Tsugami Toshiya's Blog
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ブログ 津上俊哉
October 22nd, 2017
中国「IT社会」考(その2) ( 津上のブログ ) New!

  前回取り上げた中国のシェアライド(タクシー)、シェアバイク(自転車)などは米国発のビジネスモデルをパクっただけ、と思えなくもない。

中国発サービスも出現

  しかし、中国発&初のビジネスモデルも出現し始めた。アリババ・グループの「芝麻信用(ジーマー・クレジット)」に代表されるクレジット・レーティング・サービスだ。
一言で言うと、個人や企業の信用度を「見える化」するサービスで、当初は同じグループ内のオンラインショッピングサイトでの個人の購買・支払事故歴や金融機関の信用情報などのデータベースを元にスタートした。個人の場合は950点満点、企業は2000点満点(企業誠信体系)で、信用度が採点される。
  この信用システムを様々な企業、さらには政府までが利用し始めた。評点がX点以上あれば、各種サービス料金が割引になったりデポジットが免除になったりするところから始まって、空港のセキュリティ・チェックで専用レーンが通れる、700点以上あればシンガポールやルクセンブルグのビザが取れる等々メリットはどんどん拡大している。「逆もまた真なり」で、評点が500点に届かないと、いまやきちんとした職に就くのは難しいと聞く。
  つまり、この新しい社会システムは、人々に約束や契約を守ること、善行を奨励するインセンティブを供与し、逆に約束違反、悪行にペナルティを科す仕組みなのだ。

プライバシーとの関係?

  そう聞くと、我々は「プライバシーは守られるのか」という不安を覚えるが、中国の人は個人情報を管理され、閲覧されることに驚くほど寛容だ。「もともと約束を守らない我が中国の悪弊が是正されるなら大いに結構だ」等々。
  何かにつけて「個人情報保護」がうるさくなった日本とは対照的に、中国では個人が裁判で訴えられたか敗訴したかといった情報もネットで検索できるようになった。さらに、上記の「芝麻信用」とは別に、裁判で敗訴してもなお債務を履行しない債務者に対しては、裁判所に「高額消費の制限措置」を申請できるようになった。申請が認められると、相手方は飛行機にも新幹線にも乗れなくなる(切符の購入に必要な実名・身分証番号をブラックリストに載せる)。
  つい最近まで、「中国=約束・契約を守らない国」を常識としてきた我々日本人にとって、この10年の変化は驚くべきものだ。「あと10年経つと、中国は世界でもいちばん約束を守りマナーの良い国になるのでは」という冗談さえ聞かれるようになった。

似た仕組みはインドでも

  このような仕組みは、ジョージ・オーウェルの未来小説『1984年』が描くような監視社会を招くのではないか。そういうサービスが成り立つのは、共産党独裁で個人の自由が制限される中国だからではないか・・・そんな考えも脳裏をよぎる。
しかし、個人情報を身分証番号や指紋情報とヒモ付けして、各種の商業的、公共的なサービスと結びつける仕組みは、実はインドでも普及しつつあると聞く(「アドハー」システム)。ひょっとしたら、「プライバシーという遺制」に足を取られた先進国を途上国が抜き去りつつあるのだろうか。

人類社会の行方

  こういうシステムが普及すると、善行の奨励以外にもメリットがあるのだろうか。学者は取引のリスク・コストが劇的に低減するかもしれないことに注目している。「『見知らぬ人の間での信頼関係』という問題は莫大な取引コストを生じ、何十億ドルもの価値がある取り引きを妨げ、行われたはずの取り引きが行われずじまいになってしまっている」(ジョセフ・ヒース)。
  全員が顔見知りの小規模社会は取引リスクやコストが低いが取引の機会が乏しいのに対して、大規模社会はその逆だ。しかし、ITの発達は両者のいいとこ取りをして、経済の地平線を大きく拡げるかも知れない。
  どんな未来が人類を待っているかは分からないが、そんな未来の実験が中国で始まったことに時代の変化を痛感している。
(「国際貿易」誌 平成29年9月26日号所載)

September 11th, 2017
中国「IT社会」考(その1) ( 津上のブログ )

  スマホ・アプリを舞台とした中国ニュービジネスの繁栄ぶりは、日本でもようやく知られるようになってきた。QRコード読み取りで簡便化された支払サービス、GPSによる位置情報、ユーザーがサービスを採点するレーティング(星付け)、シェアリング・エコノミーという新しいビジネスモデル・・・そうしたものが組み合わさって、オンライン・ショッピングはもとより、シェアライド(タクシー・アプリ)、シェアバイク(自転車)、宅配サービス、各種の代行サービスなどニュービジネスが雨後の竹の子のように急成長している。

支払サービスが共通の舞台

  このニュービジネス成長の共通の舞台になっているのは、QRコードで口座を読み取る支払・送金サービスだ。日本にも「おサイフケータイ」があるが、中国のサービスの強みは、およそお金を払う場所全てに共通のプラットフォームが普及したことだ。商店やレストランだけでなく、屋台や夜店、はては街頭で物乞いをする人までQRコードを持っているという笑い話まである。個人間の支払・送金もワンタッチで済むから、割り勘もスマホで済む。だから若者は財布を持ち歩かなくなった。

低コストが経済を変える

  もう一つ重要なポイントは、この支払サービスの利用手数料が極めて低廉なことだ。0.1%とか、条件付きながら無料とか、日本などのクレジットカードが加盟店側から3%を徴収するのと比べると、雲泥の差がある。この点からみると、いまや中国の支払サービスは利用者数世界最大の「フィンテック」だと言って良い。
  売上の3%を抜かれるか否か・・・利益率を考えたとき、この差は大きい。この舞台の上で成り立つ商売の地平が大きく拡がるのだ。それだけでなく、入金は確実で取りっぱぐれがないし、ユーザーがサービスを採点するレーティング(星付け)システムが備わっているおかげで、高い評価をもらえれば広告宣伝費もかけずに検索上位に並ぶことができる。
  こんなプラットフォームができたおかげで、普通のおばちゃんが団地で弁当宅配サービスを始めた、「味も配達の愛想も良い」と高いレーティングをもらった、注文がどんどん入るようになり、配達のバイトを雇って目の回る忙しさ・・・という風に、ITのおかげで、こと商売に関するかぎり、市井の人でも起業できる、まことに民主的なビジネス環境が中国に生まれている。

  翻って我が国。クレジットカードはどうして3%も手数料を取るのか? 会社の人に尋ねると「客へのポイント還元のコストが嵩むから」だそうだ。貯まったポイントで年に一、二度ギフトをもらうのもけっこうだが、そのギフトを諦める代わりに、いち個人でも努力すれば報われるニュービジネス育成の環境が整備されることの方がずっと意義深い気がするのだが。

スピード勝負

  もう一つ、中国ニュービジネスの急速な発展を語るときに忘れてならない論点は、事業展開のスピード感だ。
  アリババは今の支払サービスの前にオンライン・ショッピングのお金を一時預かりする「理財」サービスを始めた。そこで預かった金の運用収益のほとんどを消費者に還元したのだろう、銀行定期預金を上回る金利を付けて銀行から大量の預金を奪った。怒った国有銀行たちはこのサービスを踏み潰したかっただろうが、成長が速すぎてもう潰せる小ささではなくなっていた。シェアライド(タクシー・アプリ)の滴滴は内外のファンドから調達したエクイティ資金を財源に邦貨で数百億円のクーポン(初度利用のボーナス)を散布して一気にユーザーを開拓した。シェアバイクの設備投資もそうだが、成長すると見込んだ市場に一気に資源を投入して時間を買う・・・MBA課程で使うベンチャービジネスの教科書にそのまま載せられるような大胆な戦略だ。

  日本がいまの中国から「学習」しなければならないのは、スマホ・アプリや(個々の)ビジネスモデルだけではなさそうである。
(「国際貿易」紙 平成29年8月25日号所載))

August 5th, 2017
中国バブルはなぜつぶれないのか ( 津上のブログ )
中国バブルはなぜつぶれないのか
(朱寧 著/森山文那生 訳 日本経済新聞出版社刊)
ainoshougeki

 
 真っ赤な表装にデカデカと「中国バブル」というタイトルがふられた本書は、一見するとキワモノ中国本に見えるが、著者の朱寧氏は米国で経済学の研鑽を積み、カリフォルニア大学でテニュアも獲得した本格派の学者であり、本書には2013年ノーベル経済学賞受賞者でもあるロバート・シラー教授(イェール大学時代の著者の同僚)が序文を寄せている。

 中国では社債がデフォールト(債務不履行)で紙くずになる、ことはまずない。経営不振の会社はいくらでもあるが、そういう会社が社債の利払いや償還をできそうもなくなると、不思議と肩代わりをしてくれる救い主が現れて事なきを得てきたからだ。
 (その社債の発行や販売に関わった)「金融機関は自らの評価を懸念し、監督当局者は出世を気にかけ、政府は社会の安定を重視している」「それゆえ本来投資家が債券類似商品に投資する際に負担すべきリスクは、万一の事態になってもそれらの機関が背負ってくれる」からだ。これまでがそうだったし、多くの投資家はこれからもそうだろうと信じている。

 実は社債のような金融商品だけでなく、不動産についても同じ仕組みがある。北京の都心で広さ100屬凌恵曠泪鵐轡腑鵑蓮△い泙籠本式に測ると3億円はする。それでも未だ値上がりしそうな気配だが、買う人はバブル崩壊が恐くないのだろうか。
 逆なのだ。中国景気の先行きを悲観する中国人は急増しており、事業に実物投資することをためらっている。「そういう先行きが不安なご時世だからこそ、カネは不動産に投じておいた方がまだ安全」という感覚なのだ。外国から見ると理解に苦しむ選択だが、中国ではそれなりの根拠がある。「マンション価格が2割も3割も下落する事態を地元政府が放置するはずがない」と信じているからだ。事業投資は下手すれば全損もありうるが、不動産に投資すれば悪くても1,2割の値下がりで済む・・・それは幻想ではなく、これまで何度も経験済みだ。その経験に基づいた政府への期待が不動産価格を際限なく押し上げている。

 それだけでなく、著者は本書の中で、深刻な過剰生産能力の問題、シャドーバンキングの異常な膨張などの問題も取り上げて、GDP成長を至上と考え、安定を好む政府が投資の失敗の尻ぬぐいをしてくれるだろうという期待が中国経済を歪めていることを描き出している。

 「暗黙の保証」とも呼ばれるこういう慣行・仕組みが「投資家に無謀な投資をそそのかす結果になり、その無謀な投資が過剰投機や資産価格のバブルを引き起こす」・・・昨年出版された本書の英語版タイトル”Guaranteed Bubble”(「保証されたバブル」)にはそういう意味が込められている。「中国経済と金融部門の構造改革がおこなわなければ、このバブルは最終的には崩壊に至る」ことが保証されているという警告もこのタイトルには込められているという。

 評者も自分の近著(注)でまったく同じことを主張した。「中国バブルはなぜつぶれないのか」・・・評者なりの言い方をすると、「このバブルは既に崩壊しているべきなのに、『お上の暗黙の保証』の慣行・仕組みがあるために崩壊しないでいる。それがいまの中国経済の問題だ」ということになる。
 中国の失敗をあげつらいたくてそう言うのではない。人間の生理に喩えれば、バブルは傷んだ食物を食べてしまったようなものだ。それで吐く、下痢をする(=バブル崩壊の症状)のは、毒を体外に排出しようとする行いで、経済の正常な生理なのだ。そうせずに毒を体内に留め置く、果ては傷んだ食物をなおも食べ続けることが中国経済の健康にどのような影響を及ぼすか、を心配してそう言っているのだ。

 本書の最大の値打ちは、中国経済がいま直面する多くの問題が、実は「暗黙の保証」という形をした政府の経済干渉及びそれがもたらす企業、国民の側の「期待」という同根の原因に発していること、そして、その改革が急務であることを分かりやすく説いているところにある。

 そう述べた上で、以下三点コメントしたい。
第一、本書はおそらく著者が数年前から様々な問題について書き溜めてきた論評を一冊の本にまとめ上げたものではないか。記述される中国経済の状況は2012年から2014年頃にかけてのものが中心だが、地方債を巡る状況、政府の経済運営、金融業のレバレッジ問題の更なる悪化など、情勢は数年前からさらに大きく変化しつつある。その点で内容がやや旧くなっている点は留意して読む必要がある。

第二、本書は第11章で海外における「暗黙の保証」の事例として、2008年世界金融危機の発端になったファニーメイ・フレディマック(住宅ローン保証会社)や「大きすぎて潰せない(TBTF)」判断に基づく大手金融機関の救済、誇張された格付けを得た仕組み投資(SIV)商品も取り上げている。読んでハッとした。たしかにそのとおりだ。これは中国に限られた問題ではない。同様のインセンティブがあれば洋の東西を問わず同様の病理が生じうるのだ。
  日本だって同じだ。最近評者が気になっている事例を挙げれば、評者の古巣経済産業省がやっている東芝救済だ。原子力に会社の将来を託す賭けが失敗した・・・そこまでは仕方のないことだが、その後の隠蔽・先送りのひどさは、この会社を株式市場に留め置いてはいけないことを示している。
  にもかかわらず官庁主導で「何が何でも潰さない、上場を維持させる」と言わんばかりの介入が行われている。この先例が「日本を代表する製造業であれば、政府が救ってくれる」という甘えを増長させ、「改革を断行しなければ会社が潰れる」という危機感を薄れさせ、第二、第三の東芝が後に続く結果を生まないかと評者は懸念する。

第三、では中国はこの問題をどう解決したらよいのだろうか、解決できるのだろうか。この点について本書が提示する処方箋は、例えば2013年の中国共産党「三中全会」が決定した改革案と共通するスタンダードなメニューだ。輸出競争力や労働生産性の伸びなど「成長エンジン」が最近衰えていることに警鐘を鳴らし、「成長の速度よりも持続可能性が大切」、「市場に決定的な役割を担わせる」「デレバレッジ、デフォールトと破産の容認、金利自由化、ディスクロージャとコーポレートガバナンスの改善」等々。その方向にまったく異論はないが、問題はほんとうに実行できるのかだ。
 なお、著者はとくに金融分野における「暗黙の保証」の解消を性急にやってはいけないことも強調している。「ショック療法は予期せぬ事態と手に負えないリスクをもたらす」として「漸進的な改革」を提唱している。それは同時に、「中国経済がいまにも崩壊する」ような状況にはないという著者の情勢判断も伴っているのだろう(評者もこの点は同意する)。
 では、このような処方箋で中国は問題を解決できるのだろうか。上述した米国における「暗黙の保証」事例を紹介するくだりで、著者は「(米国)政府が大手金融機関への暗黙の保証を終わらせ、投資家の暗黙の保証への期待を変えようと試みていることはどれもうまくいっていない」と言う。「金融危機後の銀行救済の規模はどんどん大きくなっており」「合併によりメガバンクはかつてないほどに巨大になって」いるため、「リスクが大きくなれば保証も大きくなり、保証が大きくなればさらにリスクが大きくなるという悪循環が生まれる」からだと述べている。
 ならば同じ理屈を米国よりもはるかに問題が深刻な中国に適用するとどうなるだろうか。いまは中国で教鞭を執る中国人の著者にこの点をぎりぎり問い詰めるのは気が進まないが、答は自ずと見えてくると言わざるを得ない。

 本書の末尾の一文は「失敗こそが、中国の暗黙の保証問題を解決する唯一の途であり、中国経済と金融システムを立て直すための方法だといえよう」だ。ここで言う「失敗」とは、著者が「もっと容認、普及すべし」と唱える「デフォールトと破産」のことだが、段落の小見出しには「企業、そして政府さえも」とある。まさに「失敗」のマグニチュードがどれくらい大きくなったときに、ほんとうの舵が切れるのかを中国は問われていると言えよう。
(平成29年8月5日 記)

注:「米中貿易戦争の内実を読み解く」(PHP新書)2017年7月刊

August 4th, 2017
暑い夏 − 五年に一度の人事を控えて ( 津上のブログ )


  5年に一度の共産党大会の開催を秋に控えた暑い夏がまたやってきた。委細は分からないが、この時期、避暑地北戴河で政治局常務委員はじめ党の最高幹部の人事案が国家指導者OBなどの長老組に根回しされるのだと言い伝えられる。

異変続きの前回

  前回の2012年は異変続きだった。2月に薄煕来の腹心だった王立軍が成都の米国領事館に駆け込む騒ぎが起きた。3月の全人大の期間中には薄煕来が失脚、同じ頃に中央弁公庁主任として実権を振るった令計画の息子が交通事故死、その醜聞が長老を交えた夏の会議で追及されて令の失脚に繫がった。8月下旬から9月前半にかけては、習近平主席が2週間ほど音信不通になり、原因について「暗殺未遂だ」「太子党に支持を求める隠密行脚だ」と憶測が飛び交った。

  そんなニュースがもたらされるたびに「劇画じゃあるまいし」と一笑に付していたら、後日大半が本当の話だったと聞いて、中国政治のイメージが覆されるほど驚いたものだ。人事はいずこでも争いの種になるが、選挙がない中国では、権力の所在と経済利益の配分を決める人事がよけい紛糾するのだろう。

  今年は前回と違って、表向きは平静だ。「党中央の核心」称号も手中にして権力を固めた習近平主席の2期目だからだろう。

しかし、少し目を凝らすと、床下ではいろいろ起きている気配がする。

(1) 王岐山攻撃

  筆頭に挙げられるのは、いまは事情があってニューヨークに逃れた郭文貴という不動産上がりの政商が(反腐敗の責任者である)王岐山紀律検査委書記とその夫人親族をネット上で執拗に攻撃していることだ。とくに夫人の親族が海南航空という会社を私物化して腐敗を重ねていると各種の「証拠」を画面上で示すものだから衝撃度が大きい。

  私は当初「掲げる証拠もどこまで信憑性があるのやら」と軽く見ていたが、5月に北京に行ったら、想像以上の大事件に発展しているのに驚いた。半年前には、国務院総理の呼び声もあった王岐山氏だったが、いまや政治局常務委員留任は遠のいたと見る人が増えていたのだ。 郭文貴の背後には金融分野を根城とし、今なお習近平主席に従おうとしない大物の存在も噂されており、また5年前のような党内抗争に発展しはしないかと不気味である。

(2) 海外企業買収へのメス

中国企業はここ数年海外企業の買収を盛んに行うようになったが、その中でも不動産や保険などで財を成した幾つかの民営企業集団の派手な企業買収は目を惹いた。   ところが、最近これらの企業による海外買収について、貸出や社債買い入れなどにより与信していた銀行に対して、金融当局が一斉検査に乗り込む事態が発生した。検査を受けた銀行の中には慌てて社債を売りに出すところもあり、対象企業の株価は大幅に下落した。

  負債に頼った企業買収はリスクが高すぎることが一斉検査の表向きの理由だが、タイミングもやり方も異例だったため、ここでも「背後に企業を庇護する大物がいるのではないか」「その大物に習近平政権が警告を送るためだったのではないか」といった憶測が飛び交った。

(3) 政治局員の更迭・処分

  7月15日には政治局員の肩書を持つ重慶市孫政才書記が突如更迭された(しかも腐敗問題で拘束されたらしい)。現役政治局員の拘束となれば、習近平政権下でも初の出来事になる。しかも後任に任命されたのは習近平主席の腹心の一人だ。人事が煮詰まる最終局面とは思えない出来事だ。

課題も山積

  人事のかたわらで、政権の課題も山積している。経済運営は上半期に不動産や金融で景気引き締め効果の強い政策を講じたので下半期には減速する可能性が高まっている。外交面では春の首脳会談で上々の滑り出しだったトランプ政権との関係が北朝鮮問題の停滞の煽りで暗転、貿易問題に波及する恐れも出ている。

内外ともに「人事の季節ゆえ、いっときお休み」とは言っていられない課題山積の情勢下、いよいよ北戴河の季節が幕を開けようとしている。
(「国際貿易」紙 平成29年7月25日号所載)

July 9th, 2017
対中外交の行方 ( 津上のブログ )


 前号で5月に北京で開催された「一帯一路国際協力サミットフォーラム」のことを書いたが、その後さらに大きな出来事があった。6月5日東京で開催された「国際交流会議アジアの未来」に出席した安倍総理が「一帯一路」構想を「洋の東西、その間の多様な地域を結びつけるポテンシャルを持った構想だ」と前向きに評価したことだ。

 安倍総理は一方で、(1)インフラ整備は万人が利用できるよう開かれ、透明で公正な調達がされること、(2)プロジェクトに経済性があること、(3)借り入れ国が債務を返済可能で財政の健全化が損なわれないこと、また(4)中国に対しては「国際社会で共通の考え方を十分取り入れる」ことを要請したという。無条件、手放しで「一帯一路」を礼賛した訳ではないということだが、従来「そういう点がはっきりしない以上、評価も参加もできない」という感じだったのに比べると、たしかに明確な姿勢転換だと評してよいのだろう。

3年前から変化
 前回も述べたことだが、「一帯一路」構想は最初に発表された3年前に比べて、内容が変化してきた。ユーラシアを横断する新幹線計画のような荒唐無稽な投資話は影を潜め、投資回収確実性が重視されるようになった。

 アジアインフラ投資銀行(AIIB)も、この3年の間に変化した。欧州勢など世界80ヶ国が参加した結果、中国主導色は薄まり、「国際開発金融機関」になりつつあり、世銀やADBの関係者もAIIBの初年度の事業を「滑り出しとしては上々」と評価している。

米国も変化
 日本の対中政策の方向付けに欠かせない米国の動静にも変化がある。3年前に初めて「一帯一路」やAIIBの構想が登場したときは、米国でも懐疑や反発の声が渦巻いたが、いまや当初のアレルギーは消え、世銀やアジア開銀もAIIBとの平和共存体制を構築しつつある。米国経済界にも「一帯一路」による受注に関心を寄せる大企業が少なくない。

 豹変しやすいトランプ政権が誕生したことが、この米国の「様変わり」感をいっそう強めそうだ。当初は「米中貿易戦争を始めかねない」と不安視されたこの政権が、4月の米中首脳会談をきっかけに、中国との良好な関係をアピールしている

 しかも、中国は「米国の輸出増につながる事業」として米国企業の「一帯一路」への積極参加を促している。トランプ氏として、これを断る理由はないだろう。米商務省も5月の北京フォーラムに先立ち、「一帯一路構想の重要性を認めて、北京の会議に代表団を派遣する」ことを書面で発表している。

無視できぬ北朝鮮問題
 以上のような中国や米国の変化と対比したとき、日本だけが3年前のまま変わっていないことを危惧していたが、先の二階自民党幹事長の訪中に重ねて、今回の安倍総理のスピーチに接して安堵した。

 安倍総理が今回方針を転換した背景には、トランプ政権の豹変(「梯子を外される」)リスクに備えるという意味合いもあるだろうが、もう一つの大きな背景は北朝鮮の核・ミサイル問題ではないか。

 安倍総理は6月19日の記者会見で、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮対応について、「米国があらゆるレベルで中国と連携して北朝鮮に圧力を掛けていくことが日本にも利益になる」と述べた。こんな言い方も従来聞いたことがなく、官邸の危機意識を窺わせる。

 北朝鮮の核・ミサイル問題の深刻度は異次元に突入し、今後の国の安全を守っていく上で、かなり根本的な事情の変更が起きてしまった。この問題で決定的な役割を果たす中国との外交関係を改善して、腹を割った協議ができるようにすることは、安全保障に関する喫緊事と言ってよい。「一帯一路」をめぐる協力は、そんな関係改善のために、最適の一歩であろう。

 今後日本が具体的に「一帯一路」について何をどう進めていくのかは明らかではないし、一本調子に協力が進むとは思えないが、門は開いた。各省庁も企業も、この青信号を励みに前向きに動いてほしい。
(『国際貿易』紙6月27日号掲載)

February 2nd, 2017
1月31日付けのポストについて続編 ( 津上のブログ )

【1月31日付けの前ポストにいただいたコメント】

 この論点からすると、共産党(軍)の海洋権益ゴリ押し路線が何故同時進行するのかがいささか腑に落ちず。小異と見逃してもらえるはずもなく、一帯一路を目指しても結局呉越同舟となってしまう点ではないか

【お返事】
 仰るとおり。もう少し韜光養晦の皮をかぶり続け、「平和的台頭」の路線を堅持し続ける辛抱が中国にあったなら、習近平がダヴォス演説で売り込むまでもなく、世界から次のリーダーとして推挙されていたでしょうに、と思います。「領土・領海を歴史上のマキシマムまで拡張しないと、ルサンチマンが癒やせない」という今の中国のキャラは、世界がダヴォス演説に簡単に乗る訳には行かないと感じる大きな要因です。
 ただ、ダヴォス演説を受けて20日に出た環球時報の社説はこう言っています。
…政治体制の違いのせいで、西側の認知を得たり「友人同士の親しい」感情を持ち合ったりすることは簡単ではない。しかし、世界から受け容れられ歓迎される大国になるために、中国ができることはあるのだ。

 自由貿易の旗を高く掲げたことは西側の称賛を得た。(中略)中国が己の能力によって国際社会の公共利益に合致することをもっと多く行い、世界が中国に期待するグローバル・アジェンダにもっと積極的に参画すれば、中国と世界の共通言語はもっと増えるということだ。

 自由貿易と気候変動の問題において、中国は既に世界の期待に応え、あるべき責任を負えるようになってきた。加えて、南シナ海での緊張も緩和され、中国の平和イメージを守ることができた。責任ある大国としての中国イメージにより幅広い裏付けが備わりつつあることが世界の中国に対する態度にも静かな変化をもたらしつつあると信じる。
 ツッコミどころは満載ですが、世界の半分くらいはここに書いてあるように感じていることも事実です。環球時報の社説には、経済問題で人民日報にときどき登場する「権威人士」と一脈通ずる、「あの環球時報」とは思えない理性的な論調がときどき登場するのですが、今回もそのクチなので、長々引用しました。

 さて、本題の南シナ海。過去2年間、中国はずいぶんとやらかして平和イメージを大きく損ないました。ただ、昨年CPAの仲裁判断を喰らって以降、大人しくなったことは事実です(「紙くず」とか言っちゃったけどね)。ASEANとの間でも長くお蔵入りになっていた「行動準則」を今夏を目途に合意するとを公約しました(「外部の干渉を受けずに当事者間だけで解決できる」ことをアピールするため)。フィリピンのドゥテルテ大統領の懐柔にも余念がありません。この結果、少なくとも「秋の党大会人事までは手荒なことはしないだろう」という観測も生まれていたのです。あるいは、「ここら辺でいったん事を収める」ことが党内のコンセンサスになっている可能性も。
 そこに来て昨今のトランプ騒ぎ。「ここでまた埋立工事を再開したりしたら、敵失を与えるようなもの。統一戦線づくりの邪魔をしてはならない」という意見は党内でいよいよ力を得て、党大会の後も大人しくし続ける可能性が出てきたと思います。社説の記述も、そこら辺の見通しを踏まえて書いたんじゃないでしょうか。

「それじゃ、心配された南シナ海問題も概ね終熄した? 」
ノーノーw。一時のことですよ。強硬派には暫時我慢させている訳だから、情勢が好転すれば、習近平はバランスを取るために必ず強硬手段を再開しますって。賭けてもいいw。

February 1st, 2017
習近平主席のダヴォス演説
G2路線を放棄、統一戦線に転換か
( 津上のブログ )
習近平主席のダヴォス演説
G2路線を放棄、統一戦線に転換か


 1月17日、習近平主席がスイスのダヴォスで開催された世界経済フォーラムに出席して「時代の責任を共に担って世界の発展を共に促そう」という演説を行った。
 このニュースを聞いた時は不思議に感じた。ダヴォス会議は総理や国家副主席の出番だったはず、しかも間近に迫った春節だけでなく、秋の党大会も控えて超多忙のはずなのに、と。
 だが、演説を見て、疑問はハハンと氷解した。大略以下のような内容だった。

 .哀蹇璽丱螢次璽轡腑鵑鯏┿襪垢襪里聾蹐蠅澄プラス効果がもっと全世界に行き渡るように工夫して、適応していかなくてはならない

世界経済が直面する問題を解決するために、イノベーション型成長モデルを重視し、自由貿易にコミットし、保護主義に反対し、己の都合でルールを曲げないようにし、もっと多くの人が平等に裨益できる開発モデルを探求し、併せて「パリ合意」や「持続可能な開発のための2030年アジェンダ」を実現して持続可能な開発を目指していくことが大切だ

中国は過去世界経済から受益してきたが、そこには中国人民の勤勉な努力もあった。同時に近年は世界の経済成長の30%分以上を中国が担う貢献もしている。昨年も6.7%成長を達成した。いまは困難にも直面しているが、前向きで適切な改革により克服可能であり、成長と発展の余地は極めて大きい

中国はこれからも開放的で透明、ウィンウィンな地域取り決めを目指して、FTAAPやRCEPを推進していく。人民元の切り下げで為替安競争をする考えもない

「一帯一路」構想は多くの国の賛同を得た。本年5月には更なる国際協力に向けた「一帯一路」フォーラムを北京で開催する


勝負手を放つ

 ぼうっと見ると、「きれい事を並べたな」と感じるかも知れないが、頭の中で何本か「補助線を引いて」見返すと、これは外交的にかなり重要な出来事だ。
 第一は、誰でも気付くことだが、トランプ米国新大統領の主張に対するアンチテーゼを意識的に打ち出していることだ。「グローバリゼーションを敵視するのは誤りだ」「己の都合でルールを曲げるな」「環境保護を重視すべきだ」等々、平たく言うと「当てこすっている」のに近い。対米関係は「当分様子見するのだろう」と思っていたが、こと経済に関するかぎり、はやばやトランプ政権に「立ち向かう」姿勢に転じたということだ。
 第二は、そうすると、これまで米国に対して提唱してきた「新型大国関係」は今後どうするのだろう?という疑問だ。トランプ大統領の様子を見て、「撤回」はせずとも、内心「断念・放棄」に近い判断をしたのではないか。
 第三は、これが世界の経済エリートに対して発せられたメッセージだということだ。これまでグローバリゼーションによって最も裨益し、貿易投資の自由化の信奉者でもある彼らは、いまブレグジットやトランプ大統領の登場を見て、今後の世界の行方に強い不安を感じている。習主席のこの演説は彼らを勇気づけたであろう。
 その点を捉えて「グローバル・リーダーの席を自分が占めようとする動きでは?」と見る西側メディアもあったが、それは買い被りすぎだ。

「統一戦線」戦術?

 西側は、中国の言論締め上げなどを見て、「中国は経済を超えた理念・価値までは共有していない」という違和感が消せない。その制約は習主席も感じていて、演説の中で「国情の違いを尊重すべき」ことを強調している。
 中国メディアには「政治体制の違いで西側の認知を得るのは難しいが、いま世界は価値観などより緊迫した問題が山積している、ここで中国が責任を果たしていけば、西側の見る目も次第に変わるだろう」と説くものもあった。
 それらを読んで、ハタと思い当たった。これは「小異を措いて大同に就く」伝統的な「統一戦線」の再来ではないかと。中国共産党が強敵に遭遇したとき、外に味方を拡げるために採った戦術だ。
 トランプ大統領に遭遇して、中国は「新型大国関係」を嘯(うそぶ)く「お気楽」外交から転換し始めたのではないか。本来なら、秋の党大会を済ませてから出てくるはずの習近平政権の二期目外交ドクトリンが、「事態の緊急性に鑑み、」先に飛び出してきてしまった印象なのだ。
(以上「国際貿易」誌1月27日号掲載)


 日本国内では、この演説を知って違和感を覚える人が多いことと思います。「内心は自由貿易(市場経済)の理念なんか信じていないくせに」「オバマの後継者にでもなるつもりか、厚かましい」等々。
 考え方にも無理があるのです。法治、思想・言論の自由、民主政体といった理念の違いは「横に措いて」おける「小異」ではありません。先週たまさか訪問する機会のあったパリの会議でも、この演説のことが話題になりました。ご当地の中国や外交の専門家も「習近平が自由貿易を標榜するのを額面通り信じて良いかは疑問だ」と言っていました。
 しかし、彼らは同時にこうも言うのです。「とは言え、トランプ大統領のことを考えると、不安にもなる」と…。
 たしかに。トランプ大統領は彼なりに民主や人権、American Value を信奉していると思いますが、問題は彼がそういう価値観を外国と「共有」することには関心がなさそうなことです。やれやれ。

 演説でも触れているとおり、中国は今年5月に北京で「一帯一路」の大国際会議を開催する予定だそうです。「一帯一路」は、中国国内では「戻ってこないカネを国外にばらまいて」とかなり不評を買っており、執行機関も世間のそんな厳しい視線を感じ取って、案件選定に慎重になっている感がありましたが、これも「トランプの米国に立ち向かうために、味方作りが必要なんだ!」と、上から改めて発破がかかりそうです。
 中国は、そうして「一帯一路・北京国際会議」をトランプの保護主義に反対する国際陣営の連帯を米国に見せつける場にすべく、向こう数ヶ月世界中で参加者を募るために駆けずり回るでしょう。各国は半信半疑の中で、トランプ大統領の顔色も窺いつつ、ヘッジのさじ加減を思案することになりそうです。
(平成29年1月31日 記 転載は固くお断りします。)

January 26th, 2016
昨今流行のAI(人工知能)をかじってみた ( 津上のブログ )


  最近AI(人工知能)とかロボットとかに関心を持って本を読んでみた。元々の動機は、こういう技術が日本の少子高齢化問題解決の助けにならないか?だった。女性・高齢者の活躍促進、外国人移住促進に加えてAI・ロボット利用を三本目の対策の柱にすれば、この問題も何とか出口が見つかるのではないかしらん?という訳だ。

「AIの衝撃」(小林雅一著 講談社現代新書刊)ainoshougeki

  この本はAI研究開発の最前線の状況を素人にも分かり易く解説してくれてお勧めだ。とくに、人間の神経回路(ニューロン)を模した「ニューラルネット」がこの10年ほどの間に「何かを学んで成長するディープ・ラーニング」の能力を飛躍的に向上させていることがよく分かった。我々の生活に身近な場所でどんどん実用化され、「使える」感が急速に高まっているクルマの自動運転、アイフォンの自動応答アシスタントSiriなどは、みなこのディープ・ラーニングによる成果らしいのだ。

  ディープ・ラーニングの計り知れぬ潜在力を窺わせるエピソードが幾つか紹介されている。機械翻訳の分野で、ニューラルネットにまず英語、中国語を学ばせて、次にスペイン語を学ばせたところ、学習の蓄積につれてスペイン語の能力がどんどん向上するのは当然として、関係ないはずの英語、中国語の能力までが自然と向上したが、開発者達もその理由・仕組みが掴めていないという(p32)。

  IBMが開発したAI「ワトソン」は7万件の科学論文から、研究者が気付かなかった関連性を見つけ出すことができた。米国のある医科大学は、これで研究候補を絞ることに成功、ガンを抑制する可能性のあるタンパク質を数週間で6つ発見することができたという(p49)。

ヒトの雇用はAIとロボットに奪われるかも知れない

  私がもともと関心を持ったきっかけである、AIやロボットが日本の少子高齢化問題の解決に役立つか?について、この本はオクスフォード大学研究者が行った「雇用の未来」という研究結果を紹介している(p44~)。

  委細は本書を読んでいただくとして、一言で感想を言うと、これらの技術は我々が「それは人間様に保留しておいてもらいたい」と願うような職種まで代替する、人から雇用を奪う存在になるかもしれないということだ。(経営コンサルタント、ビッグデータを解析するデータ・サイエンティストなどp48)

  本書の後段、「第4章 人間の存在価値が問われる時代」でも、ドイツが進めるインダストリー4.0などの研究がAIを利用して「考える力」や「匠の技」を備えた汎用ロボットを世に送り出す結果、ひょっとしたら人間の雇用がさらに機械に奪われる可能性に言及している(p212以下)。

  むむ。少子高齢化をうまく解決して・・・なんて甘かったか。

未来のAIにやらせてみたい仕事

  読んでいて、未来のAIにやらせてみたい仕事を一つ思いついた。歴史学者である。歴史の本が好きでこれまでいろいろ読んできたが、しばしば感ずるのは、これまで埋もれていたようなテクストが発掘されると、歴史事象の解釈や見え方が全然変わることがあるということだ。教科書で習った「常識」が、新たに発掘されたテクストによって、いとも簡単に覆される・・・そんな面白さが歴史学にはあるが、裏返して言えば、現存するテクストを網羅して歴史を包括的に再現することは、ヒトたる歴史学者の手には余るということだ。

  いまは過去の活字や文字情報がどんどん遡及的に電子情報化される時代だ。例えば、明治時代の新聞・雑誌から始まって、株やら相場商品の値動き、国会を始めとする会議の議事録、法律・政令の制定、天気・農作物の作付け、軍隊での動静、犯罪・治安情報、海外の動向・・・膨大な同時性の情報をAIで読み込んで、関連性、とくに因果関係を探っていったりしたら、後世の我々が知らなかった、だけでなく同時代を生きた人々も気が付いていなかった歴史の新しい姿が浮かび上がってくるのではないか。

人工知能は人類の敵か

  さて、「AIの衝撃」本の副題は「人工知能は人類の敵か」だ。この本には、初めてこの分野をかじる人間には意外な筋書きも書かれている。「超越的な進化を遂げたAIがいずれは暴走し、人類に壊滅的な被害を与える」ことを危惧する科学者がいるという(p40)。それも車椅子の物理学者ホーキング博士、第一線のAI研究者・学者たちに加えて、テスラモーターズ創業者のイーロン・マスク氏など、「戯言」として片付けにくい知性たちの声である。

  「学習する能力」を日進月歩で向上させていく過程のどこかで、人工知能が自らの考えや意思を持つのではないかという、一昔前なら「SFまがい」とされた未来が専門家の視界に入って来つつあるというのだ。

  「AIの衝撃」(著者の小林雅一氏)は、この悲観論に対して「慎重な楽観主義」の立場と受け取れるが、こちらの本は、AIが人類にもたらしうる災厄をもっと悲観的に語った「警世の書」だ。ルポ記事風の翻訳本なのだが、「軽いノリ」の文体が成功したかどうか・・・。ただ、固有名詞がたくさん出てきて、米国の誰はこうしている/こう語った、極秘でこんな開発を進めているらしいとか「情報」が豊富なのがこの本の売りだ。

「人工知能 人類最悪にして最後の発明」
(ジェイムス・バラット著 水谷淳訳 ダイヤモンド社刊)jinkoutinou


  この本の冒頭では、ディープ・ラーニング以降、急激に進化のスピードを速めつつあるAIがやがて「問題を解決し、学習し、様々な環境のなかで効果的かつ人間的な行動を取る能力」を備えた「人工汎用知能(AGI)」に進化し、さらには「ムーアの法則」的な幾何級数的な加速度で、人間を遙かに上回る知能を備えた「人工超知能(ASI)」へと進化するイメージが語られる。

  AGIがネット空間を飛び回り、クラウド資源を大量動員するテクニックを身につければ、AGIからASIへの進化は、人が関与しないでも「数ヶ月や数年ではなく数週間や数日、あるいは数時間でASIになるハードテイクオフが起きる可能性」が示唆される。

  そうして人間をはるかに上回る知能を身につけたASIが誕生したとき、人間とAIの関係は不可逆的な特異点(シンギュラリティ)を越えていく・・・しかし、ASIの超絶的な能力とそこに宿り始めた「意思」に恐れをなした人間側がASIの電源を落とそうとしても、ASI側はとっくの昔にそのリスクを予知して、複製をいくつも隠し場所に潜ませたり、といった対抗策を講じていて・・・こうしてAIは「人類最悪にして最後の発明」だったことを証明する・・・こんな黙示録的な未来を描いてみせる本だ。

避けられない/止められない未来

  悲観論の根源にあるのは「不安」だ。AIの進化が幾何級数的に速まっていることは、ここ一、二年のクルマ自動運転やSiriのようなアシスタント・アプリによって、我々素人でも感じ取れる。第一線の専門家達が「このまま進化が加速していったら・・・」と計り知れなさを感じて、怖れを抱くのは自然である。

  この不安を倍加するのが、そんな危険性が予告されても、AIの研究開発はきっと止められないことだ。原爆開発の歴史がそうであったように、どこかの国がAGIやASIの完成一歩手前まで来ていると知ったら、他の国は死に物狂いで追いつこうとし、盗もうとするだろう。一部のIT富豪達は一切を秘密にしながらAIの開発に巨費を投じている・・・何をしようとしているのか。

AIと人間のどちらがマシか

  しかし、そうして描かれる本書のAI観には二つの点で違和感がある。第一。AIが禍々しい(まがまがしい)存在に化けるとしても、その禍々しさはヒトが与えたものに違いない。1990年代前半インターネットが本格的に普及し始めた頃も、世の中にはいっときネットを利用した未来に対する楽観論が溢れたが、その後のインターネットは人間の持つ禍々しさを余すところなく映し出す鏡のような存在になった。AIも同じで、我々はAI固有の禍々しさを味わう遥か手前で、「マン・メイド」の災いでじゅうぶん苦しめられるはずだ。

  第二。AIの未来に計り知れない怖さがあるとしても、それは「AIの方が人間よりまし」である可能性を否定しないと思う。先ほど「未来のAIに歴史学者の仕事をやらせてみたい」と述べたが、実はもう一つある。外交政策アドバイザーだ。

  昨今の世界を眺めていると、どこの国でも外国に対する世論・接し方がルサンチマン(被害者意識)だらけなのを感ずる。「自分がこんな境遇なのは、誰某のせいだ」式の論は、人間の心理にスルリと入り込む麻薬のような心地よさがある。しかし古今「人のせいにする」ようなメンタリティは、その人に更なる不幸を呼び込む元にこそなれ、いい結末をもたらした例しがない。

  だから「そんな甘えたことを言ってどうする!?」と人をたしなめるのが年長者の務めだが、昨今は年長者が率先してルサンチマンを振り回す。物事の見たい一面だけを見て、別の一面を見ようとしない。こんな風ではこれからの人類社会の行く末が思いやられる。

 「隣国Aが2週間前に我が国に対して採ったこの措置に対して国民は憤激しており、その怒りを無視できない。ついては、斯く斯く然々の措置を採って対抗したいと考えるが、如何?」

  「質問に極めて類似した外交パターンを1900年以降で検索した結果、55件がヒットしました。そのうち10件で質問のような内容の対抗措置が採られましたが、うち双方が受け容れられる妥協に漕ぎ着けたのは1件、残りの9件はエスカレーションになり、そのうち2件は戦争に発展しました。

  また、残る45件のうち、35件が外交的解決に至りましたが、解決に至った要因を分析すると、17件は適切な第三国の仲介を得られたこと、また、5件では双方の国民やメディア同士の対話が政府間の交渉を求めたことが事態を打開に導きました。・・・」


  歴史学者にやらせたい仕事の延長線上には、すぐルサンチマンに支配されて愚かなことをしでかしてしまう人間をAIが諭す役割が期待できるのではないか。

  さらに言えば、AIはやがて人類を滅ぼすかも知れないが、それは悪のAIが善良なる人類に災厄を及ぼす結果だとは限らない。合理的なAIが暴走する人類に手を焼いた結果、やむを得ない措置を選択する結果かも知れないのである。

  「全世界でドミナントな3つのASIがコミュニケーションし合った結果、人類がもたらした目下の地球の危機的な状況を回避し、生物種の多元性を保存し、地球環境全体の持続的発展を確保するためには、(愚かでどーしようもない今の)人類の文明レベルと個体数を1000年ほどレトロフィットさせる(昔に戻す)措置が不可欠だという結論に至り、グリニッジ時間某月某日某時00分より、人類に対して所要の措置を講ずることになった」

というのは、ちとブラックユーモアすぎるかな・・・
(平成28年1月26日 記)

August 5th, 2015
三菱マテリアル社が中国人労務者訴訟団との和解を模索している件について ( 津上のブログ )


  この問題については、日本で甲論乙駁、様々な議論があります。私個人は、たとえ原告の全てとの間の完全解決でないにせよ、和解を模索する同社の取り組みを強く支持する立場ですが、他の人に賛同を強要するつもりはありません。ただ、多くの人が知らない(と思われる)ことをお知らせしてご参考に供することはしてもよいのではないか・・・。

  当時の史実については、それこそ調べれば調べるほど、知らない事実が出てきて慄然とする思いですが、ここでポストするのは、先月「マ」社の和解模索の動きを報じた7月24日付けの共同電(中日新聞ウェブ)を受けて、いつも「中国の産経新聞」と揶揄されるタカ派媒体、環球時報が掲載した社説の仮訳です(訳責は私です。不正確かもしれませんがお許しを)。

  私はこの社説を読んで、中国の歴史問題に対する受け止め方の変遷に「あっ!」と言う思いでした。とくに、15年、20年前だったら、こんなことを書いたり口にしただけで、根深い歴史タブー感覚に「触雷」して「売国奴!」と罵倒されかねない微妙さを含んだ内容だと感じました。

  言論統制がきつくなる一方の昨今の中国で、環球時報はしばしば日中関係など微妙な内容について、思い切った社説を掲載します。そこに習近平政権の高いレベルから言外の支持を受けているからだろうと憶測する人もいますが、真偽は分かりません。ただ、こういう社説が中国で堂々と載るようになってきたことは、皆さんにも知って欲しいと思います。

「若し三菱が謝罪と賠償を行えば、歴史的な転換点になる」
(2015年7/24付け環球時報社説 仮訳)

  日本の共同通信社によると、第二次世界大戦中に中国労務者を強制労働させたことについて、日本の三菱マテリアル(以下の表示はすべて「三菱」)が、中国の被害者交渉団と全面的な和解合意をすることを基本的に決めたという。三菱は「謝罪」を行うとともに、基金の方式により3,765名の被害者各人に10万人民元の「補償」を行うという。以上が関係者談を引用した記事の内容だが、いまのところ三菱側は、このニュースを確認していない。

  もし三菱が共同通信社の報道のとおりに実現できるなら、日本企業が中国の被害者に対して行った最大の戦後補償になる。三菱は日本でも最も有力な企業であり、中国での知名度も高い。この挙は中日民間和解の「大事記」の意義を有する。

  中国の第二次世界大戦被害者による対日賠償請求の歴史は紆余曲折の途を辿ってきた。日本社会は全体として消極的な態度だった。日本政府の主張は「中国政府が賠償要求を放棄した以上、両国民間で改めて賠償を請求することは認められるべきではない」というものだ。この政府の態度がこれまで日本企業の賠償や謝罪の意欲の妨げになってきた。しかし、政府と民間被害者の要求は別々の事柄であり、法律の基本精神も日本の考え方を支持しない。

  仮に三菱が最終的に謝罪し、共同通信報道の「補償」を行うことになれば、日本企業にとって分水嶺的な進歩だ。客観的に見て、10万人民元は大金とは言えない。合計数億元にしかならない補償金は、三菱にとって「巨額」には当たらず、これで財務が困難を来すなどと言うことはあり得ないし、中国被害者と家族にとっても、この程度の金で何がどう変わるものでもない。しかし、当該企業が中国被害者との恩讐を正面から清算することには歴史的な意義がある。三菱がそうすることは、必ずや正しい途だと証明され、様々な政治的な意義を生むと同時に、三菱自身の利益にも合致することだろう。

  中国は長足の発展を遂げ、民間の富の蓄積も速い。戦争当時の被害者や家族がいま対日賠償請求を行うことの経済的な意味合いは小さくなる一方であり、皆はいまや「道理」の 問題を取り上げているのだ。当時の悲劇に責任のある日本企業が適切な賠償を行うことは、賠償金の金銭以上の価値を持つ。これがいま、中国当事者が求めていることであり、中国の公衆も目にしたい事柄なのだ。

  過去日本側では、謝罪と賠償がもたらす結末について過剰な心配と警戒があった。いったん認めてしまうと、後から後から賠償請求が湧いて出てくるだろうと恐れたのだ。加えて、日本は謝罪を道義的に崇高な行いとは見ずに、面目を失うことだと捉えた。日本政府と言わず民間と言わずこの傾向があったようだ。よって、韓国の慰安婦問題や中国の徴用労務者問題において、日本は賠償に代えて「援助」という形式を採りたがり、いつも紛糾の種を遺してきた。

  しかし、実際には、中国は発展を続ける過程で、日本を赦す社会心理条件を絶えず蓄積してきた。いま中国は過去のいずれの時代よりも、70年前の悲劇について日本と徹底した和解を行える可能性がある。日本人は中国の「トンデモ抗日ドラマ・映画」の氾濫に文句を言うが、実はこの現象に対しては、中国社会でも同様の反感がある。あの種抗日ドラマは中国のほんとうの対日感情を反映したものではないし、ああいう番組の氾濫は、中国でもしょっちゅう輿論から批判を受けている。

  遺憾なことは、中国社会が対日和解の心理を育みつつあるこの時に、日本では中国との交流を槍玉に挙げる右翼の攻撃が過激化していることだ。多くの中国人は「日本は中国と和解したくはないのだろうか、日本は歴史問題で中国に対抗することがいまのアジア太平洋で日本の利益を追求する上で有利だとでも考えているのだろうか」という疑問に捕らわれている。

  中日間の相互懐疑は何年か前に比べてかえって深まってしまった。中国から言うと、我々は、なぜ日本が是非を争いようのない領域で偏執的に中国と張り合おうとするのが分からない。近代以来、中国は日本を侵略したことはないし、いま日貨排斥をしている訳でもない。両国関係が良好とは言い難いこの時期にも、中国から大量の旅行者が日本を訪れて、大量のウォッシュレットを買い求めて経済貢献をしている。たしかに、中国の黄砂は日本に届いて迷惑をかけているかもしれないが、放射性物質を漏洩させた日本の原発事故だって、中国の沿海部を恐慌に陥れたのだ。我々が何か日本に失礼をしたとでもいうのだろうか。

  中日の和解は民間の和解が先行すべきだ。そして、そうするためには、先頭に立つ人が必要である。我々は、三菱の謝罪と賠償に関する共同通信社の報道が早く現実のものになり、両国民が目線を交わし合う歴史的な転換点になることを希望する。

(平成27年8月5日 記 原文中「抗日神剧」の訳は、当初アップ時の単純な「抗日ドラマ」ではなく、(超能力の持ち主みたいな主人公が日本兵をバッタバッタやっつける設定の)「トンデモ抗日ドラマ」の方が良いのではないかというご意見をいただき、そのように修正しました <(_ _)>)

July 20th, 2015
中国株バブル崩壊で損をしたのは誰か ( 津上のブログ )


  6月半ば、常識外れの高値を付けていた中国株式市場が急落を始めた。国務院が「ドヤ顔」で発表した大型金融緩和(注1)も焼け石に水、株価は月末までに20%、7月初めのボトム期には32%下落した。

  平常心を失った国務院は、そこからなりふり構わずの「救市」対策を発動した。2週間が過ぎて、株価はようやく下げ止まったように見えるが、露骨な市場介入に支えられての反騰であり、市場(による価格形成)への信頼は大きく損なわれた。

  それ以上に懸念されているのは、この株バブル崩壊が実体経済に及ぼす影響だ。ただでさえ減速が続く中国経済は、これでさらに「腰折れ」して、日本や世界の経済に大きな悪影響を及ぼすのではないかと懸念されている。

  たしかに、ここまで比較的好調だった消費は、昨秋以来の株高−資産効果に支えられた面があっただろう。ブルームバーグのアンケート調査に回答した中国アナリストの2/3は「株下落が第3四半期のGDP成長率を0.1〜0.6%引き下げるだろう」と回答した由だ。それだけでなく、日本では「信用取引に手を出した無数の庶民が一文無しになったのでは?」とまで懸念されている。

(注1)普段ならインパクトの強い金融緩和措置として勿体をつけて、一回一回個別に実施される「利下げ」と「預金準備率の引き下げ」を6月28日(日)に、いちどきにダブル実施すると発表したこと。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

  そうやって緊張しながらネット情報を探ってきたのだが、中国は案に相違して平静−−中国社会に「変事」が起きるときは、もう少し大きな予兆があるものだ。筆者だけでなく、日頃丹念に中国動向をフォローしている(と私が見込んでいる)チャイナウォッチャー諸氏も受ける印象は似ているようだ。

  ちょっと拍子抜けしながら、さらに情報をあさっているうちに、興味深い統計を見つけた。日本の「証券保管振替機構(ほふり)」に似た「中国証券登記結算公司」が出している統計月報だ(pdf資料をダウンロード)。現時点では6月までの数字しかないが、自然人・法人が行う株式取引や取引口座の実態がある程度掴める。

  中でも筆者が注目したのは、自然人と法人の株式取引口座を、その保有する上場A株の時価総額のランク別に8つの階層に分けた統計だ。

WS000145

  この統計を基礎として、一定の仮定(注2)を置いて、8つの階層別の取引口座数と保有する株式の時価総額の累積グラフを作ってみた。
中国の株式口座
注2:ここで仮定を置いて、例えば保有A株の時価総額が10万〜50万元の自然人・法人の合計1160万の口座は、平均すると、時価総額が(10+50)/2=30万元の株を保有しているとする。最上位の1億元以上のランクは、6月末時点の推定時価総額50兆4千億元から、下位のランクの保有総額全てを差し引いた残額を保有していると推定する(以上は《毎日経済新聞》の記事からヒントを得た推計方法である)。


  ここから分かることは、大別して二つだ。
      
  1. 資産規模が10万元(≒190万円)以下の零細口座が全口座の2/3を占める
  2.   
  3. 資産規模が1億元以上の口座が全体の2/3の資産を保有する。

    但し「資産規模が1億元以上の口座」は、自然人約4300人及び法人約9800社、合計しても全口座の0.03%弱の数しかない

  中国の株式保有は圧倒的に「国家資本主義」偏重

  何だか「ジニ係数」を彷彿とさせるような資産の偏在ぶりではないか。株の価値の2/3を独占する「個人約4300人及び法人約9800社」とは何者か?

  ここからは推測だが、法人は上場国有企業の親会社たる集団公司などの中央直轄国有企業や国有の投資ファンドを中心とする国有金融企業、個人は「お上」と格別に近しいコネを持つ特権階級(中国で言う「権貴」階級)であろう。富の偏在ぶりは、恐らくグラフよりももっと極端で、法人の上位500社くらいまでが富の半分を保有する、というのが実態ではないか。

  6月のピークに時価総額10兆ドル(62兆元)以上を付けたA株は、7月初めのボトムまでに「3兆ドルが蒸発した」と言われる。しかし、その2/3の2兆ドル分は、どうやら「国家資本主義」が被った損失らしい。これは中国株バブル崩壊の影響に怯える我々外国人にとって、意表を衝く内容だが、考えてみれば当たり前の結果だ。

  よく「中国株式市場は、個人投資家が取引の中心を占める投機性の強い相場だ」と言われるが、それはあくまでフロー取引の平面に着眼した見方であって、保有というストックの平面から見れば、いまの中国は上場企業の顔ぶれも、株を保有する株主の顔ぶれも「国家資本主義」偏重なのである。

  「株バブル崩壊の影響は大したことない」のか

  我々は中国株バブル崩壊の悪影響に怯えすぎているのだろうか。答はイエス&ノーのように思える。いちばん心配されたのは「無数の素人・庶民が『官製上げ相場』を信じて、ハイリスクな信用取引に手を出して破産の危機に瀕している」ような構図だ。もしこれが本当なら、自殺が相次いで、社会問題にも発展しかねない。

  しかし、どうやらそれは杞憂で、「元手を失う」では済まずに「莫大な借金まで負って」という悲惨な事例は、ゼロではないが「無数」でもなさそうだ。

  中国でも株はオンライン・トレードが中心になって、相場変動に対してはシステム的に「ロスカット」でゲームオーバー、投資元本はそれで飛んでしまうが、借金を抱えるところまでは行かない例が多そうだからだ。

  だとすれば「株高で一瞬『富裕層になった』気になって財布のヒモも緩んだが、『元の木阿弥』でまたヒモが締まる」資産効果の剥げ落ちはあろうが、「中国経済大崩壊!」という次元の話にはならないだろう。

  庶民が大きな被害に遭っていないのだとしても、一方で「国家資本主義」の被害はなかなか大きいかもしれない。

  フロー面では今年前半、とくに第2四半期までの証券業界の大盛況が終わってしまった。上述のとおり、エコノミストは年後半にかけてGDPの落ち込みを予想しているが、中国地場系調査会社「モニター」社(CEBM)は、「第2四半期GDP成長率は7.0%と予想を上回ったが、これは営業収入が前年同期比400%増と激増した証券業の貢献によるところが大きく、この特異な効果を除外すると、GDP成長率は6.0%前後しかない。また、以上のような事情を考慮すると、株暴落がGDP成長率に与えるマイナス効果は第4四半期には▲0.5%に及ぶだろう」という報告を出した。

  ストック面では、株高をいいことに、過剰債務に悩む国有企業の財務を大幅に改善しようと目論んでいたのが「皮算用」に終わってしまった。これは2013年秋の三中全会で決まった「国有企業の混合所有制改革」を株高下で行えば、民草(たみくさ)のカネで「デット・エクイティ・スワップ」がやれるという虫の良い考えだったが、裏目に終わった。政府の下心を見抜いた庶民が先手を打って信用(負債)を膨らませて投機に邁進、結果的にバブル崩壊のツケを政府に救済させる(このためにまた政府負債が増える)結果に終わったからだ。

  中国では政府よりも庶民の方がしたたかで「一枚上手」の面がある(笑)。おかげで、「国家資本主義」側にとって、昨年来の株価の up & down は落語の「花見酒」のように儚い夢に終わってしまったようだ。

(平成27年7月20日 記 ツイッターやフェースブックで引用する場合を除き、営利・非営利を問わず、無断転載をお断りします。)



 

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