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懸念すべき外来の脅威はTPPか

TPP論に絡めて、かねての心配事を再び取り上げました。


懸念すべき外来の脅威はTPPか
外国情報インフラ依存への不安と対策?




 先日、TPP問題に関するブログ投稿(アゴラBLOGOS)で、次のように書いた。
  …「米国が攻めてくる (黒船)」、「TPPに参加すれば日本は米国の経済植民地にされる」 といった反対論の認識は、現実からズレている…筆者はネットで盛んに流されている反対論を読むうちに 「衰退国の弱国心態」 とでも呼べる心象風景が表れているのを感じて悲しくなった。「失われた20年」 に加えて311大震災まで加わり、みな経済のさらなる衰退を予感している。そういう 「没落感」 が多くの人の不安感と被害者意識をかき立てている印象だ。

  この投稿に寄せられたコメントを見ると、「衰退国の弱国心態」 という指摘にはかなりの読者が反応、賛同してくれたようだ。

 「弱国心態」 は国民のアイデンティティにまで影響を及ぼす

  「自国は隆盛中か/衰退中か」 という国民の集団意識は、TPPだけでなく各方面に深遠な影響を及ぼす。弊ブログでも一度、「日本人は単一民族か複合民族か」 を巡って日本の民族アイデンティティが二転三転してきたことを取り上げたことがある(「単一民族神話の起源」 を読んで)。

  簡単に言えば、日本の民族アイデンティティは
 ○ 外圧で開国を迫られた明治初期:日本=弱国&単一民族アイデンティティ
 ○ 朝鮮・台湾を領有するに至った戦前:日本=帝国(強国)&複合(雑種)民族アイデンティティ
 ○ 植民地を喪失して「平和国家」を宣言した戦後:単一民族アイデンティティへの回帰
という歴史を辿ってきた。国民の意識というものが、ときどきの情勢に応じていかに移ろい易いものであるか、政治学者神島二郎は昭和57年の講演で以下のように述べたという。

・・・戦前の日本では、大和民族は雑種民族であって、複合民族だと誰でも言っていたんです。あの日本主義を唱道していた真最中にもそういう風に考えていたんです。ところが、戦後になって奇妙きてれつにも、進歩的な文化人をはじめとして、日本は単一民族だと言いはじめたんです・・・

  国民・国家のアイデンティティですら容易に変えてしまう力を持つのだから、「自国は隆盛中か/衰退中か」という国民の集団意識がTPPのような経済・外交に関する政策選択を左右することは怪しむに足りない。

 心配事はTPP以外にあり −外来情報インフラへの依存

  さて、本ポストの本題に戻る。「TPP=黒船が攻めてくる」 式に受け取ってしまう反対派の心情を 「弱国心態」 と評した筆者は、そんなものを微塵も持ち合わせない 「強気」 の持主かと言うと、実はそうでもない (笑)。

  筆者は、TPPが 「日本を経済植民地にし、日本の文化伝統を破壊する」 ほどの影響力を持っているとは考えない。TPPが 「国のかたち」 に影響しうる分野はせいぜいコメ、麦といった主食分野だけだが、これはTPPがなくとも15年前に変えておかなければならなかった (他の主要国の何処も採用していない) 旧態依然の保護手段を未だに維持しているからであって、TPPがなくとも、日本自身のために変えるべき制度である (前回ポストで論じたので繰り返さない)。

  それより筆者がよほど気になっているのは 「外国の提供するグローバルな情報インフラへの依存」 がどんどん深まっていることだ。これは通商交渉などという経路を経ずに、我々の日常生活で既に普段に起きている。

  「外国の提供する情報インフラに依存すること」 を良しとしない考えは、「弱国」 アイデンティティを持ちあわせない国にも見られる。むしろ 「普通の国」 なら何処も共有する感覚かもしれない。

  典型例はGPS (衛星測位) サービスだ。もともとが軍事用の米国 GPS は、米国が一朝有事になるとサービスが制限されるため、「そんなものに依存する訳にはいかない」 という感覚は米以外の大国に共通しており、ロシア (GLONASS)、EU (ガリレオ)、中国 (北斗)、インド (IRNSS) 等が運用されている (この分野だけは日本も準天頂衛星 「みちびき」 で後を追っている)。

 Google、Yahoo、Amazon、Twitter…消費者向け外国ITサービスへの依存

  GPSは狭義の安全保障にも直結する (例:ミサイル兵器の誘導) から、各国とも 「自前」 志向が強い。では、Google、Yahoo、Amazon、Twitter、Facebook など、グローバルなIT企業が新たなビジネスモデルに基づいて提供する各種の無料サービスはどうか。これらの便利で魅力的なサービスが消費者に受け容れられて、社会の旧いインフラやサービスをどんどん置き換えつつある現象をどう考えたらよいだろうか。

  この問題についても、弊ブログで一度論じたことがある (「情報タダ」 の先にあるもの (独白))。筆者の懸念は、次第に日本の情報流通や思想・言説発表の命脈を握りつつあるこれらの米国大企業をどこまで信頼してよいのだろうか、という点にある (実は、昨今日本メディアもどこまで信頼してよいのか、という別の不安があるのだが、ここでは触れない)。

  日に日にドミナントになるこれら会社が、万一 「好ましくない」 と判断する情報や思想・言論を、検索結果に表示しない、オンラインショップで取り扱わない等々の措置を (静かに) 採用したら、日本社会はこのような情報・言説の 「操作」 に対してどのような対応手段を採れるのだろうか、そもそも気付くだろうか、といったことである。

  賢明なGoogleはこうした懸念を払拭すべく、“Don’t do evil” をはじめ “Ten things we know to be true” を 「会社の理念」 としてウェブに掲載している。

  しかし、一方でネットを検索すると、Google が国家安全庁 (NSA) やFBI に極秘で個人情報を提供するなどの 「協力」 をしているのではないか?といった疑念は米国内にもたくさんある (同社が 「中国当局の検閲協力要求に応じられない」 として撤退する騒ぎが起きたときは、外野のロシアから 「Googleだって米国で同じことをしているではないか」 と 「ダブル・スタンダード」 を批判する声がたくさん挙がった)。

  また、Google は上場した Public Company であるが、持ち株構造をみれば、依然として創業者が過半の株を握っている。こんにち同社の持つ影響力の大きさに見合ったガバナンスが制度的に担保されていると言えるのだろうか、といった懸念である。

 独自の強みを活かして外来インフラ依存を避ける中国

  中国はGPSだけでなく、消費者向けサービスでも外国インフラに依存したがらない国だ。そこに二つの要因を指摘できるだろう。

  第一は、過去150年、列強に酷い目に遭わされてきた 「歴史」 のトラウマだ。いま 「屈辱の150年」 の歴史にピリオドを打ち、超大国として復活の途上に立った中国だが、そういうトラウマがあるせいで 「外国インフラの浸透」 に対する猜疑と不安の念は人一倍強い (拙著 「岐路に立つ中国」 でも指摘したが、この 「歴史トラウマ」 が中国最大最強の国民集団意識であり、その影響は対外政策の至るところに観察される)。

  第二は、依存回避を可能とする中国の巨大な国内市場だ。海外に優れモノの IT サービスが出現すると、たちまち国内に類似サービスが生まれ、膨大なユーザーを獲得してしまう。Twitter 中国版である 「微博」 (ウェイボー) サービス最大手の新浪は、登録アカウント数が今年上半期、2億人を突破した。twitterは全世界で2億人 (日本だけだと660万人) なのに、である。これは他の国が逆立ちしても真似できない中国の強みであろう。

 日本のガラパゴス電子書籍に未来はあるか

  「外国インフラに我々の命脈を握られてよいのか?」 いま日本でこのことを痛切に懸念しているのは出版業界らしく、Amazon の Kindle (電子書籍) 的なサービスに対抗して、日本独自の電子書籍の規格を普及させる準備をしているようだ。

  「日本固有の出版文化を守らなければならない…」 気持ちは分かるが、うまくいかないだろう。日本には世界に誇る 「ガラケ」 (ガラパゴス携帯) の伝統があるが、それは2000年頃、携帯電話に様々なアプリケーションを乗せる技術で日本が世界の先頭を走っていた技術優位があったからだと思う。それに加えて (中国の1/10だが)、ほどほどのサイズの国内市場があったこと。この二つがあったせいで、「ガラパゴス」 が成り立ったのだと思う。

  しかし、日本独自の電子書籍サービスは、最初から後追いで始まっている。しかも 「敵」 は既に強力な集客力を持つ Amazon といったBtoC サービスを擁している。さらに深刻な問題は、出版社が在来の書籍流通網というレガシー(負の遺産)を背負っていることだ。売れそうな本を同時に電子化できるか、紙版と電子版の価格設定は?著者への還元率は?そのいちいちでレガシーに足を引っ張られる…これではネット専業と競争できない。では、どうすればよいのだろう?(注:書き足しました)

 外来インフラへの 「寄生・土管化」 作戦

  出版社に関して言えば、Kindle 的なサービスを 「宿主」 にして、「寄生」 するモデルを模索する手があると思う。Kindle は電子書籍の売上の70%を著者に渡すという。それなら、その7割を出版社と著者が分け合うことにして、インターミディアリ(仲介業者)として Kindle サービスに 「乗っかる」 ことは考えられないか、ということである。

  著者だけで本が成り立つ訳でないことは自著出版を経験すればすぐ分かる。 「編集者」 の機能 (企画、口説き、督促、激励、批評、校正 etc.)、それから宣伝・販売。出版社が著者と Kindle (Amazon) 的媒体の間に立って、ネット時代に相応しいインターミディアリ機能を発揮できれば、例えばそれで自著の電子版売上げが2倍以上になるなら、著者は7割の半分をネット上で仲介を行う出版社に渡しても割に合う。「物書きは物ぐさ」 と相場が決まっているから、メールで原稿ファイルさえ送れば、後は一切をやってくれると言うのなら、出版社に5割渡してもかまわないという著者だっているだろう。

  これは外来の情報インフラを 「土管」 化する試みと言ってもよい。仮に Amazon がそういうインターミディアリを疎んじて、取引条件等を変えて排除しようとしたら、公取の出番である。

  「寄生・土管化」 のアイデアが上に挙げたような不安・懸念に対する 「必要十分」 な対策になっていないのは承知だ。ビジネスモデルが元々 “Lite” な 「出版社」 は 「寄生・土管化」 作戦で電子書籍の時代をサバイブできるかもしれないが、ビジネスモデルが重たい新聞・テレビなど在来マスコミは、その手も使えないだろう。10年後、20年後、日本は 「自前」 の 「ナショナルな」 マスメディアを何社持つことができているだろう?そして、そのオーナーは? 情報を流すチャネルは?

  しかし、他に何が出来るだろうか。TPPは政策として国民が 「選択」 することができるが、外来のインフラは知らず知らずの間に、我々自身が選好することで広まっているのだ。それに、「依存」 を怖れて 「引きこもり」 を選択すれば、もっと直截な没落が待っているだろう。

  「グローバルでフラットな時代」 は我々の生活をどんどん変えている。変化の奔流のさなかにあって、「固有の伝統や文化を守りたい、また自前の情報インフラを持ちたい / 確保しなければならない」 という欲求は自然なものだと思うが、筆者は備えをしておくべき 「懸念」 は、実はTPP以外にあると感じている。しかし手段を思いつかない。21世紀とはそういう時代なのか。
(平成23年10月27日 記)




 

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