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今後、日本は、何で稼ぎ、雇用していくのか (番外編)

過去2回ポストした表題エントリの番外編として、中国のCDM事業リストを題材にして、言いたいことを言わせてもらいます!(笑)


今後、日本は、何で稼ぎ、雇用していくのか (番外編)
中国の環境事業リストのご紹介



  経済産業省のビジョンと 「漂流する身体」 氏の秀逸なコメントにコメントする前2回のポストは、最後 「移民を再考すべき」 という大脱線で終わった (笑)。

  今回は初回ポストで取り上げたプラント輸出問題を考えていた際にチェックした中国の環境事業リストがいろいろと示唆に富むので、番外編としてご紹介したいと思う。



  このリストは 「環境事業」 を網羅するものではなく、CDM (排出権) 事業のリストである。中国各地を歩くと地方政府からプロジェクト・リストを見せられて 「合作してくれ」 と言われることが多いが、その中身は玉石混淆で、眉唾・生煮えモノも多い。しかし、ここで掲げたリストは事業の熟度という点では、他のリストと一線を画している。右欄にある 「国外パートナー」 つまり排出権の買い手がデュー・デリジェンスを行い、その 「確度」 を確かめた上でカネを出すとコミットしているからだ。

  そういう前提に立って、以下、筆者が感じたことを3点挙げたい。

(1)急速に進展する中国の環境対策

  このリストを眺めたとき、みなさんはまず、事業数の多さにあっけにとられるのではないだろうか。実はこれでも短縮版なのだ。元々のエクセルは67ページに及ぶ。風力発電事業と小水力発電事業はそれぞれ461事業、1112事業とあまりに数が多いので省略した。

  排出権インセンティブを狙って進行中の事業は、上掲の風・水力発電だけでなく、省エネ・バイオマス利用・メタン回収など多岐にわたる。内容的にも、鉄鋼分野ではCCCP (高炉ガス焚きコンバインドサイクルプラント)、TRT (炉頂圧発電)、CDQ (乾式コークス余熱利用発電) など日本が1980年代以降導入して世界に誇るエネルギー効率を達成した省エネ設備が次々と導入されている様が分かる。セメントの余熱利用、化学プラントの排ガス利用また然りである。コジェネレーション (熱・電併給) の導入も目覚ましく進み始めた。ゴミ処理発電・コジェネの導入も進み始めた。ここらへんは政府が経済の実権を握る 「官製経済」 の中国ならでは。カネもあるし、いったん号令がかかると、後の動作は速い速い(笑)

  広大で13億人が暮らす中国のことだ。この2443事業だけで全てを論ずる訳にはいかない。しかし、つい10年前まで環境後進国と嗤われていた中国が急速に様相を一変させつつあることは理解していただけるのではないか。

(2)ポスト京都議定書の行方

  本リストはCDMに絡む事業だけのものであり、各事業の生成する排出権の行方は今後の気候変動交渉に左右される。COP15@コペンハーゲンの惨めな失敗は本ブログでも取り上げた (「COP15の結末に思うこと」)。次回COP16交渉はメキシコのカンクンで開催される予定だが、その行方はどうなるのだろうか。

  この点について、先月21日、人民日報日本語サイトが 「気候変動交渉の基礎は依然 「2トラックアプローチ」」 と題する興味深い論考を掲載した。趣旨は、現行京都議定書締約国による京都議定書延長を巡る交渉トラックはCOP15で先進国が提唱した (米国を中心とした) 未締約国を取り込む枠組みの拡大・一本化を巡るトラックとは別個に (2トラックで) 交渉すべきということにある。

  このプロジェクト・リストを見ると、なぜ中国が京都議定書が新枠組みに取り込まれるのを嫌うかの理由が見て取れる。上掲したリストでは省略したが、元のリストには各CDM事業で見込まれる温室効果ガスの年削減量 (tCO2e)、つまり売り物であるCDMの枠が記載されている。2443事業の合計では5億?強になる。CDM1?の価格を10?15?とすれば、4.5?7千億円で売れたということだ。

  仮に今後のCOP交渉で先進国の思惑どおり京都議定書を新トラックに統合する1トラック・アプローチが採用されることになれば、中国のこの既得権が脅かされる。とくに、これら諸事業が2012年から始まる京都議定書の第2約束期間においても経済価値を保持するのか、それとも2011年限りで終わるのかは中国にとって忽せに出来ない重大問題だ。

  ここから、今後のCOP16交渉に働く力学を一部推し量ることができる。先進国から見れば、約5億?の中国CDMを人質にとり、中国があくまでも先進国要求に譲歩しないなら、CDMは2011年で消滅 (京都議定書の失効) だと迫る交渉戦術である。ただし、先進国グループの足並みが乱れないことが条件になる。具体的に言えば、CDM金融事業を飯の種にしたいEUの動向如何とか、既に (少なくとも第1約束期間の) CDMを購入した先進国企業 (日本企業もリストで数えるとこのCDM総量の13%を取得) にとって 「2011年消滅」 でも痛手にならない等が条件になる。

  逆に言うと、最後は交渉をまとめるのだとすると、CDMの経済価値は第2約束期間も継続するという結果が想定できる (日本では 「CDMなんか消えてしまえ!」 と言うアンチ派が多いが、コペンハーゲンで見せた中国の交渉力からして、コレ抜きで交渉が妥結することは考えにくい)。とすると、先進国にとっての交渉課題は、CDM継続の代償として中国から何を取り付けるのか?になる。これまた先進国の足並みが乱れそうな点だが、基本は自ずと 「中国の何らかの削減コミット」 ということになるはずである。

(3)外資が、日本企業が、参画する余地はあるのか

  この2443事業のほとんどには 「国外パートナー」 の記載がある。中には少なからぬ日本企業の名前 (京都議定書に強く反発してきたエネルギー・鉄鋼業界を含む) も見える。しかし、国外パートナーの多くはCDMという金融商品を扱う金融系企業であることも直ぐに分かる。これら金融系企業のコミットメントは事業の 「確度」 を推認させる要素ではあるが、必ずしも外資の資金提供以上の 「事業参画」 を推認させるものではない。数の上では、ドメスティックに立案・遂行され、生成するCDMの売買の点においてのみ国外と繋がっているに過ぎない事業が多いだろう。

  しかし、リストからは窺い知れないものの、一部に設備の供給(販売)、更にはBOT事業等の形で運転・営業の段階にまで外資が参画しているものがある。日本の商社が買い手になっている事業では設備売りにも商社が参画している事業が少なくないのではないか (ただし、日本製品が買われたという保証はないが)。中国では本リスト対象外の水道事業のほか、リスト対象であるゴミ処理発電などで、外資が15?25年のBOT経営権を獲得している例がいろいろある。まさに経産省が 「日の丸で」 推進しようとしているビジネスモデルだが、この面でも日本企業は出遅れている。

(4)日本経済界はこの10年間の「様子見」のツケを払う

  この数年、日中の政府間・経済界の対話では、必ずと言ってよいほど 「日中環境協力」 が謳われてきた。「日本の優れた環境技術を中国へ」 という、例のヤツである。リストに少なからぬ日本企業の名前が見えることは、それが看板だけのものではないことを示す証左であると見ることもできよう。

  しかし、筆者はこの数年間、総体として 「かけ声ほどに物事は動いていない」 印象を拭えずにきた。より厳密に言えば、初回のポストで述べたとおり、「ヤル企業」 はとっくに着手して成果を生み始めているし、ヤラない企業は相変わらず事業実施の前提となる中国内のパートナーやベンダーのネットワークを作れないで 「拱手傍観」 のまま、という印象なのである。

  このリストから分かることは、中国CDM絡みの事業では既に 「勝負あった」 ということだ。着手済みの日本企業は成果を生み、今後もなにがしかは新規案件を期待できるだろう。しかし、未参入の企業にとって、中国市場は既に 「終わっている」。もちろん中国では今後も新規事業が組成されるだろうが、それは外資にとって、より取り組みにくい地域で、より付き合いにくい企業を相手にした商売になる、しかも、その商戦は既に現地で始まっているからだ。

  中国で出遅れた日本企業は、今後は中国以外の途上国で 「日本の優れた環境技術を活かす」 途を探るのだろうか。しかし、そのときは 「合作」 によって実力をつけた中国企業が日本の随いていけないコスト競争力をひっさげたライバルとして立ち現れるだろう。要するに、世界市場を相手に環境を商売にする競争の枠組みは過去10年間にフォーメーションが終わっており、そこに乗り遅れた企業は 「腕組みしている間に商機に乗り遅れた」 ということである。

  21世紀の最初の10年間、日本経済界は中国に対して 「様子見」 をし過ぎた。「それは全く理由のない無為無策だった」 と言うつもりはない。この10年の中国は高成長を維持しつつも、経済運営はシーソーのように揺れ動き、その中で投資や事業を企画・実行しようとする外資企業はまさに苦労の連続だった (この間中国で仕事をしてきた筆者の本音)。

  しかし、一方には、日本企業が 「様子見」 する傍らでリスクテークに向かった他国企業がおおぜいいる。経産省が提唱する運転管理まで請け負うビジネスモデルだって、香港・台湾等の華人系企業は言うに及ばず、デンマークのような小国の企業を含む欧米企業が日本の何周も先を先行している。

  リスクを避けた企業は差がついてしまったという結果に甘んじざるを得ない。「そんな危ない橋を渡らずとも、儲かる商売のタネは他に幾らでもある」 という企業さんなら、何も言わない。しかし、昨今の日本経済界を見ていると、どうもそういうことではない会社の方が多数だ。金融危機後、改めて高まる 「中国事業熱」 を見るにつけ、「それならば、何故この10年間、拱手傍観を続けてきたのか!?」 と言いたくなるのが人情というものではないか (笑)。
平成22年5月10日 記




 

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