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ブログ 津上俊哉
昨今流行のAI(人工知能)をかじってみた

読書感想文です。




  最近AI(人工知能)とかロボットとかに関心を持って本を読んでみた。元々の動機は、こういう技術が日本の少子高齢化問題解決の助けにならないか?だった。女性・高齢者の活躍促進、外国人移住促進に加えてAI・ロボット利用を三本目の対策の柱にすれば、この問題も何とか出口が見つかるのではないかしらん?という訳だ。

「AIの衝撃」(小林雅一著 講談社現代新書刊)ainoshougeki

  この本はAI研究開発の最前線の状況を素人にも分かり易く解説してくれてお勧めだ。とくに、人間の神経回路(ニューロン)を模した「ニューラルネット」がこの10年ほどの間に「何かを学んで成長するディープ・ラーニング」の能力を飛躍的に向上させていることがよく分かった。我々の生活に身近な場所でどんどん実用化され、「使える」感が急速に高まっているクルマの自動運転、アイフォンの自動応答アシスタントSiriなどは、みなこのディープ・ラーニングによる成果らしいのだ。

  ディープ・ラーニングの計り知れぬ潜在力を窺わせるエピソードが幾つか紹介されている。機械翻訳の分野で、ニューラルネットにまず英語、中国語を学ばせて、次にスペイン語を学ばせたところ、学習の蓄積につれてスペイン語の能力がどんどん向上するのは当然として、関係ないはずの英語、中国語の能力までが自然と向上したが、開発者達もその理由・仕組みが掴めていないという(p32)。

  IBMが開発したAI「ワトソン」は7万件の科学論文から、研究者が気付かなかった関連性を見つけ出すことができた。米国のある医科大学は、これで研究候補を絞ることに成功、ガンを抑制する可能性のあるタンパク質を数週間で6つ発見することができたという(p49)。

ヒトの雇用はAIとロボットに奪われるかも知れない

  私がもともと関心を持ったきっかけである、AIやロボットが日本の少子高齢化問題の解決に役立つか?について、この本はオクスフォード大学研究者が行った「雇用の未来」という研究結果を紹介している(p44~)。

  委細は本書を読んでいただくとして、一言で感想を言うと、これらの技術は我々が「それは人間様に保留しておいてもらいたい」と願うような職種まで代替する、人から雇用を奪う存在になるかもしれないということだ。(経営コンサルタント、ビッグデータを解析するデータ・サイエンティストなどp48)

  本書の後段、「第4章 人間の存在価値が問われる時代」でも、ドイツが進めるインダストリー4.0などの研究がAIを利用して「考える力」や「匠の技」を備えた汎用ロボットを世に送り出す結果、ひょっとしたら人間の雇用がさらに機械に奪われる可能性に言及している(p212以下)。

  むむ。少子高齢化をうまく解決して・・・なんて甘かったか。

未来のAIにやらせてみたい仕事

  読んでいて、未来のAIにやらせてみたい仕事を一つ思いついた。歴史学者である。歴史の本が好きでこれまでいろいろ読んできたが、しばしば感ずるのは、これまで埋もれていたようなテクストが発掘されると、歴史事象の解釈や見え方が全然変わることがあるということだ。教科書で習った「常識」が、新たに発掘されたテクストによって、いとも簡単に覆される・・・そんな面白さが歴史学にはあるが、裏返して言えば、現存するテクストを網羅して歴史を包括的に再現することは、ヒトたる歴史学者の手には余るということだ。

  いまは過去の活字や文字情報がどんどん遡及的に電子情報化される時代だ。例えば、明治時代の新聞・雑誌から始まって、株やら相場商品の値動き、国会を始めとする会議の議事録、法律・政令の制定、天気・農作物の作付け、軍隊での動静、犯罪・治安情報、海外の動向・・・膨大な同時性の情報をAIで読み込んで、関連性、とくに因果関係を探っていったりしたら、後世の我々が知らなかった、だけでなく同時代を生きた人々も気が付いていなかった歴史の新しい姿が浮かび上がってくるのではないか。

人工知能は人類の敵か

  さて、「AIの衝撃」本の副題は「人工知能は人類の敵か」だ。この本には、初めてこの分野をかじる人間には意外な筋書きも書かれている。「超越的な進化を遂げたAIがいずれは暴走し、人類に壊滅的な被害を与える」ことを危惧する科学者がいるという(p40)。それも車椅子の物理学者ホーキング博士、第一線のAI研究者・学者たちに加えて、テスラモーターズ創業者のイーロン・マスク氏など、「戯言」として片付けにくい知性たちの声である。

  「学習する能力」を日進月歩で向上させていく過程のどこかで、人工知能が自らの考えや意思を持つのではないかという、一昔前なら「SFまがい」とされた未来が専門家の視界に入って来つつあるというのだ。

  「AIの衝撃」(著者の小林雅一氏)は、この悲観論に対して「慎重な楽観主義」の立場と受け取れるが、こちらの本は、AIが人類にもたらしうる災厄をもっと悲観的に語った「警世の書」だ。ルポ記事風の翻訳本なのだが、「軽いノリ」の文体が成功したかどうか・・・。ただ、固有名詞がたくさん出てきて、米国の誰はこうしている/こう語った、極秘でこんな開発を進めているらしいとか「情報」が豊富なのがこの本の売りだ。

「人工知能 人類最悪にして最後の発明」
(ジェイムス・バラット著 水谷淳訳 ダイヤモンド社刊)jinkoutinou


  この本の冒頭では、ディープ・ラーニング以降、急激に進化のスピードを速めつつあるAIがやがて「問題を解決し、学習し、様々な環境のなかで効果的かつ人間的な行動を取る能力」を備えた「人工汎用知能(AGI)」に進化し、さらには「ムーアの法則」的な幾何級数的な加速度で、人間を遙かに上回る知能を備えた「人工超知能(ASI)」へと進化するイメージが語られる。

  AGIがネット空間を飛び回り、クラウド資源を大量動員するテクニックを身につければ、AGIからASIへの進化は、人が関与しないでも「数ヶ月や数年ではなく数週間や数日、あるいは数時間でASIになるハードテイクオフが起きる可能性」が示唆される。

  そうして人間をはるかに上回る知能を身につけたASIが誕生したとき、人間とAIの関係は不可逆的な特異点(シンギュラリティ)を越えていく・・・しかし、ASIの超絶的な能力とそこに宿り始めた「意思」に恐れをなした人間側がASIの電源を落とそうとしても、ASI側はとっくの昔にそのリスクを予知して、複製をいくつも隠し場所に潜ませたり、といった対抗策を講じていて・・・こうしてAIは「人類最悪にして最後の発明」だったことを証明する・・・こんな黙示録的な未来を描いてみせる本だ。

避けられない/止められない未来

  悲観論の根源にあるのは「不安」だ。AIの進化が幾何級数的に速まっていることは、ここ一、二年のクルマ自動運転やSiriのようなアシスタント・アプリによって、我々素人でも感じ取れる。第一線の専門家達が「このまま進化が加速していったら・・・」と計り知れなさを感じて、怖れを抱くのは自然である。

  この不安を倍加するのが、そんな危険性が予告されても、AIの研究開発はきっと止められないことだ。原爆開発の歴史がそうであったように、どこかの国がAGIやASIの完成一歩手前まで来ていると知ったら、他の国は死に物狂いで追いつこうとし、盗もうとするだろう。一部のIT富豪達は一切を秘密にしながらAIの開発に巨費を投じている・・・何をしようとしているのか。

AIと人間のどちらがマシか

  しかし、そうして描かれる本書のAI観には二つの点で違和感がある。第一。AIが禍々しい(まがまがしい)存在に化けるとしても、その禍々しさはヒトが与えたものに違いない。1990年代前半インターネットが本格的に普及し始めた頃も、世の中にはいっときネットを利用した未来に対する楽観論が溢れたが、その後のインターネットは人間の持つ禍々しさを余すところなく映し出す鏡のような存在になった。AIも同じで、我々はAI固有の禍々しさを味わう遥か手前で、「マン・メイド」の災いでじゅうぶん苦しめられるはずだ。

  第二。AIの未来に計り知れない怖さがあるとしても、それは「AIの方が人間よりまし」である可能性を否定しないと思う。先ほど「未来のAIに歴史学者の仕事をやらせてみたい」と述べたが、実はもう一つある。外交政策アドバイザーだ。

  昨今の世界を眺めていると、どこの国でも外国に対する世論・接し方がルサンチマン(被害者意識)だらけなのを感ずる。「自分がこんな境遇なのは、誰某のせいだ」式の論は、人間の心理にスルリと入り込む麻薬のような心地よさがある。しかし古今「人のせいにする」ようなメンタリティは、その人に更なる不幸を呼び込む元にこそなれ、いい結末をもたらした例しがない。

  だから「そんな甘えたことを言ってどうする!?」と人をたしなめるのが年長者の務めだが、昨今は年長者が率先してルサンチマンを振り回す。物事の見たい一面だけを見て、別の一面を見ようとしない。こんな風ではこれからの人類社会の行く末が思いやられる。

 「隣国Aが2週間前に我が国に対して採ったこの措置に対して国民は憤激しており、その怒りを無視できない。ついては、斯く斯く然々の措置を採って対抗したいと考えるが、如何?」

  「質問に極めて類似した外交パターンを1900年以降で検索した結果、55件がヒットしました。そのうち10件で質問のような内容の対抗措置が採られましたが、うち双方が受け容れられる妥協に漕ぎ着けたのは1件、残りの9件はエスカレーションになり、そのうち2件は戦争に発展しました。

  また、残る45件のうち、35件が外交的解決に至りましたが、解決に至った要因を分析すると、17件は適切な第三国の仲介を得られたこと、また、5件では双方の国民やメディア同士の対話が政府間の交渉を求めたことが事態を打開に導きました。・・・」


  歴史学者にやらせたい仕事の延長線上には、すぐルサンチマンに支配されて愚かなことをしでかしてしまう人間をAIが諭す役割が期待できるのではないか。

  さらに言えば、AIはやがて人類を滅ぼすかも知れないが、それは悪のAIが善良なる人類に災厄を及ぼす結果だとは限らない。合理的なAIが暴走する人類に手を焼いた結果、やむを得ない措置を選択する結果かも知れないのである。

  「全世界でドミナントな3つのASIがコミュニケーションし合った結果、人類がもたらした目下の地球の危機的な状況を回避し、生物種の多元性を保存し、地球環境全体の持続的発展を確保するためには、(愚かでどーしようもない今の)人類の文明レベルと個体数を1000年ほどレトロフィットさせる(昔に戻す)措置が不可欠だという結論に至り、グリニッジ時間某月某日某時00分より、人類に対して所要の措置を講ずることになった」

というのは、ちとブラックユーモアすぎるかな・・・
(平成28年1月26日 記)




 

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