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ブログ 津上俊哉
尖閣問題で思うこと

尖閣列島付近で起きた中国漁船の拿捕、船長の逮捕時件を巡って、日中関係が次第にのっぴきならない緊張状態に陥りつつあります。この問題を契機として、対中安保、とくに南西島嶼部の安全保障を日米安保との関係で考えてみました。


尖閣問題で思うこと
米国はどこまであてになるか


  尖閣列島付近での漁船拿捕、船長逮捕拘留が日中間に久々の外交緊張を招いている。中国はこれまでのところ、日本で想像するよりずっと静かだったが、昨22日温家宝総理が 「日本が船長を直ちに釈放しなければ、さらに強い措置を執る」 と表明したのは、外交当局が国内的に追い詰められつつあることを示唆する悪い報せだ。

  中国政府が強硬姿勢を示すのは、そうせずに後手を引けば、後ろから政府の「強腰」度を見張っている 「民意」 に火が付いてしまうからだ。そうしつつ、日本政府に対して早期釈放を矢の催促で働きかけていることだろう。しかし、日本政府は指揮権発動でもしないかぎり司法捜査を左右できない。最後は釈放されるとしても、処分保留で釈放するにもまだ数日、迅速裁判で有罪執行猶予にしてから追放するなら何ヶ月もかかるだろう。国情の異なる中国は 「司法の独立」 という制約が理解できない。温家宝総理の発言は 「そんな悠長な釈放は待てない」 という態度表明だと受け取るべきで、おそらく更なる対抗措置、場合によっては軽度の実力行使の範疇に入るかも知れない。そこまでの悪化は織り込むべきだろう。

  この問題は改めて日本の安全保障、とくに米国や中国との関係を想起させるところ大であるので、以下かねがね考えていることを書きたい。

米国のホンネ

  日中間のheat upを受けて、NYT紙のニコラス・クリストフ記者が“Look Out for the Diaoyu Islands” (釣魚島は要注意) と題するコラムを9月10日付け同紙ウェブサイトに掲載した。
  同氏は尖閣問題のあらまし、近況を紹介した上で、大略以下を述べている。
(1) ちっぽけな、しかも中国のものかもしれない岩礁である。米国はその領有を巡る争いには中立でいたいが、やっかいなことに、日米安保条約により日本の施政下にある地域を防衛する義務を負っているうえ、沖縄を返還するときに、これらの島は日本に属すると認めた経緯がある。よって、米国は 「島は必然的に日本のもの」 と同意している訳ではないのに、島を巡る戦争がおきれば日本を助けなければならないという馬鹿馬鹿しい (absurd) な立場にいる。
(2) 現実問題として、米国がここで条約上の義務を履行するために、核戦争のリスクを冒してまで中国と対決する可能性はゼロだが、仮にそこで日本を助けなければ、今度は日米安保関係が疲労限界を超えてしまうだろう。
(3) 島の領有根拠を巡る日中双方の言い分について、自分は中国の言い分にやや分があると感ずるが、決め手に欠ける。国際司法裁判所に問題を預けられればよいが、そうはなりそうもない。
(4) 今後中国のナショナリズムが強まり、海軍力が増強されるにつれ、我々は何らかの軍事的衝突を目にすることになるだろう。ここで問題の所在について読者の注意を喚起しておく。

  クリストフ記者は当局を代表する立場にないが、ここには米国のホンネが不足なく体現されている。それは日米安保条約上の義務はあるとしても、尖閣領有権を巡る日中間の争いには介入したくないということだ。

尖閣に関する米国務省見解は日本製

  この点について麻生政権時代、日本政府は米国務省に照会を行い、「尖閣諸島は沖縄返還以来、日本政府の施政下にある。日米安保条約は日本の施政下にある領域に適用される」 との回答を得たという (読売新聞2009年3月5日付け ※リンク無し)。この見解は1996年 (クリントン政権) 及び2004年 (ブッシュ政権) に表明されたものと同じだそうだが、筆者はこの回答の原案は日本外務省の役人が書いたものだと思う。

  米国に尖閣列島を守る覚悟があれば 「日米安保条約は尖閣列島にも適用される」 と言うだけでよい。この回答のように二段に分けて書くやり方は外務省条約畑がよく使う手だ (核持ち込み疑惑や武器輸出三原則を巡る国会答弁等に類例多数)。前段 「尖閣諸島は云々」 は現状の事実関係を述べたに過ぎない。後段は一般論。つまり、尖閣が日本政府の施政下かどうかに疑問が生じた場合はこのかぎりに非ず、という逃げの余地が残してある。前掲読売新聞報道にもあるとおり、態度表明を渋る米国務省に、日本側が 「これなら『否』は言えないはずだ」 と渡したのだと思う。

尖閣で米国はどれほど助けになるのか

  以上を踏まえて、尖閣問題でどこまで米国をあてに出来るか?今回の漁船問題が 「外交的」 やりとりに止まるかぎりにおいては一定の効用が期待できると思う。最近、米国の対中外交姿勢が硬化してきたことは、筆者も今年2月に本ブログで指摘した(”FASTEN YOUR SEAT BELTS (1)”)。とくに、南シナ海でのベトナムやインドネシアと中国の領土領海争い問題を巡って、去る8月のARF会合でヒラリー国務長官が強い態度を示したことは大きく報道された。この変化の一環として尖閣問題についても、米国が従来の逃げ腰な態度を変えてくれるのではないかと期待する向きは日本にもあるだろう。

  中国は他国に 「統一戦線」 を組まれて 「十字砲火」 的に批判、攻撃されたりするのを嫌がる、苦にする癖がある。A国と緊張が激化したときは、B国との関係を改善してバランスを取る、という風に。ウルグァイ・ラウンドの 「コメ」 問題や慰安婦問題に見られるように、日本が周囲の形勢を顧みずに自分で孤立しに行く癖があるのと対照的だ (笑)。

  今回の尖閣漁船拿捕事件のような問題で、仮に米国が日本寄りの発言をすれば中国に対して一定の効果があるだろう。東南アジア諸国と語らって、周辺海洋に 「核心利益」 概念をどんどん拡張しようとする中国にワンボイスで 「ノー」 と言えればもっと効果的だ。

  よって、(霞が関は既にやっていると期待したいが) 米国には水面下で日本に加勢するよう働きかけるべきだ、「尖閣問題で米国が 「領土領海争いには中立」 の立場を崩さなければ、国民に 『日米安保は無用の長物』 との反発が強まり、思いやり予算を維持するのは難しくなる」と言って。ベトナムやインドネシアなど中国の南シナ海での行動に手を焼いている国との連携の試みも欠かせない。

  しかし、上述した米国のホンネと立場があるがゆえに、今回の漁船拿捕問題が 「実力行使」 を心配しなければならないほど深刻化すれば、もはや米国をあてにすることはできないし、あてにすべきでもないと思う。尖閣問題の帰趨は、日本にとっても対中感情を極度に悪化させかねない 「敏感」 な問題だが、大局的に見れば日米安保がワークするか否かのテスト・ケースにする (ワークしなければ日本国民が日米安保体制に対する信頼感を一挙に失う結果を招く 「賭け」 をする) ほどの値打ちはない。

  米国が尖閣問題を巡って、身体を張って日本の側に立ってはくれないということは、尖閣問題については日米安保体制に 「穴が空いている」 ことを意味するが、ここでも 「米国を恨むな」 と言いたい。所詮いまの米国にとっては無理な相談なのだ。「思いやり予算とか、これだけ米国に貢いでいるのに…」という問題は、以上を踏まえてリバランスすればよい。

  2000年以降の米国の東北アジア政策を一言で言えば 「手抜き」 だ。北朝鮮問題を中国任せにしたのは典型例だ。そんなことをすれば、中国に地域の主導権を渡すことになると分かっていても、中東の泥沼から逃れられない中、そうせざるを得なかった。その間、東北アジアで 「中国台頭」 という巨大な地政学的変動が起き、金融危機以降米中のパワーシフトはさらに明瞭になった。

  そして、米中関係はいまや経済だけでなく国際政治の面から見ても、日米関係以上に巨大、かつ、別れたくとも別れられない深い関係になっている。中国が東京にミサイルを打ち込むと脅すならいざ知らず、「中国のものかもしれないちっぽけな島」 のために、その中国と米国が 「事を構える」 ことができるか?

  今後仮にヒラリー長官がこの問題で最近東南アジアにして見せたような日本寄りの発言をすれば外交上の駆け引きには一定の効果があることは述べたとおりだが、それ以上に欣喜雀躍すべからず。当事国にとってはかけがえのない問題であっても、そのために米中関係と米国兵士を危機にさらすなどというのは論外、という大局は動かない。

南西島嶼部の安全保障は日本独自の対応で

  ではどうするか。今回の漁船拿捕問題と今後の尖閣管理の問題からやや離れて、南西島嶼部の安全保障問題として考えたいが、ここでも、最後はあてにならないと分かっているのに米国に頼れば、日本の意思決定と行動の自由を制約されるだけだ。

  おまけに日本が米国に頼れば頼るほど、中国は日本を相手にしなくなる。喩えて言えば、中国が外交ゲームをシミュレーションしようと思っても、米国に頼り自らの意思が欠如した日本は、異なる条件を入力しても異なる結果を返してこない「定数項」になるので、微分すると消えてしまうのだ。物事を大掴みにだが常に戦略的に考える中国人にとっては 「サインを送ってもあるべき反応が帰ってこない」 退屈な相手だ (実態はもっと深刻で、中国人のアタマに 「日本=米国の属国」 というイメージが強固に固まっているので、日本との外交ゲームを考えるという習慣自体がない)。

  過去数年の日中関係は、小泉時代のいっときの危機を乗り越えた後、世界史的な激変 (金融危機) もあったのに、「無風」 状態が続き経済面での対中依存が深まっただけだった。安保問題だけでなく金融危機後の通貨問題などでもそうだが、本当は両国の “win & win” イシューはいろいろあるのだが ”status quo”、つまり目立った進展が見られなかった。そして今回のような 「不幸な事件」 への対応だけが外交課題として残る。まことに貧困な状態だ。

  さて、米国が対中安保で最後はあてにならないなら、日本独自に対策を講ずるしかない。独立国ならば当たり前のことだ。次回は続編として、その具体的なあり方について思うことを述べたい。
平成22年9月24日 記

付記:夕べ本稿を書き上げて、今朝のニュースを見たら、二つのことが目に留まった。第一は中国側の対抗措置として、レアアースの対日禁輸措置と日本からの輸入貨物について100%X線検査、50%抜き取り検査という検査強化措置が執られたらしい。いきなり武装漁業監視船の派遣みたいな半実力行使じゃなくてよかった。外交当局が強硬姿勢の表明で先手先手を取って時間を稼ぎながら、局面をリードしていく作戦はまだ放棄されていない印象だ。ただ、拘留中の船長を起訴、公判にかけ執行猶予で国外追放、みたいな路線を取ると、裁判権の行使という形で 「主権」 の所在を見せつけることになる。これは中国にとっては 「受け容れられない」 だろうから、実力行使まで進むと思う。日本政府も正念場だ。
  第二は菅首相とオバマ大統領の会談やら米軍制服高官発言やらで、本文にも述べた米国からの 「口先」 介入が始まったようだ。東南アジア諸国からの報せを待ちたい。


付記の付記:本稿をアップしてウェブやらtwitterを見たら、中国人船長の釈放が決まったというニュースに接した。何というタイミングの悪さ(笑)。とりあえずの感想を三つ。
  第一、これはある種の 「超法規的措置」 だ (1977年のダッカ・ハイジャック事件のときに 「人 (人質) の声明は地球より重い」 という迷ゼリフとともに福田赳夫内閣が発動した)。ニュースを聞いてほっとする気持ちがないではないが、重大な決定が「那覇地検の発表」というかたちで発表されることに強い違和感を覚える。
  第二、ウラには政治圧力があったに違いない。しかも、検察・法務省・官邸といった正規のルートを通さない外野の圧力かも知れない(国連では 「早期釈放は困難」 を前提とした外交努力も同時に展開されていてチグハグな印象があるので、そう思う)。決定の理由も責任の所在も不明確なまま、こういう重大な決定がなされることに、「これで法治国家」 と言えるのかという不安を覚える。
  第三、理解しがたい釈放をしてしまった以上は、これを前提に今後を考えるしかない。「尖閣は日本の施政下にある」 と言っても、日本人は上陸できない(海保庁や警察が許さない)。そのことはこの微妙な問題に対処する上で賢明な措置だと思うが、今回の措置により、「日本の施政下」という立場はさらに形骸化した。この現実を踏まえて、再発防止のための取り決めを日中間で早期に行うべきだと思う。基本は「相互に国民や船舶の立ち入りを避ける」共同管理の仕組みだと思う。この島の問題で再び、またはこれ以上、両国関係が危機に陥る愚は避けるべきだ。
  それにしても、菅内閣といい、検察といい、最近 「残念な」 ニュースに事欠きませんなあ…。




 

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