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人民元問題の行方にショートコメント

春節前に、中米関係が今後一段と緊張する胸騒ぎがしましたが、いまのところ「平穏」です。両国は表向きそう装いながら、水面下ではこれ以上の関係悪化を回避するための外交折衝を重ねているように見えます。


人民元問題の行方にショートコメント
周小川人民銀行長の発言について



  周小川人民銀行長が記者会見で人民元のドルペッグについてした発言が報道され (例:ロイター)、「管理フロート制の再開近し?」 といった憶測も出ている。筆者は今日、ツイッター上でもこれについて若干つぶやいたのだが、如何せんテーマが140字の守備範囲を超えるので、本ブログでショートコメントしたい。題して 「津上牛涎斎ブログlite版」!

周行長発言を検証する

  まず、今日報じられた周小川行長発言を検証する。行われたのは開催中の 「両会」 (全人大など) に併せて開催された閣僚合同記者会見の席上であり、レート問題を質したのはフランクフルター・アルゲマイネ紙記者だ。周行長の回答を要約すると、次のようになる。
1) 中国は市場経済に転換途中の国で、為替制度もこの過程で変化の途上にある。
2) 現在の為替制度は管理型フロート制というべきであり、「絶えずレート形成メカニズムを改善し、人民元レートを合理的、均衡的な水準で安定的に維持する」 ことを目指している。
3) ただ、それは特殊な (危機的) 状況で 「特殊な政策」 を採ることを排除するものではない。(現在の実質的なドルペッグ状態は) 金融危機に対応するために採ったパッケージ政策の一環であり、中国及び世界の経済恢復に積極的な作用を果たした。
4) このような (特殊な) 政策は早晩“exit”問題が出てくる。
5) ただ、経済は恢復してきたとはいえ、まだ確固たるものではなく、今後も予想外の事件が起きうる。有事型 (原文:非常軌的) 特殊な政策から平時型 (常軌的) 政策に戻る時期については 「非常に慎重な選択」 が求められる。ピッツバーグG20会議も緊急対策の早すぎる退出は避けるべきとの見方を示している。今後のレート政策はこれらの要素を勘案して決める必要がある。
  周氏は上記の発言2)で、人民元レートは2008年夏に停止したままになっている「管理型フロート制」 が原則であり、3)現状のドルペッグ状態は例外的、特殊な状況であるという立場を採っている。そして、4)非常の特殊な手段であるから早晩止める時期が来る、と言っている。
  昨日今日、海外メディアで報じられたのはこの点であり、「フロート制再開近し」 を匂わせたといった見方も出ているが、これははっきり言って 「読み過ぎ」 だ。上記要約から見て取れるように、周氏は言質を取られないように非常に慎重な言い回しをしている。また、周氏は実は去年の10月末にも 「為替レートの安定維持は・・非常時の“非常手段”である・・経済刺激策と同様に周到な出口政策が必要」 という発言をしている。よってこの発言は特段目新しいものではなく、かねてからの公式スタンスだと見るべきだろう。

人民元フロート制再開の3条件

  それでは、人民元フロート制はいつ再開されるのだろうか。筆者は再開には3つの条件があると考える。1) 輸出が回復すること;2) 物価上昇が加速すること (インフレ対策という 「錦の御旗」 を入手すること);3) 海外がこの問題で 「静か」 にしていること (「外圧」 がかかると逆に再開できなくなる) である。
  1) の輸出は1月の数値が1095億?、対前年比21%増だった。この増加率は09年1月の発射台が大きく落ち込んだことが手伝っているが、「そこそこ回復してきた」 と言える状況になってきた。
  2) の物価上昇は1月のCPIが対前年1.5%増、PPIが4.3%上昇だった。前年比のマイナス状態は解消したが、CPIは12月の1.9%から逆にやや沈静化し、インフレ対策の 「錦の御旗」 の下に元切り上げに踏み切るには今ひとつ力不足だ。再開には3?4%程度のCPI上昇が必要と言われている。
  3) の外交環境がいちばんの問題だ。2月来の米国からの圧力 (例:オバマ大統領2月発言) により、政策変更に求められる 「平穏な」 環境が悪化しつつあるのだ。

米議会動向が最大のカギ

  人民元レート問題は今後どう推移するか。市場では本年2Q、または3Q頃の再開を予想する向きが多い。筆者も上記1) 、2) の国内的、経済的な因子だけから判断すれば、これに異論はない。しかし、当面の最大のカギになるのは向こう2ヶ月の米議会動向だと思う。法律で義務付けられた米財務省の為替操作国年次報告が4月15日を期限として議会提出される。今後1ヶ月、米中両国の間ではこの報告で中国を 「為替操作国」 と名指しするか否かを巡って、水面下で一段の調整が繰り広げられるだろう。
  中国は民族主義的な輿論のせいで 「外圧を受けるとかえって譲歩できなくなる」 国情だ。仮に米国から 「名指し」 を受ければ、中国は早晩来るフロート制再開が 「外圧に屈した結果ではない」 ことを国内輿論に示すために、1) 輸出、2) 物価条件でより高いハードルをクリアすることが求められる。つまり本来の適正なタイミングよりも再開が遅れる。よって中国側は水面下で米国に 「早く再開させたいなら静かにしていてくれ」 と再三求めていることだろうと憶測する。
  「外圧を受けるとかえって譲歩できなくなる」 国情は米国でもかなり理解されている。しかし、国内政治事情が優先されるだろう。もっと言えば、米国政界にはそういう国情を 「百も承知」 で、対中圧力をかけるワルもいるだろう。言わば 「元高ハラスメント」 戦術だ。オバマ政権が中国を 「為替操作国」 と名指しする事態は最終的には回避されると期待するが、それまでの過程では米議会のスタンド・プレーが思いっきり繰り広げられるのではないかと恐れる。

人民元を 「政治通貨」 化させるな

  こう書くと、米政権の度重なる円高 「口撃」 で為替レートや金融政策を攪乱された日本の記憶 (円高シンドローム) が蘇るが、問題は日本の轍を踏む隣人中国への同情だけでは済まない。
  世界経済はまだ本格恢復には遠い状態だ。政治的な思惑でレート復帰のタイミングが遅れ、それで中国経済が混乱することは避けるべきだ。とくに中国への経済的依存度を日増しに高める日本は困る。今回の問題を契機に、やがてハードカレンシー化 (資本勘定開放) の日を迎える将来の人民元が 「政治通貨」 になって乱高下する端緒を開くような展開はもっと困る。これほど経済的結びつきを強めた中国との間で円/元レートが乱高下すれば、将来の日本産業界はもたないと思うからだ。
平成22年3月8日 記




 

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