がよいのだが、以下にとりあえずググッて参考にしたウェブ情報を挙げておく。
     「グーグルの理想と中国のウェブ検閲について」:CNet.com (グーグルが中国参入のためにした 「妥協」 への批評)
     中国の 「金盾」 システムについて (Wikipedia)

注2:グーグルは今回自社サイトに対するハッキング攻撃とネット検閲問題を絡めて取り上げた。前者は犯罪行為で正当化しえないと考えるが、仮に事件描写から匂うとおり、中国政府が絡んでいるとするとややこしい。相手国のネットに侵入して情報を盗む、有事に後方を攪乱すること (及びこのような攻撃に対する防衛) は今や各国軍隊の欠かせない戦術と化して、専門の“cyber force”が設けられている例が多いからだ。これだとまた 「中国も米国もお互い様」 の世界になってしまう。どこの国も表向きは 「専守防衛」 みたいな顔をしているが、侵入能力はあるが自制する・・・なんてこと、フツーあると思いますか (笑)

注3:委細は省くが、「米国による盗聴に遭遇した」 とはこういうことだ。20年前勤務していた通産省で、民間企業が筆者の所属部署宛 (航空機武器課という) に送った fax を米国防省からの出張者に盗み見られたのだ。この出張者というのが粗忽なヒトで、fax を送った会社に対する脅しのつもりで 「貴社がこういう内容の報告を MITI に送ったことを知っている」 としゃべってしまったので分かった。当時だって都心の電話回線は光ファイバー化されていたから、無線傍受では盗聴できない。なぜそういう盗聴 (看?) ができるのか不思議だが、東京近辺では横田基地にこういう業務に従事するユニフォームの人間が何百人かいるとのこと、これもNSAにカウントされるらしい。あくまで 「噂」 だが。
  日本国の領域で外国公権力が行使されるというれっきとした主権侵害行為、しかも中央官庁に対する盗聴行為だ。筆者は直ちに在京米大のカウンターパートに抗議したし (相手はしどろもどろだった)、内部でも報告したが、日本政府では米国による主権侵害は不問に付すしきたりらしく、それ以上の問題にならなかった。




 

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