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中国経済ストック・テイキング

先週出揃った上半期の経済統計を踏まえて、ストック・テイキングします。ジャブジャブ金融政策に微調整の兆しが出てきました。


中国経済ストック・テイキング
金融緩和に微調整の兆し



  先週、今年上半期の経済統計がGDPを含めて出揃った。過去ポストしてきた大枠の見方を変える必要は感じないが、コメントすべき新たな傾向も若干ある。とくに注目されるのはジャブジャブ金融緩和政策を微調整する兆しが見えてきたことだ。以下順を追って何点か指摘したい。

 1.今年のGDPは公約の8%をクリアできそう

  先週第2四半期 (以下 「2Q」 と略称する) のGDP成長率が年率7.9%と発表された。上半期 (1?6月) では7.1%の成長だった (いずれも前年同期比、以下断りない限り同じ)。上半期の7.1%成長のうち、投資は6.2%分、消費は3.8%分の貢献だったのに対して外需は▼2.9%のマイナス貢献だった。統計局は対 「前期比」 成長率を公表していないが、1Q/2Qの成長率を非公式に年率13.3%増と推計している由だ。
  2Qの成長恢復を受けて、通年GDPについても 「保8」 の公約はもとより8.5%程度はいくといった強気の観測も高まっている。成長の牽引力である固定資産投資は上半期で7兆8098億元 (≒107兆6000億円、33.6%増、6月単月では35.3%増) の増加ぶり、かつ先行指標である新規着工事業の計画総投資額も1?6月着工分の合計で87%増、とくに2Qに入ってから激増していることから見て投資は年度下期も増加すると見込まれる。世界景気の二番底といったインパクトがなければ8%達成の可能性は高まったと言える。

 2.外需は回復の兆しなし

  成長軌道が戻ってきたとはいえ、外需が下げ止まらないことが当局の大きな頭痛の種になっている。6月は前月に比べて落ち込み幅がやや改善したとはいえ、上半期の輸出は5215億ドル (▼21.8%)、輸入は4246億ドル (▼25.4%)、貿易収支は969億ドル (▼2.1%、額にして21億ドル減) だった。
  とくに、繊維・雑貨など労働集約型製品の下げ幅が縮小し、一桁台まで戻してきたのに、機電製品などハイテク・高付加価値製品の下げ幅が平均以上に大きい。「世界中の消費者にとってなくてはならない “Made in China”」 は底打ちが近いが、日本の輸出産業と同様、付加価値が高く先進国市場への依存度が高い製品ほど回復の兆しが見えないのだ。
  輸出産業は企業で言えば民営企業、雇用で言えば出稼ぎ農民工中心に担われている。外需の弱さは官製経済中心の恢復の中で、民営経済の恢復が遅いと言われていることと裏腹の関係にあり、世界経済の本格回復を待たないと中国経済も本当の恢復は期待できないことを改めて思い知らされている格好だ。当局も識者も 「中国経済の 『世界率先恢復』 はあり得ても、世界が恢復しない中での 『中国単独恢復』 (一枝独秀) はあり得ない」 点で見方が一致している。

 3.過剰設備の解消にはまだまだ時間が必要

  昨年9月のリーマン・ショック以来、世界経済の成長軌道は大きく下方に屈曲し、世界中に在庫と生産能力という二つの 「過剰」 をもたらした。中国も事情は同じで、昨年4Qから今年初めにかけては空前の在庫調整が行われ経済 "free fall” をもたらした。2Qに成長が戻ってきたのは在庫調整の方に目処が立ったことが大きく作用しているが、過去数年広範な業種で積み上がった過剰生産能力解消の方はまだまだこれからだ。
  上述したように機械電子製品の外需が弱いだけでなく、素材産業でも鉄鋼業の設備稼働率は依然として73.1%、アルミ冶金業は65.7%、鉄合金業は70.4%といった具合だ (いずれも6月末)。消費振興対策が採られた自動車、家電などには活気が戻ってきたが所詮まだ 「点」 的存在であり、業種横断的な 「面」 の恢復には至っていない。
  それを裏付けるのがPPI (生産者出荷価格) であり、4?6月にかけて前月比では上昇が見られるものの、対前年比では依然▼7%前後とマイナスが続いている (6月CPIも▼1.7%、前月比でも▼0.5%)。「過剰設備と需要不足を背景としたデフレの深刻化が怖い」 というのがジャブジャブ金融政策 (後述) を採る理由の一つだとも推測できる。

 4.2009年上半期は史上空前の金融緩和期に

  ここ数ヶ月最も注視されてきたのは金融貸出とマネーサプライの爆発的な伸びだ。金融貸出は第1四半期だけで4兆5800億元の増、「通年で5兆元以上の伸び」 とされた年初目標をほぼ達成してしまった。4、5月はやや落ち着いたが、6月は再び1兆5300億元と1Q並みの増勢を示して今年上半期だけで7兆4000億元近い増、通年では10兆元を超える公算大と言われている。マネーサプライ (M2) も同様の動きで、6月末で対前年同期比28.5%増、「鄧小平の南巡講話 (1992年) 直後に匹敵する伸びだ」 と言われている。
  4兆元公共投資のための資金調達は一巡しつつあり、貸出競争は民間企業にも及び始めたが、経済情勢は依然活気に乏しく優良プロジェクトは限られているから、貸出増の傍らで企業預金が増加 (6月単月の貸出増は1兆3500億元、預金増は2兆元)、融資のカネが実体経済になかなか浸透せず、株や不動産の投機に流用されているとの噂も絶えない。
  過去数ヶ月、当局がこの増勢を抑える兆しが見えなかったせいで、公式標語である 「適度に緩やかな金融政策」 とは裏腹な 「史上稀に見る拡張的金融政策」 だと憂慮する声が高まっていた。

 5.資産バブル蠢動

  今回コメントすべき最大のポイントはその金融政策にようやく変化の兆しが出てきたことだ。資産バブルが蠢動し始めたことが原因だ。株価は今週末で3190近く、昨秋の底値から既に91%上昇、PERも底値の頃の14から27まで倍近く上昇してきた (いずれも上海A株総合)。


  マクロ引き締め以来不振を囲ってきた住宅不動産も3月を境に様相が一変した。1Qには8.7%増だった住宅販売面積が2Qには33.4%と激増した (東部沿海地方では50%増が当たり前、北京は142%増を記録)。これにつれて下落していた販売価格も反騰、北京、上海、深セン等の都市では30%以上の上昇が言われている。その背景として政府の減税措置の効果とか結婚、出産等を控えて固い需要 (「剛性需給」) を持ちながら1年以上買い控えてきた消費者が 「いまが底値」 と見て一斉に買いに出た結果という側面もあるが、業界関係者は春以降 「投機買い」 が顕著になったと述べている。「厳冬から一気に夏が来た・・・」 春先には 「抱え込んで途方に暮れていた在庫をやっと減らせる」 くらいに見ていた不動産デベロッパーも2Qの需要急復活を見て俄然元気を取り戻し、土地の高値入札競争が復活した。その背景にはもちろんジャブジャブ金融政策と資本金比率引き下げ措置 (既報) という政府の救済策がある。

  ジャブジャブを放任してきた当局の心中には3つの慮りがあったように思う。第一は言うまでもなく4兆元対策による巨大な資金需要の調達円滑化、第二は前述のとおりデフレ深刻化への懸念、そして第三は 「消費 (住宅不動産を含む) を振興しないと景気が腰折れする」 という不安感だ。金融当局が意識的に 「資産効果」 (資産価格上昇による消費拡大効果) を狙ったとは言わないが、この繋がりがあるが故に当局がいっとき引き締めを躊躇った可能性はある。
  実体経済改善の裏付けを欠く株価の急騰は危険、まして住宅価格の高騰は家を買えない庶民の不満を高めてしまう。物価が安定しているからといって資産価格高騰を見逃せばグリーンスパンの二の舞になる。また、中国が金融の量的緩和策を敢行する米国にドル防衛の責任ある態度 (早期の “exit”) を求めるなら、自らもお膝元をしっかりすべきではないかと思っていたが、資産価格急騰がはっきりしてきたせいでようやく当局も動き出した。

 6.外貨準備が再増加に転じる?

  金融政策微調整にはホットマネーの動静も関係しているように見える。昨年末、それまで増加の一途だった外貨準備が減少に転じた。二つの理由が言われている。ドル以外の外貨の急落に伴う差損と海外から持ち込まれた資金のリパトリ (持ち出し送金) だ。後者の背景には世界金融危機に伴う金融機関や投資家の体力低下があった。
  今年1Qも貿易黒字と外国投資の減少がリードして、外貨準備の増勢は過去に比べて目立って落ちた。これは二つの意味でグッド・ニュースだった。つい最近まで、膨張を続ける外貨準備は将来中国が被る為替差損を拡大させるだけでなく、ドル買い介入 (=人民元放出) → ハイパワードマネー増加 → インフレの火種を蒔く点からも経済運営の大きな頭痛の種だったからだ。
  しかし、外貨準備の増勢が落ちたのは1Qまで。2Qから再び増加傾向が戻ってきた。理由は昨秋の反対、ドル以外の外貨のレート恢復に伴う差益、そして海外からの資金流入のカムバックだ。2Qの外貨準備増加額は合計1779億ドル、とくに5月は単月で806億ドルと2008年のピークを上回る激増ぶりだった。

  2Qの外貨準備増加額1779億ドルのうち560億ドルは貿易黒字と外国投資で、400億ドル前後はレート変動に伴う差益で説明できるが、残る800億ドル前後はホットマネーを含む資金流入ではないかと見られている。もちろん世界の至る所で講じられているジャブジャブ金融政策と金融機関・投資家の体力 (リスク許容力) 恢復が資金流入復活の一つの背景だが、もう一つの背景は上述した中国のジャブジャブ金融政策だ。当局がこれを放任する姿勢なのを見て、海外でも株や不動産など中国資産の先高 (バブル) 期待が高まったのだ。

 7.金融政策に 「微調整」 の兆し

  6月半ばから中央指導者が一斉に各地に飛んで経済状況の視察・点検を行ったのに続き、今月初めから上半期統計が出揃った今週にかけて政策調整のための会議が集中開催されたようだ。ちょうど1年前、一辺倒な過熱防止政策を 「物価・景気両にらみ」 に転換し始めたのと同じ時期だ。政府部内の会議の様子は知り得ないが経済官庁副部長級を召集して開かれた15日の全人大財経委員会の模様が幾つか報道されている。
  話し合われた事項は金融政策に止まらないが、経済観察報は18日付け報道 「6部委が半期の経済を報告、下期の金融緩和は 『ほどほど』 に」 で、人民銀行代表が 「目下の株価・住宅価格の急騰は不正常だ」 と述べたほか、他の官庁もインフレ期待への懸念を表明したと述べている。新華社報道 (16日付け) は 「当局発表」 調だが、「委員たちは常規を超えた貸出の伸びがインフレや金融のリスクを引き起こすことを防ぎ、貸出のテンポと規模を合理的にコントロールし、マネーサプライの適度な伸びを誘導すべきだ」 と述べたと報道している。いずれも 「積極財政政策と適度に緩やかな貨幣政策を確固不動として継続実施しなければならない」 としてきたこれまでの政策ラインとは異なる言い方だ。

 8.「微調整」 は上手くいくか

  今後の金融政策は3点に集約できそうだ。第一はこれまでの 「適度に緩やかな金融政策」 は総体として維持する (利上げのような明白な 「引き締め」 舵は切らない)、第二は売りオペなど公開市場操作により過度の流動性を回収する、第三は違法融資はもとより、資産投機に向かうカネの流れを抑制するほか、リスクコントロール面から見て問題のある取引も抑制するなど個別の手当をしていくことだ。
  第二、第三の措置は先週までの中央の政策点検を待つことなく既に実行されている。今月8日には人民銀行が7ヶ月ぶりに期間1年というかなり長期の手形 (「票据」) を発行して売りオペを行った。金額は500億元だったがマーケットに 「流動性回収」 という当局意向を知らしめる上で象徴的な効果があった。日常行われている短期の公開市場操作でも上半期は資金放出・金利低め誘導基調だったのが、7月からは市場金利を気持ち高め誘導する意図を感じさせる操作に変わったと言われている。
  追加で注釈:市場操作の現状を端的に示す資料があることを忘れていた。後掲ブログ「梶ピエールの備忘録」が上海インターバンク市場の金利が7月1日以降0.4%以上上昇していることを示すグラフを提供してくれているので、ご参照ありたい。(7月20日追記)

  第三の措置は銀監会中心に最近次々と打ち出されている。信託のような金融商品で集めた金を株のセカンダリ市場で運用することが禁じられた。住宅ローンの運用も投機的購買を抑制すべく厳格化された。銀行支店が成績を挙げるために期末に行う 「突撃貸出」 を抑止するための貸出チェックの措置も講じられた。さらに、インフラ投資を行う地方政府系国有企業が発行する企業債を購入して信託類似の金融商品に組む商法も厳格チェックされることになった。この商法は4兆元対策登場以降、カネのない地方政府向けの資金調達手段として金融界に急速に拡がった商法だが、起債した国有企業は資金を 「資本金」 にしてインフラ投資を行う。何のことはない、懐妊期間の長いインフラに超 「ハイレバ」 で投資しているのと同じ、償還の担保は将来の土地売却益・・・ 4兆元対策のかけ声の下とはいえ、地方政府にこんな投資を許していたら将来の不良債権増加は約束されたも同然・・・ ということで銀鑑会が成敗に乗り出した。
(※このあたりの事情はクォリティ経済誌 「財経」 が執拗に取材している。筆者も常々参考にさせてもらっているブログ 「舵ピエールの備忘録」 がその記事を詳細に紹介されている)

  では、この 「微調整」 は上手くいくか。カギは二つあると思う。第一は言うまでもなく今後の景気の先行きだ。今回の微調整が可能になった背景には言うまでもなく 「保8」 公約達成の見通しがついてきたことがある。W字式に景気が二番底に向かうようなことがなければ流動性回収に大きな障害は生まれないかもしれない。第二は世論や特定業界からの圧力だ。株式市場が大衆資金を呑み込んだ結果、株価に影響するような措置には世論からも強い批判・掣肘が加えられる。住宅価格高騰は逆に世論の批判の的になるが、こちらには不動産業界 (加えて土地を高く売りたい地方政府) という強力な圧力団体が控えている。
  ほかにも、とくに1Qに大量放出された手形貸付の期限到来が控えており、この資金を一部は実体経済に浸透させ、一部は流動性として回収しないといけないという執行上の難題も控えている。
  人民銀行は公開市場操作における入札金利を指標として微調整を行っていくだろうが、バブルによる期待収益が急激に上昇すれば、市場操作などという小手先では対応できず、利上げという強硬手段が必要になる。しかし、年内はもとより来年前半まで当局が国務院から利上げ実行を認めてもらえる余地は乏しいというのは識者の一致した見方だ。総体として、微調整が上手くいくかどうかは未だ予断を許さないというのが筆者の印象だ。
平成21年7月19日 記

追記
  上述した全人大財経委員会の審議では、金融政策以外に今後下期の経済運営全般が取り上げられたようだ。この中で印象的な議論が二つあった。一つは成長がほどほど戻ってきたところで、改めて政府投資頼みの政策には限界があり、消費を拡大しないといけないことが浮き彫りにされ、しかしそのためには国民の収入を上げる途を捜すべきだという議論がされていることだ。不況期に賃上げという訳にはいかないが、労働分配といった構造改革措置が依然政府の水面下で議論されていることを示唆している。先日実施されたIPO企業の株発行益を社会保障財源に充当する新政策も広い意味ではこういう認識の延長線上に位置するものと言える。
  第二は今次経済対策のスローガンである 「成長維持と構造改革」 (保成長・調結構) のうち、後者の 「構造改革」 が依然不十分だという強い認識だ。ただ、日本と同様、「構造改革」 は内容が多義的で、何に重点を置くかでずいぶんと違った立場を体現する。
  例えば 「レベルの低いエネルギー浪費型産業を淘汰する」 とか 「ハイテク技術開発・技術改造」 とかは政府お定まりの 「構造改革」 テーマだが、そうやって政府が過剰設備廃棄にミクロ介入するかぎり 「過当競争」 は永遠に続くだろう (周其仁教授 「ミクロコントロールは願い下げ」 参照)・・・ 「次のハイテクのテーマはクラウド・コンピューティング」 だとか政府が旗を振ればまた過剰投資が起きるだけだろう・・・
  そういう批判のある 「構造改革」 もある一方で、内需転換・三次産業振興・経済民営化のために、大国有企業が独占しているサービス分野を民間開放すべしという 「構造改革」 論もある。昨日周小川人民銀行長がある席で 「政府は今後民間投資への制限を緩和していくだろう」 と述べたとの報道がネットに載った (新華社18日付け)。こちらはまことに正しい認識だ。時代と気分は日本で言えば国鉄・電電民営化の1980年代前半か。近い将来、そんな新政策の発表もあるのだろうか・・・




 

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