Tsugami Toshiya's Blog
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ブログ 津上俊哉
中国人への手紙

連休中に書いたブログですが、宛先が中国人(日本の皆さんは CC 先です(^_^; なので、翻訳で掲載が遅れました。チベット暴動、聖火リレー妨害、これを守る中国人の運動を見て感じた 「やりきれなさ」 をうまく表現できているか、自信はないのですが・・・


                   
                        中国人への手紙
                    聖火リレー妨害騒動で感じたこと


  私の好きな中国人の態度に 「 それは 『 正常 』 なことだ 」 というのがある。日本で 「 正常 」 と言うと 「 異常 」 の反対、という程度の意味しかないが、中国人が 「 それは 『 正常 』 なことだ 」 と言うときは少し違った語感が込もる。
  「 相手や第三者の考え方や態度に自分として同意はできないが、彼らがそう考えることは理解できるし、彼らの立場としては自然である 」 といった語感、すなわち他者に対する理解・尊重が込められて使われることが多い、ような気がしている。
  例えば、上海や北京の発展ぶりを見て、 「 中国はもはや途上国 (優遇措置の適用を要求する資格のある途上国) ではない 」 と言う外国人に対して、「 中国の田舎に行ったり見たりする機会の乏しい外国人がそう考えるのは 『 正常 』 なことだ 」 という風に使われる。視野が広くて判断が公平な、尊敬できる中国人ほど、こういう態度をとる、と私は考えている。

  改まってこんなことを言い出すのは、聖火リレー妨害、そしてカルフール不買や各地での中国人留学生のリレー応援などチベット暴動に端を発する一連の動きを見て、世界の側にも中国の側にも 「 正常 」 や 「 不正常 」 を見た気がするからだ。

  北京オリンピックを 「 立派になった中国の姿を世界に認めてもらうための最高の機会 」 と強く期待して待ちわびてきた皆さんが、聖火リレーがあのような形で世界中で妨害を受けたのを見て驚き、憤慨したのは非常に 「 正常 」 なことだと思う。
  逆に、欧州主要都市で繰り返された妨害が 「 不正常 」 だったと思う。中国政府に抗議することはあってもよいが、チベット問題と直接関係のない聖火リレーを標的にすることは如何なものか。仮にその点を譲るとしても、暴力まがいの行動で聖火リレーを妨害した方法・手段には到底賛同できない。

  皆さんが今回の妨害行動にショックを受けたもう一つの理由は、世界中が一斉蜂起するが如く中国バッシングに出たことだったと思う。中国には、昨今世界から何かというと批判され、偏見を以て見られるという不満がある。そういう類の報道、批判を 「 中国妖魔化 」、すなわち 「 悪者、異端者をやっつけろ 」 という類の動きだと見て反発していると聞く。今回の世界の批判には、たしかにそういう側面が見受けられた。
  しかし、私は敢えて、中国に対する海外のこの種の心情、心理は 「 正常 」 だと言いたい。皆さんが推測するとおり、この心理の底にあるのは、台頭する中国に対する嫉妬や不安である。人間の心理として決して上等なものではないが、我々の周囲どこにでもある自然な心理である。
  それでも、皆さんには 「 なぜ中国だけがそういう扱いを受けるのか 」 という不満が残るかもしれない。しかし、そういう扱いを受けたのは中国だけではない。1980 年代に日本が経済的に台頭したときも、何かというと批判され、たたかれた。
  1987 年、日本の東芝機械 (注:東芝とは別の会社) が多軸数値制御工作機械を、意図的に法令に違反してソ連に密輸出していたことが発覚した。この工作機械は潜水艦のスクリューを精密に削り出すのに使われた。それまでスクリューの加工精度が悪いせいで航行時に大きな雑音を出していたソ連の潜水艦が急に静かになって米軍が探知しにくくなった。原因を探った結果、密輸出されたこの機械が静音スクリューを作るために使われていることが判ったのだ。
  当時は冷戦が激しかった頃だ。日米共通の仮想敵だったソ連に重要な技術を違法に売り渡し、安全保障を脅かしたこの企業の行為は厳しく断罪されて当然である。しかし、事件発覚後に米国で起きたことは、それをはるかに超えていた。事案は一日本企業の違法行為だったのに、それをきっかけに日本という国全体に対する反感、批判が米国中で沸騰したのだ。米国の国会議員有志はメディアを集めた場で日本車をハンマーで叩き壊し、その場面を世界中に放映させた。その後何年も繰り返し放映された有名なシーンだ。でも、なぜ工作機械ではなく日本車が、そして日本という国全体が標的にされるのか?
  米国の激しい反感の裏にも、当時急激に経済的に台頭していた日本に対する嫉妬や不安があった。この事件だけではない、1980 年代には半導体や農産物などが繰り返し日米紛争のやり玉に挙がり、日本は繰り返し 「 円が安すぎる 」 、 「 不公正な通商手段を使っている 」 と非難を受け、ときには WTO で禁止された違法な制裁措置を受けたものだ。
  日本や中国は黄色人種の国だから、白人国からこういう仕打ちを受けるのだろうか。 そうとも言えない。米国が新興国として台頭し始めたのは 19 世紀末、その後二度の世界大戦を経て今日の世界盟主の地位に就いた訳だが、それまでの半世紀、米国もそれまでの盟主であった欧州から警戒され、各種の誹りを受けた。
  要するに、世界は何時でも何処でも、急速に台頭して既定の国際序列を変えようとする国がこの種の反発や批判を受ける習わしなのだ。逆に台頭の勢いが止まると、批判は急に止む。日本経済もバブル崩壊で経済的に大きな痛手を被った後、その種の批判に晒されることはなくなった。昔のように日本台頭を心配する必要がなくなったことに加えて、中国という新しい台頭国が出現したからだ。
  中国 「 妖魔化 」 現象も中国台頭による国際序列の変更が一段落するまで続くだろう。皆さんはこの種の 「 妖魔化 」 は (誉められたことではないが) 人間社会の中では 「 正常 」 なことなのだと割り切った方がよい。

  今回の聖火リレー妨害騒動では、「 憤青 」 だけでなく広汎な層の中国人が 「 愛国主義 」 に燃えて世界の妨害行動や中国批判に対して抗議した。不当な仕打ちに異議を唱えることは必要だし、今回の抗議は中国が獲得した影響力を世界に思い知らせるうえで効果があったが、マイナス作用も小さくなかった。今度は中国の 「 愛国主義 」 の激しさが世界中で新たな波紋を引き起こしたからだ。
  抗議の方法は適切で当を得た強さのものだっただろうか。フランスという国や政府に抗議をするためにカルフールを標的にしたことは適切だっただろうか。罪状とされたのは同社の大株主にチベット独立を支援する者がいたということだが、もし、このように問題との関連性に乏しい糾弾を是とするなら、中国政府に抗議するために聖火リレーを標的にした人々を批判することも難しくなるのではないか。海外で上場する中国企業が同じように関連性の薄い 「 株主 」 の罪状を理由に糾弾の標的にされたとき、中国の皆さんは 「 それも当然 」 と考えるだろうか。
  今回、先に喧嘩を売ったのは外国だったかもしれないが、中国の 「 愛国主義 」 の反撃の強さは (聖火リレー妨害に批判的だった人を含めて) 世界中を困惑させ、不安にさせている。中国はもはや誰も気に留めない弱小国ではない、超大国への道を駆け上がりつつある国だからだ。その考え方、一挙手一投足は、世界にとって明日の自分に影響することなのだ。

  辛い過去の歴史のせいで、中国の独立や統一は皆さんにとって何より敏感な問題であることは分かるが、海外には海外の見方がある。例えば、今回中国政府は、チベットは昔から中国の不可分の一部であることの証拠として歴代ダライラマが中国王朝の册封を受けていたという歴史文書を公開した。しかし、歴代中国王朝から册封を受けていた地域はチベットだけではない。册封を受けた経験のある他の国の人々は、この報道を聞いてどんな気持ちがするか、皆さんは考えたことがあるだろうか。
  また、私の見るところ、今回チベット暴動を契機に海外が一斉に中国を批判したのは、(荒唐無稽な) 「 チベット独立 」 を要求するためというより、事件後多数の僧侶らが逮捕され、監視され、 厳しい教化宣伝の下に置かれたという自由と人権の問題が発端だったと思う。皆さんは 「 それも 中国の内政問題だ 」 と言うかもしれないが、 「 人権は国境を越えても保護すべきだ 」 というのが世界の潮流であるし、何よりも、台頭する中国を目の前にして、世界は 「 中国がもっと強大になれば、他国にも中国を批判する国内の意見を取り締まれ 」 と圧力をかけてくるのではないかと不安がっている。
  これら幾つかの点だけ取り上げても、見方はかくも違うのだ。双方は相互理解のためにもっと 冷静に話し合うべきだということが分かる。

  今回の騒動の後、中国公式メディアは 「 冷静になり、自分のことをしっかりやり、中国をもっと強大にしよう 」 といった論調を打ち出している。しかし、他にもやるべきことはあると思う。中国政府が掲げる 「 和諧社会 」 の理念は 「 国内専用 」 であるべきではなく、世界と中国の和諧に行き着くべきものだ。
  世界と中国の和諧のために、世界の側ももっと中国のことを理解すべきであり、嫉妬混じりに中国を批判する自らの度量の狭さ、視線の歪みを自覚すべきである。しかし、中国の皆さんも、もっと心広く、まずは冷静に批判意見に耳を傾けるべきではないか。独立や統一、人権の問題については、どれだけ議論を重ねても海外との意見の一致を見ることはないかもしれない。しかし、大事なことは国内では耳慣れない批判を海外から受けても激昂したりせず、「 外国人がそういう風に考えることは正常なことだ、しかし・・・ 」 と冷静な見方を保ち、相互理解のため前向きに議論する努力をすることだ。
  私は中国人の性格とは本来そういうものだと信じる。

2008年5月4日記




 

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