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ブログ 津上俊哉
再論:アジアインフラ投資銀行

重要なのに、ほとんど議論されていないこの問題を再度取り上げます。




  アジアインフラ投資銀行(以下「AIIB」)は、アジアで各国に跨がる交通インフラなどの整備を促進して域内各国の「互連互通」を進めていく中国の構想だが、日本では情報が乏しいこともあって、まともに議論されたことがない。

  報道もわずかで、7月初めに産経新聞が「中国主導のアジア支援銀行、日本は出資断る−影響力強化を警戒」と題して、「日本はアジア開発銀行(以下「ADB」)との役割分担が明確ではないとして応じず、現行計画のままでは参加を見送る意向を表明」、また「水面下で米国と協力し、東南アジア諸国やオーストラリアなどにも新銀行への出資を見送るよう求める方針」だと報じた程度だ。

  この報道には違和感を覚えた。「参加見送りを表明」はまだいいとしても、他国に「参加するな」と働きかけるのは、日本の流儀ではないだろう。巷間交わされている議論も、昨今の日中関係の悪さも手伝って、警戒感、不信感ばかりが先走りして、バランスと大局観を欠いている。

  先日、日経新聞が「中国主導のインフラ銀にどう向き合うか」と題する社説で「建設的な関与を考えるべきだ」と論じたが、私も重要な問題だと思えてならない。このままではまずいと思うので、一石を投ずる積もりで、もう一度取り上げたい。

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  AIIBの準備状況

  9月中旬に北京で取材したかぎりでは、いまはこんな準備状況だ。
  1. 当初資本金は500億ドル、参加国のGDP比で按分出資することを基本とする。中国は概ね半額を出資するが、過半数保有には拘らない。

  2. 第一ステージはアジア諸国だけで創立するが、第二ステージでは米・欧・豪NZなど域外国の参加を仰ぐ予定であり、既に主要国には方針を説明済み

  3. 本部所在地や執行部人選については、複数の参加意向国が手を挙げて競っている。中国は北京を本部として立候補しているが、各国との協議の結果次第

  4. 世銀やADBが「貧困救済」を掲げるのに対して、AIIBは「互連互通」(地域を結ぶインフラ整備)に特化した出融資を行う点で、役割分担はできる

  5. 世銀やADBなど他の国際金融機関に倣って、国際的、透明、高水準な運営を目指す。人材も世界からプロを公募する

  6. 8月上旬、第4回準備会合を開催し、ASEANのほか、南アジア、中央アジア諸国など20ヶ国が参加した。今月末にも第5回会合を開催し、早ければ10月末に参加国間でMOU(設立に関する覚書)を署名する予定(非APECメンバー国がたくさんいるので、北京APECイベントとの併催は難しい)

  7. 日本は、財政部の関係者一行が6月末に訪日、日本側からは、AIIBの目的、ADBとの違い、運営の仕方、本部や人選など、様々な質問が出たが、未だ参加/不参加に関する正式の返事はもらっていないという

  8. 韓国は、習近平訪韓も迫った6月初めに、米国が急に「韓国のAIIB参加に深い懸念を表明」(deeply concerned)したため、身動きが取れなくなり(中央日報報道)、第4回準備会合にも参加しなかったが、まだ参加を諦めていないという

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  AIIBはまもなく設立される。軽く見てはいけない

  中国には資金拠出の意思があり、その他の国は資金の供与を受けたがっている。賛同国がMOUを締結するのは時間の問題だろう。AIIBは来年には設立される。日米が一緒になって反対したところで、この動きを止めることはできないだろう。これがポイントの第一である。

  中国がいま進めるアジア経済戦略は、RCEPなどアジア主導のFTAとAIIBによるハード整備を抱き合わせて進める点が特徴であるように思える。キーワードは「互連互通」促進だ。

  昨年末、永くWTOやAPECに携わってきた商務部の幹部にTPPの感想を訊いたところ、「中国は最初日本の参加方針を聞いて、孤立を懸念したが、TPPのバスが発車してしまった場合の対応策づくりに努めた結果、不安は解消して、その分TPPにも心の広い対応(「参加に関心あり」)ができるようになった」と述懐していた。いまにして思うと、AIIBもこの「対応策」の一つだったのだ。

  このように、最初はTPPに刺激されて動き出した中国のAIIB構想だが、ここに来てTPPの先行きが微妙である。他の交渉参加国は日米交渉の様子眺め。米中間選挙の結果次第では、ほんとうにどうなるか分からない。

下手をすると、中国に「不戦勝」が転がり込む結果になるかも知れない。TPP交渉が「漂流」しても、AIIBは日の目を見てしまうからだ。おまけに、TPPは話題としては華々しいが、アジア諸国にとっては、インフラ整備のカネが回ってくるAIIBの方が実利・実益が大きいかもしれない。

  結果として、「AIIBのバス」の方が先に発車して、先に中国主導でアジア域内経済連携が進む可能性があるのだ。日本政府は「TPP漂流」となった場合の「Bプラン」の用意があるか。

  「AIIBはブレトンウッズ体制への挑戦」か

  AIIBについてよく聞く批判だ。これまで世銀、IMF、ADBなどを牛耳ってきたG7メンバーにしてみれば、たしかに「面白くない」動きだろう。とくにアジアでADBを運営してきた自負のある日本にとって、心中がとりわけ複雑なのは当然だが、二つの点で疑問も覚える。

  第一は、中国も当初は「ブレトンウッズ体制」内での出世を目指したが、IMFや世銀での出資比率や議決権の増加について、G7側の協力を得られずに頓挫した経緯があることだ。

  2008年のリーマンショック後「IMFや世銀には、もっと新興国の意見や利害が反映されるべきだ」という国際世論が生まれた。これらブレトンウッズ体制の中核機関は、従来先進国主導で運営されてきたが、「それは時代に合わない」とされたのだ。G7がG20に化けたのも、この流れに沿うものだった。

  過去10年で国力が著しく伸張した中国も、当初はこの流れに沿って「体制」内での出世を目指したが、どれもこれも上手く行かない。体制の主導者である米国の議会が、米国の出資比率や議決権の低下を受け容れない一方、そうならないための追加出資予算が通る見通しもないことが根っこの理由のようだ。

  このように、「ブレトンウッズ体制への挑戦だ」と論難するだけでは公平さを欠く経緯があるのである。それほど「ブレトンウッズ体制に分派行動が生じてはならない」と思うのであれば、G7と中国双方の納得のいくかたちで、新興大国中国を「体制」内に留める努力をすべきだった。

  第二は、「ブレトンウッズ体制」も、ときどきの情勢変化に適応していかなければならないということだ。どだい、かく言う日本が中心となって1966年にADBを設立したことは、原始ブレトンウッズ体制が予定したことだったか。

  まだある。日本はベルリンの壁崩壊後の1991年、EBRD(欧州復興開発銀行)に対して、中核国である独、仏、英、伊と金額で並ぶ256億ドルを出資している(米国は300億ドルで筆頭)。バブル最末期、日本国力の全盛期だったという時代背景を抜きにしては考えられないことだ。

この10年、中国が目覚ましく立身出世した事実は誰も否定できない。国力の増大につれて相応の地位を求める中国の欲求は、同じ道を辿ってきた日本としても否定することはできない。

  「世銀やADBとの役割分担が不明確」か

  中国は、世銀やADBは「貧困救済」を目的とするのに対して、AIIBは「インフラ建設」を目的とするから、役割分担ははっきりしていると言っている。しかし、世銀やADBも過去、インフラには多大の投融資を実施してきたのだから、その説明だけではダメである。

  そうではなく、今後のアジアのインフラ整備や開発金融の資金需要は膨大なのに、世銀やADBの今の資金供給能力ではまったく足りないことがカギだ。AIIBが投融資を期待する多くの国の支持を集め、世銀やADBの総裁も(少なくとも表向きは)「歓迎」のコメントをしている事実がそのことを物語る。つまり、既存機関の能力にボトルネックが発生しているのだ。

  中国は「だから中国が資金を拠出して、既存機関の能力を向上させるのでもいいのだが、G7さんたちは、「それは無理」と言うんでしょ?だから別機関を設立しようとしているんですよ」と言いうる立場だ。

  たしかに既存機関との機能重複感は否めないが、それを言うなら、既存機関の資金不足問題をどうやって解消するのかという問いに対する答えを持ち合わせなければならないが、現実には、既存機関の増資案も「米国議会を通らない」だろう。

  「中国がやるAIIBなど、ロクな銀行にならない」か

  たしかに、中国がこれまで独自に進めてきた対外援助ローンには、環境、人権、悪名高い独裁国家への供与など数々の問題が指摘されてきた。「国際ルールにそぐわない流儀を流行らせてもらっては困る」というのは一理だ。

  おまけに、中国国内では「AIIBは深刻な設備過剰に悩む中国の関係業界にとって、特需の福音をもたらす」といった報道も散見された。それではまるで利害が相反しやすい「メーカー・ファイナンス」ではないか(中国政府は否定)。

  しかし、そうはならずに、AIIBが意外と大化けする可能性もある。

  (1)中国に国際金融機関を主導する能力があるのか

  中国側は「AIIBは、世銀やADBなど他の国際金融機関に倣って、国際的、透明、高水準な運営を目指す」と言っている。実務に当たる人材も世界中からファイナンスのプロを公募するそうだ。

  この抱負をそう馬鹿にしてはいけない。財政部や人民銀行には、海外に留学し、英語も極めて堪能、その道で名を知られた人材が大勢いる。改革開放以来、主に被援助国としてだが、長く世銀やADBと付き合い、近時は副行長など要職にあたる人材を派遣してきた実績があるからだ。

  「評判の悪い中国流儀を持ち込まないか?」 中国側は「そんなことをしたら、AIIBのボード(取締役会)だって通らない」と言うし、私もそうはならないと思う。それは、中国自身が世界から「中国にほんとうにできるのか?」という眼で見られていることを意識しているからだ。

  類例を挙げよう。日露戦争の頃までの日本軍は、軍紀が厳格で国際法にも通暁していた。それは、明治日本が幕末に結ばされた列強との不平等条約の改訂を悲願とし、「一等国」になるべく懸命に努力していたからだ。その緊張感が軍のガバナンスを高めたのである。他方、第一次世界大戦後、晴れて念願の「五大列強」に名を連ねて以降は、緊張感も薄れてガバナンスも低下、先の戦争では、そのせいで多くの汚名を被る羽目になった。

  中国も同じである。世界から「中国にほんとうにできるのか?」という眼で見られていることを意識している間は、立派にやり遂げるだろう(ヤバイ案件は、AIIBのような目立つ舞台には持ちださずに、隠れてバイでやるだろう)。

  (2)将来、欧州が参加するかもしれない

  AIIBが大化けするかもしれないもう一つの訳は、第二ステージにおける欧州参加の可能性だ。被援助国のインフラ・ニーズの情報が取れて、欧州企業の受注機会も高まることが期待できるから、欧州が参加する気になることもじゅうぶん考えられる。

  そうなれば、俄然「国際金融機関」の体裁が整ってくるだろう。その後塵を拝して日本が参加を試みても、いちど出来てしまった機関で、後から名誉ある地位を占めることは至難の業だ。

  もちろんG7メンバーのよしみを通じて、日米が結束して欧州主要国に「参加するな」と逆根回しをすれば、話は別だ。しかし、外交・安保だけでなく、本来ディールのしやすいはずの経済マターでも、日米が中国と角を突き合わせて対立することになる――それで誰か得をするのか。

  日本の参加は、中国側が受け容れないのではないか、日本は参加するカネがあるのか

  中国は当初、日米を招かないまま、参加意向のある国との準備会合を始めたので、「日米を排除して進める積もりだ」という憶測を呼んだ。まずい進め方だった。しかし、6月には態度を改めて、参加招請のための団を日本に派遣した(産経報道には「不参加」とあったが、日本は未だ正式の返事を保留しているそうである)。

  私は、中国は日本の参加を受け容れると思う。その覚悟なしに、日本に代表団を送ることはない(「日本はたぶん断るだろうという予断でやって来たら、参加の返事をもらって困ってしまった」式の行動を中国人はしない)。

  受け容れる理由は、そうした方が格段に国際金融機関らしいスタートになるからだ。逆に言うと、「資金拠出側は事実上中国だけ、後はほとんど被援助国だけ」のAIIBは、すがた、かたちが悪い。

  私が接触した中国関係筋は「日本が参加すれば、出資額第2位の大口参加国になる、そうなれば韓国も心置きなく参加できるだろうから、中国の出資額を大幅に調整することになるかもしれない」と言った。

  ちょっと待て。日本が参加するには、中国に次ぐ大口出資を用意しなければならないの?「参加するが、数十億ドルだけ」というのはないの?――それは「参加国のGDP比で按分出資することを基本とする」という準備会合で練ってきたコンセンサスに合わないらしい。

  そうなると、日本は百数十億ドルの出資をしなければならなくなる。いまの財政状況で出せるのか――私は楽観的だ。官邸が「方法を考えてくれ」と財務大臣に頼めば、財務省は智惠を出せるはずだ。

  日本が参加すると、米国がどう思うか

  米国が参加する可能性について、中国関係筋は、「当初はアジアで創立」という準備会合のコンセンサスに合わないうえ、それもいまの議会を通らないのではないかとの答えだった。

  米国の不満顔を横目に、日本だけ参加する――「日本は独立国なのだから、独自の判断で決めればよい」と口で言うのは易しいが、実際には重たい決断になる。役人からは「米国が激怒している」という情報がもたらされるかも知れない。

  それなら、安倍総理が「私がオバマ大統領に直接話すから、電話会談を申し入れてくれ」と言えば良い。「激怒している」のも、どうせ米財務相の役人だろう。大統領には、「今後の中国とどう付き合っていくかを考えよう。政治外交には難しい問題が多いから、その分経済では中国の要求にも柔軟に応えていくべきだ。日本はAIIBの中から、中国と米国の橋渡しをさせていただく」と言えばよい。

  この問題が気になるのは、AIIBを巡るいまの議論の雰囲気が、20年前の中国WTO加盟を巡る議論と似ているからだ。当時も、「中国にWTO加盟する資格があるのか」という議論は盛んだったが、故橋本龍太郎総理はG7等の場で「だから中国をWTOの外に置くのではなく、加盟させるべきだ」と主張した。

  「中国に対してはエンゲージメントとヘッジ」――よく聞くセリフだが、この問題でこそ、「エンゲージメント」のあり方を考えるべきである。日米が一緒になって反対したところで、止めることができないAIIBについて、他国に「参加する」と働きかけても、誰も得をすることはない。
(平成26年9月25日 記)




 

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