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ブログ 津上俊哉
May 4th, 2012
陳光誠氏の出国事件で考えた別のこと ( 津上のブログ )
陳光誠氏の出国事件で考えた別のこと
不合理な地方財政制度が生む問題


  この連休中、陳光誠氏の事件が米中両国政府間の大懸案となって、世界中のメディアを賑わわせている。今日4日現在、彼と家族が無事に中国を出国できるか?が注目の的になっているが、本稿ではこの 「本題」 から離れて、彼が山東省の自宅から単身脱出に成功した後、youtube に投稿した温家宝総理宛のビデオレターで訴えた、ある問題について書きたい。

  このビデオレターは、北京在住のフリーランスライター、ふるまいよしこさんが Newsweek 日本語版ウェブ上のコラム 「中国 風見鶏便り」 (「盲目の活動家、陳光誠氏の訴え」) で披露してくれた全訳で読んだ。語るも涙の訴えの中で、とくに以下のくだりが目を惹いた。

  「安定維持」 経費を巡る腐敗の構造

  昨年8月、彼ら (陳氏を監視・軟禁した地元の幹部) はわたしに文化大革命式の批判を行った時、こう言いました。

  「お前は(以前YouTubeに発表した)ビデオで(一家の監視に)3000万人民元が使われたと言ったが、あれは08年の数字だ。今では2、3000万なんてもんじゃない。あれには北京の、上の政府関係者に贈られた賄賂は入ってないんだよ! できるもんならネットでしゃべってみろってんだ!」

  その話のほかに、別の連中は 「おれらなんかたいした金はもらってない。上が全部食い尽くしてんだ」 と言っていました。確かにこれは彼らにとって金もうけの良いチャンスなのです。わたしが知るところによると、郷でお金が差し引かれて組長の懐に入るのです。一人あたり1日100元で人 (注:監視担当者) を雇うことになっていますが、組長は雇った人間に 「1日100元の賃金だが、90元だけやる。10元はおれのもの」 と言っています。

  現地の労働賃金は1日5、60元で、またこの仕事は大して力を使うでもない労働だし安全だし、1日3食付いているから皆がやりたがる。90元に減らされたってやりたがるのです。しかし1チーム20人あまりを雇えば、組長には1日200元あまりの収入となる。ものすごい腐敗です! (中略)

  わたしの知るところによると、この 「安定維持」 経費は彼らが一度話してくれたのですが、県が郷に1回数百万を分配できるようになっているそうです。「おれたちにはほとんど入ってこない。上が全部もっていくからおれたちがもらえるのはお涙程度」 と言っていました。この腐敗はどんなに根が深いことか。金や権力がどれほど乱用されているか。

  このため、このような腐敗行為に対して温総理に調査と処理をお願いしたい。我われ一般市民が納めた税金が、このように無駄に地方の違法な幹部に渡り、人を迫害することに使われるなど、我われの党のイメージを損ねさせていはいけません。このような明るみにできないことをやっているとき、彼らは党の旗を振りながら、党が命じてやらせていると言っているのですよ!

  陳氏の訴え (陳氏が地元の幹部から聞かされた話) がすべて真実なのかどうか、は分からない。しかし、ここで言われている 「安定維持」 (中国語では 「維穏」) 経費が上級政府の公安系統から陳氏の自宅のある農村まで下付されている実態は、金額の正確さは別として事実であろう。

  そのことで改めて、中国の地方財政制度が抱える問題の根深さを考えた。

  「分税制」 改革で干上がってしまった末端地方財政

  事は94年に断行された 「分税制改革」 に遡る。この改革は、一言で言えば市場経済への移行期に深刻な財政難 (徴税は未発達、国有企業は不振) に陥った中央財政を救うため、地方財政から財源 (税目) を逆譲与するものだった。

  改革は、その後の経済成長と徴税行政の改善により劇的な成功を収めた。税収は飛躍的伸びを記録、中央財政はみるみる財力をつけ、その後の中国台頭と制度改革に潤沢な資金を提供した。


  実際には、中央財政は収入の7割前後を補助金や還付の形で地方政府にバックするので、支出ベースで見ると、中央 (直轄) 対地方の比率は1:6くらいになるのだが、その 「補助金構造」 がいまの中国の 「中央集権化」 を加速している。

  中央財政力の強化の裏側では、地方財政が相対的に窮乏化した。とくに、分税制改革自身は、中央と 「省」 級政府間の税源移譲を定めただけで、省以下の各級地方財政間の取り分については各省に委ねたのだが、結果として省政府が 「中央に倣え」 式に基層 (県、郷鎮、村などの末端) の地方政府から財源を吸い上げる現象が起きた。

  この結果、医療・教育・福祉など住民向けの公共サービスの担い手である基層政府の財政が困窮化し、公共サービスの給付水準が下がり、住民負担が増大したことが後に幾多の社会問題を生んだ。(本問題にご関心のある方は、経済産業研究所時代に書いた拙稿 「中国地方財政制度の現状と問題点 近時の変化を中心に」(pdf) を参照してほしい。)

  近年、中国の地方政府が土地払い下げ収入 (出譲金) を重要な財源とし、その収入動機から地価高騰を煽ったのは事実である。しかし、地方政府にすれば、「分税制」 改革がきっかけで財源を上級に吸い上げられたので、そうするしかなかったという事情もある。

  市・県・鎮あたりは土地収入があったからまだマシ、いちばん悲惨なのは土地収入も入らない僻地の 「村」 で、とくに2006年の農業税廃止 (「農民人頭税」 みたいなもの。廃止は胡・温政権の 「善政」 と称えられたけど) 以降は、いよいよ財源が枯渇した。このレベルの 「党・政幹部」 だけで、実に650万人くらい (!) いるらしい。彼らはご飯を食べるために、どうしているのか。

  治安維持が 「メシの種」?

  今回の陳氏の訴えは、「治安維持」 のため、陳氏のような 「不穏分子」 を監視・拘束・軟禁するために上級から下付される 「維穏」 資金が、末端の 「党・政幹部」 の 「メシの種」 になっていることを強く示唆している。

  今年3月の全人大で行われた財政部長の報告で、2012年の 「公共安全」 予算は7017億6300万元 (約9兆1200億円) とされ、国防予算の6702億7400万元 (約8兆7100億円) を上回った。さっき述べたように、そのあらかたは地方政府で支出される。陳氏が述べたように、各上級組織で次々ピンハネされて、氏をいじめた村の人間に手許には90元/人・日しか来ないとしても、広い中国で足し上げていけば、そういう経費を含む 「公共安全」 予算が国防予算を上回っても怪しむに足りない。

  「自分たちの生活がかかっている」 となれば、末端の党・政幹部は 「ノルマ」 を設けるだろう。「村の決定に不満で、上級政府に直訴しようとしたり、マスコミ記者に接触しようとしている陳某を 「不穏分子」 として上級政府に申告し、監視・軟禁経費として毎月ウン万元を申請しろ」 式に。本末転倒の 「不穏分子」 探しが起こることは想像に難くない。

  もう一つの 「メシの種」、一人っ子政策

  財源が干上がった末端の行政組織ではどうやってメシを食っているのか?この問題に最初に関心を持ったのは、「一人っ子政策」 が末端行政機構の 「メシの種」 になっていることを窺わせる記事を読んだときだ (拙ブログ 「ベビー・ロンダリングの話」 参照)。これは 「新世紀」 誌が報じたスキャンダルで、貧しい農民に対して、ときに1万元以上を払えと強要し、払えない農民から子供を取り上げて、孤児院 (「福利院」 という) 経由で、養子を求める海外に 「売っていた」 という話だ。

  そこまで酷くなくても、農村で役人が 「一人っ子政策」 違反の罰金 (「社会撫養費」 という) を農民から厳しく取り立てる話は、中国で広く聞かれる。「熱心」な村では、「超生 (二人目を産む)」 の罰金はおろか、妊娠状況の定期検査を受診していない、既に子供を産んだ女性が卵管結紮手術を受けていない等々、ありとあらゆる口実で罰金を強制的に取り立てるという。それが村の党・行政組織のメシの種になっているのだから、頷ける成り行きだ。

  末端の党・政幹部は、ここでも 「ノルマ」 を設けるだろう。「今月は一人っ子の罰金をウン万元取り立てろ」 式に。それがどれほど人権侵害等の害悪を生むかも、言うまでもない。

  地方財政改革 (「分税制2.0」) が必要

  筆者がここで取り上げたいことは、中国の末端役人が如何に 「トンデモ」 か、ではない。むしろ、中国でまかり通るこれらの非人道的、不道理には、「なるほどねぇ…」 という理由、構造があることを言いたいのである。日本でも戦前・戦中の 「暗い時代」、カネに釣られて、ではないにしても、行政や社会に設けられたインセンティブ制度によって非人道的な行為が行われた例はいろいろある。人間は同じような環境に置かれたら、同じようなことをやりかねない存在である。

  こういう不道理を撲滅するために、いま必要なことは、中央と地方 (とくに基層 (末端)) の間の財源再調整 (分税制2.0) だ。それなしに、党中央がいくら 「党員の心構え」 を説教しても無駄である。

  それも末端役人の 「メシの種」 を満足する程度ではなく、分税制の陰で低下してしまった公共サービス (住民への医療・教育・住宅・就業・養老等) を恢復する程度に、かつ、それを上級政府が恩恵的、恣意的に下付する補助金の形ではなく、末端行政組織に、いわば権利として保障される財源になるような形に再調整すべきだ。

  こうしたことは、中国が昔のまま 「カネのない国」 であれば、望めど果たせぬ夢、だが、いま中国で取り立てられている税金は、中央・地方合わせると、日本の1.5倍に及ぶ。日本よりGDP比で5割近く税金が取れるお国柄になっているのだ。そういう改革を実行してこそ 「和諧社会」 というものだろう。

  しかし、日本だって、中央が地方を補助金で支配する構造の改革が永く叫ばれているのに、一向に進展しない。まして、中国の改革の困難さは容易に想像できる。中央と地方を巡る巨大な既得権益を相手にした闘いになる。この難しい改革に手を付けられるか、秋に登場する習近平氏の新政権の前には、こういう難題も待ちかまえている。
平成24年5月4日 記

April 28th, 2012
もう一つの 「官僚たちの夏」 ( 津上のブログ )
もう一つの 「官僚たちの夏」



  小説 「官僚たちの夏」 (城山三郎著 新潮社刊) は1975年に出版されたが、「国家を熱く語り合い、産業振興に邁進する役人」 の姿は、いまも日本人の郷愁を誘うらしく、昨夏には改めてTBSでドラマ化された。「坂の上の雲−戦後経済版」 とも言える。かく言う筆者も大学時代にこの本に魅了されて通産省に入った、ところがある。

  しかし、役所で仕事をし勉強もしていくと、本書で描かれた 「特振法」 的な産業政策に疑問を覚えることが多くなった。もちろん、1950年代と1980年代という時代の違いがあるが、それだけではない。根底にあるのは 「市場経済」 というものをどう捉えるかという 「経済」 観の違いである。

  「官主導の産業政策」 は上手くいかない

  「市場は失敗する」、「官」 の指導があれば、経済はもっと良くなると見るのが官主導の産業政策肯定派、これに対して、いやいや産業・経済の運行の瞬間、瞬間を観察すれば、「官の介入」 が欲しくなる場面はあるだろうが、「官の介入」 を制度化、常態化することによる弊害は 「市場の失敗」 を上回る、と見るのが市場経済肯定派と言えるのではないか。筆者は後者に立つ。チャーチルは 「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」 と言ったそうだが、「市場経済」 もなにやら似ている。

  「産業政策」 にも強弱、硬軟いろいろあるが、「官主導の産業政策」 は上手くいかないと思う理由は、大きく3つある。

  第一は 「官の介入」 は 「平等性」 「公平性」 を求められるので、「効率」 を犠牲にしがち、ということだ。政治的に重要な産業ほどそうなる。例えば、設備投資を許可制にすると、業績が伸びている優良企業A社に許可を出し、落ち目のB社には出さない、という 「不公平」 が正当化しにくい。平たく言えば、役人はそこで文句を言うb社長に 「それはあなたよりもa社長の方が経営の才覚があるからですよ」 とはなかなか言えない。よって、役所がこの種の 「枠」 配分をするときは、たいてい現在の設備や生産量に応じた 「プロラタ」 (“Pro Rata”、比例按分) をやることになる。でも、それでは 「官の介入」 が不効率を経済に不断に埋め込む作用を果たすことにならないか?

  もちろん、経済を 「優勝劣敗」 「市場の淘汰」 一辺倒で運営すれば、猛々しい資本主義が横行し、非人間的きわまりない社会が出現するから、市場の失敗を是正・補完する 「官の介入」 は不可欠だ。社会保障制度や反独占政策は代表例である。しかし、それは 「官主導」 とは別物の、補完的、控えめな 「介入」 である。

  「官主導の産業政策」 は上手くいかないと思う第二の理由は、「官の介入」 が許認可や慣行化した行政指導によって 「制度化」 されると、企業は 「官の出方」 を先読みして裏をかく行動に出るようになるからである。設備過剰による 「過当競争」 を是正するため、政府が投資抑制に乗り出す、といった場合が好例である。過当競争が深刻化し始めると、抑制措置の前に 「駆け込み競争」 を誘発してしまい、過当競争はいよいよ激化してしまう。80年代に大店法に基づいて行われた大型小売店の出店抑制などは、その典型だった。

  第三の理由は、「官の介入」 が制度化されると、役所は 「権限」 「権益」 の維持それ自体を目的として行動するようになり、手段だったはずの 「介入」 が本末転倒を引き起こすということである。これについては多言を要しまい。

  「通商派」 官僚の証言

  「官僚たちの夏」 とは対照的な一冊として 「戦後産業史への証言(一)」 (1977年 毎日新聞社刊) がある。何時、どういうきっかけで本書を読んだのか記憶が定かでないのだが、そこに収められた今井善衛元通産次官の言葉は、筆者に鮮烈な印象を遺した (「自由化の推進」149頁〜)。


  今井は 「官僚たちの夏」 に 「玉木」 という仮名で登場する 「通商派」 である。戦中・戦後の統制経済をやった経験から 「官の経済介入は上手くいかない」 という信念を持ち、かつ、戦後の世界経済がIMF/GATT中心の 「自由貿易体制」 に向かうことを早くから見据えて、「風越」 (佐橋滋) ら 「民族派」 と一線を画した通産官僚である。本稿末尾に、同書から今井の言葉の 「みそ」 の部分を抜粋・引用してご参考に供する。

  冷たく言えば、昭和30年代の通産省 「民族派」 というのは、世界の趨勢が見えていない 「KY」 だった。「世界の趨勢」 というのは、第二次世界大戦前に起きた通貨切り下げ競争や保護貿易主義 (経済ブロック競争) が戦争を招いたという反省から、戦後IMFやGATT (WTOの前身) による 「戦後秩序」 が誕生していたことだ。戦争直後の混乱期は、特例として貿易制限 (関税よりもっと強烈な外貨割当による輸入制限が中心) が認められていたが、戦後10年を過ぎる頃から各国経済が復興し始め、IMF/GATTの本旨に従った「自由貿易」 体制が本格始動したということである。自由化はまず、貿易収支を理由とした輸入制限 (外貨制限) をしないこと (=IMF8条国の義務) から始まり、やがてGATTによる関税引き下げ (ラウンド交渉) やOECDを舞台とした資本自由化へと発展し、戦後世界経済の成長を助けた。

  「官僚たちの夏」 には、特振法のオルグに出かけた風越に向かって銀行界が極めて冷ややかな反応を示す場面が描かれている。同書では、部下に慕われる熱血漢だが傍若無人な風越と慇懃な銀行紳士たちの肌合いがまったく合わない風に描かれているが、それだけではないだろう。本稿末尾に引いた今井の回顧に登場する東銀の堀江薫雄 (や興銀の中山素平も登場する)、池田勇人総理らの眼には風越たち通産 「民族派」 が 「世界の趨勢を知らぬ時代遅れの田舎者」 に映っていたのではないか。

  民族派が世界の趨勢に暗かったことには理由がある。佐橋、今井らの世代は「資本主義=終末」 観が世界を風靡し、共産主義と国家社会主義が盛行した1930年代に役所に入り、「1940年体制」 (「国家総動員」 体制) 下で中堅となった世代だ。敗戦後、GHQは役所にはあまり手を付けなかったから、人と行政手法に強い連続性があったことは野口悠紀雄教授の言うとおりであり、筆者が役所に入った80年代になっても 「原課行政」 には 「1940年体制」 の残滓が残っていた。

  加えて、戦後日本は国内で喧々囂々の討議を経ずに、したがって十分な自覚や信念のないまま、 IMF/GATT体制に加入した、という経緯がある。当時はまだ 「占領」 が続いていたからである。1949年設立直後のGATTでは、GHQ係官が“on behalf of occupied Japan”としてオブザーバー発言した記録が残っている。IMF加盟申請は1951年、加盟はサンフランシスコ講和条約の1952年だ。GATT加盟申請は1952年、加盟は1955年だ。条約のことであるから、外務省は占領当時も参画していただろうが、通産省では、海外勤務で蒙を啓かれる経験をした極少数の人 (今井もその一人) しか意識していなかったのではないか。そう考えると、戦後に入省した 「若手」 多数が特振法を強く推進した理由も推察できる。

  「官僚たちの夏」 の著者城山三郎にもIMFやGATTは見えていない。それは海外経験として本書に登場するのが、風越の部下 「牧」 がフランス勤務で学んできた 「官民協調体制」 くらいしかないことで明らかだ。(但し、改めて本書を読み直してみると、城山三郎は風越と彼を慕う若手に、人間として強い共感を感じてはいるのだが、彼らの考え方と行動には一定の距離を置いていることが感じられた。)

  栄光の通産省をもたらしたもの

  けっきょく、その後の通産政策は世界の趨勢に従って、貿易自由化、資本自由化を進めていくことになる。「特振法」 にかけた民族派の願いは儚く潰えて、通産省が産業の保護・統制手段を次々と手放していった過程だった。

  もちろん、個別産業では 「特振法」 的要素も残存した。最も強力な色合いを遺したのは石油、航空機といった 「業法」 ができた分野だろう。通産省が最も強力に 「産業政策」 を推進したが、最も上手くいかなかった分野である (筆者はその両方を経験した)。中間に位置するのは電子産業、これはまあまあ成功した。いちばん発展したのは自動車産業。今井が述懐するように 「いちばん保守的で (初期の) 自由化に激しく抵抗した」 業種だが、実はその後、通産省の自動車産業政策には見るべきものがない。業界人は戦後の発展のきっかけとして、石油ショックや米国で導入された排ガス規制 (マスキー法) を挙げる。世代交代による忘却のなせる業もあるだろうが、こんにち 「政府のおかげで発展した」という意識は薄い。このように、「特振法」 的な産業政策は一部で採用されたが、その効果と影響力は限定的だった。

  総体として見たとき 「産業政策の成功」 と評価できるものがあるとすれば、今井が述懐したように、IMF/GATTといった 「世界の趨勢」 (外圧) を挙げて 「保護はやがて撤廃されるから、早いうちに覚悟と準備をしろ」 という 「指導」 を巧みに行い、それが企業や業界の成長に欠かせない正しい 「予見」 を与えたということであろうと思う。言ってみれば 「保護・統制の撤収戦」 が産業政策の精華だった、という皮肉な結末である。

  この過程で産業界は力を付けて、やがて 「世界一」 へと駆け上がっていく。筆者はある意味で、この時期の通産省が目先の権限縮小に抵抗せず、むしろ 「自由化」 に巧みに乗ったことが、後の通産省の栄光をもたらしたのではないかという気がする。結果的には 「通商派」 (市場派) が 「特振法」 後の主導権を取ったことが幸いしたということである。

  役所と官僚の 「人事考課」

  その功労を以て、通産省は 「一流官庁」 と見なされ、他省が羨む処遇 (豪華、多数の天下り先etc.) を得た。その過程は、担当部門の調整を上手くやり、業績に貢献した社員が会社の上級役員に出世する様に似ていなくもない。

  同じ喩えを用いるならば 「失われた20年」、この社員のパフォーマンスはどうだったであろうか。幹部に世界の趨勢を見据えた長期展望 (中国語で言う「遠見卓識」) の持ち主がどれだけ居たであろうか。おまけに90年代は、政治が官僚から奪権を図る動きが起きた (「遠見卓識」 で官僚を凌ぐというより 「バッシング」 頼みの奪権でしかなかったけれど)。

  筆者は90年代の後半をほぼ北京駐在で過ごした。赴任前には 「国家は我々が動かす」 という官僚の 「気負い」 が未だ遺っていたが、帰国してみたら 「私たちは選挙の洗礼を受けている訳でもないので…」 という 「俯き」 目線が主流になり、代わりに 「大臣が大臣が…」 という雰囲気に変わっていた。

  それは喩えて言えば、事業本部長・常務だったのが上に統括副社長が来て、権限は実質平取クラスに降格されたようなものだ。おまけに会社の業績は終始右肩下がり、と来ては、処遇がダウンするのも 「世のことわり」 だろう。

  若い後輩たちには、今井のような 「遠見卓識」 を具えることを期待したい。そのためには勉強、研鑽が必要だ。バッシングに悩み、意義を見出せない消耗仕事に囲まれる毎日かも知れないが、「見るべきもの」 を具えれば、「見る人は見る」 のである。

平成24年 4月28日 記

「戦後産業史への証言(一)」 「自由化の推進」 抜粋
注:[ ] の見出しは筆者が付した

  [編者評]

  佐橋氏の動に対して今井氏は・静、冷静で理論的で物静かなゼントルマンである。氏は昭和30年代後半の貿易自由化に対して、自由化推進を主張し続けた中心的存在である。自由化の原則には賛成せざるを得なくても、個々の企業は、自分たちの問題となると、当然のことながら激しい反対をくりひろげた。こうした事態にたいして、冷静にことに処した今井氏は、当時の通産省のなかでは少数派にすぎなかった。

  にもかかわらず、なぜあえて自由化を推し進めようとしたのか。それは、輸入割当てをはじめとする管理された貿易が、いかに腐敗を生むかという、氏のなまの経験であり、こうした根を一掃したいという、氏の激しい情念であった。物静かな語りくちの奥に激しい闘志を感じさせる。それが、氏を孤独のなかで、自由化行政の中心に位置させ、昭和30年代の通産行政をつくりださせたのかもしれないのである。

  [今井の経済観]

− 諸先輩にいろいろ聞きますと、戦争中の計画経済や戦後のいろいろな計画に関係されて統制経済をやられた人ほど、経済統制はむずかしくてダメだという実感を持たれたと思うんですが、今井さんはどうですか。

今井 私もまさしくその意見なんですよ。私は統制の中心的なことばかりやっていたんですが、どんなことをやったってヤミがありますね。統制計画なるものも、つくるときは非常に正確に、自信をもってつくるんですけれども、われわれの予想を上回る変革が発生する。あのころ(戦争直後)海外の影響はそれほど受けないときでしたが、それでも与件がいろいろ変化していって、守られないんです。とくに公定価格なんかつくっても、それは安定した需給関係がもとですから、メチャクチャな価格変動が起こると、結局、物資統制も価格統制も、漸次はずしていかざるをえなくなった。
・・・
  それから為替管理、輸入外貨資金割当制の障害も非常に出てまいりました。というのは割当て自体が、非常に利権化してしまったんです。砂糖を輸入すると、その輸入価格の2倍か3倍に売れて、ほろもうけになる。…ですから、割当権が価値を生じまして、ものを輸入しないで、輸入割当権の転売がどんどん行われる−そういう弊害が起こってきた。…砂糖のほか、たとえば綿花とか羊毛とか油とか、いろんなものの輪入権自体が利権化して、価値を生じて、ものを輪入しないで、権利を転売しただけで利益が出る。そういうやり方について日本経済が復興するに従って、非難の声が起こりつつありましたね。

  [貿易自由化への流れ]

  その当時、繊維産業のあり方を基本的にどう考えたらいいか−とくに原料の輪入間題、設備過剰間題、それから当時、天然繊維と化学繊維、合成繊維の競合問題、次第にナイロンなりテトロンなりが伸びてくるわけですから、これらを基本的にどう考えるかということで、繊維総合対策懇談会を33年10月につくったんです。

− 参加されたのはどういう方ですか。

今井 中心は、東京銀行副頭取の堀江薫雄さん(現在同行相談役)でした。堀江さんは次のようなことをいっていた。要するに、国内には割当てによる弊害間題があるし、外にはともかく貿易自由化の声、とくにIMFではもう貿易制限の時代じゃないだろうという機運がある。各国は、外貨資金もある程度豊富になってきたから、外貨資金の節約のための輸入制限はやめようという、IMFの14条国から8条国移行というIMFの基本的精神に基づく動きが出てきた。早晩日本にもその圧力がくるだろうと。 それで堀江さんを中心にして、もう少し大所高所からこの繊維問題を考えてみようと…

− どんな議論がありましたか。

今井 堀江さんがそこに持ち出されたのは、西ドイツがもうIMFの8条国移行の宣言をしている、イギリスも宣言した、それからフランスも遅れているけれども、間もなくするだろう。アメリカ、カナダの2カ国はすでに8条国になっている。つまり欧州の国々では、次第に為替管理、輪入制限を撤廃しだしたわけで、日本もやがて必ずそういうことにならざるを得ないということでした。それを池田通産大臣(勇人、34年6月〜35年7月)にご進講したところ、池田さんは自由化の大勢を読みとるセンスを非常に強く持っておられて、「君、東銀の堀江さんによく相談しろ、あの人が天下の大勢をよく見ているから、大勢に遅れないようにしたまえ」という注意がありました。

− (通産)内部の意見はどうだったんでしょうか。

今井 IMFの意見をのむ必要は絶対ないというかなりの強硬論ですよ。自由化なんかされたら産業政策はメチャクチャになっちゃう、徹底的に反対しろという意見が中心なんです。

  それから貿易自由化問題が資本自由化問題とごっちゃになっていた。資本自由化のほうは、この段階では芽を出していないけれども、とくに自動車などは、業界ではなくて通産省のなかで、自由化すれば外車はどんどん入ってくるし、場合によってはGMとか、とくにフォードあたりが国内へ組立工場をつくるかもしれないと、外資の進出を非常におそれていました。

  [特振法を巡る通産省内外の雰囲気]

− なぜそんなに外資恐怖症なんですかね。

今井 当時、自動車産業はいちばん保守的なように感じましたね。IMFを非常な外圧とみたわけです。池田さんなんかは、「そうはいっても、自由化は世界の大勢だから、もうのまざるを得ない、妥協せざるを得ない」という見解だった。業界の大部分も、しかたがないという考えだった。経団連はその間ずっと連絡をとっていましたけれども、しかたがないという池田さん流の考え方です。

− 総資本というか、財界的な感じですね。個別業界になるとまたぜんぜん別でしょうけれども。

今井 ええ。それで自由化計画が決まり、通産省における貿易自由化反対論も、牙城が落ちるわけです。そこでやがて外資の進出問題も出てきて、産業に対する防波堤がなくなるという危機感、それが特振法の思想に発展していくんです。

  だが、業界はそれほどついてこなかった。むしろ逆に、特振法に反対のほうの立場が多かった。通産省のとくに若手が、貿易自由化が進むことに非常に不安がったことが、特振法発想の動機ですね。

− あの時(自由化を)いちばん脅威と感じたのは、自動車と化学の業界ですね。後に非常に伸びるのはこの2つの業界で、むしろ繊維なんかを追い抜き、逆転していく。ここがまた経済のおもしろさだと思うんですが、どうも重化学工業あたりは非常に危機感がみなぎっていた。

今井 まあ産業構造の変化ですな。その後、強くなるところ(自動車と化学)からほんとうに猛烈な反対を受けた。通産官僚でありながら、自由化を推進するとはなんだ、という論法でしたよ。

− 民族派の方が強いわけですね。むしろ近代経済学者が、小宮隆太郎さん(束大教投)などを中心にして、自由化促進論の論陣を張る。35年くらいから、自由化問題は政治的には大きくクローズアップされていた…けれども、通産省内部は、それと逆の方向が出るという動きでしたね。そうなると通産省内部では、そうとう苦労されましたか。

今井 ええ、それは苦労しましたよ。

− 今井さんとしては、自由化しないことによる政治と行政と経済とのゆがみが間題といった割当制以来の意識が、非常に強かった。

今井 非常に強かったですね。通産省のなかであまりにも自由主義的なことをいうものですから、みんなは閉口したかもしれません。結局、なんといったって経済は競争が主体です。たとえば輸入面で、割当制を実施していれば、競争は必ず制限されます。外車の輪入制限をしておけば、それだけで気楽にマーケットを維持できますから、完全競争とはいえない。そういう面は、当時の私にはどうしても見過ごすことができなかった。

− 当時の今井さんのお考えは、競争を中心にかなり厳しい政策ですね。…特振法が流れたのは、今井さんの次官のときですね。通産省の役人は、貿易、資本の自由化とすすんでいけば、仕事がなくなるんじゃないかという危機感があの特振法を支え、特振法に代わるいくつかの個別立法をやろうという動きを支えていったと思う。ところが、その後どうなってきたか。結果として見ると、今日通産省は、世俗的ないい方をすれば国際派が大勢を占めている。これはもう時代の流れだと思いますね。

今井 当然ですね。

− 今井さんご自身は、特振法についてどうお考えになったんですか。

今井 私は苦しんだね。

− 思想からいけば認めがたい。しかし、通産の若手、中堅が特振法の考え方を支持してきたわけですね。

今井 だけど国会が審議してくれませんでしたよ。ぜんぜん問題として取り上げようとしなかった。

  [自由化が産業を強くするという発想]

− 世上、そのことが今井さん対佐橋さんの対立のようにいわれました。これもやっばり担当している局の立場がかなり強く映し出されていた。今井さんはずっと通商畑ですね。そのこともずいぶん影響しているんじゃないでしょうか。

今井 それはありますよ。重工業局サイドのように頑張ったって、(世界の趨勢からして)なるようにしかならないという見通しが、われわれ(「通商派」)は先に立ちますからね。

− 貿易の自由化を一方に設定することによって、その対策を業界にたてさせようとしたことはありませんか。冷たい風が入りますよといって、業界の引締めをはかり、日本産業の構造変化、近代化を促進させる…

今井 それはありましたね。…その業界自体、あるいはその担当の連中からいわせると、日本の機械工業、自動車工業は、アメリカや西ドイツなんかに比べ10年やそこらの遅れじゃない。ずうっと遅れている。だからそれを自由化した場合、はたしてどうなるかわからんという、業界自身も非常に自信がなかったんでしょうね。

  それに対して、いや、そうじゃない、鉄だってここまで伸びてきたじゃないか、自動車にしろなににしろ、ある程度はやがて伸びるはずだ。むしろ自由化したほうが、産業としても通商政策としてもいい。こっちが自由にすれば、向こうに対しても自由化を求めることができるし、お互いに市場を広くしないといけない。こっちは直接産業担当という責任はなく、通商面の担当ですから、すこし抽象的にいろんなことをいっていたきらいはあります。業界や重工業局の方はやっばりミクロの問題として、また自分たちの間題として真剣に考えます。

  あのころの自動車業界は、外部から見ますと、ほんとうにそんなに自信がないのか、外国の模倣主義的な行き方でいいのかと、ちょっと憤慨させるような熊度をとっていましたよ。ところが、いま世界一になった。日本経済、日本民族の力をかれらはどうみていたんだという気もします。


March 12th, 2012
「日露戦争 資金調達の闘い」 を読んで ( 津上のブログ )
「日露戦争 資金調達の闘い」 を読んで
金融史の含意と帝国日本の教訓





  本書は20世紀初頭、日本が日露戦争の戦費を調達した国際債券市場という視点から、当時の日本という国や日本が置かれた国際環境を活写した本である。内外の証券界で働き、今も一線にある著者板谷敏彦氏は、本業の傍ら本書執筆のために、当時の新聞から日露両国の公債価格を日計りで調べ上げた。未だ大陸間の往来に船便で数週間を要し、電信も十分発達していなかった時代だが、両国の公債価格は戦局その他の事件に敏感に反応しており、国際金融界が戦況に寄せた関心の高さは半端なものではなかったことが分かる。今日に至る金融のボーダーレス性をそこに見る思いがする。

「いちか、ばちか」 の戦争

  読後にまず痛感することは、ロシア南進によって朝鮮半島を脅かされ、安全保障の崖っぷちに立っていたとはいえ、日本はなんと無謀な戦争に踏み切ったことか、ということだ。海戦では奇跡的大勝利も収めたが、陸で兵力も弾薬も使い果たし、賠償金を取れない不本意な講和を余儀なくされた経緯は広く知られている。しかし本書を読むと、日露戦争は戦費調達の点でも、既に開戦前から 「いちか、ばちか」 の戦争だったことがよく分かる。

  当時の日本経済は、名目GNP約30億円、国の一般会計予算約3億円、日銀券発行残高約3億円、全国預金残高7億6千万円というサイズでしかなかったという。これに対して開戦前に4億5千万円と見積もった日露戦費は、最終的に15億円 (正味) にまで膨張した。その8割以上を借金で賄った結果、開戦前に56百万万円しかなかった政府の内外債務は、戦後の1907年には実に22億7千万円 (名目GDPの60%、一般会計予算の3.8倍) にまで増大、戦後の政府予算は長く3割以上が国債利払費に当てられ、増税により国民の租税負担は倍増したという。

  莫大な借財を遺しただけではない。今日では実感が湧かないが、当時採用したばかりの金本位 (通貨) 制度が経済財政の運営に厳しい規律を求めていた事情が、戦争遂行にもう一つ重大な制約を課していた。戦争遂行のためには内国でも国債を発行する必要があるが、通貨発行量が増大するから、それに見合う正貨 (金と同視された当時の英ポンド) 準備の積み増しが求められる。さらに、軍艦など兵器の多くを輸入に頼らざるを得なかった当時の日本は、輸入増大に伴って流出する正貨も補填しなければならなかった。正貨準備が枯渇すれば金本位制を離脱せざるを得なくなるが、円の国際信用は失墜し、輸入代金はいよいよ支払えなくなる。その意味で、戦費を膨大な借金で賄うだけでなく、正貨準備が枯渇しないように国際金融市場で公債を発行してポンドを調達することもまた戦争遂行上の必達事項だった。

  しかし、戦争突入の見通しが強まる中で、内外ともロシア優勢を予想する向きが大勢、日本の発行済み海外公債は (国内の株式相場も) 暴落してしまう。日本政府は開戦必至という段になって、海外公債発行の目処が全く立たない状況に直面した。著者はそのことを公債価格と発行条件という冷徹な数字を示しながら浮き彫りにしていく。

  その困難な戦費の調達で八面六臂の大活躍をしたのが本書の主人公、高橋是清である。日露戦争の前後で22億円増えた国の借金の過半、12億円分は海外で発行した公債だが、その発行に伴う交渉を高橋が一手に引き受けた。本書が持つもう一つの魅力は、不案内なロンドン金融市場で公債発行の仕事を始めた傑物高橋が、持ち前の能力と人柄で、急速に欧米金融界の大立て者たちの知遇を得て、最後には英国王に拝謁するに至る人物像を活写する点である。もちろん有利に運んだ時々の戦局が味方しているが、彼の活躍により日本の公債は 「ジャンク級から投資適格級へ」 と出世していくのである。本書は高橋の活躍ぶりを冷徹な数字とうまく取り合わせて描いている。金融のプロによる評価だから、情勢分析に説得力がある。

消えた満鉄外資合弁構想−賠償金獲得不調の後日談

  日本が莫大な戦費を投じた背景には 「勝てばロシアから賠償金が取れる」 という仮定があったが、けっきょく賠償金は取れなかった。よんどころなく締結したポーツマスの講和は世界のメディアから 「外交上の敗北」 と評された。日本に継戦余力が全く残っていないことを知らされていない国民たちの怒りは爆発、「日比谷焼き討ち事件」 が起こり、講和交渉に当たった小村寿太郎は激しい非難を受ける…筆者 (津上) もそこまでは知っていたが、幾つかの後日談があることを本書で知った。

  第一はロシアから獲得した南満洲鉄道を公債発行で世話になった米国資本 (鉄道王ハリマンら) との合弁事業とする構想の行く末である。米国側が希望した資本参加に応えることは、公債引き受けの恩義に報いるだけでなく、日本の資金調達は戦後も逼迫続きだったこと、戦中に欧米の支持を取り付けるため 「満洲の門戸開放」 を公約の如く唱えていた経緯、満洲に米国の権益を引き込めばロシア再南進への対抗策ともなること等々から、当初は 「日本の政財界のコンセンサスに沿ったものだった」 (本書376頁) という。これは押さえておくべき重要なポイントである。

  高橋は米国側の参加意向がよしなに取り払われるよう、陰で手を尽くした。それは 「桂(太郎首相)・ハリマン覚書」 としていったんは結実するが、けっきょく破棄されてしまう。日本政府は当初日清間の条約をたてに 「日清両国以外の参加は難しい」 と言い訳するが、1年後に行われた南満洲鉄道のIPOでは清国人の応募を排し、日本人が100%を所有した。「門戸開放」 は何処かに消え去った。それは欧米にすれば 「満洲におけるロシアが日本に替わっただけ」 の話だった (424頁)。ハリマンだけでなく米英政府も騙されたと憤ることになった。

大陸侵略路線の起点

  日露戦争でも 「武士道」 ぶりを発揮した明治の指導者達が方針を急展開させて人を騙すような真似をした背景には、日比谷焼き討ち事件で爆発した 「国民感情」 と冷徹な 「国家利益」 の両方が絡んでいた。筆者 (津上) が本書から得た最大の収穫はこの点だった。

  外資合弁案を葬る先頭に立ったとされるのは小村寿太郎であり、小村は 「日本人の血を代償に獲得した戦利品である南満洲鉄道を金で売るなどという事は、国民に申し訳が立たず到底できない」 (387頁) と述べたという (もっとも、著者はここには 「ポーツマス談判で辛い思いをさせてしまった小村」 に世評を挽回させるための脚色が加わっているとするが)。著者は、この種の感情は 「日本だけのものではない」 とする一方 (例として、第一次世界大戦後の英国世論を引用)、「日本人の血を代償に獲得した南満洲鉄道……」 のお題目は…日本を満洲に固執させ、やがて第二次世界大戦へと導いていく呪文のようになっていく」 (387頁) と評する。

  「血の代償」 の呪文は後年 「英霊」 と表現されるようになる。1937年、多分に偶発的に始まり 「不拡大方針」 も標榜された日華事変がずるずると泥沼化していく背景にも、軍部を中心に 「おめおめと引き下がっては (緒戦の上海戦などで大量に戦死した) 英霊に申し訳が立たない」 という抗しがたい空気があった。度の過ぎた国民感情、空気がタブーを生み、国を滅亡の淵に立たせる…日本がいまも汲むべき教訓であろう。

  冷徹な 「国家利益」 というのはこうだ。著者は本書で、国民感情問題とは別に、満洲軍参謀総長児玉源太郎と児玉が台湾統治の実績を高く買っていた後藤新平が満鉄を介した満洲植民地化プランを暖めていたことを示している。後藤が作成した 「満洲経営策概略」 には 「戦後満洲経営の要訣は、陽に鉄道経営の仮面を装い、陰に百般の施設を実行する…鉄道以外には少しも政治や軍事に関係していないように仮装すべきである」 と記してあった (382頁)。南満洲鉄道は、もはや単なる 「鉄道事業」 ではなく、満洲植民地化政策を仮装する役割を負うことになり、外資合弁構想が成り立つ余地はなかった。違約の原因は 「国民感情」 だけではなかったのである。

  この経緯について、著者は 「歴史に 「たられば」 はないが、日本がもう少し柔軟に南満洲鉄道への外資参加を扱えていたら…その後の日本の歴史も大きく変わっていたのかもしれない」 (447頁) と評している。著者も同じ感想を持つ。日露戦争以降、日本綿製品の対中輸出が増大し、中国から英国製綿製品を駆逐していったとも聞いたことがある。

  公債発行で日本を助けた米国の対日観、対日政策は日露戦争以降、次第に変化し (例:黄禍論)、第一次世界大戦後は日本を明確に仮想敵国と位置づけていくこととなる。それは 「地政学」 的な視点から当然と評されるのだろうが、本書のように経済の動きを丹念に追っていくと、その根底には、より可視的で追体験可能な経済利益を巡る衝突やこれに伴う双方エリート間の感情の好悪が伴っていたことが浮かび上がる気がするのである。

  手短に言えば、帝国日本は20世紀前半期、中国の権益を独り占めし、列強を排除しすぎた。日米戦争開戦直前の1941年、日本が「最後通牒」と受け取った 「ハル・ノート」 の要求には 「(満洲を含む) 中国からの撤兵」 が含まれていた。これを起草した国務省ホーンベックは 「桂・ハリマン覚書」 の故事を知っていただろうか、とふと思った。

「いっぱい、いっぱい」 で走り続けた帝国日本

  しかし筆者 (津上) は、「だから、日本が強欲すぎたのだ」 と単純に断ずることは、当時の歴史の真実から離れてしまう気がして躊躇を覚える。日本の人口は明治初年の3500万人足らずから1940年の7000万人へと、わずか70年の間に倍増した。最近の流行に従えば、さぞかし 「人口ボーナス」 に与っただろうと思われるが、そうではない。国内にあっては財閥支配や地主・小作構造が所得の公平な分配を妨げたし、国外から資本を導入することも今ほど簡単ではなかった (資本移動は、本書が示すように、今日から想像するより活発だったが、所詮今日の比ではないし、金本位制の規律も働いていた)。「人口ボーナス」 というより 「マルサス人口論」 的な人口圧力に喘いでいたのではないかと思われる。

  一言で言えば、明治以降の日本は、日露戦争の 「いちか、ばちか」 だけでなく、経済的にも国民意識の上でも 「いっぱい、いっぱい」 のまま走り続けた感がある。昭和初期の国民が 「大陸進出」 という名の侵略に罪悪感を感じるどころか、これに期待し声援を送った背景には 「娘身売り」 に象徴される 「農村窮乏」 等の厳しい経済事情があった。それは戦前のアジア侵略を免罪する事由になりえないが、そういう 「懐事情」 を抱えていると、「長期的安全保障を期する観点から、大陸権益を独り占めせず、列強にも均霑する」 といった路線は支持を得にくかっただろうと思う (「それどころではない」)。

  著者板谷氏が本書を執筆した最たる動機は、日露戦争当時の国際資金調達の苦労が、早晩到来するであろう今後の日本の経済財政事情に重ね合わさって見えるからだろうと推測する。つまり、少子高齢化に伴い莫大な国債発行残高の大半を国内で消化することができなくなったとき、日本は再び高橋是清のような国際インベスター・リレーションズの手際を必要とするようになるという予感である。

  しかし、筆者 (津上) は本書から、そうした金融的含意以上の歴史学習をさせてもらった。著者の研鑽に敬意を表すると同時に、感謝する次第である。
(平成24年3月11日 記)


追記:これだけ書いてもまだ書き足りないから、筆者のブログはいつも 「牛の涎」 になってしまうのだが、これだけは書き足しておきたい。

  本書で、「えっ」 と感じたのは、旅順港を根拠地とするロシア太平洋艦隊は1904年8月の黄海海戦で大きな損害を出し、事実上壊滅状態だったという指摘 (232頁) である。これは著者独自の意見なのかと思って調べたが (と言っても Wikipediaのかぎり)、果たして 「後年の史実研究により…艦隊としての戦闘機能は失っていたことが判明している」 とあった。もしそうなら、戦局を半年遅らせて戦費をますます膨張させ、6万名もの死傷者を出して 「英霊」 の呪縛を強めてしまった 「203高地」 攻略戦には何の意味があったのか?

  「バルチック艦隊」 への恐怖感はそれほどに強かった (「アジア太平洋艦隊が温存されて「バ」艦隊と合流されたら…」) ということかもしれないが、そのために払った代償の重さを思うとき、日本陸・海軍は旅順港にスパイを送り込むことができなかったのだろうかと思えてならない。遠くペテルブルグでロシア革命運動を扇動して鮮やかな成果を挙げたと称揚される明石大佐の故事と比べて、あまりにお粗末、罪作りではないか。なにかと美化されがちな日露戦争であるが、「坂の上の雲」 から離れて、冷静に再評価することも必要ではないかと感じさせられた。

March 4th, 2012
SPEEDI問題から汲むべき教訓は何か ( 津上のブログ )
SPEEDI問題から汲むべき教訓は何か
情報を公開できなかった原因を直さないとダメでしょう!?



  311の大震災と東電福島第一発電所 (福一) の事故から1年が経とうしています。福一事故の当時、官邸や各省庁では何が起きていたのかについては、政府や民間の事故調査委員会の報告が発表され、検証報道も増えていますが、それでも未だ謎が残っています。せっかくの SPEEDI (緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム) データが何故活かされなかったのか?もその一つでしょう。

  原子炉の損傷状態も放射能の放出量も的確に知る術のなかった事故直後は、「エイヤッ!」 の仮定に基づくシミュレーションだった訳ですが、風向きにより 「どの方向が危ない」 かは見当が付いたはずです (以下は、日本原子力研究開発機構で開発中の包括的放射性物質動態予測システム SPEEDI-MP を用いて行ったシミュレーション (昨年11月発表) で、事故後暫く経って出てきた放射能放出量の推計が反映されていますが、文科省の本家 SPEEDI が事故直後にしていた予測の結果も似たようなものでしょう)。

  これを見ると、事故後の数日間、陸地側では飯舘村など福一の北西に当たる地域に放射能の降下が著しかった様子が分かります。しかし、まさにその地域に、正確な情報のないまま、津波そして福一周辺から少しでも離れようとした近隣住民が多数避難していた…と聞くと、やりきれない思いがします。

なぜ SPEEDI 情報が活かされなかったか? この問題について 「3月15日、当時の高木義明文部科学相ら政務三役や文科省幹部が協議し 「一般にはとても公表できない内容と判断」 と記した内部文書が作成されていた」 という報道がありました (共同通信2012年3月3日)。「文科省は 『事務方が作ったメモだが不正確。公表の具体的な判断はしなかった』 と内容を一部否定している」 そうですが、反証しようにも、なにせ 「公式の議事録がない」。

  当時の政府記者会見を思い返すと、政府もマスコミも、とにかく国民を安心させてパニックに陥らないようにさせる姿勢が明白でしたから、事務方のメモは 「おおかたそんな雰囲気だったのだろう」 と頷かせるものがあります。パニックを避けるべきことは当然ですが、だから住民の健康を二の次にしていいことにはならない。「情報を隠した」 関係者の罪はたしかに重いと言うべきです。

  ただ、菅総理をはじめとする当時の政府当局者の不作為を責めるだけで、問題は解決するのでしょうか。

  副一の南にはいわき市 (人口33万人、福一からの距離約4~50km) があります。西には郡山市 (33万人、約50km)、北西には福島市 (28万人、約60km) があります。SPEEDI に基づいて 「放射能降下予報」 を出していたら、近隣の30万都市で何が起こったか…。

  現行の 「原子力災害対策マニュアル」 にも、戸外に出ないよう指示をする、タイベック (お馴染みになった白い防護服) やヨウ素剤を配布する、緊急輸送手段と避難先を手配する…そこらへんまでは書いてあるでしょうが、当時の菅政権中枢は、このマニュアルに従って対策を採るというアタマがあまり無かったそうですし、周囲にいた役人も直言することはなかったと聞きます。

  これも誠にお粗末な話ですが、「現地指揮所が被災したせいで、マニュアルの根底が崩れ、関係機関は初動段階からマニュアルに頼らず対応するしかなかった」 (朝日6月9日付け) 事情が与っています。「リダンダンシー (冗長性) が欠けている」、つまり想定外の出来事にも対応できる 「使えるマニュアル」 ではなかったということです (ちなみに、IT時代のご時世に、この 「マニュアル」 はネット検索しても現物になかなか行き当たりません。この一点だけ取っても 「使える」 マニュアルではなさそうです)。

  「マニュアルの出来」 だけでは済ませられません。30万都市で 「放射能が降ってくる」 と知らされれば、「鉄火場」 になります。パニック心理に襲われて、我先にマイカーで避難しよう、或いは駅に殺到しようとする人々が必ず現れます。手を拱いていれば、大きな都市では至るところで死傷事故や騒乱が起きるでしょう。迅速かつ整然とした避難を実現するためには、警察力だけでは無理で、自衛隊を出動させる必要があると思います。米国なら、映画によくあるように、小銃で武装した州兵が街に出動する場面です。そういう鉄火場で住民の前に現れる自衛隊は 「災害出動に駆けつけてくれる頼もしい自衛隊さん」 とは限りません。戦後日本の国情 (国体?) から見れば極めて 「異なこと」 ですが、「制止を聞かなければ実力で阻止する」 怖い役割も与えられるはずだからです。

  原子力防災マニュアルはそこらへんをどう書いてあるか知りませんが、どうせ 「使えない」 でしょう。これは 「マニュアルの書き方」 の域を超えて、国民と関係機関 (含む実力組織) の双方に、そういう緊急事態を受け容れる心の準備があるか無いかの問題だと思うからです (どちらにも無い)。原発事故に限らず、緊急事態に国民の安全を確保するということは、そこまで覚悟や準備が要る、ということが今回汲むべき教訓の一つではないでしょうか。

  日本はそういう備えがまったく不十分だった。「情報を隠した」 文科省 (や官邸) を弁護する気はありませんが、SPEEDI の教訓を活かすためには、データの公表だけ論じていてもダメ、予測に基づいて整然かつ迅速に住民を避難させるための輸送・安全確保のための 「使える」 対策が必要です。それが構築されないまま、事が現実に起きてしまった昨年3月、情報公開だけする訳には行かなかった、ということではないのか…。米国政府は福一の爆発を眼にして、直ちに50マイル (80km) 半径で自国民の避難を呼びかけました。情報すら出せずに住民に無用の被曝をさせた日本政府の有様を眼にして、米国当局者は 「この国は、国の体をなしていない」 と感じたことでしょう。

  いま SPEEDI データを隠匿した当時の関係者を責める論調は掃いて捨てるほどありますが、では、次の事故に備えて、どういう準備・体制が必要なのか?という議論をあまり耳にしないのは何故でしょうか。今回の事故を教訓として、「原発事故は本当に起こる」 という前提で、いまの災害対策マニュアルがワークするか、徹底的に見直すべきです。

  前掲朝日の報道には 「政府は (マニュアルの) 全面改訂に着手した」 とありましたが、誰かこの改訂作業のその後の経過を知っておられますか。マニュアルだけでなく国民の意識も変わらなければならないのだから、議論の様や中身をもっと公開して取り上げ、国民の関心を喚起すべきではないでしょうか。「鉄は熱いうちに打つ」 議論をいまやらないと、次に事故が起きたとき、「SPEEDIはとても公表できない」 事態がまた来ると思います。

  同じことは 「長期の全電源喪失 (事態) は考慮しなくてよい」 としていた審査指針など原発の安全審査のあり方についても言えます。日本の学界はどうも 「格納容器や圧力容器の中」 にばかり神経と労力を集中している印象がありますが、「悪魔は細部に潜む」、地盤が悪かったために地震だけで倒壊して「電源喪失」を引き起こしてしまった送電塔は一例でしょう。

  今回の事故を教訓にして、過去の指針を徹底的に見直す作業は何処で行われているのでしょうか。そうして見直した指針に基づいて、個々の原発の安全性を再点検する作業はしなくてよいのでしょうか。原子力保安院は事故後の無能を咎められて 「転封」 処分、おまけにその法案が国会通過の見通し立たずで 「宙ぶらりん」 状態だそうですが、そんな組織いじりより、この 「見直し」 を先に済ませてくれ、その方が職員にも 「働き甲斐」 と新しいアイデンティティが与えられる、というものです。

  いま各地の原発再稼働の是非を巡る議論が行われています。筆者は、できるだけ早く脱原発を進める (炉齢40年超のものから退役させる等)、しかし、それまでの間は安全の確認された原発を再稼働させることもやむを得ないという立場ですが、今夏から再稼働させてよいかは疑問で、2年連続で暑い夏 (と計画停電による経済ダメージ) を覚悟する必要があると考えています。

  と言うのも、現状では 「事故前と後で、原発の安全を巡る何が変わったのか」、国民の眼から見るとサッパリ分からないまま、地元首長と 「(再稼働を) 認める/認めない」 と、「水面下」 で条件折衝しているように見えるからです。避難体制にせよ安全審査体制にせよ、関係機関が 「従来のやり方はダメだった」 という痛切な反省を踏まえて、馬力をかけて一大 「見直し作業」 をやっている有様が見え、その結果が広く公開されてこそ、「事故後は変わった」 という認識も生まれ、国民が再稼働を受け容れる余地も拡がると思うのですが…。
(平成24年3月4日 記)

February 23rd, 2012
中国経済 「未富先老」 の壁 ( 津上のブログ )
FACTA誌に拙稿を投稿したところ、同誌のウェブ版でフリーコンテンツにしてくれました。下記リンクをクリックすると、FACTA Online掲載ページに飛びます。

中国経済「未富先老」の壁

昨年末に労働人口比率0.1%減の衝撃
「人口ボーナス」は暗転必至だが、
生産性向上へ改革を「再起動」できるか


平成24年2月23日 記

December 1st, 2011
森有正の 「日本語・日本人」 論(学習ノート)電子書籍版! ( 津上のブログ )
日本人と日本語 (学習ノート)電子書籍版!
(森有正の 「日本語・日本人」 論)


  αブロガー、elm200こと酒井英禎さんがブログ「ノマドで行こう!」で、拙ブログの9月ポスト「森有正の 「日本語・日本人」 論(学習ノート)」の書評をしてくれました!

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  おまけに、「長大な文章なので」ページを繰って読みやすいように、電子書籍化までしてくれました!
  epubファイル版とkindleで読めるmobiファイル版の両方を用意してくれましたが、kindle端末をお持ちでない方は、最初にepub版が読めるように、下のリンクから、電子書籍を読むソフトをダウンロードしてください。

  ちなみに、以下は酒井英禎さんが主催する「書評人」サイトのご紹介。

  「あの人が読む本を私も読みたい」 評者の魅力を伝える新スタイルの書評サイトです。あなたの人生を変える、あたらしい本と人との出会いがここにあります。..



  elm200さん、ありがとう!

平成23年12月1日 記

November 17th, 2011
電子書籍の行方 ( 津上のブログ )
電子書籍の行方
あるいは 「深まる一方の外来情報インフラ依存問題」 など?


  先週、生まれて初めて外部サイトにブログ投稿をしたところ (アゴラBLOGOS)、文中で言及した 「弱国心態」 にけっこう反響があったので、3日後に拙ブログで続編ポストをした。「弱国心態」 だけでなく、TPP問題で感じていた筆者の別の思いを含めて取り上げたものである (「懸念すべき外来の脅威はTPPか −外国情報インフラ依存への不安と対策?」)。

  中味を要約すると次のとおりだが、結論の出ない 「独白」 で終わっている。

 外国情報インフラ依存への不安と対策?

  コメ (などの主食) 農業を除けば、TPPが日本の 「国のかたち」 に大きな影響を与えるとは考えられない、しかし、日本がTPPを巡る「政策選択」で大騒ぎしている一方で Google、Yahoo、Amazon、Twitter…など外国の提供するグローバルな情報インフラへの依存がどんどん深まっている。こちらは「是か非か」の政策論議などすっ飛ばして、どんどん拡大中だ。我々自身が知らず知らず日々受け容れているからである。

  しかし、便利で魅力的な 「外来」 の無料ITサービスが消費者に受け容れられて、社会の旧いインフラやサービスをどんどん置き換え、日本の情報流通や思想・言説発表の命脈を握りつつある現象をどう考えたらよいだろうか。筆者はこれらの米国大企業をどこまで信頼してよいのだろうか、という点を懸念している。日本社会に与える影響の大きさという面では、TPPよりこちらの方がよほど大きいと思う。しかし、「依存」 を怖れて 「引きこもり」 を選択すれば、もっと直截な没落が待っているだろう。

  「グローバルでフラットな時代」 は我々の生活をどんどん変えている。変化の奔流のさなかにあって、「固有の伝統や文化を守りたい、また自前の情報インフラを持ちたい / 確保しなければならない」 という欲求は自然なものだと思うが、筆者は備えをしておくべき 「懸念」 は、実はTPP以外にあると感じている。しかし手段を思いつかない。21世紀とはそういう時代なのか。

  文中では「Amazon の Kindle (電子書籍) のような外国サービスに出版の命脈を握られてよいのか?」 と懸念する日本の出版業界が、対抗して日本独自の電子書籍の規格を普及させる準備をしていることにも批判的に触れた。世界に先行した 「ガラケ」 と違って 「後追い」なうえ、在来の書籍流通システムという 「レガシー」 に足を引っ張られるので、「ガラパゴス」 をやろうとしても上手くいかないのではないか、と。

 アマゾンが出版社に提示した 「論外な」 契約案

  そうしたら、このポストをした翌々日、BLOGOSに 「「こんなの論外だ!」アマゾンの契約書に激怒する出版社員 国内130社に電子書籍化を迫る」 という興味深いポストが載った。アマゾンが日本の出版社130社に送った契約書案の内容に怒る出版社員の声を取り上げた内容だ。

  それによると、アマゾンは電子書籍の流通サービスを提供するだけなのに、売上の55%を要求している由。それだけでなく、各出版社の既刊書籍全てについてアマゾンで電子出版できるようにすることを求め、また、現在書き手が著作権を管理し、出版社は本の出版権だけを買い取る日本の在来出版慣行に拠らずに、出版社が著者から 「著作権およびその他の全ての権利」 を買い取ることが前提とされている由だ。アマゾンは日本の大手出版社数社とこの契約案を巡って交渉中だが、交渉が進まないので、中堅中小に契約案を送りつけたらしい。

  このブログを読みながら、最初は筆者もアマゾンの 「阿漕、傲慢」 に驚いた。「土管」 の分際で、「55%寄こせ」 とは不届きな!と (笑)。しかし、このやり方に憤る出版社員氏の主張を読むと、今度は 「あーあ」 という溜め息が出た。

  「出版業界は再販制度という流通制度に守られていながら、構造不況が続いてました。わずかに残された企業体力を加速度的に奪って、どん底へ叩き落す電子書籍の仕組みのバカさに付き合う必要はありません。そのことを著者も出版社もそろそろ気付くべきなんです。電子書籍は、結局、誰も幸せにならないんですよ」

  「弱国心態」の影響は、ここでも露わだ。社員氏は 「再販制度という流通制度に守られていながら、構造不況が続」 くのは何故か?、一度も考えたことはないのだろうか。外界の変化に目を背け、引き籠もっていれば、やがては事態が好転するとでも? 90年代、WTOに加盟しようと努力していた中国では 「保護的・閉鎖的だからなお後れ、後れるからなお保護的・閉鎖的になる」 と言われたものだ。日本のコメ農業も出版業界も同じことである。

  ブログ自体は冷静で、この出版社員の訴えに対しても、以下のように結んでいる。

  今回の契約書は日本の出版社にとっては、あまりにも不平等な物で、取材に応じた男性が激怒するのはよく分かる。だが、出版不況が長引く中で、対応策が練られて来なかったのも事実。アマゾンという 「黒船」 が、日本の出版界にどんな影響を与えるのか。注意深く見守っていく必要がありそうだ。

  そのとおり。不安に支配されて情緒的な反応をしていても始まらないのだ。

 電子書籍、何処へ行く?

  筆者も2冊の本を出している関係で、出版問題は 「他人事」 ではない。最初にブログを読んで 「55%とは法外な!」 と感じた心中には、あきらかに 「55%も取られる側」 の不安感が宿っていた。世間の「弱国心態」を戒めつつ、自分も「受け身」思考に陥りかけていた気がしないでもない。

  「自戒せねば…」 そう思いつつ、twitter にしたツイートはこれ。半分おふざけだが、おふざけだけでもない。このブログを読むかぎり、幸か不幸か、いま出版社と交渉している日本アマゾンには、出版業界を深く知る人も、長期の戦略を考えているヒトもいなさそうだが、やがて事態はこういう風に展開していくはずだ。
 
アマゾン電子書籍(妄想・長め)

:「+α」 の付加価値もつけずに単行本で千円よこせとは、「土管」 の分際で不届き千万!

Amazon:誰が単行本二千円って言いました? 電子版の新書はワンクリック二百円、単行本は四百円くらいですよ

:えっ!

Amazon:単価1/4でも冊数が5倍以上出ればいいじゃないですか。出版不況ってそういうことでしょ?

:・・・せめて単行本の値段は今の半値くらいに留まりませんか (ガクブル)

Amazon:それじゃ、紙出版社員と発想が同じじゃないっすか

: ぐぬぬ…
(平成23年10月30日 記)

本稿はブログサイト「アゴラ」に寄稿したものです。



October 28th, 2011
懸念すべき外来の脅威はTPPか ( 津上のブログ )
懸念すべき外来の脅威はTPPか
外国情報インフラ依存への不安と対策?




 先日、TPP問題に関するブログ投稿(アゴラBLOGOS)で、次のように書いた。
  …「米国が攻めてくる (黒船)」、「TPPに参加すれば日本は米国の経済植民地にされる」 といった反対論の認識は、現実からズレている…筆者はネットで盛んに流されている反対論を読むうちに 「衰退国の弱国心態」 とでも呼べる心象風景が表れているのを感じて悲しくなった。「失われた20年」 に加えて311大震災まで加わり、みな経済のさらなる衰退を予感している。そういう 「没落感」 が多くの人の不安感と被害者意識をかき立てている印象だ。

  この投稿に寄せられたコメントを見ると、「衰退国の弱国心態」 という指摘にはかなりの読者が反応、賛同してくれたようだ。

 「弱国心態」 は国民のアイデンティティにまで影響を及ぼす

  「自国は隆盛中か/衰退中か」 という国民の集団意識は、TPPだけでなく各方面に深遠な影響を及ぼす。弊ブログでも一度、「日本人は単一民族か複合民族か」 を巡って日本の民族アイデンティティが二転三転してきたことを取り上げたことがある(「単一民族神話の起源」 を読んで)。

  簡単に言えば、日本の民族アイデンティティは
 ○ 外圧で開国を迫られた明治初期:日本=弱国&単一民族アイデンティティ
 ○ 朝鮮・台湾を領有するに至った戦前:日本=帝国(強国)&複合(雑種)民族アイデンティティ
 ○ 植民地を喪失して「平和国家」を宣言した戦後:単一民族アイデンティティへの回帰
という歴史を辿ってきた。国民の意識というものが、ときどきの情勢に応じていかに移ろい易いものであるか、政治学者神島二郎は昭和57年の講演で以下のように述べたという。

・・・戦前の日本では、大和民族は雑種民族であって、複合民族だと誰でも言っていたんです。あの日本主義を唱道していた真最中にもそういう風に考えていたんです。ところが、戦後になって奇妙きてれつにも、進歩的な文化人をはじめとして、日本は単一民族だと言いはじめたんです・・・

  国民・国家のアイデンティティですら容易に変えてしまう力を持つのだから、「自国は隆盛中か/衰退中か」という国民の集団意識がTPPのような経済・外交に関する政策選択を左右することは怪しむに足りない。

 心配事はTPP以外にあり −外来情報インフラへの依存

  さて、本ポストの本題に戻る。「TPP=黒船が攻めてくる」 式に受け取ってしまう反対派の心情を 「弱国心態」 と評した筆者は、そんなものを微塵も持ち合わせない 「強気」 の持主かと言うと、実はそうでもない (笑)。

  筆者は、TPPが 「日本を経済植民地にし、日本の文化伝統を破壊する」 ほどの影響力を持っているとは考えない。TPPが 「国のかたち」 に影響しうる分野はせいぜいコメ、麦といった主食分野だけだが、これはTPPがなくとも15年前に変えておかなければならなかった (他の主要国の何処も採用していない) 旧態依然の保護手段を未だに維持しているからであって、TPPがなくとも、日本自身のために変えるべき制度である (前回ポストで論じたので繰り返さない)。

  それより筆者がよほど気になっているのは 「外国の提供するグローバルな情報インフラへの依存」 がどんどん深まっていることだ。これは通商交渉などという経路を経ずに、我々の日常生活で既に普段に起きている。

  「外国の提供する情報インフラに依存すること」 を良しとしない考えは、「弱国」 アイデンティティを持ちあわせない国にも見られる。むしろ 「普通の国」 なら何処も共有する感覚かもしれない。

  典型例はGPS (衛星測位) サービスだ。もともとが軍事用の米国 GPS は、米国が一朝有事になるとサービスが制限されるため、「そんなものに依存する訳にはいかない」 という感覚は米以外の大国に共通しており、ロシア (GLONASS)、EU (ガリレオ)、中国 (北斗)、インド (IRNSS) 等が運用されている (この分野だけは日本も準天頂衛星 「みちびき」 で後を追っている)。

 Google、Yahoo、Amazon、Twitter…消費者向け外国ITサービスへの依存

  GPSは狭義の安全保障にも直結する (例:ミサイル兵器の誘導) から、各国とも 「自前」 志向が強い。では、Google、Yahoo、Amazon、Twitter、Facebook など、グローバルなIT企業が新たなビジネスモデルに基づいて提供する各種の無料サービスはどうか。これらの便利で魅力的なサービスが消費者に受け容れられて、社会の旧いインフラやサービスをどんどん置き換えつつある現象をどう考えたらよいだろうか。

  この問題についても、弊ブログで一度論じたことがある (「情報タダ」 の先にあるもの (独白))。筆者の懸念は、次第に日本の情報流通や思想・言説発表の命脈を握りつつあるこれらの米国大企業をどこまで信頼してよいのだろうか、という点にある (実は、昨今日本メディアもどこまで信頼してよいのか、という別の不安があるのだが、ここでは触れない)。

  日に日にドミナントになるこれら会社が、万一 「好ましくない」 と判断する情報や思想・言論を、検索結果に表示しない、オンラインショップで取り扱わない等々の措置を (静かに) 採用したら、日本社会はこのような情報・言説の 「操作」 に対してどのような対応手段を採れるのだろうか、そもそも気付くだろうか、といったことである。

  賢明なGoogleはこうした懸念を払拭すべく、“Don’t do evil” をはじめ “Ten things we know to be true” を 「会社の理念」 としてウェブに掲載している。

  しかし、一方でネットを検索すると、Google が国家安全庁 (NSA) やFBI に極秘で個人情報を提供するなどの 「協力」 をしているのではないか?といった疑念は米国内にもたくさんある (同社が 「中国当局の検閲協力要求に応じられない」 として撤退する騒ぎが起きたときは、外野のロシアから 「Googleだって米国で同じことをしているではないか」 と 「ダブル・スタンダード」 を批判する声がたくさん挙がった)。

  また、Google は上場した Public Company であるが、持ち株構造をみれば、依然として創業者が過半の株を握っている。こんにち同社の持つ影響力の大きさに見合ったガバナンスが制度的に担保されていると言えるのだろうか、といった懸念である。

 独自の強みを活かして外来インフラ依存を避ける中国

  中国はGPSだけでなく、消費者向けサービスでも外国インフラに依存したがらない国だ。そこに二つの要因を指摘できるだろう。

  第一は、過去150年、列強に酷い目に遭わされてきた 「歴史」 のトラウマだ。いま 「屈辱の150年」 の歴史にピリオドを打ち、超大国として復活の途上に立った中国だが、そういうトラウマがあるせいで 「外国インフラの浸透」 に対する猜疑と不安の念は人一倍強い (拙著 「岐路に立つ中国」 でも指摘したが、この 「歴史トラウマ」 が中国最大最強の国民集団意識であり、その影響は対外政策の至るところに観察される)。

  第二は、依存回避を可能とする中国の巨大な国内市場だ。海外に優れモノの IT サービスが出現すると、たちまち国内に類似サービスが生まれ、膨大なユーザーを獲得してしまう。Twitter 中国版である 「微博」 (ウェイボー) サービス最大手の新浪は、登録アカウント数が今年上半期、2億人を突破した。twitterは全世界で2億人 (日本だけだと660万人) なのに、である。これは他の国が逆立ちしても真似できない中国の強みであろう。

 日本のガラパゴス電子書籍に未来はあるか

  「外国インフラに我々の命脈を握られてよいのか?」 いま日本でこのことを痛切に懸念しているのは出版業界らしく、Amazon の Kindle (電子書籍) 的なサービスに対抗して、日本独自の電子書籍の規格を普及させる準備をしているようだ。

  「日本固有の出版文化を守らなければならない…」 気持ちは分かるが、うまくいかないだろう。日本には世界に誇る 「ガラケ」 (ガラパゴス携帯) の伝統があるが、それは2000年頃、携帯電話に様々なアプリケーションを乗せる技術で日本が世界の先頭を走っていた技術優位があったからだと思う。それに加えて (中国の1/10だが)、ほどほどのサイズの国内市場があったこと。この二つがあったせいで、「ガラパゴス」 が成り立ったのだと思う。

  しかし、日本独自の電子書籍サービスは、最初から後追いで始まっている。しかも 「敵」 は既に強力な集客力を持つ Amazon といったBtoC サービスを擁している。さらに深刻な問題は、出版社が在来の書籍流通網というレガシー(負の遺産)を背負っていることだ。売れそうな本を同時に電子化できるか、紙版と電子版の価格設定は?著者への還元率は?そのいちいちでレガシーに足を引っ張られる…これではネット専業と競争できない。では、どうすればよいのだろう?(注:書き足しました)

 外来インフラへの 「寄生・土管化」 作戦

  出版社に関して言えば、Kindle 的なサービスを 「宿主」 にして、「寄生」 するモデルを模索する手があると思う。Kindle は電子書籍の売上の70%を著者に渡すという。それなら、その7割を出版社と著者が分け合うことにして、インターミディアリ(仲介業者)として Kindle サービスに 「乗っかる」 ことは考えられないか、ということである。

  著者だけで本が成り立つ訳でないことは自著出版を経験すればすぐ分かる。 「編集者」 の機能 (企画、口説き、督促、激励、批評、校正 etc.)、それから宣伝・販売。出版社が著者と Kindle (Amazon) 的媒体の間に立って、ネット時代に相応しいインターミディアリ機能を発揮できれば、例えばそれで自著の電子版売上げが2倍以上になるなら、著者は7割の半分をネット上で仲介を行う出版社に渡しても割に合う。「物書きは物ぐさ」 と相場が決まっているから、メールで原稿ファイルさえ送れば、後は一切をやってくれると言うのなら、出版社に5割渡してもかまわないという著者だっているだろう。

  これは外来の情報インフラを 「土管」 化する試みと言ってもよい。仮に Amazon がそういうインターミディアリを疎んじて、取引条件等を変えて排除しようとしたら、公取の出番である。

  「寄生・土管化」 のアイデアが上に挙げたような不安・懸念に対する 「必要十分」 な対策になっていないのは承知だ。ビジネスモデルが元々 “Lite” な 「出版社」 は 「寄生・土管化」 作戦で電子書籍の時代をサバイブできるかもしれないが、ビジネスモデルが重たい新聞・テレビなど在来マスコミは、その手も使えないだろう。10年後、20年後、日本は 「自前」 の 「ナショナルな」 マスメディアを何社持つことができているだろう?そして、そのオーナーは? 情報を流すチャネルは?

  しかし、他に何が出来るだろうか。TPPは政策として国民が 「選択」 することができるが、外来のインフラは知らず知らずの間に、我々自身が選好することで広まっているのだ。それに、「依存」 を怖れて 「引きこもり」 を選択すれば、もっと直截な没落が待っているだろう。

  「グローバルでフラットな時代」 は我々の生活をどんどん変えている。変化の奔流のさなかにあって、「固有の伝統や文化を守りたい、また自前の情報インフラを持ちたい / 確保しなければならない」 という欲求は自然なものだと思うが、筆者は備えをしておくべき 「懸念」 は、実はTPP以外にあると感じている。しかし手段を思いつかない。21世紀とはそういう時代なのか。
(平成23年10月27日 記)

October 24th, 2011
TPP問題に思うこと(アゴラ投稿) ( 津上のブログ )
TPP問題に思うこと
FTAAPを見据えて国内改革を急げ




  日本はTPP交渉に参加するのか否か…政府が結論を急ぎだしたことから、政界、メディア、そしてネット世界でも賛否を巡って議論が活発化しているが、反対論にも賛成論にも思うところがいろいろある。
  今回の論争は、自由化反対の常連である農業関係団体が異業種を巻き込む「統一戦線」を組むことに成功した点が目新しい。「TPPが農産品自由化だけだと思ったら大間違い」 というのである。

  なるほど、ネットに盛んに流されている反対意見をみると、TPPが及ぼす影響が懸念される農業以外の分野として表1の諸点などが挙げられている。反対論の共通した特徴は、懸念の論拠として米国政府が米ビジネス界の対日要望をとりまとめた 「年次改革要望書」 (日米双方が要望をまとめてぶつける対話。いまは 「日米経済調和対話」 という) を挙げていることだ。
chart 1
  これら懸念のすべてを 「荒唐無稽」 と一笑に付すつもりはないが、幾つもの誤解があると思う。

 「24分野」は目新しくない

  第一は、マルチのWTOや特定国間のFTA、EPAなど、世界の通商交渉が辿ってきた経過に関する理解不足だ。「TPPでは24分野にわたる包括的な交渉が行われる」 ことが 「農業だけと思ったら大間違い」 論の大きな根拠とされている。しかし、そのうちかなりの領域はWTOウルグァイ・ラウンド (とくにGATS協定) で枠組みが打ち立てられ交渉された領域であり、日本が既に開放 (約束) 済みのものもある。また、WTOにない新たな交渉領域についても、日本がこれまで特定国と結んできたEPA (経済連携協定) に含まれているものが多い (表2)。

  更に言えば、WTOにもない新しいアジェンダ(例:中小企業)を通商協定に盛り込む流れは、実は日本が唱道してきた。モノ貿易でコメを筆頭に多くの 「除外品目」 を抱える日本は、在来型のFTAではどうしても交渉の分が悪くなるためである。
chart 2

 通商交渉は 「年次改革要望+TPP=黒船襲来・植民地化」 というほど単純ではない

  第二は、通商交渉の現場に対する理解不足である。以下のような実態は世間にはなかなか知られない。
(1)最終的には条約を作るので、交渉担当者は通商法 (とくにWTO) の専門家が多い
「留保」 (非自由化) をどの範囲で付するかを条文で交渉するので、「(自国の) A社が特定の商売を行うことを認めろ」、「産品Bが輸入できるように安全基準を緩和しろ」、「技術規格Cを採用しろ」 といった、経済権益をナマで押し出す二国間式の交渉をするのは難しい。よって 「腕力が取り柄の二国間交渉屋さん」 みたいな人は主流になれない。

(2)サービスや投資の場合、国内企業との差別をどこまでとするか (例:出資比率制限)・無差別にするか (内国民待遇) や他の国の企業との無差別 (最恵国待遇) を軸に交渉が進む
規制によって国内企業にも認めていない特定の行為を外資企業にも認めないことは問題ない (例えば、米国ではNY州が 「営利企業による病院の保有」 を禁止しており、米国のサービス約束はこれを 「留保」 している)

(3) 交渉は 「リクエスト&オファー」 方式に従って行う
WTO型の通商交渉は相手国への要求だけでなく自国の譲歩もペアで交渉するのが慣例なので、譲歩の手札もなしに要求ばかりする訳には行かない (結果として自制が働く)

と言ってもなかなか分かりにくいと思われるが、一例としてサービス交渉の仕組みと進め方をうまくまとめた資料 (経産省研修用資料(PDF)) をネットで見つけた。ご関心のある方は参照していただきたい。

 実は日本に関心が薄い米国

  第三は、「米国が攻めてくる(黒船)」、「TPPに参加すれば日本は米国の経済植民地にされる」 といった反対論の認識は、現実からズレていることだ。筆者はネットで盛んに流されている反対論を読むうちに 「衰退国の弱国心態」 とでも呼べる心象風景が表れているのを感じて悲しくなった。「失われた20年」 に加えて311大震災まで加わり、みな経済のさらなる衰退を予感している。そういう 「没落感」 が多くの人の不安感と被害者意識をかき立てている印象だ。

  幸か不幸か、現実はそんな心象風景とは別の 「対日関心の低下」 という形で進行している。

  そもそも米国が当初4ヶ国 (ニュージーランド、シンガポール、チリ、ブルネイ) が始めたTPP構想に乗ろうと決めたとき、日本の参加は想定していなかった。TPP参加国の半数は既に米国とFTAを締結済みであり、モノの貿易自由化率(対米)も98%以上の国ばかりだ。言い換えれば、重たい 「宿題」 は残っていない国ばかり、「高水準の通商協定にすぐ乗れる国」 の間で手早くTPPをまとめるのが米国の戦略だったはずだ。

  しかし、日本はそういう8ヶ国とは対照の極にある。農産品の貿易自由化度が低いので 「関税ゼロ」 原則を呑めずに 「足手まとい」 になる可能性が高い。おまけに経済規模が大きいし、それなりに強い品目 (自動車等) も持つ。こういう国を入れれば米国内にも反対が起き、説得が難しくなる。

  米国にしてみれば、「日本に 『TPPに参加しろ』 と要求した覚えはない、最初に日本が 『参加したい』 と言い出したんじゃないか」 という気持ちだろう。いまも通商専門家や自由貿易推進派の米国農業界などには、日本の参加を迷惑がる気持ちが強い (「アメリカが日本にTPP参加を強いる」 との陰謀説は正しいか?」)。

  以下は筆者の憶測だが、米国政府内では、日本の非公式な参加意向を受けて、「日米関係」 を担当する 「政務」 畑が 「通商」 畑の消極論を押し切ったのではないか。「日本はいま中国の脅威が日増しに強まるのに鳩山政権時代に日米関係に波風が立ってしまったことを不安がり、おまけに大震災で打ちのめされている。その日本からの参加意向を 『あんたは来なくていい』 と手で払うのは、日米関係全体から見て非常にまずい」 と。

  そう感じるのは、日本の推進派の中にも 「TPPに入らないと日米関係が損なわれる」 と、呼応するように言う人がいるからだ。仮に筆者の憶測が正しいとすると、無理からぬ反応ではある。「『参加したい』 と言い出したのはこっち (日本) だ。既に国務省の役人だけじゃなく、オバマ大統領まで担ぎ出してしまった。今さら 『やっぱり止めます』 と言えば、先方に迷惑をかけ、信頼を失ってしまう」 と。しかし、それは副次的に考慮すべき文脈ではあるが、それだけで通商交渉が進められるものではない。

  日米通商摩擦が激しかった80年代を役所で過ごし、とくに最後の日米貿易摩擦になった1995年の自動車紛争を直に経験した筆者からみると、いまの米国政府は 「対日経済問題」 への熱の入らなさが顕著だ。「日本が米国政府のレーダースクリーンから消えた」 と言われて久しい。有望市場、そして貿易摩擦の多発相手国としての地位は、とうの昔に中国に取って代わられている。TPP反対派の人達は 「年次改革要望書」 を怖れるが、逆から言えば対日関心の低下を反映して、いま米国で対日経済要望をまとめた文書は、これくらいしかないのである。

  大統領はじめ米国のハイレベルが乗り出して 「政治化」 する通商案件は、政府自らが好んで持ち出してくる訳ではない。多忙を極める彼らを特定案件にコミットさせるには、政府の行動を求めるスポンサー業界・集団が献金やロビイングに大枚をはたく、あるいは票をちらつかせる必要があるのが米国政治だろう。 いま対日案件のために、そこまでする業界・集団があるだろうか。ここでも焦点が中国に移っていることは、日常の米国発報道で明らかだ。

  以上を総合すると、TPP反対派の懸念の多くは杞憂である可能性が高いが、反対論がここまで燃えさかったのは 「政府がきちんと情報を出さないせいだ」 とする批判が強い。政府は批判を受けて情報収集の結果をネット上でも公表した(TPP協定交渉の分野別状況(PDF))。有用な資料だが、内容が専門的すぎて一般の人には理解できないのが難点だ。仮にTPP交渉に参加する場合、日本にとってしんどい宿題になりそうな問題を筆者なりに整理すると、次のとおりだ (表3)。大揉めになり最大の障害になるのは、何と言っても農産品の関税撤廃だろう。
chart 3

 「ボゴール宣言」 を忘れて惰眠を貪ったツケ

  「情報不足」 の批判に対して、推進派は 「現メンバー国の交渉自体が始まったばかりだし、参加して交渉してみなければ分からない」 と釈明するが、昨年来TPPの話が 「唐突に浮上した」 印象を持つ人は多いと感ずる。「なぜ、いま、TPPなのか?」 と。

  一見 「ごもっとも」 だが、TPPを 「唐突だ」 と感ずるのは、日本がアジア太平洋地域の動きに関心を払ってこなかったせいである。今年1月に書いた拙ブログでも述べたが、APEC加盟国は1994年、インドネシアで 「ボゴール宣言」 という歴史的文書に合意した。日本など先進国メンバーは2010年までに域内貿易を完全自由化し、途上国も2020年までに完全自由化を終えることになっていた。

  ボゴール宣言は法的拘束力のない政治宣言だったので、日本は宣言のことをすぐに忘れたが、他のメンバー国は忘れなかった。2001年、日本は 「突如」 浮上した中・アセアンFTAに 「太平の眠り」 を覚まされたが、ボゴール宣言の文脈から見れば、それば決して 「唐突」 な動きではなかったのである。その後日本は 「中国にアセアンを取られてはならじ」 と巻き返しを始め、それは幾つかのEPAとして結実したが、農産品問題は常に 「例外」 扱いを続けてきた。

  皮肉にも先進国の自由化期限の来た昨2010年、APEC議長国の番が日本に回ってきた。会議の成果は「横浜ビジョン」としてとりまとめられたが、その副題は 「ボゴール、そしてボゴールを超えて」 だった。首脳宣言では改めて 「アジア太平洋自由貿易圏 (FTAAP)」 の実現が謳われた。

  TPPも以上のようなAPEC17年間の流れの上にある。米国がTPPに乗っかって狙うのは、世界経済の過半を占める 「アジア太平洋地域」 との連携を強化したい (平たく言うと 「もっと食い込みたい」)、そこに今後の米国の通商課題解決に役立つ「高水準な」通商協定を作りたいということである。そのことは、APEC横浜首脳会議に際して、ホワイトハウスが出したプレスリリース 「TPP:地域協定に向けた進展」 に表れている。また、いま米国政府が日本政府に早く結論を出すよう催促しているのも、11月中旬にホノルルで開催されるAPEC首脳会議の傍らでTPPを宣伝する目玉にするべく、残る4週間の間に9ヶ国の交渉を行う予定だからである。

  以上の経過を振り返れば、「TPP参加構想は唐突だ」と言う日本を他のAPECメンバーがどう見るかはご想像いただけるだろう。喩えて言えば、さんざん昼寝した後で「なぜこんなに急に日が暮れたんだ!?」 と騒ぐ人のようなものである (TPPとAPECの関係については再度後述する)。

  民主党政権のTPP参加に向けた段取り運びは周到とは言えない、どころか、党も政府もバラバラ、泥縄の誹りを免れない。しかし、遡って考えれば、いまのドタバタの責任は自民党にもある。ウルグァイラウンドで 「米一粒たりとも輸入せず」 と公言して世界中の顰蹙を買ってから下野するまでの16年間、ボゴール宣言を忘れて惰眠を貪った責任の大半は、自民党が負うべきである。

 「TPPは日本にとってメリットが乏しい」 か

  TPP消極論の中には 「TPP加盟は日本にとってメリットが乏しい」 というのもある。経団連は 「TPPに加盟しない場合、日本とTPP加盟国の対米輸出に関税分だけのハンディが生まれ、ますます産業が空洞化する」 と主張している。とくに、自動車やIT産業の最大のライバルになった韓国が (TPPではないが) 米韓FTAにより免税輸出のメリットを手に入れることに危機感を強めている。しかし、消極論は 「関税のハンディと言っても、たかだか2〜3%、為替の一日の変動幅と大して違わないからメリットが乏しい」 と言うのである。

  TPPはモノ貿易だけでない。過去WTOでサービスや投資についてほとんど約束をしていないアセアン諸国がTPPでまとまった譲歩をするならば、この地域に多大の投資をし、今後の市場成長にも期待する日本産業界にとってメリットが大きい、と言いたいところだが、現状ではTPPに参加しているのはシンガポール、ブルネイ、マレーシア、ベトナムだけで、タイもインドネシアも未参加である点もTPPのメリットをアピールしにくい別の理由だ。

 日本はFTAAPを見据えて準備せよ

  この 「メリット乏しい」 論に一理あることを認めつつも、筆者は二つの点で異論がある。第一の異論は 「ボゴール後の惰眠」 批判の延長線上にある。上述したホワイトハウスのプレス発表を読めば一目瞭然、TPPは米国がアジア太平洋地域統合 (FTAAP) の主導権を取るための 「この指止まれ」 運動だ。そこで当然浮かぶ疑問は、「米国は域内の経済大国ナンバー2中国をどうするつもりか」 だ。米国は (簡単ではないし未だ先の話だが) 「中国もTPPに取り込みたい」 という考えだろう。そうでなければ 「アジア太平洋地域」 の経済的魅力は、半減以下になる。

  そう言うと、「中国はTPPに参加しないはず」、さらには 「TPPは中国に対抗するための経済版 『自由と繁栄の弧』 だろう」 などと勝手に思いこんでいる人には甚だ異に聞こえるかもしれない。

  中国は今のところTPPを静観しているが、「参加しない」 「興味なし」 と言ったことは一度もない。筆者が付き合ってきた経験から判断すると、米国がTPPでやっている 「この指止まれ」 運動をぢっと観察しているはずである。仮にアジア太平洋地域統合の 「勝ち馬」 になりそうな気配が生まれれば、自国加盟のメリットを最大限に売りながら、主導権を取り返すべく猛然と行動を開始するだろう。

  「中国は東アジア連合を結成して米国主導のTPPに対抗するのではないか」 中国は 「太平洋の真ん中に線を引く」 式の市場分割を米国が決して許容できないことをよく分かっている。途中の過程では 「したたか」 な中国らしく、「米国だけが調和を乱している (その他諸国だけでまとまれる)」 等々、米国が嫌がる揺さぶりをかけるだろうが、それも正・反・合の弁証法プロセスである。中国にとっても、最終ゴールはアジア太平洋地域全体の地域統合を措いてない。

  この観点からすると 「アセアン+3」 のFTAもTPPもゴールは同じ、いわゆるFTAAP (アジア太平洋FTA) なのである。日本にはTPPを 「(米国の)属国の途」 だと批判し、「東アジアFTAを進めるべきだ」 とする意見があるが、いったい誰と一緒に進めるつもりなのか。少なくとも中国は 「そんな危ない橋」 を渡る考えはないと断言してよい。

  「TPPは日本にとってメリットが乏しい」 のは事実だが、それでは論者はどのような代替提案を持つのか。日本のTPP参加を巡るあと数週間の調整の結果は予断を許さないが、仮に参加断念となったら、また 「昼寝の続き」 をするつもりだろうか。しかし、次に目を覚ますときは 「米中、FTAAP交渉入りで合意」 のニュースが一面に踊っているかもしれないのである。これ以上惰眠を貪って、日本はアジア太平洋で生きていけるだろうか。

 協定そのものよりも加盟を目指した国内改革努力が重要

  「メリット乏しい」 論に対する第二の異論は、TPPの効果それ自体より、TPPに加盟できるだけの体力をつけ、備えをする、その過程で日本の後れた産業セクターの競争力強化、生産性向上を図る努力をすることが大切で意味があるということである。いわば国内改革推進の触媒として、TPP加盟というイベントを使うということだ。

  筆者は 「わずか1.5%の農業の支援のために、98.5%が犠牲になっても良いのか」 といった 「ゼロサム」 思考の農業批判には反対だ。農業も日本経済活性化のために今後伸ばすべき重点セクターの一つだからだ。農業の中でも野菜や果実など自由化が進んだセクターは、高いパフォーマンスを挙げている。農業の病理はコメ、麦といった主食作物に集中しているのである。

  最近 「日本農業が必ず復活する45の理由」 (浅川芳裕著 文藝春秋社) という本を読んで、そのことを再確信しただけでなく、農林水産業は以前の職をリタイアした50〜60歳代の人達の重要な再就職先であることを知った。「日本農業はあと10年もすれば高齢化で殆ど消滅する」 と思いこんでいたが、どっこい、そういう人達の絶え間ない参入があるから消滅はしないのだ。これからの日本では、人は70歳まで働かなければならない。農林水産業は若者に 「月給の得られる職場」 を提供するだけでなく、高齢者の就業先としても重要な意味を持っている。

  農業は競争原理だけでは事が済まない。市場開放と並んで環境保全・中山間地コミュニティ維持といった政策のために、甚だ不十分ながら、民主党政権が 「戸別補償制度」 の土台を作った (これが先進国の 「業界標準」 である)。これからは 「バラマキ批判」 に対応して体質強化を目指す制度改正をしていくべきときだ。

  農業以外のセクターも、ただ 「自由化は怖い、イヤだ」 だけでは駄目である。日本は過去牛肉、オレンジ、保険といった分野で、米国の圧力を受けて市場開放をしてきた。牛肉もみかんも 「自由化すれば国内生産者は壊滅する」 と反対論が叫ばれたが、結果はどうだったか。

  牛肉は高級和牛と輸入牛肉に棲み分けし、吉野家やすき屋が生まれた。果実はみかん以外の品種も含めて産業としての実力が向上した。保険も商品が多様化し消費者利便が向上した。「弱国心態」 にあると、「海外に雇用を奪われる」 といった不安ばかりが先に立ちがちだが、競争促進の結果は雇用も増大することを示している。逆に言えば、黒船襲来を怖れるTPP反対論者は 「狙われている」 業種の現状に 「消費者」 として満足しているのか。

 結論

  TPPを巡る日本の現状を総括することは簡単だ。「惰眠を貪っていたせいで、アジア太平洋の地域統合で後手を引いた」 と。農産物を始め高度な自由化への備えをきちんとしておれば、日本からFTAAP交渉を提唱することだって不可能ではなかった。韓国はさすがに自ら提唱することはしないが、対応準備を終えた。既に米韓FTAで宿題を済ませた韓国がTPP参加表明をしないのはなぜか、読者は不思議に思われないか?筆者は 「アセアン+3」 のFTA、TPPのいずれに転んでも対応できる準備を済ませて、今後の米中両国の主導権争いに臨機応変で対応する備えをしたということだと憶測している。

  日本はなにより、まず口先だけでなく本当に大型FTAに加盟できるように、自由化に備える国内改革を急がなければならない。ハーフマラソンを完走する体力もない人間がフルマラソンを云々しても嗤われるだけである。

  本来は韓国のように今後アジア太平洋で進む地域統合へのフリーハンドを保持すべく、外の動きに先んじて国内改革を進めておくべきだったが、後手を引いたせいで、米国主導のTPPの方が先にやって来てしまった。しかし、遅ればせでもTPP参加を触媒として国内改革に着手すべきである。理想からは遠いが、参加を断念して 「昼寝」 を続けるよりは百倍マシである。同時に、「最後はFTAAP」 「やがてその主導権を巡る米中の角逐が来る」 ことを忘れないようにしたい。
(平成23年10月24日記)

本稿は「アゴラ」及び"BLOGOS"に投稿されたものです。


10月16日(日)の日経新聞「創論」面に、コマツの坂根正弘会長とご一緒に
させていただいた対談が掲載されました。遅まきながらお知らせいたします。

「中国経済いつまで好調」(電子版(有料))



October 22nd, 2011
文化改革と言論統制 ( 津上のブログ )
文化改革と言論統制
六中全会「文改」決定に思うこと



  10月15日から開催されていた中国共産党の 「六中全会」 が今週閉幕し、「文化体制改革及び社会主義文化の大発展大繁栄に関する若干の重大問題に関する決定」 が採択された。

  この 「決定」 をどのように理解したらよいのか勉強中だが、まず背景として、大国として復活を成し遂げ、そのことに中国人が自信を深めつつある中国だが、こと文化的な影響力といった面では西側との懸隔が依然甚だしく、これからはもっと 「文化強国」 にならなければ…という認識がある。

 六中全会 「文化改革」 決定は文化産業振興政策なの?

  この決定に関する評論をあれこれ読んでいると、公(益)的な 「文化事業」 と商業的な 「文化産業」 をもっと区別し、後者は重要産業として育成発展させようという狙いが指摘されている。これに沿うように数年前から国有メディア・出版社の企業改造なども進められてきた、とも。当事者でもあるメディアも 「事業と産業の区分け明確化」 を明るいニュースとして歓迎している風がある。ふーん、そうなのか…。

  言わば、中国版 「文化産業振興、文化産業政策」 みたいな経済政策の色合いがあるのかなと思うが、今ひとつしっくり来ない。その原因を考えてみると、やはり今の中国で顕著な問題 「言論統制」 がどうなるのかがよく見えないからだ。

  元来、公益的な 「文化事業」 と商業的な 「文化産業」 の区分、役割分担がはっきりしなかったのは、思想や言論といった 「敏感」 領域が強い統制の対象であり続け、「産業」 側も常に当局の顔色を窺わざるを得なかったためだろう。「今後、文化産業を振興する」 のはよいが、そこでの思想、言論の取り扱いはどうするのか。「思想・言論は公益事業の領域、産業は娯楽だけ扱っておれ」 というのでは 「文化強国」 の途は拓けてこないだろう。という訳で、この 「決定」 が持つ本当の狙いや実際の効果については、いま暫く勉強を続けたい。

 言論統制が中国ソフトパワーの純資産を大きく減殺している

  今日このポストをしたくなったのは、決定の中に 「国家の文化ソフトパワー (軟実力)を高める」 というくだりがあったからだ。「文化強国になる」 の別表現だとも解せるが、筆者は近著 「岐路に立つ中国」 でも触れたテーマなので、「ソフトパワー」 の語に反応してしまった。

  最近は中国でも 「国のソフトパワーを高めることが重要だ」 と言われるようになったが、一国のソフトパワーを考えるときは、「資産」 と 「負債」 の両面を考慮する必要がある。喩えて言えば 「ソフトパワー勘定」 だ。「中国文明」 や 「改革開放で達成した驚異的経済成長」 は中国の大きな 「資産」 だが、同時に 「言論を統制し、人権を弾圧する」 中国共産党と政府の 「悪漢」 イメージは最大の 「負債」 項目であり、世界における中国ソフトパワーの 「純資産」 を大きく減殺している。

 通信監視のお手本は米国にあり

  中国が本当にソフトパワーの伸張を目指すのなら、資産の部の拡充だけでなく、負債の部を減らすことを考えたらどうか。近著でも述べたことだが、その点で筆者がぜひ検討してもらいたいのは、言論統制のやり方の刷新だ。政府や党の立場・意見に対する異見・批判を、その場で情報遮断し、直ちに人を逮捕・拘束するのでなく、事後取り締まり (真に危険と認められる段階での逮捕・拘束) に留めるかだ。中国と米国の治安対策の決定的な違いは、そこだと思う。

  米国は自由と人権の守護者を自認する国だが、とくに911以降、テロ対策が強調されるようになり、ずいぶん違った顔を見せる国になってきた。

  米国は、海外での通信 (電話、メール等) に対しては、以前から大々的な盗聴活動を行ってきたが、国内、国民間の通信の盗聴は、憲法が保障する通信の自由との兼ね合いで少なくともおおっぴらにはされてこなかった。それが911以降は、大がかりに、しかも裁判所の令状もなしで行われるようになったようなのである。

  もちろん、実態が公表されることは稀だが、少しググれば、NSA (National Security Agency 予算も活動もほとんど公開されない謎の連邦機関) による通信の秘密侵害を告発する民間サイトが米国にたくさんあることが分かる。人気TVドラマ 「24」 で描かれたハイテク駆使の盗聴・捜査活動は、あながち荒唐無稽ではないのである。メールに 「アッラー」 と書き込めば、盗聴システムにヒットし、怪しければFBIが送信者の周辺を洗い、必要と判断されれば本格的な内偵・尾行が始まる…という意味では、米国でも言論は監視され、ときに取り締まられているのである。

  ただ、中国との違いは、あくまで言論の静かな監視が中心、それがテロ等の暴力に発展しないかどうかを見張っているということであり、中国のように言論自体を遮断、発言者を逮捕・拘束してしまうといった 「粗放的」 な取り締まりはしないことだ。

  中国でもネットの発達に対応するため、先端的なIT技術を駆使した言論統制手段が急速な進展をみせている。公安関係の情報セキュリティ対策 「グレート・ファイアウォール」 (長城防火壁) がこれに当たり、当局が基幹通信回線(バックボーン) に対して、キーワードを基にしたフィルタリング規制 (規制対象の語彙を含むウェブや通信を割り出して接続を規制・遮断する等) を行っているほか、ポータルやブログサイトの運営業者 (既成マスコミを含む) による自己検閲も義務化されている。この結果、伝統的な媒体だけでなく、インターネット上のニュースサイト、ポータル、ブログ、掲示板などはみな規制を受けており、「不適切な」 内容は遮断されるか、削除される運命にある。

  技術とシステム整備のレベルはさらに高度化し、ネットカフェからの送信でも直ちに発信者を割り出したり、追跡したりできるインフラを備えたと言われる。身分証の呈示やクレジットカードの利用からターゲットの所在を即座に割り出せるようなシステムの連携も進んでいると言われる。

 中国も 「事後取り締まり」 中心に転換せよ

  しかし、実のところ、このような仕組みは米国NSAの盗聴システムをお手本として整備されたものである。それが 「米国に追い付いてきた」 ということだ。そうであれば、いっそのこと、中国も遮断する情報の範囲を順次でいいから縮小して、事後の取り締まりを中心にするよう改めることはできないのか。

  近著でも述べたが、ポイントは運用基準の明確化と自制だ。テロリストや暴力・騒擾の煽動者など、社会に切迫した危険をもたらす者を追跡・拘束することは何処の国でもすることだ。上には米国の例を取り上げたが、米国以外の 「西側先進国」 もテロ対策の観点から、盗聴監視といった領域に既にずいぶん踏み込んでいるはずである。「棲みにくい世の中」 になったものだが、社会の脅威が国と国の戦争から国のかたちをとらないテロ集団みたいなものに重心を移しつつあることは否定のしようがない。善し悪しを別に、「西側」 社会も我々が自分達で思っているほど、自由で規制のない社会、な訳ではないのである。

  しかし、言論を遮断したり、切迫した危険のない知識人まで逮捕・拘束したりすることは、中国の 「異質性」 を世界で際立たせ、ソフトパワーの負債を増大させる。情報は努めて遮断しないようにする、逮捕・拘束の運用基準も 「体制を批判したかどうか」 ではなく、「それが暴動や混乱を引き起こす現実の危険があるか」 に改めるべきだ。

  以上のような漸進的、微温的な提案は、中国の人権問題を追及する人達から 「甘い」 「宥和的」 だと批判されそうだ。情報遮断や即時逮捕が影を潜めても、いつ公安に拘束されるか分からない不安の下では、自由闊達な言論も文化産業の発達も見込めないと言われれば、そのとおりだ。

  しかし、社会も人の意識もどんどん現代化するいまの中国で、言論統制だけが旧態依然という現状は、どうみてもサステナブルではない。中国は既にその動静、行く末が世界中に多大な影響を与える重要な存在だ。その中国が始終 「いまのような政治体制や言論統制のままでは早晩、大問題が起きるのではないか」 という不安を世界に撒き散らすのは困るのである。

  どこかから変えなければならない。とすれば、まずここらへんから始めてほしいと思うのだ。そこらへんを改善することは、中国自身にとっても文化産業の振興や中国のソフトパワーの負債減らしに役に立つはずである。
(平成23年10月22日記)

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