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ブログ 津上俊哉
森理論を相対化し、宿命論を排す

森有正の 「日本語・日本人」 論 第九回。「牛の涎ブログ」の新記録を達成した本連載も、いよいよ今回が最終回です。お読みいただきありがとうございました。


森理論を相対化し、宿命論を排す
(森有正の 「日本語・日本人」 論 第九回(最終回))



  いよいよ、「牛の涎ブログ」 の新記録を達成した本連載も、今回が最終回だ。

  「宿命論」 を 「相対化」 して 「ノー!」 と言おう

  以上、森の理論を自習し、いまの日本の政治・社会状況に当てはめてみて、私は非常に憂鬱な気分だ。森は分析のモデルを提供するために 「二項関係」 仮説を持ち出したため、そこには単純化と誇張があるが、それにも関わらず、森がした日本人の性格描写はかなり当たっていると感じられる。そして、それが日本語という言語に由来するものだとしたら、日本は変われないのではないか?

  いくら日本人に対して 「個を確立せよ」 と説いたところで、喩えてみれば、それは亀に向かって 「甲羅を脱げ」 と迫るようなものではないのか。でも甲羅を脱げば、亀は亀でいられなくなるだろう。下手をすれば死んでしまうかも知れない。だとすれば日本人に 「個」 を確立せよなどと言ってみても詮無い…という悲観も首をもたげるのである。

  「日本語を母国語とする日本人は反対者のいる改革が苦手…それは理由のあることで仕方がない」 のだろうか。この 「宿命論」 を受け容れるしかないのであろうか。・・・やはり私は 「ノー」 と言いたい。森の 「日本−西洋」 対置論には説得力がありと認めつつも、それを相対化して 「克服」 していく作業が必要ではないか。「相対化」 の手がかりは幾つもある。

  日本人のDNAは単一の「島国・農耕民族」ではない

  最近古代・中世の日本史を勉強していて、痛感したことがある。こんにち 「(閉鎖的で内向きな) 島国・農耕民族」 と自己規定して何ら疑わない我々の祖先の一部の者が、実は遠く古代から東アジア (朝鮮半島・中国大陸・東南アジア) と海上往来・交易して、異質な外界と渡り合ってきた事実だ。魏志倭人伝に見える卑弥呼の頃から、任那日本府や白村江の戦い等を経験した古代大陸・朝鮮との往来は言うに及ばず、実態は 「多国籍軍」 だったらしい 「和冦」 しかり、ルソンで活躍した山田長政しかり。外界との海上往来・交易のマグニチュードは 「島国・農耕民族」 のアイデンティティに馴らされている我々の想像を超えるものだった。

  我々は往々にして、古代のアジア交流というと 「遣隋使・遣唐使」 しか思いつかないが、「正式外交はそれだけだった」 だけであり、交易の利に誘導された民間往来は、それを遙かに上回る規模で存在した (少なくとも 「鎖国」 政策を採った江戸時代までは)。ただ、日本の歴史が持つ、この別の横顔が 「正史」 の中で往々にして無視、忘却されてきただけなのだ。

  「日本語で育った日本人」 の気質を単色で塗ってしまうのは誤りだ。東・南シナ海を股にかけて商売 (ときに掠奪) をした彼らだって、日本語で育った日本人だった。それにも関わらず異質な外界と進んで渡り合っていたではないか。そこには大きなリスクがあり、緊張と不安が満ちていたはずである。彼らは遂に主流派日本人にはならなかったかもしれないが、日本人のDNAには異質なものと進んで交わることを恐れない因子も混じっている。日本人は単一でないことを忘れてはならない。

  欧米人にも日本人に似た側面がない訳ではない

  森はヨーロッパ、とくにフランスを日本と対置してモデル化した。その言説は説得的だが、他方、単純化、誇張が行き過ぎた憾みがないではない。森自身も 「二項関係」 論を展開した後で 「…以上、極く図式的に述べたのみで十分に論じ尽されていない点が多く、説得力を欠くことを恐れるものであるが、要は、二項関係というやや単純すぎる形で日本人の人間関係を要約したことが、単に主観的、直観的、恣意的なものではなく、「日本語」 という実在する言語の中に 《客観的》 に析出できることを指摘したかったのである」 とやや弁解じみたことを述べている。(「出発点 日本人とその経験 (b)」)

  ゲマインシャフトとゲゼルシャフト

  ヨーロッパ人と日本人が水と油ほど異質な訳ではないことの証左として、以下の何点かを思いついた。第一は 「ゲマインシャフト/ゲゼルシャフト」 論である。「人間社会が近代化すると共に、地縁や血縁、友情で深く結びついた伝統的社会形態であるゲマインシャフトからゲゼルシャフトへと変遷していく」 (連載第七回 「二項関係と共同体」 参照) のだとしても、「近代化の進んだヨーロッパでは、ゲマインシャフトは既に消滅した」 訳ではなく、そういう色彩を残す場所や場面はグラデーション (連続的な濃淡の差) のように随所に存在するだろう。

  ヨーロッパのゲマインシャフトが日本の二項関係にどこまで似るものかについては慎重な留保が必要だが、他方、ゲゼルシャフトは (森式に言えば) 「確立した個人」 が自他をともに尊重する公共性を帯びた 「社会」 そのものだから、それと対比されるゲマインシャフトにも、何がしか 「そうでないもの」 があると推定することはできるだろう。

  ヨーロッパ人はヨーロッパ言語を用いていることによって、最初から論理的、客観的、主体的だった訳ではない。昔から同じ言語を用いるヨーロッパ人に近代西洋的な 「我」 の自覚がはっきりと宿ったのはデカルト以後であり、その前には中世の暗黒があった。なにもヨーロッパ人は 「労せずして」 そうなったのではなく、そこに至る努力と模索があった筈だ。

  西洋の 「道具的二人称関係」

  森はまた、ヨーロッパ人も 「道具的二項関係」 に入ることができると言った。ヨーロッパ人にも、例えば恋愛関係にある二人の間には汝−汝の 「二人称関係」 がありうることを認めているのだ (ただ、あくまで一人称−三人称の人間関係が原則であり、ときに採られる二人称関係は 「道具的二人称関係」 であるとしているが。(「出発点 日本人とその経験 (c)」)

  そう言えば、最近話題の 「思想地図β vol 2」(東浩紀編集長) を読んでいて、英語に“empathy”という言葉があるのを知った。「同情する」“sympathy”に対して“empathy”は「もう少し踏み込んで自分が相手の気持ちのなかに入って相手の気持ちになる能力」だというのである(同書p.111)。私はこれに 「反応」 してしまった。“empathy”の語感に 「話者が自分の立ち位置を 「最適に」 移動させる」 日本語の特徴 (第四回 「日本人が 「二項関係」 を求める訳」 の 「途中のまとめ」 参照) に似たものを感じたからだ。対比して言えば、“sympathy”にはむしろ 「我」 対 「他者」 という 「定点」 を感ずる。

  ヨーロッパ人も 「道具的二項関係」 に入ることができるのなら、二項関係に立つ日本人が 「道具的一人称−三人称 (我−社会) 関係」 に入ることはできないのであろうか。

  西洋の「空気」 −911後の“USA! USA!”

  「集団の 『空気』 が責任不在の決定をしてしまうことがいけない」 それは日本人の大きな欠点である。しかし、我々は10年前、911直後の米国の世論や行動に、まさに日本の 「空気」 に似る現象を見た。あのとき、米国では何かに取り憑かれたような激しい “USA! USA!” のシュプレヒコールが繰り返された。愛国と報復を叫ぶ当時の風潮に敢えて異を唱える人がいたことは米国人の立派なところだが、彼らには社会的制裁が加えられた。

  この間行われた911の10周年式典を見て思った。米国人は当時の熱狂を後悔していないだろうかと。「アフガン・イラク戦争をやっていなかったら、テロはもっと酷くなっていただろう」 として当時をなお肯定する人も多いだろうが、中東との関係、戦争が国に遺した人的、経済的後遺症の大きさ…少なくとも米国人はこの10年を振り返って、晴れ晴れと誇らしげでないことは確かだ。

  森が取り上げたヨーロッパと米国を一括りにすることはできない。ヨーロッパから見れば、米国は未成熟で危なっかしいところのある国である。しかし、やはりヨーロッパに似た社会であろう。そういう国にも 「集団の空気」 的な現象が存在しない訳ではない。戦後の 「赤狩り」 のときもそうだったが、米国は安寧を脅かされるような激しいショックに遭遇すると、日本人同様、「空気」 の決定をやってしまうことがあるのだ。

  「二項関係依存的」 か 「確立した個人」 かは、統計に言う 「分布」 の問題だと捉えよう

  以上、甚だふじゅうぶんだが、森の 「日本−西洋」 対置論を相対化するための手がかりを挙げた。これを踏まえて言えば、日本人の中にも 「流されない自己」 を持つ人はいる。ロジックを重んじて、自分の思考や行動をロジックで律することに長けた人もいる。逆に欧米人や中国人にも人間関係にきめ細かな心遣いをする人もいれば、非論理的な人もいる。

  喩えて言えば、論理的+客観的 vs 情動的+主観的の軸で分布を測ったとき、世界標準と対比すれば、日本人が情動的+主観的の側に寄っていることは明らかだが、それは例えば 「偏差値60くらい」 という感じではないか。こういう風に考えないと、森の理論も 「0か1か」 式の乱暴な決めつけをする日本人論 (「日本人は〜である」。「日本人とは〜なものだ」 式) の弊を免れなくなる。(尤も、「偏差値60」 は、民族の 「有為な」 特徴としてなら、じゅうぶんに認められるだろうが。)


  「宿命論」 に逃げ込めば、暴力と粛正が待っている

  私が 「宿命」 論にノーと言いたいもっと大きな理由は、一言で言えば「いま日本はそんな悠長なことを言っていられる場合か」 ということだ。仮に日本人が民族全体としては指摘されたような気質を持っているとしても、「だから変えられない」 「変える必要はない」 などと言っていられない場面があり、311の震災を経たいま、日本はいよいよそういう時期に差しかかったのではないかということだ。

  維持不能な現状はひっきょう維持不能なのであり、「改革ができない」 日本人もその現実から逃れることはできない。では 「改革が叫ばれても実行に移せない」 まま、時間が過ぎていったとして、土壇場で何が起きるのか。その先例は幕末や先の敗戦に見ることができる。

  幕末にも幕閣政治の行き詰まりが顕著であり、けっきょく薩長連合軍が倒幕に成功、明治維新を成し遂げる訳だが、合意を重視する筈の日本社会で、明治維新の大改革が成功した理由は何か。

  明治維新は日本人が誇りとする 「偉業」 だから、否定的なことを言うと気分を害する人がいるかもしれないが、私は、反対派を粛清する 「純化作戦」 が行われたからだと考えている。まず徳川と佐幕派諸藩を粛正し、維新後には意見が食い違った西郷隆盛や江藤晋平らを内戦 (西南戦争、佐賀の乱) で粛正した。大胆な改革に成功したのは、反対派を次々粛清して意見の合致する残った者だけで明治政府を運営したから、という側面がないだろうか。会津のように、粛正され 「白河以北一山百文」 の辛酸を味わった側は、このような見方にも頷くのではないか。

  先の敗戦では、空襲で主要都市が灰燼に帰し、沖縄が悲惨極まりない地上戦の末に陥ち、原爆を2発落とされ、ソ連にも侵攻されて (これでじゅうぶん 「亡国」 の淵である)、それでもなお降伏を決められない政府の非常事態に直面し、明治憲法下でも異例の 「天皇直裁」 でかろうじて意思決定を行った。しかしその後に起きたことは、戦争の発動に責任がある、関わりがあると見なした者たちに対して連合軍が発動した粛正 (軍事裁判と 「パージ」) であった。

  日本では組織の決まりに抵抗する反対派も、反抗しようのない暴力に直面すると 「泣き寝入り」 式に服従する、という別の合意カバー手段を持っているように見える。或いは 「天災の巣」 日本列島に暮らしてきた日本人は、人為の不条理についても天災同様、「仕方ない」 と諦めるのかもしれない。

  森も敗戦に至るまでの戦災を例にとって、《日本では》 「たとえ人間関係から起こって来ることでも、思いがけないこと、非常に困ったことは、天災的なものと見做される傾向がある。…《それを》 甘受して、過ぎ去るのを待つという、自然の災害に対するのと根本的には同じ態度に帰着する」 と指摘している。(「出発点 日本人とその経験 (c)」)

  このように、日本民族は維持不能な現状を変革する合理的な決定ができない欠点を、往々にして内乱や外征者による占領、そしてそれに続く粛正・服従 (泣き寝入り) という暴力的な現状変更を 「やむなく受け容れる」 形で、かろうじて乗り越えてきたのではないか。

  しかし、その結果、人が殺され、民は苦しむ。後遺症の重さは多数決を強行して遺る 「しこり」 の比ではないはずだ。「外征者」 の手に頼ることは、民族に再びトラウマを遺すことにもなる。そのことを考えると、たとえ 「自らの手で改革に踏み切れないことには日本語に由来する理由があるのだ」 としても、新しい伝統をつくる努力を放棄する訳にはいかないと思うのである。

  具体的には何から始めればよいのか

  私は、例えば集団の中で納得できない同調圧力に直面したとき、「それは、ちとマズいんじゃないですかね」 「少し違うと思います」 と言い出す勇気を持つことだと思う。それを言おうか言うまいか迷っているあなたの横で、先に誰かが同じことを言ったなら、間髪をいれずに 「私もそう思います」 と言うことだと思う。

  そう言ったあなたは、後で 「あのときは、よく言った」 と称賛されるかもしれないが、同調を拒んだことで制裁を受けるかもしれない。私は 「勇気を出せば必ず上手くいく」 なんて安請け合いはしない。

  「それじゃ危なくて怖くて、やれない!」 たしかに (笑)。

  でも、「理屈に合わない」 「正義や公平に反する」 と感じる己をころして 「空気」、「大勢」 に順応してよいのかと迷うあなたは、そこで 「個の確立」 を巡る内なる闘いをしているのである。「その話はおかしい」 とは感じるけど、それをここで言挙げして言ったら、きっとみんなが 「引いて」 しまって、後で 「よそよそしく」 されるのではないか‥おかしいと感じても、往々にしてそういう対人関係の不安の方に支配されるから、森有正は 「日本人は二項関係的で経験が一個の人間に分解されない」 と言ったのだ。

  そういう内なる闘いを 「青くさい、無益だ」 と思うかはあなた次第だが、「空気に同調、大勢に順応していれば結果オーライ」という保証もないのである。どころか、あなたが思うとおり 「おかしい」 のだから、まずいことになる可能性が高い。戦前、日中戦争や対米開戦を内心おかしいと感ずる人は少なからずいたが、言挙げする人は稀だった。しかし、その後多くの人が 「あのとき勇気を出して反対しなかった」 ことを一生悔いて過ごすことになったのである。

  ひとりひとりの日本人がもう少し日常勇気を持つことはできないだろうか。葛藤は大きいが、それができたとき、あなたは従来自分が 「帰属」 するに過ぎなかった 「共同体」 が、あなたが参加して支える 「社会」 になるのを感じるだろう。逆にいえば、そういう積み重ねがなければ、「新しい公共」 といったものが日本に根付くことは永遠にないだろう。

  繰り返すが、私が森の日本語論に強い興味を感じたのは、決して 「だから、日本人が 『こんな風』 なのは理由のあることで、仕方ないんだ」 という宿命論で自らを納得させるためではない。「社会」 的行動が求められる局面においては、共同体の同調圧力に身を委ねているだけでは駄目で、最後は集団全体が我が身を滅ぼすのだということを自覚して、己の思うところに従って行動しなくてはならない。集団が環境変化に適応するためには、多数決を含む 「社会の決まり」 に全員が従わざるを得ないことも覚悟すべきだ。

  森有正の 「日本人と日本語論」 は、私に日本人の弱点のありかを教えてくれた。その弱点を正確に自覚し、その上で克服の努力をする。311後のいま、日本人の目指すべき道はそれしかないと思う。
(平成23年9月24日 記)





 

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