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ブログ 津上俊哉
「日中関係の夜明け」 再論

1ヶ月のご無沙汰で、済みません。最近日本の政治を見ていると、気が滅入ることばかりなので、今日は自らを励まして、明るい話題!


「日中関係の夜明け」 再論



  戦後の日中関係は、侵略の記憶という巨大な負債を負って始まった。もちろん近世中国が被った災難としては19世紀に始まる列強の侵略も大きかったが、日中戦争は侵略の最後にやってきて、しかも国民に直接の苦しみを与えた点で群を抜いていた。その結果、幾千万の中国人が殺され傷つけられた。経済的にも19世紀まで世界のGDPの1/3近くを占める最大の帝国だった中国が、貧困のどん底に落ちて世界中の嗤い物にされた (と中国人は感じた)。

  かたや加害者だった日本は、1980年代に 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」 と讃えられる復活を遂げた。中国人は好対照をなす両国の命運について、割り切れなさだけでなく、強い劣等感 (「自卑感」) も抱いた。近時の 「中国台頭」 によりこの状況は変化しつつあるが、つい10年ほど前まで、中国人は日本に対して反感とない交ぜになった強い劣等感を抱いていた。

  「日本」 に対する怒り、怨み、不信感、劣等感…こういうルサンチマンは容易なことでは消えない。戦争であれだけの被害を中国に与えたのだから、その負債が容易に消えないことに文句を言える立場でもない。

  さらに状況を複雑にしているのが中国の 「歴史タブー」 だ。日本では90年代に江沢民前主席が始めた 「愛国教育」 によって反日感情が氾濫した、と信ずる人が多いが、そんな簡単な話ではない。

  「民族の受難と抵抗の記憶」 は新中国の 「建国神話」 だが、それを教える 「愛国教育」 は、列強の侵略に対して民族の危機感が強まった1920年代に既に始まり、実に80有余年の歴史がある(参考:2008/6/12付けエントリ)。これが異論を許さない 「歴史タブー」 と化して中国人の思考や行動を縛ってきたのだ。90年代の愛国教育もこの基礎の上にあり、政府の宣伝が反日感情を氾濫させたと言うより、政府がこの 「歴史タブー」 に迎合して、利用した (2000年代に入ってからは、むしろ振り回された) のだ、と筆者は見ている。

  この 「歴史タブー」 があるせいで、何かのきっかけで対日輿論が熱くなったとき、日本を擁護したり、自制を呼びかけたりすれば 「漢奸 (売国奴)!」 の罵声に見舞われる。中国でも、より公平な目で日本を見る人はいるのだが、そういう意見を公に述べることはよほどの勇気を必要とする。「触らぬ神に祟りなし」 …この 「空気」 のせいで、戦後日本が政治・経済両面でどれほど大きなハンディキャップを負わされてきたか計り知れない。

  日中関係の真の改善には、この 「歴史タブー」 の束縛が解けることが必要だが、束縛が解けるためには、根っこにある国民の対日感情に根本的な変化が生まれる必要がある。そう口に出すと、あまりにも当たり前すぎて恥ずかしくなるが、言葉を換えて言えば、両国政府のときどきの政策などでは如何ともしがたい厚いカベが立ちはだかっている感じなのだ。… 筆者はそう感じて、何が国民の対日感情の 「転機」 を生むだろうか、といつも考えてきた。

  8年前に出した拙著には 「日中関係は夜明け前」 と書いた。当時始まった 「中国台頭」 がこの 「転機」 になるのではないかと思ったからだ。世界中が中国の台頭を認め、尊重するようになることで、中国国民が再び大国の自信と誇りを取り戻す … つまり 「トラウマ」 が癒されるのではないか?そこで起きる国民感情の変化が日中関係に大きな転機をもたらすのではないか?と。当時の一部の知識人の言論などに、その兆しが見られたのだ。

  しかし、この見通しはその後小泉総理時代に日中関係が悪化したせいで、思いっきりコケてしまった (笑)。見通しを誤ったことについては、同書執筆後4年経ち、安部政権が登場して小泉時代の日中関係悪化にピリオドが打てた2006年にようやく出版できた中文版の序に、自分なりの分析を加筆した。

  中国の改革開放政策はグローバリゼーションの波にうまく乗って、中国という国の経済力と国際的地位を大いに高める大成果を上げたが、それで13億人が等しく恩恵に与った訳ではなかった。中国政府自身や企業幹部を筆頭に、大いに恩恵に与った少数の 「勝ち組」 がいる一方で、レイオフされた従業員、ろくな補償もないまま土地を取り上げられた農民、「大学は出たけれど」 の学生など、恩恵に与れずに社会に不満を抱く 「負け組」 の国民も多い。

  つまり、総体としての中国は大いに出世したけれど、個人レベルに降りると大きな受益の不均等が生まれており、「トラウマの癒し」 は、勝ち組に属する人にとって可能でも、負け組の人にとっては難しい…といったことだ。経済変動が社会に浸透しきるにはそれなりの時間と過程が必要なことを見落として、筆者は少し先走りすぎたということだ。

  しかし、そう反省の弁を述べてからまた4年が経過した。8年前は少し早まってしまったが、21世紀の第2decadeを迎えようとするいま、中国人のステレオタイプな対日観や世界観にいよいよ本格的な変化が生じ始めたことを感じる。

  二、三の例を挙げれば、まず1980年代から中国に持ち込まれた日本のアニメ・サブカルのブームが 「90後」 と言われる若者の対日観にも大きな影響を与えてきたことだ。「マンガ、アニメか」 と笑うなかれ。『スラムダンク』 や 『セーラームーン』 で育った青少年が社会の中で無視できない規模のストックを形成したことは対日観にも大きな影響を及ぼしつつある(「中国動漫新人類?日本のアニメと漫画が中国を動かす」遠藤誉著参照)。

  とくに、昨年後半に行われた環球時報 「中国は世界をどのように見ているか」 2009年度版調査で、15?20歳の中国人の「好きな国」ランキングのトップに、米・仏を僅差ながら抑えて日本が首位に立ったというニュースには本当に驚かされた(参考:2010/2/6付けエントリ注3)。

  ビザ緩和により8年前には想像もつかなかった対日観光のブームが起きていることももう一つの例証だ。13億人の母数に比べれば、旅行者を累計してもまだまだ少数。とはいえ、年間100万人になんなんとする数の中国人が、自分の眼で日本を見て、感ずる。多くの中国人訪日観光客が 「現実の日本は想像していたのと違っていた」 と評価を上方修正して帰路に就いている…心強いことではないか。

  変化は対日関係だけで起きている訳ではない。2008年に起きた世界金融危機も、中国人のセルフ・イメージと世界観に大きな変化をもたらした。危機に最も的確、効果的に対応したのは中国だった。対照的に、これまで 「崇拝」 してきた欧米諸国が今後行く道を見失って苦しんでいる…。

  そう感じて、今度こそ、「勝ち組」 だけでなく13億人の多数が中国の国際的地位向上を実感し、「劣等感」 の呪縛が解け始めたように思う。(2009年末に行われた 「1年回顧」 TV番組が流した街頭インタビューを見て、そのことを実感した)。

  むろん、だから歴史タブーがすぐ解消するとか、対日政策が一変するとかを期待する訳ではない。地位の向上を自覚した中国人が海外の中国批判 (チベット問題とか) で、中国を侮辱、「妖魔」 化するものだとして激昂するといった逆の場面も生まれている。

  しかし、上部構造・下部構造の喩えをもじると、基層の変化が始まった、とは言える。8年前知識層のごく一部に垣間見えただけの変化と違って、今回はゆっくりとだが、ランドスライド的なマグニチュードが伴っているように感じるのだ。今度こそ暗い東の空に群青色が差し始めた気がする。

  胡耀邦元主席は 「日中和解には3世代かかる」 と言ったそうだ。1世代=30年とし、「満洲事変」 から起算すると、喪明けは2021年だが、関係悪化が始まった五四運動から起算すれば2009年だw。日中関係は五四運動あたりから悪化した訳だから、90年が経つ現在、今度は好転に向かい始めてもおかしくない。戦後日本がようやく巨大な歴史負債を軽減できるチャンスが近づいてきた。

  しかし、中国が過去150年の没落から立ち直ることは、それ以前、つまり中国が圧倒的なアジア盟主の地位にあった時代に復することでもある。8年前の日本語版では 「やがてGDPで中国に抜かれますが、心の準備はよろしいか?」 みたいなことも書いたが、その日が今年中にやって来る。

  経済、政治、ゆくゆくは文明面でも 「中華の光芒」 が強まる隣国と太平洋のかなたの米国の狭間で、日本はどのように独立と自尊心と繁栄を守っていけるのか … 戦争の重い負債を背負ってきた戦後の日中関係もたいへんだったが、そのハンディが解消に向かうことは、「言い訳」 がなくなることでもある。実はここからの舵取りの方がもっと難しいのだが、日本の政治、行政、言論の昨今を見るにつけ、その心構えが出来ているようには相変わらず見えない。
平成22年7月27日 記




 

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