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ブログ 津上俊哉
「 経済へのミクロ介入はなぜうまくいかないか 」?ある論文から受けた啓発

秀逸な経済論文を見つけました。中国ミクロ経済にご関心のある方は必読!


 4月下旬以降中国マクロ経済政策に動きがあった。第1四半期の経済統計で 「経済過熱」 が再びぶり返しそうな予兆が出たため、当局が慌ただしく動いたのだ。筆者は連休を利用して久しぶりにデータや文献をあさった (結果をまとめたレポートはこちらをご参照ください「経済再過熱の兆しを警戒する中国」 )。

 今日ご紹介したいのはこの過程で見つけた秀逸な論文だ。北京大学中国経済研究中心(CCER、林毅夫 (Justin Lin) 教授が率いる中国最高の経済研究センターの一つ) に籍を置く周其仁教授の 「ミクロ・コントロールは願い下げ」 (原題: 「希望不是微観調控」 )である。
政府が企業行動に介入してマクロ経済をコントロールしようとするのは馬鹿げていることを土地供給や過剰投資のメカニズムを考察して例証した論文だ。論文と言うよりはエッセイ風で読みやすいのだが、実は鋭い指摘に溢れている。委細は教授のお許しにより本サイト 「イチ押し」 欄に転載した日本語訳を読んでいただきたいが、ミソの部分を下記に示す。

1) 中国政府はマクロ経済の調節のために貨幣発行のほか、土地供給という独特のバルブを持っている。土地が国有であるためだ。景気を拡大したいとき、政府は財政出動や貨幣供給の増加と並んで、土地供給 (払下げや譲渡認可) を増加させ、景気を引き締めたいときには払下げや認可を凍結したりできる。

 効き目は大きいのだが、問題は地方政府の許認可に基礎を置くこの方法は短期の経済調節に使えないどころか、かえって混乱を招いてしまうということだ。例えば、97年に1年間土地供給を凍結したことが、当時タイト気味だった金融政策と相まって 98~99 年のデフレを招いたし、逆に 99年から5年間にわたって大量の土地を供給したことが、2004年以降の経済過熱を引き起こす基になった。おまけに、04年急に土地の供給を引き締めた結果、05年から理の当然の如く全国で住宅価格の急上昇が発生、これが別の大問題になっている。

 中国の土地制度は依然として計画経済時代の旧体制のままである。都市化や工業化を健全に進め、土地の移転を巡る政府対人民、人民対人民、政府対政府の分配矛盾を解決する上でも、土地を巡る私権の明確化、土地の健全な商品化を進めることこそが急務である。

2) 04年江蘇省常州で中央認可をかいくぐって大私営製鉄所を建設しようとした企業オーナーが逮捕され、地元政府指導者も解任される 「鉄本」 事件が起きた。筆者は事件の主人公、戴国芳オーナーにインタビューする機会を得たが、結果は設備過剰がなぜ発生するかについて貴重な啓示を与えてくれた。

 戴国芳は、驚いたことに、元来設備過剰気味な製鉄業で大がかりな投資を目論んだ動機を 「業界内に生産性の低い企業が大量に存在するからだ」 と話した。長い業界歴を持つ経営者ゆえ、設備が過剰気味なことは百も承知であるが、過当競争下の優勝劣敗の過程で淘汰されるのは生産性の低い競合企業の方だと確信して投資に踏み切るのだという。

 この逸話を元に整理してみると、確かに当たっている。 イ) 電力や石油など国有企業が独占していて政府が価格を決定できる業種では、一般に設備過剰問題は発生しない、むしろ、設備投資が足りない場合が多い。 ロ) レストランや商店など、ほとんどが民営・私営企業で占められ、退出入も自由、価格も自由化されている業種もまた、設備過剰問題は稀である。 ハ) 過剰設備問題が深刻なのは、国有や私営など多様な所有制企業が入り乱れ、政府の干渉がしばしば行われる業種である。こういう業種では投資の失敗による負担を企業が負わない (国有企業は負債償還が大目に見られたりするせいで倒産を免れる) 、企業買収が簡単ではないために後発者が既存設備買収によって参入することが難しい等の事情により、過剰設備問題がいよいよ深刻化する。

 発展改革委などは生産設備の技術レベルに着眼して、劣った設備を淘汰する政策を年来続けているが、設備の技術レベルと企業の競争力は同じではない。そうして競争力の劣った企業が温存される様を見ては、再び参入を試みる企業が生まれ、過剰投資が延々と繰り返されるのである。


 周知のように、中国はいま投資過剰や過剰流動性に悩まされている。それなら金利を上げればよさそうなものだが、為替レート防衛への影響が怖くてなかなか利上げができない。その分、投資抑制や設備廃棄指導、金融窓口指導など 「マクロ・コントロール (宏観調控) 」と称する企業行動へのミクロ介入で、経済運営の帳尻を合わせようとしている。

 周教授の論文はそういうミクロ介入の弊害を論じたものだが、役所にいた経験から言って私もまったく同感である。政府がいくら笛を吹いても企業は思ったとおりには踊ってくれないものなのである。

 おまけに何年も 「マクロ・コントロール」 を続けているせいで、政府機関もミクロ介入が 「習い性」 になり始めている。中国の経済政策は、価格や投資など本来政府が管理すべきでないものを市場メカニズムに委ねるという改革開放路線の王道から外れ始めている。このままでは、後世この時期を振り返って後悔することになるだろう。                       (平成18年6月6日記)




 

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