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ブログ 津上俊哉
人民解放軍の 「国軍」 化問題を考える

ツィッターで思いついたことを書きます。ちなみに、日本時間明朝にはオバマ・ダライラマ会見が報道されます。春節休みも終盤、いよいよ中米関係緊張の幕開けです。


人民解放軍の 「国軍」 化問題を考える



  ツィッター上で人民解放軍の 「国軍」 化問題を論ずる人がいた。北京で当局の監視と圧力にめげずに頑張った元某紙北京特派員の女性だ。この人によると、中国当局が駐在外国人記者に書いてほしくない3大テーマは、民族問題 (チベット・ウイグル) 報道、中央指導者の名指し批判、解放軍の 「国軍」 化問題なのだという。「最初の2つは理解できるが、3つめはピンと来ない..」 というのがこの人の感想だった。「実態的には既に国軍化しているのではないか?」 と。

  共産党が解放軍を 「指導する」 伝統

  「国軍」 でないとはどういうことか・・よく 「人民解放軍は中国共産党の軍隊だ」 と言われる。しかし、共産党が軍隊を養っている訳ではない (国防予算は党費でなく国の予算で賄われている)。厳密に言えば、中国共産党が軍を指導するという点が 「国軍」 ではないとされている所以だ (後掲注)。
  かつて 「政権は銃身から生まれる (槍桿子里面出政権)」 と言った毛沢東 (1945年-1976年)に始まり、華国鋒 (1976年-1981年)、鄧小平 (1981年-1989年)、江沢民 (1989年-2004年)、そしていまの胡錦濤 (2004年-)に至るまで、中国歴代トップは中央軍事委員会主席として軍権をも掌握してきた (上記( )内の時期は各指導者が中央軍事委主任だった時期)。解放軍を掌握することは政権安定の必須要素とされ続けている。
  しかし、よくよく考えてみると、「軍権の掌握が政権安定に必須だ」 としても、「だから解放軍は共産党の指導に服従しなければならない」 という必然はない。仮に政府の指導者と共産党の指導者が2頭建てで中国を治めるのなら、軍権がどちらに帰属するかはたいへんに機微な問題になるが、政府も共産党も中国のトップはただ一人だ。いまの胡錦濤主席が2002年に国家主席に就任して後2年間は江沢民前主席が中央軍事委員会主席であり続けたように、政権移行の過程で、まだ 「独り立ち」 していないトップという状態が過渡的にあるだけだ。それにも関わらず、中国当局が解放軍の 「国軍」 化問題をことのほか機微で報道されたくない問題だとするのは何故なのか。

  共産党が 「党の指導」 にこだわる本当の理由は何か?

  ところで、共産党は本当に解放軍の 「国軍」 化を否定しているのだろうか。探してみると、たしかにそうだ。
  共産党が軍隊を絶対的に指導する原則は、党の軍隊に対する最高政治要求であり、人民軍隊の生存の根本、建設の根本、発展の根本であり、いかなる時期、いかなる情況下でも動揺があってはならない。この重大な政治問題において、全軍部隊の認識は非常に統一され、態度は非常に堅く、行動は非常に自覚的で、揺るぎなくこの旗を高く掲げ、指揮に服従し、揺るぎなく党の路線方針と中央軍事委の政策・指示を執行し、揺るぎなく党中央と高度の一致を保ち、各種の複雑な闘争と環境の試練に耐えなければならない。・・・
  しかし、同時に我々は西側敵対勢力が我が方にしかける 「西洋」 化、分裂化の政治陰謀を注視する必要がある。彼らは一貫して軍隊を彼らの浸透作戦の重点とし、軍隊の 『非党化』、『非政治化』 を懸命に鼓吹し、我が軍の性質を改変しようと企み、我が軍を党の指導から離脱させようとしている。我々はこれを必ず決然と阻止しなければならない。
「党章を深く学習、貫徹し、軍隊党の建設を進めよ」 中央軍委委員、総政治部主任 李継耐 (09年9月「求是」理論ネットより。原文は2006年発表)

  なるほど「国軍」 化は西側がしかける政治的陰謀だと位置づけて、警戒を呼びかけている訳だ。
  しかし、それでも筆者はいまひとつピンと来ない。国家指導者層の中でも路線対立があり、トップの解任・失脚などという出来事が一再ならず起きた1980年代までの中国ならいざ知らず、いまの中国政体はずいぶん 「安定」 してきた。それにも関わらず、共産党が軍の実権掌握にかくもこだわり、『非政治化』 にかくも反発するのは何故か。
  いま中央政府各部門では高学歴化がますます進み、単なる 「学卒」 では就職することすらままならない。留学経験もますます一般化し、専門化、知識化のレベルは上昇する一方だ。解放軍だって例外ではない。ふつう国民の前に姿を現す機会の少ない軍人が大量にメディアに露出した事例として四川大地震などの災害復旧があった。そのときに人命救助や部隊投入の状況説明のために現れた中堅クラスの軍人は垢抜けて知性を感じさせるエリートだった (弊ブログ「四川地震遭難者への黙祷 (フォローアップ)」参照)。そんな professional なエリート軍人たちに、やれ共産党の文件や指導者の政治講話を「学習」せよとは、いかにも 「時代遅れ」 ではないのか。

  軍テクノクラートは 「党の指導」 に意義を見出せない?

  以下はそこまで考えて、ふと思いついた筆者の仮説だ。共産党が 「国軍」 化を懸念し、否定に躍起になるのは、軍内部に 「西側思想」 や 「民主化勢力」 が浸透したからでもなければ、邪教に染まった者がいるからでもない。まさに他の政府機関と同様、解放軍でも専門化、高度化がどんどん進む結果、共産党による 「外部ガバナンス」 が働かなくなりつつあるからではないかと。
  弊ブログの先日のポスト「官の官による官のための経済」 批判の中で、「朱熔基氏が総理を務めていた10年くらい前までは一人のエコノミスト、一つのシンクタンクが上げた政策建議がそのまま国務院の政策になることがよくあった。・・・しかし、最近の中国は政府も企業もはるかに専門化・官僚組織化が進み、一個人や一研究組織が担当省庁の頭越しに政策を左右できる時代ではなくなっている」 と書いた。
  権限、予算、情報が集積した政府省庁は非常に autonomous (自治的、自律的) になる。日本でも霞ヶ関の中央官庁は、かつて権限や予算に加えて知識・情報の圧倒的な集積を誇り、「最強のシンクタンク」 と言われた。一流官庁ほど 「外野」 が所管行政に容喙することを許さなかった。二流官庁は与党政治家の容喙を許したが、今度はそこに 「技官」 と 「族議員」 の固い結束が生まれて公共事業の配分を壟断、やはり 「外野」 の容喙を許さなかった。
  専門化、官僚組織化は人民解放軍においても進んでいるはずだ。用兵、装備、編制、兵站、予算、軍事情勢分析・・・「素人さんにレクチャーするたって限度あるよね..」 至る所で進む専門化、高度化に、共産党はどこまで実効的な管理を及ぼせるのか。
  そして管理する側とされる側の組織の緊張が最も高まりやすいのが人事だと思う。内部での能力評価、人望といったものとは異なる基準で将官人事が決まる、更にはそういう様を見て 「外」 の人事権者の意を迎えようとする (出世主義に染まる) 上官が出てくる・・・そういう光景を目にすると組織内部のアパシーが高まらないか。解放軍の若きテクノクラート達は金科玉条の如く繰り返される 「党の指導への服従」 に積極的な意味を見出せないのではないだろうか。

  「国軍」 化は海外にとって幸せか?

  筆者は 「国軍」 化問題は、権力闘争だ何だというステレオタイプ式 「中共」 観に基づいて理解するより、以上のようにテクノクラートで構成される autonomous な組織に対するガバナンス問題として理解する方がずっとすっきりすると感じる。総政治部主任の上記論考が主張するような 「西側の」 策謀についても、それが軍部で支持・共感されるはずもない。これは 「国軍」 化の思潮を牽制するために、便宜貼り付けた悪玉レッテルに過ぎない。
  しかし、以上の仮説が正しいとすれば、その帰するところは深刻だ。仮に「国軍」 化とは、より autonomous な人民解放軍を意味すると仮定すると、その帰結はより早くより多くの空母や攻撃型潜水艦を建造することであり、サイバーアタックやミサイル迎撃でも米国に負けない能力を獲得することであり、周辺国と争議のある海域でもより強硬な行動に出ることではないのか。これまで 「西側」 は中国がもっと普通の国に近づくことが望ましいと考えて 「党の軍隊」 を批判し 「国軍」 化を推奨してきた面があるが、話はそう簡単ではない。
  「中国通」 の中で半ば常識と化している予測の一つに 「中国は民主化すればするほど反日になるだろう」 というのがある。過去数年間でも胡錦濤主席の明確な「日本重視」の態度表明がなければ、日中関係はここまで恢復してこなかったという場面が数度にわたって観察された。つまり、我々は抑圧装置としての 「中共」 から、実は恩恵を被っているという皮肉な現実だ。同じ皮肉が 「国軍」 化問題にも存在するのではないか。
  しかし、同時に見てとる必要があることは、共産党の躍起の 「説教」 にも関わらず、上記の意味での 「国軍」 化、したがって共産党による外部ガバナンスの形骸化は不可逆な趨勢として今後も進行するだろうという現実だ。
  中国は台頭するにつれて、その内実も大きく変化しつつある。外界にいる我々は、もっと中国の変化に目を凝らし、耳を澄まさなければならない。
平成22年2月18日 記 22日に一部書き直しました。


注:筆者は軍事に詳しくないが、本稿を書くに当たって少し勉強した結果を下に記す。共産党による解放軍の指導を最も明確に表現するのは共産党章だ。 「中国共産党は人民解放軍及び其の他の人民武装力量の指導 (「領導」) を堅持し、人民解放軍の建設を進め,人民解放軍が国防を固め、祖国を守り、及び社会主義現代化建設に参加する中での作用を十分発揮させる。」 ほかに法律では国防法 (後掲) 19条が 「中華人民共和国の武装力量は中国共産党の指導 (「領導」)を受ける」 と規定している。
  これに対して、憲法第93条は 「中華人民共和国中央軍事委員会は全国武装力量を指導する」 と定めている。ここでいう 「中央軍事委員会」 とは党の組織か、政府の組織か? ここでは政府の中央軍事委員会を指す。どうも、党と政府にそれぞれ 「中央軍事委員会」 があるが、実態は同一組織の二枚看板だというのが正解らしい。党中央軍事委員は党中央委員会で選任される (党章) のに対して、国家中央軍事委員は全人大が主席を選挙で選び、主席の指名に基づきその他委員を選任する (憲法62条6項)。実態は全人大が党の選任を追認するのだろう。
  今回にわか勉強した中で最も興味深かったのは1997年に公布された 「国防法」 だ。その第二章 「国家機構の国防職権」 には次の定めがある。
  戦争状態の決定や動員令に関する決定権は全人大にある (10条2項)。この決定に基づき宣戦布告や動員令を発布するのは国家主席である(11条)。12条と13条には国務院 (国防部) と (国家) 中央軍事委員会の職権が定められているが、国防建設発展計画の策定と国防経費・資産の管理は国務院の権限とされ、中央軍事委員会は軍事戦略と作戦の決定、軍事法規や命令の制定、軍の編制、軍人の任免、装備体制の決定等の権限を有する。なにやら戦前の陸軍・海軍省vs参謀本部・軍令部を想起させるところもある。




 

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