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SPEEDI問題から汲むべき教訓は何か

「文科省が SPEEDI 情報は一般にはとても公表できない内容と判断」 という報道を読んで、ツイッターで去年からブツブツ呟いてきたことをブログにまとめました。


SPEEDI問題から汲むべき教訓は何か
情報を公開できなかった原因を直さないとダメでしょう!?



  311の大震災と東電福島第一発電所 (福一) の事故から1年が経とうしています。福一事故の当時、官邸や各省庁では何が起きていたのかについては、政府や民間の事故調査委員会の報告が発表され、検証報道も増えていますが、それでも未だ謎が残っています。せっかくの SPEEDI (緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム) データが何故活かされなかったのか?もその一つでしょう。

  原子炉の損傷状態も放射能の放出量も的確に知る術のなかった事故直後は、「エイヤッ!」 の仮定に基づくシミュレーションだった訳ですが、風向きにより 「どの方向が危ない」 かは見当が付いたはずです (以下は、日本原子力研究開発機構で開発中の包括的放射性物質動態予測システム SPEEDI-MP を用いて行ったシミュレーション (昨年11月発表) で、事故後暫く経って出てきた放射能放出量の推計が反映されていますが、文科省の本家 SPEEDI が事故直後にしていた予測の結果も似たようなものでしょう)。

  これを見ると、事故後の数日間、陸地側では飯舘村など福一の北西に当たる地域に放射能の降下が著しかった様子が分かります。しかし、まさにその地域に、正確な情報のないまま、津波そして福一周辺から少しでも離れようとした近隣住民が多数避難していた…と聞くと、やりきれない思いがします。

なぜ SPEEDI 情報が活かされなかったか? この問題について 「3月15日、当時の高木義明文部科学相ら政務三役や文科省幹部が協議し 「一般にはとても公表できない内容と判断」 と記した内部文書が作成されていた」 という報道がありました (共同通信2012年3月3日)。「文科省は 『事務方が作ったメモだが不正確。公表の具体的な判断はしなかった』 と内容を一部否定している」 そうですが、反証しようにも、なにせ 「公式の議事録がない」。

  当時の政府記者会見を思い返すと、政府もマスコミも、とにかく国民を安心させてパニックに陥らないようにさせる姿勢が明白でしたから、事務方のメモは 「おおかたそんな雰囲気だったのだろう」 と頷かせるものがあります。パニックを避けるべきことは当然ですが、だから住民の健康を二の次にしていいことにはならない。「情報を隠した」 関係者の罪はたしかに重いと言うべきです。

  ただ、菅総理をはじめとする当時の政府当局者の不作為を責めるだけで、問題は解決するのでしょうか。

  副一の南にはいわき市 (人口33万人、福一からの距離約4~50km) があります。西には郡山市 (33万人、約50km)、北西には福島市 (28万人、約60km) があります。SPEEDI に基づいて 「放射能降下予報」 を出していたら、近隣の30万都市で何が起こったか…。

  現行の 「原子力災害対策マニュアル」 にも、戸外に出ないよう指示をする、タイベック (お馴染みになった白い防護服) やヨウ素剤を配布する、緊急輸送手段と避難先を手配する…そこらへんまでは書いてあるでしょうが、当時の菅政権中枢は、このマニュアルに従って対策を採るというアタマがあまり無かったそうですし、周囲にいた役人も直言することはなかったと聞きます。

  これも誠にお粗末な話ですが、「現地指揮所が被災したせいで、マニュアルの根底が崩れ、関係機関は初動段階からマニュアルに頼らず対応するしかなかった」 (朝日6月9日付け) 事情が与っています。「リダンダンシー (冗長性) が欠けている」、つまり想定外の出来事にも対応できる 「使えるマニュアル」 ではなかったということです (ちなみに、IT時代のご時世に、この 「マニュアル」 はネット検索しても現物になかなか行き当たりません。この一点だけ取っても 「使える」 マニュアルではなさそうです)。

  「マニュアルの出来」 だけでは済ませられません。30万都市で 「放射能が降ってくる」 と知らされれば、「鉄火場」 になります。パニック心理に襲われて、我先にマイカーで避難しよう、或いは駅に殺到しようとする人々が必ず現れます。手を拱いていれば、大きな都市では至るところで死傷事故や騒乱が起きるでしょう。迅速かつ整然とした避難を実現するためには、警察力だけでは無理で、自衛隊を出動させる必要があると思います。米国なら、映画によくあるように、小銃で武装した州兵が街に出動する場面です。そういう鉄火場で住民の前に現れる自衛隊は 「災害出動に駆けつけてくれる頼もしい自衛隊さん」 とは限りません。戦後日本の国情 (国体?) から見れば極めて 「異なこと」 ですが、「制止を聞かなければ実力で阻止する」 怖い役割も与えられるはずだからです。

  原子力防災マニュアルはそこらへんをどう書いてあるか知りませんが、どうせ 「使えない」 でしょう。これは 「マニュアルの書き方」 の域を超えて、国民と関係機関 (含む実力組織) の双方に、そういう緊急事態を受け容れる心の準備があるか無いかの問題だと思うからです (どちらにも無い)。原発事故に限らず、緊急事態に国民の安全を確保するということは、そこまで覚悟や準備が要る、ということが今回汲むべき教訓の一つではないでしょうか。

  日本はそういう備えがまったく不十分だった。「情報を隠した」 文科省 (や官邸) を弁護する気はありませんが、SPEEDI の教訓を活かすためには、データの公表だけ論じていてもダメ、予測に基づいて整然かつ迅速に住民を避難させるための輸送・安全確保のための 「使える」 対策が必要です。それが構築されないまま、事が現実に起きてしまった昨年3月、情報公開だけする訳には行かなかった、ということではないのか…。米国政府は福一の爆発を眼にして、直ちに50マイル (80km) 半径で自国民の避難を呼びかけました。情報すら出せずに住民に無用の被曝をさせた日本政府の有様を眼にして、米国当局者は 「この国は、国の体をなしていない」 と感じたことでしょう。

  いま SPEEDI データを隠匿した当時の関係者を責める論調は掃いて捨てるほどありますが、では、次の事故に備えて、どういう準備・体制が必要なのか?という議論をあまり耳にしないのは何故でしょうか。今回の事故を教訓として、「原発事故は本当に起こる」 という前提で、いまの災害対策マニュアルがワークするか、徹底的に見直すべきです。

  前掲朝日の報道には 「政府は (マニュアルの) 全面改訂に着手した」 とありましたが、誰かこの改訂作業のその後の経過を知っておられますか。マニュアルだけでなく国民の意識も変わらなければならないのだから、議論の様や中身をもっと公開して取り上げ、国民の関心を喚起すべきではないでしょうか。「鉄は熱いうちに打つ」 議論をいまやらないと、次に事故が起きたとき、「SPEEDIはとても公表できない」 事態がまた来ると思います。

  同じことは 「長期の全電源喪失 (事態) は考慮しなくてよい」 としていた審査指針など原発の安全審査のあり方についても言えます。日本の学界はどうも 「格納容器や圧力容器の中」 にばかり神経と労力を集中している印象がありますが、「悪魔は細部に潜む」、地盤が悪かったために地震だけで倒壊して「電源喪失」を引き起こしてしまった送電塔は一例でしょう。

  今回の事故を教訓にして、過去の指針を徹底的に見直す作業は何処で行われているのでしょうか。そうして見直した指針に基づいて、個々の原発の安全性を再点検する作業はしなくてよいのでしょうか。原子力保安院は事故後の無能を咎められて 「転封」 処分、おまけにその法案が国会通過の見通し立たずで 「宙ぶらりん」 状態だそうですが、そんな組織いじりより、この 「見直し」 を先に済ませてくれ、その方が職員にも 「働き甲斐」 と新しいアイデンティティが与えられる、というものです。

  いま各地の原発再稼働の是非を巡る議論が行われています。筆者は、できるだけ早く脱原発を進める (炉齢40年超のものから退役させる等)、しかし、それまでの間は安全の確認された原発を再稼働させることもやむを得ないという立場ですが、今夏から再稼働させてよいかは疑問で、2年連続で暑い夏 (と計画停電による経済ダメージ) を覚悟する必要があると考えています。

  と言うのも、現状では 「事故前と後で、原発の安全を巡る何が変わったのか」、国民の眼から見るとサッパリ分からないまま、地元首長と 「(再稼働を) 認める/認めない」 と、「水面下」 で条件折衝しているように見えるからです。避難体制にせよ安全審査体制にせよ、関係機関が 「従来のやり方はダメだった」 という痛切な反省を踏まえて、馬力をかけて一大 「見直し作業」 をやっている有様が見え、その結果が広く公開されてこそ、「事故後は変わった」 という認識も生まれ、国民が再稼働を受け容れる余地も拡がると思うのですが…。
(平成24年3月4日 記)




 

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