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TPP論議に思うこと

ブログ更新をさぼっている間にアクセスが250万を超えていました。申し訳ないです。言い訳すると、8年ぶりの本を出すつもりで、そちらに集中していました(「岐路に立つ中国−超大国を待つ7つの壁」という書名で日本経済新聞社から2月末刊行の予定です。よろしくお願いしますm(_ _)m


TPP論議に思うこと
「TPPか、東アジア共同体か?」は誤り



  ずっとブログ更新をさぼっている間に、アクセス累計が250万を超えていました。申し訳ないかぎりです。言い訳すると、8年ぶりの本を出すつもりで、昨秋からそちらの執筆に集中していました (「岐路に立つ中国−超大国を待つ7つの壁」 という書名で日本経済新聞社から2月末刊行の予定となりました。よろしくお願いしますm(_ _)m )

  さて、昨年は中国滞在が長かったせいで、TPP(Trans-Pacific Partnership: 環太平洋連携協定)という新たな政策イシューの登場に気付くのが遅れた。いまも未だ十分理解できているとは言い難いが、そうお断りしたうえでショートコメントを3つ。

 TPPはAPEC貿易自由化の流れの上にある

  コメントの第一はTPPとは何か?についてだ。この協定の創始メンバーはチリ、ニュージーランド、ブルネイとシンガポールの4カ国で2006年に発効済みである。そこに米国、ペルー、豪州、マレーシア、ベトナムの5カ国が参加協議に踏み切り、カナダ、メキシコ、タイ、それに中国、韓国も参加を検討しているという。

  この顔ぶれについては2つの側面から評定できると思う。一つはAPECメンバーとの重複性であり、もう一つは、経済規模からみて、いまは米国中心ということだ (世銀統計で試算すると、交渉参加中の5カ国を含めた9カ国の世界GDPシェアは27%だが、米国一国だけでも24%、つまり残り8カ国を足しても3%しかない)。これは米国によるFTAと見るべきなのか、それともAPEC有志によるFTAと見るべきなのか。

  筆者は、TPPはAPECの流れの上にあると考える。米国がTPP参加の意向を固めて以降、TPPの値打ち、位置づけが変わったのは事実だが、米国の狙いは世界経済の過半を占める 「アジア太平洋地域」 との連携を強化したい (平たく言うと 「食い込みたい」)、そこで今後の通商課題解決に役立つ高水準な通商協定を作りたいという点にある。そのことは、昨年11月のAPEC横浜首脳会議に際して、ホワイトハウス報道官室の出したプレスリリース「TPP:地域協定に向けた進展」 にも表れている。
…They reaffirmed their objective of negotiating a high-standard agreement and one that addresses new and emerging trade issues and the 21st century challenges their businesses and workers face. The Leaders noted that, with the negotiations well underway, TPP is now the most advanced pathway to Asia-Pacific regional economic integration. They also reiterated their goal of expanding the initial group of countries out in stages to other countries across the region, which represents more than half of global output and over 40 percent of world trade.

  “a high-standard agreement”はいかにも米国らしい言い方だが、それもAPECの流れの上にある。1994年、インドネシアのボゴールで開催されたAPEC首脳会議は 「域内先進国は2010年までに域内貿易を完全自由化し、途上国は2020年までに自由化する」 という 「ボゴール宣言」 を採択した経緯があるからだ。

  日本は決議には参加しながらも、「まだ15年以上も先の話」 とばかり、この決議のことを忘却してきたが、周囲の国は忘れていなかった。そのことはAPEC横浜首脳会議で採択された 「横浜ビジョン」 の副題が 「〜ボゴール、そしてボゴールを超えて〜」 であること、同首脳会議が 「2010年ボゴール目標達成評価に関する首脳声明」 でこの16年間の歩みを (自画自賛調で甘いが) 「採点」 していることからも明らかだろう。自由化期限である2010年にボゴール宣言のことを忘れていた日本にAPEC議長国が回ってきたのは皮肉な話である。

  TPP参加問題は 「唐突に」 浮上した印象で受け取られているようだが、以上のような経緯に鑑みれば、日本が自民党政権時代から放ったらかしにしていた宿題がTPPという形で再浮上、リマインドされたと見た方がよいと思う。

 「TPPか東アジア共同体か」 式の二者択一的なとらえ方は誤り

  コメントの二つめは、TPPを 「東アジア共同体」 と対置して捉え、「TPPか東アジア共同体か=日米同盟基軸路線か、それとも中国 (または日中韓FTA) を取るのか」 の選択のように論じる向きがあることについてだ。TPPを 「対米従属の菅政権がマニフェストで約束した東アジア共同体を捨てる行い」 と見て批判する向きもあるが、どちらも誤りだと思う。

  中国もTPPの動静を注意深く観察している。これがボゴールの延長線上でAPEC地域の貿易自由化を達成するビークルであることがはっきりしてくれば、真剣に参加を検討するだろう。そう考えるのは、中国がWTO加盟やアセアン地域、南米地域とのFTAを進めてきた背景に、常にボゴール宣言があったからだ (注1)。

  そして、中国がTPP交渉に乗ってくれば、米国は疑いなくこれを歓迎するだろう。前掲ホワイトハウス報道官室プレスリリースの発想に立つとき、米国が中国をTPPから排除するという選択は出てこない。むしろ、中国市場抜きのTPPでは値打ち半減になる。もちろん、米国はタフな交渉をするだろうが、そのときは中国も負けてはいない。他の途上国と語らって、主導権争いを展開するだろう。

  TPPと東アジア共同体を 「米・中両国の陣取り合戦」 か何かのように捉える発想自体が、永らくボゴール宣言のことを忘却してきた日本らしい 「勝手読み」 なのである。中国にも米国にも 「陣取り合戦」 的メンタリティでTPPを捉える人はいるかもしれないが、「通商」 を担当する人や組織は、どちらの国でもそういう発想をしないはずだ。

  以上を踏まえると、TPPにいまのような弾みが付いていけば、APECベースのFTAであるFTAAP (アジア太平洋自由貿易圏) に化ける可能性があることが分かる。両者の違いは政治的な推進意思の有無である。FTAAPは目下、役人の作文以上のものではなく政治的な推進力がないが、TPPは米国の参加表明を得て現実味を帯びてきた。

  TPPについて日本が考えるべきことは、うかうかしていたら米中両国を包含するアジア太平洋地域のFTAが成立して、日本だけ取り残されるかも知れないということである。考える値打ちのあることは、本当にTPPがFTAAPになりそうな気配が出てくれば、EUも黙っていないだろうということである。これをWTOベースの新ラウンド交渉に繋げるべく、ありとあらゆる手練手管を講じてくるだろう。今後のアジア太平洋地域には、そういう 「正・反・合」 の弁証法的な運動を引き起こすくらいのポテンシャルがある。

 日本はTPPに参加できるのか

  三つ目のコメントは、日本はTPPに参加できるのか?についてだ。

  TPPは 「ハイレベルな」 FTAだ。交渉範囲は、モノの市場アクセス (関税撤廃等、工業、繊維・衣料品、農業の3分野別に交渉される)/サービス (越境サービス、電気通信、金融、e-commerce、人の移動などの分野別に交渉される)/原産地規則/貿易円滑化/SPS (検疫)/TBT (技術認証)/政府調達/知的財産権/競争政策/投資/環境/労働 /制度的事項/紛争解決/横断的事項特別部会 (中小企業、競争、開発、規制関連協力)と多岐にわたるが、これは近時の通商交渉の定番だと言ってよい。
  ※ 中国が参加する可能性があるという観点からは、筆者はこのうち政府調達や投資に何をどこまで織り込めるかは重要な焦点になると思う。

  日本にとっての最大の問題は、TPPでは例外がほとんど認められないことだ (原則自由化)。改めて農業の扱いが大問題になる。日本の農政は永く日本の通商政策の重い足枷であり続けてきた。2000年代に入ってから始まったアセアン諸国とのEPAでも、コメをはじめとする機微な農産品は除外品目扱いで乗り切ってきたが、TPPではそういうやり方は通用しない。輸入制限や関税障壁で農業を守ろうという発想を捨てないかぎり、参加できないと覚悟すべきだ。それがボゴール宣言で定めた自由化のペースだった。仮にEUの運動によりTPPがWTOの新ラウンドに化けても、この 「ハイスタンダード」 性は動かないだろう。

  農業保護問題は戸別補償制度の導入によって解決するのが先進諸国の趨勢だ。関税や輸入制限などの貿易障壁によって農産物価格を高止まりさせて国内農業を保護するのは、消費者に重い負担を負わせ、自由貿易原則にも反する時代遅れな仕組みであることから、関税障壁は止め、代わりに生産農家の所得を補償する仕組みが世界で広まった。これを導入すれば補償のための予算はかかるが、関税障壁を止める結果、農産物価格は下がり国民にも便益が及ぶ仕掛けだ(注2)。

  欧州など農業保護策を戸別補償制度に切り替えた地域の農業が衰退している訳ではないことが示すように、決して 「農業を切り捨てる」 訳ではないが、農業関係者は永く反対し続け、歴代の自民党政権も域内貿易完全自由化を謳うボゴール宣言と農産物の貿易障壁の矛盾をどう解決するのかを先送りし続けてきた。

  この問題は民主党が政権交代後、個別補償制度を導入したことで新局面を迎えたが、「政権交代」 選挙のために公約した個別補償制度は、関税障壁を温存したまま導入したため、予算は喰うのに農産物価格は下がらない不合理な制度のままだ。おまけに、せっかくヤル気のある専業農家が借地で経営規模を拡大しようとしてきたのに、兼業農家も補償対象になることから借地の 「貸し剥がし」 まで起きる有様、農業の生き残りまで害する悪政になっている。

  筆者は農政大転換の道筋を付ける観点から、まず戸別補償制度を定着させる、貿易障壁撤廃はその後で、というロードマップまでは認められると考えてきたが、「戸別補償制度はいただき、でも保護農政はそのままで」 というムシの良い要求は認められない。そろそろ戸別補償制度の本筋に戻るべきである。保護を続けようにも、いまのままの農業ではあと10年もすれば高齢化で消滅してしまう恐れすらある。農業関係者からは、相変わらず反対の声ばかり聞こえるが、それでは 「何事も学ばず何事も忘れず」 ではないかと言いたくなる。WTO加盟交渉の頃の中国で盛んに言われたのは、「後れているから保護したがる、保護するからいよいよ後れる」 だった(注3)。

  かつてウルグァイラウンドで 「コメ一粒たりとも輸入せず」 という非常識なスローガンで世界中の顰蹙を浴びてから18年が経ち、ボゴール宣言から17年が経とうとしているのに、日本が依然としてこの問題を解決できないままでいることは遺憾と言うほかない。他の国、例えば韓国や中国は 「貿易は今後も自由化されていく」 という読みの下で、10年間をかけて備えを進めてきた。とくに韓国は過去5年間、弛まずに貿易自由化を進め、EUともFTAを調印し、米国ともFTA交渉を妥結済みだ (発効は米国の蒸し返し交渉で保留されているが)。以前は日本と同様、弱い農業がアキレス腱の国だったはずだが、この数年で 「吹っ切れた」 印象がある。

  推進側の産業界はTPPでも先行する韓国の動きに危機感を覚えているようだが、日本が先送りを続けてきたツケは払わされることになると思う。ウサギとカメの競争ではないが、遅れをとった日本が 「TPP参加で一気に挽回を図る」 … そう簡単には問屋が卸すまい。

  しかし、TPPは 「菅政権の気まぐれ」 では終わらない。恐らく2010年代の日本の対外経済政策の最重要課題になるだろう。「菅政権」 が何時まで続くかは知らないが、民主党の反主流派も自民党も 「明日は我が身」 のつもりでこの問題を検討し直してほしい。

平成23年1月28日 記

注1:中国が90年代のWTO加盟交渉や2000年代のアセアン地域、南米地域とのFTAを進めてきた背景には、ボゴール宣言があった。下記は、私が8年前に書いた 「中国台頭」 の一節である。
  2000年夏のことだ。1994年に中国・台湾のWTO加盟交渉に参加したとき以来の親しい友人で、当時は加盟交渉の実務責任者、いまは交渉にピリオドを打って地域統合問題に取り組んでいる中国対外貿易経済合作部の局長(注:先日まで商務部副部長だったが、今はジュネーブの中国代表部大使)が訪日する機会があって、東京のホテルで話したことがあった。話題は自ずと「WTO加盟後の中国の次の課題は何だ?」ということに向かった。
  「間違いなく地域統合だと思う。」
  「でもWTO加盟の市場開放約束を済ませたばかりの中国にいま直ぐ新たな市場開放を検討する余地なんて残されているのか?」
  たたみかけた私に対して、彼が逆に問い返したのは、
  「ボゴール宣言というのがあった、日本は先進国だから2010年までに自由化する約束だ。残すところ10年しかない。どうやってボゴール宣言を履行するつもりか?」 ということだった。
  ふがいない話だが、そのとき私はまったく答に詰まってしまった。ここ何年も、ボゴールなんていう名前、想い出したこともなかったからだ。かろうじて私は問い返した。
  「じゃあ中国はいつもボゴールの2020年完全自由化を念頭に置いて政策を立案しているのか?」
  「当然だろう、国際約束なんだから。WTO加盟の国内調整のときも何度となくセリフに使った。『いま、この産業を保護したいといくら言っても、2020年には結局自由化しなければならない。最後まで抵抗して、いきなり自由化になったらそれこそどうやって対応する気か?』 と国内産業にいつも問うてきた。」
  流れを見ていると、中・アセアンのFTAもこのタイムテーブルの上で立案されているようだ。中・アセアンFTAを考慮に入れなくても、ボゴール宣言がもう一つのペースセッターになりうる。日本に示されているのは、遅くとも5年以内には今後の日本が進むべき方向を定め、10年以内には方向を転換し終わらなければならないという厳然たる時間割である。


注2:もちろん戸別補償制度(補助金)による農業保護にも問題点はある。EUの補助金などの持つ貿易歪曲効果(EUの補助金のせいで輸出側途上国の農民が豊かになれない)はアフリカ諸国等から常に批判されている。しかし、もっと歪曲効果の大きな輸入制限や事実上の輸入禁止的な関税を維持する日本が、補助金の歪曲効果を理由に、「だから問題あり」とするのは、「五十歩百歩を嗤う」どころか「百歩が五十歩を批判する」ような居心地の悪さを感ずる。

注3:この問題に関する参考として、かつての経済産業研究所同僚山下一仁氏の 「TPPで米農業は壊滅するのか? 農水省試算の問題」 を挙げておく。




 

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