Tsugami Toshiya's Blog
トップ サイトポリシー サイトマップ お問合せ 中国語版
ブログ 津上俊哉
今後、日本は、何で稼ぎ、雇用していくのか (2)

遅くなりましたが、産業構造審議会 産業競争力部会が始めた新たな産業構造ビジョンと 「漂流する身体」 氏によるコメントにコメントする、の続きをやります。


今後、日本は、何で稼ぎ、雇用していくのか (2)
産構審ビジョンとあるブログのコメントに触発されて



  遅くなりましたが、産業構造審議会 産業競争力部会が始めた新たな産業構造ビジョン及びこのビジョンに対する 「漂流する身体」 氏によるコメントにコメントする、の続きをやります。

中堅企業の海外進出は「輸出」というより「投資+輸出」型

  氏が提出した二番目のキーコンセプトは 「中小企業や国内型産業は輸出できる産業に転換し、輸出を創出すべき」 ということだ。そして、「中小企業実態基本調査を基に」 従業員51人以上の中小製造業 (売上高合計で65兆円) を輸出促進のターゲットに設定して論を進めている。提唱の背景には 「自分自身、ミッドキャップの買収案件を担当した実感として、輸出に対応する為に、海外向け営業マンから英文契約、貿易実務、貿易金融等を担当する社員を養うには、売上50?100億円・社員50人というのがギリギリの規模感だった」 ことを挙げている。(←この 「現場感覚」 がこのポストの新鮮なところだ。)

  筆者も 「従業員51人以上」 くらい、つまり中堅どころの製造企業には、もっと海外市場を開拓してほしいと願うが、それは多くの場合、「輸出促進」ではなく「海外直接投資(FDI)」 の形を取ると思う。

  典型的なのは京阪神、とくに東大阪とか堺あたりの中堅製造業だ。当地のこのサイズの会社で中国を中心とした海外に工場や子会社が未だ無いところは、社業不振で余力がない、後継者不在で事業承継の画が描けない、さもなくば棲んでいる世界が余程ドメスティックで海外進出のイメージが湧かない会社、つまり 「海外に出られる会社は、既にほとんど進出済み」 というのが当地の見方だ。

  筆者が仕事をする中国から見ていると、地域的には京阪神の中堅製造業が最先端、これに関東が続き、進出が遅れていた中京地方は日本の自動車メーカーの中国進出で一挙に進出が増えた。業種的には電子関連、遅れて自動車関連、ピークは過ぎたが最近では機械関連なども増えている。

  ここで 「漂流」 氏を見習って統計の裏付けを試みる。推計というほど確かなものではないが、委細は別添を見ていただきたい。結論として 「漂流」 氏が輸出促進のターゲットに擬した 「従業員51人以上の中小製造業」 は全国に約2万3千社あり、そのうち1/3前後は、既に直接投資の形で海外進出しているのではないかと思う。

  以上から 「漂流」 氏の言う 「輸出」 路線とは 「輸出+投資」 路線のことだとやや 「意訳」 して理解すると極めて理に適っていると言えるが、それゆえに前回紹介した第一のキーコンセプトと同様、かなりの企業は既にその方向に動いているので 「織り込み済み」、よって純然たる新規増分はあまり期待できないと覚悟した方がよい。

  他方、FDI進出した企業は現地で5?10年の創業・模索期を経て、全部とは言わないが一部は成長機会を掴む。中国でも広東省や東北に進出した日系企業が華東地域に第二、第三の工場を設立する、といった話はまま聞く。

  日銀が発表した 「2009 年の国際収支 (速報) 動向」 によると、昨年の純輸出は4.1兆円、対GDP比0.8%に対して、直接投資収益は4.3兆円、0.9%と純輸出を上回った。今後その傾向はさらに拡大すると思われる (グラフ参照)。

  従来は現地子会社がそうして儲けても、日本の税制が災いして利潤が日本に還流してくることはなかったが、平成22年度税制改正で海外から持ち帰った配当がほぼ非課税になった。大企業も含めてだが、今後は 「孝行息子の仕送り」 に期待することも可能ではないか。全盛期の大英帝国のようにGDPの6?8%を海外投資で稼ぐところまでは無理だとしても。

「日の丸受注」路線への懐疑

  さて、「ヤル企業はとっくの昔に始めている」 ことに関連して、前回取り上げた新興国インフラ事業を 「国を挙げて (日の丸式) 」受注しようとする路線に対して一言言いたい。

  日本のインフラ関連産業は、技術・製品、運転・管理、資金供給など、それぞれの分野で優れたものを持ちながら、それぞれがタコ壺式に分断されて総合力を発揮できていない。役所が音頭をとって、そうしたリソースを糾合することには意義がある。しかし、共同会社の設立などを通じて、受注フォーメーションみたいなことに首を突っ込むのは止めた方がよい。

  METIの分析編資料も 「漂流」 氏も斉しく言うとおり、日本の業界は往々にして同業企業数が多すぎる。業界人は 「過当競争で…」 と弁解するが、本当に競争が激甚なら、差別化のない同一製品分野に5社も10社も企業が併存できるはずはない。限界企業でも生き残れる不徹底な競争しか行われていないから 「過当競争」 が起こるというのが実態だ。

  プラント受注国際競争について、経済界はしばしば 「日本政府は他国が行うトップ外交によるサポートをしてくれない」 と文句を言うが、実はこれも 「過当競争」 問題と関係している。企業数が多いと日本企業同士が敵・味方に分かれたり、グループを作っても内部対立が起きたりし易い。業界に5社も10社も企業があれば、他国企業の陣営に就く企業が出てきても不思議ではないが、そのとき政府はどちらを応援すべきなのか。役所がそこで 「調整」 に出れば、「官製談合」 そっくりだが、日本は最早そういう時代ではない。

  有り体に言えば、企業は何処の国の旗印の下であろうと、受注できればよい。極論すれば、入札で負ける日本連合に就くより、勝つ他国陣営に就いた方が日本経済にとってもプラスになる (笑)。先行優位を築いて既にグローバル・プレイヤーになっている企業ほどそういう選択肢が多いが、「敵方」 に就くことは 「日の丸に弓引く所業」 と非難されるべきなのだろうか。

  こういう受注フォーメーションで役所に介入を求める企業は往々にして出遅れた 「負け組」 企業であり、政府の介入は 「勝てる」 企業にとってはありがた迷惑であることが多い。筆者は先見の明を以てリスクを取った先行企業がバカを見るような結果にすべきではないと思う。

「先進国」 というビジネスモデルに将来はあるか

  さて、以上述べてきたように、筆者は 「漂流」 氏が提出する 「輸出」 (ないし海外投資) の仮説に賛同するが、同時に、それは既にかなり織り込まれた動きであるから、大きな新規増分が見込める訳ではないとの留保を付けたい。また、「内需」 分野でも農業再生、医療・介護・子育て支援など停滞著しい (発射台が低い) 領域では経済活性化のためにできることはまだまだあると思う。

  しかし、本稿の本題に立ち返って言えば、それらの努力の効果を足し上げたところで、日本経済が今までの高水準で 「稼ぎ、喰っていく」 ことは容易なことではない。グローバリゼーションは 「中国の奇跡」 を経て、ASEANで言えばベトナムやインドネシアなどの成長が加速する 「第二の雁行成長期」 を迎えつつある。それは 「BRICS」 に続く第二の新興市場の出現を促す動きだが、他方で賃金裁定によるデフレ圧力は中国の物価や人件費が上がっても先進国経済にのしかかり続けることをも意味する。

  これは日本だけの問題ではない。悲観的に過ぎるとお叱りを受けるかも知れないが、世界金融危機で金融という高収益セクターを失ったいま、「先進国」 でなければ展開できないビジネスは残っているのか。「先進国というビジネスモデル」 自体が終焉期を迎えつつあるのではないかというのが筆者の偽らざる感想である。残念ながら、今後の課題は「衰退」を如何に最小限度、より悲惨でない衰退に食い止めるかになる。

このままでは日本財政が破綻する

  日本の場合、更にこの上に、他の先進国以上に重い公的債務 (年金債務を含む) という難題を抱えている。「日本国債の95%は日本人が保有しているため、公的債務が積み上がってもサステナブルだ」 と言われてきたし、これまでのところ、海外ヘッジファンドが日本国債を売り崩そうとする投機の試みはことごとく失敗してきたという。

  しかし、今後は高齢化の更なる進展に伴って、個人金融資産の取り崩しが進行していく。その傍らで昨今のように国債発行残高が年々数十兆円積み上がっていけばどうなるか。数年後か20年後かは別として、いつか 「秩序」 が崩壊する日が来ることは確実だ。

  日本の国家債務比率はいまやGDP対比200%に近い (年金債務がほぼ同額あるから、合計すると400%だ)。莫大に積み上がった公的債務を 「発散」 (=財政破綻) させない方法は増税、インフレ、成長率の引き上げ (パイの拡大による債務比率の低下) の3つの方法しかない。実際には、その3つの全てでやれることをやっていく必要がある。

  増税:三大税目である所得税、法人税、消費税のうち、法人税はむしろ引き下げが求められているため、増税余地があるのは消費税と所得税の二つだ。しかし、債務残高の引き下げまで持って行くほどの大規模増税は事実上不可能であり、数兆円オーダーの増税で債務の累積スピードを落とすのが関の山、だろう。

  インフレ:「マイルドなインフレ」 が実現できれば理想的だが、途上国との賃金・物価裁定と低成長がもたらすデフレに対して、マネーサプライをいじるだけで物価を引き上げることは可能なのか。筆者は、「マネーのグローバリゼーションによって、世界中で実質金利の裁定が働くようになった」 という説が正しいと思う。そうであれば、潜在成長率が低く、これに見合う金利しか実現できない国は、成長できるような構造改革を進めないかぎり、成長率の高い他国と対比して常にデフレ圧力に晒されることになる。これは実感にも合っている気がする。
  むしろ出現可能性の高いインフレとは、2008年に起きかけた石油などのコモディティ高騰 → 輸入インフレではないか。それで物価は上がるが、代わりに交易条件が悪化する。07?08年には20数兆円の所得が海外に移転した。喩えて言えば 「生き血を吸われる」 ようなものだ。これで成長が落ちるから、輸入インフレでは所期の目的は達せられない。
  マネーを氾濫させれば制御不可能なハイパー・インフレを起こすことは可能かも知れない。年長世代の無為無策 (逃げ切り路線) に怒る若い世代には 「それで世代間不公平を解消して欲しい」 という声がある。しかし、彼らは年金生活者以上に底辺の弱者を直撃するインフレの怖さや社会的なコストの大きさをよく知らない。インフレを目的とした政策は、どう考えても上手くいきそうにない。

  成長率の引き上げ:米国は1929年の大恐慌以後、第二次世界大戦を通じて莫大な国債発行残高を積み上げたが、その発散を防いで難局を乗り切った。しかし、発行残高を減らして乗り切れた訳ではなく、その後の経済成長による債務比率の引き下げで乗り切ったのだという(富田俊基氏 「連銀と財務省によるアコードの検証」 参照)。もともと低成長がデフレ傾向の原因なのだから、成長率が上昇すればデフレ傾向も改善されるはずである。

  では成長率を引き上げるために何ができるのか?上記のように、製造業の海外市場開拓、投資収益の受取、市場改革を通じた産業構造の高度化などの施策は頑張れば、幾つものサクセス・ストーリィを生み出せる。しかし、そういう 「やればできる」 式のサクセス・ストーリィ集だけでは不十分であり、もっとマクロに、かつ、確実に効く成長率引き上げ策を検討すべきではないか。

移民促進の必要も正視すべき

   「漂流」 氏は 「輸出立国戦略は・・比較的短期の稼ぎにしかならない (ので、成長の) 中長期ストラテジーは別に用意しないといけない」 と言うが、1年以上前のポストでは、以下のように指摘している。

・・・唯一の希望である資本財の輸出も、過去の知的資本の蓄積を輸出して、新興国の人が生産する、という事だから、要は過去の栄光の切り売りである。知識を売るか、貯めた金を投資するか。ストック経済とはそういうものなのだろう。
  この時代認識が正しければ、経済規模の維持・成長を目的とした政策パッケージは比較的単純である。まずは、人口減少を出産増や移民増で賄なうのが第一の優先事項だ。それでも人口減少が止められない場合は、家計の新興国投資のサポート・教育とか、企業の海外投資促進とグローバル企業の日本本社所在の死守、なんていうバックアップ策が必要になる。(中略)
  これらの政策の中で、今んとこ、日本政府が出来ているのは投資教育位だろうか。低成長も年金も医療保険も、殆どのややこしい問題は人口減少に起因しているのに、少子化問題の解決が一向に最優先課題にならないのは何故だろうか。・・そろそろ自分で自分のクビを究極的に締めている事にはそろそろ気付いて行動に移さないと不味い感じである。


  日本経済を成長させるためには少子化問題の解決が不可欠という 「漂流」 氏の指摘に賛同する。とにかく人口のパイが縮小する中では、成長促進を図ろうとしても限度がある。成長セクターが出現しても、そもそも労働供給が追い着くか?という問題に遭遇してしまう。そのために 「子供手当」 も 「子育て支援」 もやるべきだと思うが、いまから始めても当座の急に役立たない。

  不人気・批判を承知の上で言うが、実効性があるのは 「選択的移民の増大」 による人口増大→内需市場の量的拡大だ。選択的移民増大を訴えている坂中英徳元東京入国管理局長は「今後50年間で移民1000万人受け入れ」を提唱している。単純に人口割りで考えれば、今後毎年20万人の人口増加により今後の成長率を0.15%底上げする効果があることになる。

  「移民は社会的コストを増大させる」 として国民の間には強い忌避感がある。成長促進を訴える論者も 「女性や高齢者の活用」 のみ論じて移民問題は 「スルー」 するのが常だ。しかし、筆者はデメリットにばかり焦点を当てて、メリットを無視するのは理性的な態度ではないと思う。

  デメリットを少なくする方策はいろいろある。留学生を増加させてきたのも、人手不足が深刻化している介護分野で高い能力を持つと言われる東南アジアの介護士を招く努力を続けてきたのもそのためだろう。逆に、適材適所で若い人材を輸入することは日本社会に新たな活力を与えるメリットがあるはずだ。世界中の先進国が日本よりはるかに多い移民を受け容れて経済を維持している中で、独り日本だけが移民に背を向けていくことは可能なのか。移民は万能薬にはなりえないが、日本経済が直面する問題の深刻さを考えたとき、再考を迫られる重要課題の一つであることは疑いないと思う。
(平成22年5月9日 記)




 

TOP PAGE
 ブログ文章リスト

New Topics

2期目習近平政権の発足

松尾文夫氏の著作を読んで

トランプ政権1周年

中韓THAAD合意

中国「IT社会」考(その...

中国「IT社会」考(その...

中国バブルはなぜつぶれな...

暑い夏 − 五年に一度の...

対中外交の行方

1月31日付けのポストに...

Recent Entries

All Categories
 津上のブログ
Others

Links

All Links
Others
我的収蔵

Syndicate this site (XML)
RSS (utf8)
RSS (euc)
RSS (sjis)

[ POST ][ AddLink ][ CtlPanel ]
 
Copyright © 2005 津上工作室版権所有