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中国は先手を打って人民元切り上げを急げ

夕べから本稿を書いていたら、今日GSのエコノミストが「近く人民元が引き上げられる」との予想を発表しました。筆者は“likely”とは思わないが“should”だと思うヒトです。


FASTEN YOUR SEAT BELTS (3)
中国は先手を打って人民元切り上げを急げ



  既報したとおり、中米関係は対台湾武器売却やオバマ大統領のダライ・ラマ会見予定により、相当な緊張に向かうことが避けられなくなった。中国は今週初めから春節に入り、メディアやネットも 「賀正」 ムード一色 (=お休み) になっているが、18日予定のオバマ・ダライラマ会見を受けて、春節休み明けとなる20日以降は、激しい対米非難が始まるだろう。

  気になる人民元問題の行方

  中米関係は 「好也好不了、壊也壊不了」 (バラ色にも真っ暗にもならない)だ。米国はもとより、中国も本気で殴り合いをするつもりはないだろうが、隣の国として気懸かりなのは今後の人民元問題の行方だ。2月8日の 「環球時報」 電子版に気になる記事が載った。台湾紙が報じたワシントンの政界情報誌 (記事からは 「ニールセン・レポート」 と読めるが筆者は不詳) を引用する形で、「ガイトナー財務長官が王岐山副総理に電話し、人民元レート引き上げを強く促し、もし3月末までに措置が執られなければ、オバマ大統領は4月に議会に提出する“Exchange Rate Reports”で中国を 『為替操作国』 に指定せざるを得なくなると警告した。王副総理はこれに激しく反駁し、米国がそんなことをすれば中国は米国債購入を減らすだけでなく、米国の対中輸出品に報復を加えると述べた」 というのだ。
  この環球時報の記事自身が 「この記事が真実かどうか判断しがたい」 とも述べているとおり、すべてを鵜呑みにはできない (とくに米国債に絡む部分など)。しかし、公式に確認されているオバマ大統領の発言などをもとに推測すれば、米側が電話会談で人民元政策の決断を改めて促したこと、春には中国が 「為替操作国」 に指定される可能性があることなどは、あながちデタラメとばかり言い切れないものがある。

  中国から見れば 「仏の顔も三度」 の 「内政干渉」

  仮に4月以降米財務省が中国を 「為替操作国」 に指定したとする。その場合懸念されることは政治面、経済面に一つずつある。政治面では中国輿論に及ぼす影響だ。中国の見方に即して言えば、これが台湾問題 (武器売却)、チベット問題 (ダライ・ラマ会見) に続く三度目の 「内政干渉」 と受け取られ、「仏の顔も三度」 ではないが輿論のナショナリズムに火を付ける恐れがある。
 (中国ナショナリズムが特定国に向けられた最近の事例は、小泉総理の靖国参拝 (及び日本の国連常任理事国問題) が発端となった2005年の反日デモ、そして北京オリンピック聖火リレー妨害行動が発端となった2008年の仏大手スーパーカルフールへの抗議行動の二つだ (後者は同年末にサルコジ大統領がダライ・ラマに会見したことでいっそうの仏製品ボイコット運動へ発展した)。
  今回の対米関係緊張は、前回述べたとおり金融危機で中国の思潮が自己肯定的なナショナリズムや対外強硬論の方向に大きく変化した後最初のケースになる。中国政府は既に今後の緊張を見据えて対米輿論動向に神経をとがらせ始めており、メディア報道でも情緒化を避け、客観的で視野の広い報道を行うように指導・奨励している気配がある (オバマ政権が直面する国内政治情況の解説や 「中米関係は年前半の悪化が避けられないが、後半には回復に向かうだろう」 といった解説など)。しかし、今後輿論が 「乾いた薪」 状態に向かう中、楽観は許されない。

  人民元レート政策の混乱・障碍

  経済面で懸念されるのは人民元レートの行方そのものだ。人民元は2009年2Q以降米ドルの下落に伴う元安傾向が続いており、去る1月に発表された国際決済銀行 (BIS) 統計でも2009年、実効為替レートで6.1%下落したとされている。
  中国は海外からの元切り上げ圧力に対して、?人民元を (ドルに対して) 安定させており、これは国際貢献だ、?米国の経常赤字はマクロ・インバランスがもたらすもので、為替レートの変更は是正の役にほとんど立たない (どこかで聞いたことのある議論だ (笑) 等を反論している。そして、国内には 「為替レートは決して単純な経済問題ではなく、複雑に絡んだ政治案件だ」、「中国は自国の必要に応じてのみ為替政策を決定する、決して外圧に屈し、外国の犠牲になって決めることはない」 等の政府の立場を擁護する言説が溢れている。

  しかし、オバマ政権だけでなく欧州、さらには東南アジアにおいても、元安環境下の中国製品と競争しなければならない苦しさ、不満を訴える声は強まっている。この点は客観的にみて中国の分が悪く、両国の人民元争いが過熱した場合の外野応援団は米国の方が多そうだ。(一例としてベトナムは先週為替誘導レートを3%切り下げると決定した。中国が怖い東南アジアは表だって声を上げないだけで、不満はかなり溜まっていることを英紙が最近よく取り上げている。)
  なだらかなドル安による製造業の回復、これによる雇用増を目指すオバマ政権にとって、人民元レート問題は非常に有用かつ安価な手段だ。?国内、とくに民主党支持基盤である労組等から喝采を受けられる、?国際世論からも支持が期待できる、?貿易不均衡是正策としてはstupidでも、中国の経済政策としては正論なこと (単純なババの押し付け合いとは異なる)だからだ。

  しかし、為替レートが政治問題化するとろくなことがない。見本はDマッキノン・大野健一両教授の 「ドルと円」 が分析した 「円高シンドローム」 だ。貿易紛争激化→米国の圧力→投機の思惑による市場での円高という連鎖により円ドルレートが乱高下した結果、企業の予測可能性は甚だしく害され、当時の日米両国の経済厚生を大いに傷つけた。市場 (投機筋) はこの故事を記憶している。中国の資本市場はまだ開放されていないが、為替が政治問題化すれば、投機的なホットマネーが刺激されて流入がさらに増加、(レートを維持するために日々行う (ドル買い) 市場介入→ベースマネー増大の経路を通じて) ただでさえ中国で深刻な過剰流動性問題がいっそう悪化するおそれがある。
  それが困るのは、資産バブルやインフレ加速の恐れがあるからだけではない。いま世界中で膨大なドルキャリー・トレードが行われているが、やがてドル金利が上昇し始めるときには巻き戻しが起こり、今度はホットマネーの流失=キャピタル・フライトを起こす、すなわちホットマネーの 「出」 と 「入り」 の往復ビンタで中国経済を攪乱させる恐れがあるのだ。中国政府は目下のホットマネー流入とその巻き戻しを真剣に憂慮している。

  中国も2年前に暫時復活させたドルペッグ政策の出口とタイミングを既に模索し始めている。周小川人民銀行長は昨年10月「為替レートの安定維持は世界金融危機に対応するための“非常手段”であり、既に1年が経過した。中国経済成長を保証し世界経済の回復をもたらす作用を発揮したが、非常時の“非常手段”であるからには大がかりな経済刺激策と同様に周到な出口政策が必要だ」 と述べている。現実にも今年半ばには 「レート調整 (クローリング・ペッグ) 再開」 を予想する向きが多い。タイミングのカギを握るのは物価と輸出、この二つの統計動向だ。
  しかし、中国は海外から圧力を受ければ受けるほど譲歩できなくなる国柄だ。人民元レートが両国間で政治問題化した場合、片や海外の圧力、片や譲歩を許さないナショナリスティックな国内圧力に挟まれて身動きがとれなくなる。
  こうした観点から 「元レート問題は、逆に海外が静かにする方が解決しやすくなる」 という意見が中国にも、米国にもあるが、冒頭紹介したような米政府・議会の動きは、まさにその逆を行くことになる。政府が 「米国の圧力に屈した訳ではない」 と申し開きできるくらいの時間的間隔をあけないとレート調整再開に踏み切れなくなるからだ。

  中国は先手を打って春節明けに政策変更をアナウンスすべし

  「オバマ政権はそんなことは百も承知でやっているのではないだろうか…」 筆者の不安はこれだ。日本経済はけっきょく円高シンドロームによりバブルを引き起こし、経済の均衡を乱して沈んだ。そのことは当時の米国の経済厚生には反したかも知れないが、少なくともそれ以降、米国は経済ライバル日本からの追い上げを心配する必要がなくなった (よく 「レーダー・スクリーンから日本が消えた」 と言われた)。
  中国はいまや30年前の日本よりはるかにリアルなライバルとして米国の前に立っている。その中国が日本と同じ轍を踏んで為替問題で混乱すれば、当面の米国経済恢復には有害でも長期的な米国覇権の維持には有益であり、その利は経済面の弊に勝る ・・・ 「昨今つけ上がる一方の中国」 に対して、こういう考えを持つ米国人はいると思う。オバマ大統領がそう考えているかどうかは別だが、この問題以外に有効な反撃を中国にお見舞いする手だてを持っているように見えないことは事実だ。
  昔の海軍は海戦が迫ると、艦内、甲板上の可燃物を投棄して戦闘に備えたという。中国政府もいまのうちに可燃物を投棄しておく、すなわち春節明け直後のタイミングを選んで抜き打ち的にレート調整再開の決定を済ませておいた方が良い。当面の対米外交戦で人民元レート問題が争点にされ、必要なタイミングに必要な措置を講ずる政策自由度を失わないように。
平成22年2月15日 記


追記1 GSエコノミスト語る 「人民元に何かが起ころうとしている」


  15日、ゴールドマン・サックスの首席エコノミスト ジム・オニール氏は 「中国が景気の加速を抑制するため、人民元を最大5%切り上げる態勢を整えている可能性がある」、「中国は為替レートの変更に近づいているとわたしは強く考えている。何かが起ころうとしている。いつでも起こる可能性はある」 と語った( Bloomberg.co.jp
  GSがこう予測するからには、何か情報を掴んでいるのかもしれない。筆者はそんな情報を持ち合わせないので、外野から憶測しているだけである。また、抜き打ち決定が実際に起きそうだとも思えない。
  というのも、「人民元レート政策は、中国自身の必要によってのみ決定される」 が中国の譲れない建前だからだ。2007年後半にレート上昇の加速を決定できたのも、当時過剰流動性問題が深刻化し、物価上昇率も警戒域を超えたためだった。しかし、今回は先日発表された1月CPIが予想を下回る上昇率だったことで、市場ではむしろ 「利上げ時期は遠のいた」 という観測が流れているし、原油を始めとするコモディティ価格もギリシャ問題のあおりを受けて最近は下落気味だ。痛みを伴う人民元切り上げを断交するのに理想的な環境とは言えない。
  他方それ故に、万一春節明けに抜き打ち決定が行われる場合、米国はこれを中国の譲歩とか 「米国と事を構えたくない」 サインだと受け取るべきではないと思う。本文に書いたような意味で、それは恐らく対米外交戦の 「戦闘配置ニ付ケ」 のサインだ。それならナショナリスティックな輿論も納得する。

追記2 中国人が考える「為替問題:日本の教訓」


・・呉敬璉教授は 「中国では、為替レート問題について 『日本の教訓に学べ』 と言う人がたくさんいるが、日本のどういう教訓を学ぶかについて見方が割れている。一方では 『日本は為替レートを急激に引き上げた結果、バブル崩壊に見舞われた、だから為替レートの調整は急いではいけない』 という人が相変わらず多い。しかし、本当に学ぶべきは 『円高を恐れるあまり、金利の引き下げなどをやりすぎて、ついにはバブルを引き起こしてしまった』 という教訓でしょう」 と言っておられた・・ (弊ブログ「出口のない過剰流動性問題」
  中国改革派経済学者の泰斗、呉敬璉教授の言われるとおり、「日本の円から何を学ぶか」 について、中国では水と油、含意も180度反対の二つの見方があり、前者に立つ人が9割以上、後者に立つ人は人民銀行とか少数のまっとうなマクロ経済学者くらいしかいない。
  筆者はもちろん後者の見方に立つが、「日本の教訓」 は何故こうも誤解されるのか、ずっと考えてきた。以前は 「為替高=輸出や投資受け入れにマイナス」 という途上国型 「為替観」 が根強いせいだと考えてきたが、最近追加で新しい仮説を思いついた。
  前者が思い浮かべる故事は、1995年日米自動車紛争時、クリントン政権の円高圧力によって引き起こされた1USD=79円の超円高であるのに対して、後者が思い浮かべるのは、プラザ合意を大きく上回る円高に耐えかねた日本政府が内需拡大約束と引き替えに欧米に (円安方向への) 政策協調を願い出た1989年のルーブル合意である (その後の行き過ぎた金融緩和がバブルの引き金を引いた)。
  片や1989年の中国は改革開放初期、金融市場と言ってもちんぷんかんぷん、片や江沢民政権時代に入った1995年は欧米との交流も格段に増えた時期だ。片やルーブル合意は通貨マフィアらによる密室プロセスで、その奥義は部外者には分かりにくく、片や 「1USD=79円の超円高」 は誰でも知っている出来事だ。こうした二つの出来事の非対称性が中国人の誤解を増幅しているのではないか。
  いずれにせよ 「1USD=79円の超円高」 を見て、中国人は為替を国際政治の実力手段として行使する米国を深く恐れた。その後ほどなく日本は1997年の金融危機に陥っていったからなおさらだ (79円と97年の金融危機に因果関係があるかないかは、普通の中国人にとってどうでもよい、要は結果なのだ)。かくして 「為替は経済問題ではなく、国際政治の主要な武器なのである」 という中国人の理解は強まり、「米国の圧力に屈すれば、日本の轍を踏む。よって、元高圧力に屈してはならない」 との確信はいやがうえにも強まったという訳である。さてこの仮説、当たっているかどうか(笑)




 

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