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人民元の風説やら統計の正確性やら

既に先週の話で話題が旧くなってしまいましたが、最近の中国メディア報道の感想を二つばかり述べます。


人民元の風説やら統計の正確性やら
中国の報道を読んで感じたこと

  既に先週の話で話題が旧くなってしまったが、中国メディア報道の感想を二つばかり。


1) 「人民元は1USD=7RMB程度まで下落する可能性あり」との高官発言

  チャイナ・ブリーフィングなる雑誌を引用した17日の海外報道を読んで直ちに違和感を覚えた。発言の主とされた発展改革委の張暁強副主任は軽々にこういう発言をするタイプの人ではない。報道を流した広州日報等のウェブサイトでは「ヒラリー国務長官の訪中前を狙ってジャブを繰り出した」的な書きぶりだったが、外為管理の主管でもない役所からそういう意図を込めた発言が出ることも考えにくい。「ナニ、これ?」 と思っていたら、案の定発展改革委から 「報道は全くの捏造」 という否定声明が出た。記者や報道機関が一存で 「でっち上げ」 をするとも思えないので、どこかに 「捏造」 の仕掛け人がいると思うが、真相は不明だ。
  この報道のせいで香港オフショアの人民元NDF市場では一時人民元が急落したというが、いま人民元の需給はどうなっているのだろう?18日のウェブ上では外為管理局の鄧先宏副局長が記者会見で 「我が国にキャピタルフライトは起きていない」 と発言したことが報じられている。「一部の外資が中国で貯めた利益を本国に送金をする等の取引により資金流出の傾向があることは事実だが、経済危機下の資金難への対応として理解できるし合法・正常な取引である、いずれにせよこれらの取引で若干の資金が流出しても総体としてまったく問題にならない」 という趣旨である。
  こういう記者会見が開かれるのは、またぞろ巷で 「元安」 風説が拡がっているからだろうか?前回12月初めに流れた風説は 「輸出産業支援のための意図的元安政策」 という趣旨だったが、今回は 「金融危機で困った外国企業のリパトリ流出」。中国では過去3ヶ月間貿易黒字が最高レベルの月間400億ドルで溜まっており (輸出急減を上回る輸入急減のせい)、ここから見るかぎり、多少のリパトリがあっても大きな純流出は起こり難い気がするのだが・・・。引き続き追いかけたい。

(2) 「専門家が 『中国政府は統計数字を操作』 との見方に反駁」 (18日 新華社サイト)

  「中国の統計数字は政府によって操作されているのではないか」との見方は元々ロイターのサイトに載った(“Chinese data generate more heat than light” Routers.com 1月22日付け)。当日08年第4四半期GDP(6.8%への急落)と一緒に発表された各種経済統計が互いに矛盾しているように見えて、「中国経済に何が起きているのか」 とウォッチャーが頭を抱えたという記事だ。
  同記事で挙げられた疑問・不満は以下のようなものだ。
? 「消費と投資がまずまずの強さ、輸出よりも輸入がよりひどく激減したせいで貿易黒字は記録的な400億ドルになった」 というのであれば第4四半期GDPは6.8%よりもっと高くないと辻褄が合わないのではないか (2009年後半期に力強い経済恢復を示してみせるために、わざと (発射台になる) 08年の数字を低くしたのではないか)
? 逆に、第4四半期工業生産価値が対前年同期比6.4%と1994年の統計公表以来の最低記録を示し、12月の電力消費量も7.9%減を示したのに、GDPが6.8%も伸びるか? (事前に 「実際の第4四半期GDPは6%を大きく下回った」 との見方がかなりあった)
? GDP統計が名目値や対前年同期比でしか発表されず、前期比 (第3四半期対比) や実質値、デフレータが発表されない (まだ統計がない) せいで統計解釈がきちんとできない (おまけに今回は第4四半期GDP統計の発表と同時に07年の通年GDPが以前の11.9%から13.0%に上方改訂、しかも四半期別の改訂内訳は発表がなかったため、第4四半期GDP6.8%をどう解釈してよいか分からない)

  これに対する表題の新華社反論は次のような趣旨だ (論者は北京大学の劉偉、蔡志洲教授)。
? 電力消費急減下で工業生産が伸びたのは不自然ではないか? 工業が電力消費に占める割合は75%と高く、しかも鉄鋼、化学、非鉄の3大業種で工業全体の36%を占める。その3大業種が秋の大減産のせいで電力消費を大きく落としたことが電力消費急減につながったが、他に電力消費の小さい工業も多数あり、これらがあまり落ち込んでいないので総体として電力消費急減下で工業生産が伸びてもおかしくない。(ただし、同じ文中には 「3大業種の12月付加価値額増は鉄鋼0.8%、石化4.4%、非鉄9.5%」 との紹介がある。3大業種は原料費急落による付加価値上昇という特殊事情があって付加価値額が伸びたに過ぎず電力消費に影響する生産量は大きく落ちた、といった特殊事情があるのかも知れないが、3大業種がその程度しか 「落ち込」 んでいないのに12月の電力消費量が7.9%も減少したというなら、電力消費の小さいその他工業は上記反論とはうらはらにもっと付加価値額が落ち込んでいないと辻褄が合わなくないか:筆者コメント)
?工業が6.4%と最低記録を更新するほど落ち込んだのに、GDPが6.8%も伸びられるか? 工業生産価値の統計は売上高500万元以上の企業だけを対象とした統計であり、傾向は示せるが工業全てを代表している訳ではない。また、工業以外の業種は工業ほど落ち込んでいない。例として第4四半期の農業 (7.2%)、建築業 (8.6%)、卸小売業 (15.2%)、金融業 (15.0%)はいずれも第3四半期を上回る数字でありり、この4業種でGDPの30.3%、6.8%の成長への貢献度は3.1%分 (半分弱) あった。(この数字どおりだとすればかなり説得的:筆者コメント)。
? 海外の研究者は 「中国経済は外需頼み」 という強い印象を持っているようだが? そのとおりで中国は 「外需頼み」 というより 「外需・投資・消費のトロイカ」 と言うべきである。第4四半期について言えば、純輸出は輸入急減により逆に1145億ドル増加 (50.5%増、実質でも15%以上伸びたはず)、投資は22.6%増 (実質でも16.8%増)、消費は20.6% (実質でも17.2%) だった。我が国のGDP統計は生産法の数字しか発表していないが、もし支出法GDPの数字があれば6.8%よりも高い成長を示したはずである (GDPは6.8%も増加できないのではないかとの疑問に対する反論だが、まさにこういう実態ゆえ 「逆に第4四半期GDPを過小評価したのではないか」 という上記ロイターの疑問 ? には応えていない:筆者コメント)

  新華社反論は、全体として 「中国の国情を十分勉強もせずに、何かというと直ぐ中国を疑う」 海外の偏見に対する強い不満が滲みだした書きぶりだ。たしかに、我々外国人の側にはそういう 「対中偏見」 が無い訳ではない。
  しかしそう認めた上で、2点を言わせてもらう。第一は統計発表に恣意性が見られる (都合の悪い数字は発表されない) ことだ。昨秋の電力消費急減は、従前には発表されていた地域別や業種別の数字が発表されなかった。「数字がショッキングで報道に馴染まない」 との判断だったとか・・・。外貨準備は減少が噂された昨年10、11月の数字が長い間発表されないままだった (ちなみに 今日人民銀行サイトを見たらようやく数字が入っていた。結論的には外準が減ったのは10月だけ (▼259億ドル)、11月は50億ドルの増だった由)。こういう不公表 (公表遅れ) が統計の日頃の真実性や作成機関の信頼性をどれだけ疑わせることか・・・関係機関は 「内向き志向」 に陥らずに “professionalism” に徹するべきだ。
  第二は、なぜそういう “unprofessionalism” が横行するかについて。それは統計実施に関わる機関が統計の実態 (経済の善し悪し) にもノルマを背負っているせいで、『叱責』 される悪い数字を回避しようとするケースが依然多いからだ。例えば地方政府や国有企業は 「平穏で比較的速い成長」 が上から高く評価されると知っているので数字の凹凸を嫌い、統計の元になる報告数字を日常的に 「リーズ&ラグズ」 している (数字が高すぎれば一部を翌期に繰り越す、逆も然りでそういう操作の 『懐』 を常時持っている) と言われる。
  もとよりこの弊害は中国でも永く言われてきたことであり、統計数字にノルマを背負った機関に依存しない統計作りのための改革が重ねられてきた。そのせいでだいぶんマシになったとは言え、先年起きた国家統計局長の汚職事件 (邱暁華局長が上海市の陳良宇書記の汚職に連座) は、改革の音頭を取る統計局トップが上海市の 『政治業績』 や 『政治主張』 のお手伝いのために部下に影響力を行使していたと疑われるスキャンダルだった、途は未だ遠い。
  “統計professionalism” の貫徹のためには、ノルマにも政治にも無関係な立場に立つ統計のプロをもっと培養していく必要がある。先日紹介したPMI指数に注目した理由の一つはこれが 『NGO統計』 だからだ。近年経済報道の中には政府統計に疑問を呈するアナリスト発言も増えてきた。その方向での一層の進展を期待したい。
  この新華社での反論を買って出た北京大学教授も全面的に政府の公式立場を代弁している訳ではなく、二つのことを言っている。第一はノルマを背負った国有企業への不信だ。「もし政府と企業の数字が食い違っているなら、政府の数字が正しく企業の数字の方が操作されている」 ・・・ これだけ聞くと 「何と傲慢な物言い」 と聞こえるが、ここで言う 「企業」 とは政治業績を気にするトップが座る大国有企業だと分かれば合点がいく。
  第二は統計整備の遅れについて。「中国の統計にはまだまだ不足も多い。支出法GDPが公表されていないことは一例だが、最近発表に向けて整備が進んでいることは我々研究者にとっても朗報だ」 と述べている。(他にも1月の統計発表では 「対前年同期比だけでなく前期比GDPも発表できるよう研究を進めている」 旨の統計局会見があった;筆者注)。
  正確な統計は正しい政策の基礎。そうやって統計のさらなる改善を図っていくことが大事だし、全体として中国の統計は徐々にだがその方向に向けて歩んでいると感じている。頑張ってネ!
平成21年2月22日記




 

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