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今後、日本は、何で稼ぎ、雇用していくのか (1)

本ブログのページビューが累計で200万アクセスを超えました。「牛の涎」にもかかわらず皆様が読んでくださったおかげです。ここに篤くお礼申し上げます。


今後、日本は、何で稼ぎ、雇用していくのか (1)
産構審ビジョンとあるブログのコメントに触発されて



  経済産業省は去る2月、産業構造審議会 産業競争力部会で新たな産業構造ビジョンを策定すると発表した。テーマは「今日の日本の産業の行き詰まりや深刻さを踏まえ、今後、日本は、何で稼ぎ、雇用していくのか」という、昨今の日本人誰しもが不安を感じている問題だ。また、公表された初回会合資料にも、いい意味でcatchyな問題提起がいくつも含まれていたため、マスコミだけでなくブログやツイッターの世界でも大きな反響を呼んだ。

  そんなブログ界の反応の一つとして、やや遅まきながら4月20日、「漂流する身体」氏によるコメントがアップされた。広く名を知られた経済関連「アルファ・ブロガー」である氏は、簡単な計数的裏付けを伴って極めて面白いコメントをいくつもされた。筆者もその方向性には賛同だ。だが、METIが描こうとしているロードマップには「そんな簡単じゃないよ」という疑問も持つ。以下では、「漂流」氏の指摘に触発されつつ、METIの路線に舅口を挟もうと思う。

結局輸出かよ? はい、輸出です

  詳細は一度上のリンクを見ていただくとして、「漂流」氏は「輸出」にフォーカスしてこの問題のソリューションを論じている。「輸出立国戦略は中進国との裁定(キャッチアップ)が働きやすいので比較的短期の稼ぎにしかならない・・(成長の)中長期ストラテジーは別に用意しないといけない」と留保した上で、(1) 輸出型大企業は勝てるビジネスモデルに転換せよ(2) 中小企業や国内型産業は輸出できる産業に転換せよ、という二つのキーコンセプトを提出している。
1. 輸出依存度が余り高く無い→日本はまだ実は輸出で稼げる余地がある
2. 輸出型大企業は勝てるビジネスモデルに転換し、中小企業や国内型産業は輸出できる産業に転換し、輸出を創出すべきということだ。
結局輸出かよ、という声も聞こえてきそうだが、上記過去エントリでも日本の純輸出とGDPの比は僅かに1.7%であり、これが5%を超えるドイツとはまだ随分差があると指摘したし、ミクロで見ても経産省が目を付けている分野には確かに余地はあると思う。

  日本は「外需頼み」で来たところを世界金融危機に痛撃されたので、昨今は「頼む」気分がやや削げている。しかし、じゃぁ中国みたいな内需拡大の途があるかというと「漂流」氏が言うとおり「ディマンドサイドでは民需(人口規模に比例する)が、サプライサイドでは労働投入量の増加が見込めない」。輸出を頑張る必要はポスト金融危機の今もなお、あるのだ。(それにしても、ドイツはなぜGDPの5%もの輸出ができているのだろう? 氏の言う「中進国との裁定」はドイツでも働いているだろうに。)

  もちろん「内需」分野にも宿題はたくさんある、とは思う。例えば農業再生、医療・介護・子育て支援などの領域だ。いずれも停滞著しい(発射台が低い)業種なので、市場改革の限界効用は高く、市場も生産性も雇用も拡大・向上が見込める領域がある。労働投入が追い着くかという問題は確かにあるが、地方の建設業など労働力退出を必要とする業界もあるし、国民生活に不可欠な供給を担う産業だから、成長貢献のマグニチュードを抜きに、取り組む必要があるだろう。

  ただ、これらは総じてMETIの所管外、と言うより「政治」がモロに絡む業種だ。宿題の答えは、目下参院選を睨んで関係圧力団体のオセロゲームを展開中の民主党に出してもらうほかない。METIのビジョンを論ずるのだから、氏がここで「輸出」にフォーカスするのは正解だろう。

輸出型大企業は勝てるビジネスモデルに転換せよ?エレクトロニクス産業の場合

  氏のブログでは触れられていないが、この審議会の初回会合には大学の先生の手になる資料(新成長戦略で日本が再び輝くために)が配布されたらしい。中身は「技術と知財で勝ったはずの日本企業がグローバル市場で大量普及のステージになると連戦連敗」なのは何故か?という分析で、俎上に上げられているのは主にIT(エレクトロニクス)産業だ。

  先生の処方箋は「オープン標準化」の潮流にもっと上手く対応しろという点が中心のようで、具体的に言えば「内部コントローラ」のような核心技術は摺り合わせ型技術をブラックボックス化する一方、「外部インターフェース」は大胆にオープン化するような工夫をしろ、といったことに集約される。

  しかし、日本のエレクトロニクス産業がグローバル市場で連戦連敗な原因は他にもたくさんあるはずだ。経営が「国内雇用維持」に極端に傾斜しているため、「勝てないコストになる」と分かっているのに社内部門に仕事を回す慣行とか、資本市場に新事業をアピールしてシンプル・迅速・大胆な調達をするノウハウに欠けているとか。さらに、「漂流」氏がブログで取り上げている問題だが、同業種に多数企業が並立していて「過当競争」、スケールメリット不足になっていること(1社当たりの国内市場サイズは韓国の1/2?2/3!)とかだ。

  この現状をどう改善するか?「ガバメント・リーチ」(政府に何ができるか)の視点から見ると、二つの意味でつらい。まず、ブラックボックス技術戦略などは、まさに個々の企業の技術戦略そのものであり、学者や役所が企業に説教垂れてどうなる話ではない。また、「雇用維持」マインドや「過当競争」型業界構造というのも、政策を講ずれば一朝一夕に直るような問題ではない。

  先生の提言には「経済特区など製造段階への思い切った優遇」が挙げられている。これはガバメント・リーチ内だが、これまでのような「要求官庁のメンツを立てるお茶濁し」の優遇では意味が無く「政治主導の骨太」式が必要だ。先日日経ビジネスオンラインに「政府「法人税ゼロ」検討」という「スクープ」が出たが、これは同様に著名なアルファ・ブロガー、ぐっちー氏からの反論もあったとおり、詰まった話ではなさそうだ。

  以上を総合するに、「総崩れ」状態のエレクトロニクス産業の場合、「勝てるビジネスモデル作り」は容易ではなさそうだ。

輸出型大企業は勝てるビジネスモデルに転換せよ?重電・重工産業の場合

  エレクトロニクス産業以外ではどうか。筆者は企業の個体差が大きいと思う。例えば重電・重工分野では、原子力の東芝、圧力容器の日本製鋼所などは既に「勝てる輸出」モデルを構築済みに見える。また、エコ関連では、枯れた省エネ技術の新日鐵(CDQ設備)、日立(インバータ)などが中国市場で意外に健闘している。こっちは小粒なので「勝てる」というより、とっくの昔に費用回収した旧い技術を新興国でもう一度商売にする「一粒で二度美味しい」ビジネスモデル、また、コスト低減のために日本からの輸出ポーションはゼロかわずかで、投資とライセンスフィーで稼ぐモデルだ。

  しかし、どちらにせよ仕込みに何年もかかる。原子力のバリューチェーン作りや世界シェア80%のオンリーワン戦略はもちろんのこと、「一粒で二度美味しい」モデルにしても、コスト低減のために現地で合弁先・調達ネットワークをきっちり組まないと成立しない。一方にそれらを何年も前から手がけてきた企業があり、他方にやってこなかった企業もある。前者では成果が出始めていて、後者は商機に乗り損ねた…ということだ。

  電力や鉄道などのインフラ系については、運転・管理まで取り込んだ「システム」輸出というのが話題になっている。原発受注をドバイで韓国にさらわれた、ベトナムでもロシアにさらわれたショックへの対応なのだろう。確かに、優れた運転・管理を組み込んで単純な「プラント輸出」モデルから脱却するというのは、プラント産業生き残りのほぼ唯一の途ではないかとも思える。日頃中国を見ていると、なおさらその感を強くする。

  ただ、METIが準備中の「国を挙げて(=日の丸受注)路線」はいささか疑問を覚える。これについては、審議会第2回会合に提出された「インフラ関連産業の海外展開のための総合戦略」という資料がある。

  この資料からは、ドバイやベトナムの商戦は「品揃え(運転・管理サービスの欠落)」のせいで失注したという思いが伝わってくる。しかし、「運転管理」を長期間引き受けようとするのは「品揃えの充実」だけが目的ではない。先進国の重工業が新興国で受け容れられる低コストで商売をするには、15?20年の時間をかけて投資を回収するビジネスモデルが不可欠だからだ。やや的を外した比喩だが、プリンタのトナービジネス、ジェットエンジンのプロサポ商売に似た後段階へのコスト転嫁の仕組みなのだ。だから投資が必要になり、BOT方式のような経営権取得が必要になる。

  問題は如何にして運転・管理能力を「調達」するかだ。電力にせよ鉄道にせよ水道事業にせよ、日本の公益事業には世界に冠たる高品質な運転・管理技術がある。新興国などで事業を獲得して長丁場の運転・管理責任を負うには彼らの本腰を入れた参画が不可欠だ。

  しかし、料金規制等の制約下にある公益事業者は総じて「海外事業」などという「余計なこと」をしたがらない。電力などは今後、製造業の空洞化に加えて家庭の「ゼロ・エミ」化(経産省では「ZEB」と呼ぶ(笑))の進展により売電収入の減少に直面するのではないか。発電所・送電網などの固定費や年金負担などは重くなる訳だから、新事業開拓は焦眉の急じゃないのかと思うが、海外事業展開の切迫した必要を感じているかと言えば、答は依然NOだろう。

  「水を飲みたがらない馬」(失礼!) に水を飲ませるために、ビジョン方式で意識改革を宣揚するのは 「上から目線」 の憾みはあるが、意味がない訳ではない。伝統的な大会社では新しいことを始めるときに「国策のお墨付き」がモノを言うカルチャーが依然残っているからだ。しかし、これが「啓蒙運動」に終わらずに、関係数十社から成る「協議会」を結成して「日の丸受注」を目指すとなると、オイオイと言いたくなる。(次回で詳述)

コックピット空席の「金融支援」

  この資料は「金融支援の強化」として「年金基金らによるインフラファンド投資」も取り上げているが、そこには「投資マネジャー」の視点が欠けている。メーカーは依然「受注産業」マインド、年金ファンドは「金融投資」マインドだとしたら、いったい、誰が事業をオーガナイズし、ファンドレイズをし、投資家への説明責任を果たしていくのか。

  メーカーは受注単価を上げてもらいたいヒトだが、リターンを上げたい金融投資家は信頼性が高く、かつ、低廉な設備を求めるヒトだ。「何処製か?」は関係ない(注)。このように思惑の異なる関係者を糾合して投資場所を開拓(含む政府折衝)、資金を調達、設備を発注、運営・管理を行ってリターンを上げていくのが投資オーガナイザー(というより投資マネジャー)の仕事だが、この資料を読むかぎり、METIが描く投資ビークルのコックピットには、このドライバーの顔が見えない。

注:日本の投資家なら「日本製」に愛着を感じてくれると思うのは幻想だ。「勝つ」ためには厳しいコスト競争が必要だ。結局先述の現地合弁先・調達ネットワークを持たないメーカーでは起用される可能性は低い。受注できても輸出ポーションは大きくは取れないし、育ってくる現地国産との競合はどんどん強まる。世間は「日本の優れた環境技術を世界に」という標語が好きだが、筆者は「漂流」氏の言うとおり、「中進国との裁定」に直面していると思う。

  この投資マネジャーの役割を誰が引き受けるのか。「輸出による経済成長」を図る目線から言えば設備メーカーが音頭を取るべきだが、「ものづくり」に徹してきた日本メーカーの手に余る。総合商社は一つの候補者だ。金融部門に投資のセンスと経験を備えた人材が居るからだ。しかし、そういう商社人材はたいてい「欧米派」で、新興国の国情も現地語も分からない人たちだ。

  正解は、商社でも投資会社でもいいが、投資に通暁した現地人材をリクルートすることだ。筆者が仕事をする中国の場合、日本語は解さないが、英語ペラペラの投資銀行系人材の厚みが増してきた。プロジェクトをまとめ上げていく際に必要になるプロフェッショナル・サービス(法務・会計・エンジニアリング)も急速に充実してきた。欧米企業は何年も前からこの路線を行っている。と言うか、彼らが需要を提供してきたから、供給の側も急速に立ち上がってきたのだ。日本の場合、ここでも時間のかかる仕込み作業が待っている。
(以下次号に続く)
平成22年4月25日 記




 

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