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「JR不採用、政治決着」 は不可解

筆者は労働問題には詳しくありません。「JR不採用、政治決着」 問題は外部からは容易に知り得ない様々な経緯もあったとも思います。しかし、そう述べた上で外野として 「このプロセスは不透明で問題だ」 と言わせてもらいたいと思います。


「JR不採用、政治決着」 は不可解



  筆者は労働問題には詳しくない。また、この問題は 「戦後有数の労働争議」 で、「解決に23年の歳月を要した」 と言われるから、外部では容易に知り得ない様々な経緯もあったのだろう。しかし、そう述べた上で外野として言わせてもらいたい。このプロセスは不透明で問題だと。

 【3月19日の報道】
  国鉄分割・民営化に伴う国労組合員ら1047人のJR不採用問題で、与党3党と公明党の代表者が18日、前原誠司国土交通相に対し、解決金約230億円の支払いや約200人のJR各社への雇用要請を柱とする和解案 (「中央共闘ニュース」 による紹介) を提示した。当初案の約287億円から減額した。4党は 「人道上不可欠と判断した結論で、政治解決を強く要請する」 と申し入れたのに対し、前原氏は 「事前に出ていた額よりも現実的な額が提示された」 と評価し、政府として受け入れ可能との考えを示した。官邸と協議し、最終判断する。(共同通信
 【4月9日の報道】
  政府は9日、与党3党と公明党から申し入れがあった解決策を受け入れる方針を確認した。原告団と国労などの関係団体も同日、解決策の受け入れを決めた。これにより同問題は事実上決着。政府は旧国鉄 (現鉄道建設・運輸施設整備支援機構) を訴えた原告910人に1人平均2200万円、総額約200億円を支払うとともに、JRに雇用面で協力を求める。(時事通信
 【労働団体の内部ニュース】
  4月9日、JR用事件・1047名解雇問題の政府案が最終的にまとまり、4者4団体 (国労・全動労・鉄建公団訴訟原告団など被解雇者団体で構成) もこれを受諾した。…民主党・社民党・国民新党・公明党・国土交通大臣・財務大臣・内閣官房長官の7者が署名した。和解金は総額で200億円・一人あたり2200万円だった。雇用については 「JRへの雇用について努力する」 という表現にとどまった。(「レイバーネット日本」

 【疑問1:算定の根拠】

  昨9日署名された文書というのは、報道もされないしネット検索してもなかなか出てこないのだが、上掲 「レイバーネット日本」 が本文に近いと思われる内容を掲載していた。交渉当事者に近いので現物を入手できたのだろう。
1)和解金 (原告個人に対するもの) 一人平均 約1563万円
 (内訳)
 ・高裁判決金額 原告一人あたり 約1189万円 (遅滞金利分含む)
 ・訴訟費用等 原告一人あたり 374万円
2)団体加算金 58億円 (572万円×1029名、対象は 「4者4団体」 とされるが、注1参照)
 ・572万円の積算根拠は、当時 「闘争組」 とは別個に、政府の斡旋に応じてJR外部に再就職した者の雇用主に支払われていた雇用奨励金及び住宅確保奨励金の額を参考にした
3)総額 200億2330万円

4)コメント
 ・報道を総合すると、和解金などの総額は次の変遷を辿ったらしい。? 4党が最初に政府に示した 「たたき台」:1人当たり2950万円 (雇用調整金等も含め総額287億円) → ? 3月6日付け政府側対案2025万円(184億円) → ? 3月18日付け4党政府申し入れ案:2406万円(218億円) → ? 4/9付け合意:2200万円 (200億円)。高裁判決金額を除いた訴訟費用と団体加算金の合計額 (「加算額」注2) だけで見ると、? 1768万円 (168億円) → ? 836万円 (76億円) → ? 1224万円 (111億円) → ? 946万円 (86億円) という変遷だ。

 【疑問2:如何なるプロセスを経た決定か?】

  合意の基礎になった東京高裁判決 (2008年3月25日付け) は、金額について慰謝料500万円+裁判費用50万円及びその利息 (合計が平均1189万円) という結論を出している。原告(被解雇者)側はこの判決の立論だけでなく金額の低さに強く反発してきた由だが、裁判は当事者間で解決困難な紛争を決着させるうえで最も正当性のある手段だ。如何に 「政権交代」 があったといえども、政府は一転して判決の2倍近い金額で任意の合意を行った。民間なら株主代表訴訟に直面しかねないようなきわどさがある。
  調整のプロセスにも疑問がある。民主党は3月1日の役員会で4党担当者案を了承しており (3月2日NHKニュース)、決着の方向性については一応の機関決定を経ていたと見ることができるだろう。調整が本格化した3月からは同党の幹事長室が与党側の窓口となって国交省の政務三役と調整を行った (3月13日西日本新聞)。昨年の予算編成で陳情さばきに活躍した部署であり、政府への要望伝達経路としては納得できる。
  しかし、今回行われた 「調整」 は 「要望の伝達」 を超えたものだった。小沢幹事長の政府と与党の役割分担論の基本は 「政策決定は政府 (内閣) の仕事で、与党の仕事は国民の声を政府に反映させること」 であり、その認識に基づき民主党の政務調査会を廃止したのだったと記憶する。要望の伝達を超えて政府側と交渉するなら、与党の機能は自民党時代と似てくる。違いは交渉に関わる人間が少人数になって公開討議の機会がなくなったことだ。
  もっと問題なのはこれを受けた政府の対応だ。合意書には国土交通大臣・財務大臣・内閣官房長官の3閣僚が署名したという。予算も絡む以上当然だろう。では閣議には諮ったのか (9日閣議の案件表にはない)、これから諮る予定はあるのか。合意は2010年度予算成立後に行われたが、上掲 「レイバーネット日本」 には 「和解金は6月30日支払いを想定」 とある。独立行政法人 鉄道建設・運輸施設整備支援機構から支出する200億円はどのように予算手当されるのか。国会は今回の予算支出の決定を何時、何処で吟味する機会があるのか。
  要するに、民間なら株主代表訴訟に直面しかねないきわどさがある案件なのに、プロセスが不透明、「ツッコミどころ満載」 なのだ。ググッても出てこない 「政府案」 は、実はマスコミにも配布されていないのではないか。知られたくない、詮索されたくない風がアリアリだ。そういう 「ヤバイ」 案件であればあるほど、手続をきちんと踏む、議論・情報を公開するといった配慮をして正当性を担保することが欠かせないのに、オストリッチ・ポリシーの弊に陥っていないか。

 【疑問3:「政治加算」の正当性?】

  ネットであちこち調べてみると、「戦後有数の労働争議」 だけあって、内情は複雑で、この問題の 「糸の絡まり」 をほぐすことは容易でないことが伝わってくる。
  最大の難しさは、20年あまり 「闘争」 を続けてきた原告達の傍らで、やむなく政府の斡旋に応じてJR外部に再就職した人達がおり、それ以外にも多くの国鉄職員が配置転換や広域異動を余儀なくされたというところにありそうだ。
  筆者が曾て勤務していた通産省にもそういう人たちが移籍してきた。「中央官庁本省への転籍」 ということで、元々選りすぐりの人達が寄こされたのだろう、筆者の知る彼らは一様に優秀・勤勉、新しい仕事に慣れ、新しい職場に溶け込もうと懸命に努力していた。あれから20年以上が経つ。彼らも既に定年を迎えたか、間もなく定年だろう。今回の和解のニュースをどういう気持ちで聴いただろうか。
  今回の和解は和解金以外に原告達のJR復職問題がもう一つの争点だったが、最終的に 「政府は努力はするが難しい」 という落ち着きになった。JR各社は既に一様に否定的コメントを出している。民営化に協力した労組が「彼らを復職させるなら、広域異動や転職に応じた我々の仲間を、まず元の職場に帰してくれ」 という声を上げているからだという。頷ける話だ。
  事は元国鉄職員間の公平性では済まない。不況で突然雇用を打ち切られた 「派遣」 組や厳しい就職戦線で職にありつけない新卒者は、今回の和解やそのために支出される200億円をどう見ているだろうか。「さすがは労働貴族さん達」 という冷ややかな視線を送っているに違いない。
  そして財政負担問題がある。一歩一歩破綻に近付く財政が、今回の決着でまた新たな負担を負うことになった。昨今はほとんど忘れられているかのようだが、国民は旧国鉄債務問題のために毎年一般会計で膨大な負担を負っている (単純計算すれば年間少なくとも8000億円以上)。それ以外にも、鉄道建設・運輸施設整備支援機構には旧国鉄の年金債務支払いのために年間1500億円前後の補助金が支出されている (注3)。今回の200億円は一回性の支出だが、旧国鉄絡みの国民負担をさらに増大させる結果となった。

 【政府・与党は説明責任を果たせ】

  「2ちゃんねる」にはJR組合関係者が本件に関する書き込みをする掲示板が立っている。これを読むと、80年代政・労の激しい対立以外にも、組合相互の対立の深刻さ、原告団や支援団体の高齢化、闘争疲れ、「もう終わらせたい」 要望などが浮かび上がってくる。
  23年に及び深い傷痕を遺したこの問題に終止符を打つために、「人道的な」 見地から 「政治加算」 を行うことはありうる政治判断だ。遠からずやって来る参院選対策への慮りも当然あるだろう。政府・与党にはそれを決定し実行する裁量権がある。
  しかし、それは手続をきちんと踏む、議論・情報を公開するといった配慮をして正当性を担保することが前提だ。今回の不透明な事の運びは、「政治加算」 に対して当然予想される上記のような批判を正面から受けて立つ覚悟が政府・与党にあるのか否かを疑わせるもので遺憾だ。
平成22年4月11日 記

 注1:国鉄清算事業団を解雇された者 (動労千葉及び組合未加入者を除く1029人) の生活面の支援を続けてきた 「4者4団体」 に支払われるもの。なお、上掲 「レイバーネット日本」 によると 「本団体加算金については、団体の判断により今後の原告等の就職活動、自営業の資金等に活用することも可能」 な由。

注2:この 「訴訟費用」 と 「団体加算金」 という費目について、3月18日付けの4党政府申し入れ案は内訳無しに 「一時救済金」 と表現している。「団体加算金」 に関する注1なお書き部分と併せて考えると、実態はあらかたを訴訟原告の910世帯が受け取るのではないかと推測され、費目は 「掴みガネ」 的色彩を薄めるために役人がアト付けした印象がある。

注3:平成9年 (1997) 末、政府は国鉄改革が当初想定した債務返済スキームが破綻したため、旧国鉄の負債合計23.3兆円を一般会計に承継させ、60年かけて償還していく、年金債務4.3兆円は鉄建公団 (現鉄道建設・運輸施設整備支援機構) に承継させる等を内容とする閣議決定を行った。決定は23兆円の償還は当面利払い中心で行うとの前提に立っており、そのために当面年間4000億円程度の利払いの手当は採られたが、元本を償還する目処が立っていないという (参考資料)。赤字国債の漫然借換状態になっているのではないか。この問題は閣議決定が行われた当時は大問題になったが、時間は問題を忘却させてくれるものと見え、近況はググって見たが探し当たらなかった。




 

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