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一党独裁のパラドックス(下)

4月の反日デモに関する前回の続きを載せました。


一党独裁のパラドックス(下)

 4月に起きた中国の反日デモが急速に盛り上がり、4月中旬を境に収束していったのはなぜか、という話の続きをする。
 共産党の意思決定の内側は明かされないから憶測するしかないのだが、4月に発生したデモは共産党にとって突発的で対応に迷う微妙な問題であったがゆえに、意思決定とその徹底に時間がかかった、私は単純にそう考えてよい気がしている。類例を探せば2年前のSARSを巡る混乱に似ている気がする。

 現政権は「和諧社会(調和がとれた和やかな社会)」というメインテーマにも示されるように社会の安定を極めて重視している。裏返して言うと、社会は不均衡と緊張に満ちているという危機感が強い。胡錦涛政権は発足当初、「(国民の声に耳を傾ける)親民政権だ」と言われたが、昨年秋、活発化する政治的言論への監視強化を厳命したと言われ、共産党組織の中では「先進性教育」の名の下で思想の締め付けも始まった。自由な言論や運動が拡がって政府の統制が効かなくなることを強く警戒しているのだ。
 官製デモ説や黙認説に首をかしげる最大の理由は、そうして混乱を警戒するさなかに、統制が効かなくなるような危険を進んで冒すだろうかということだ。最近日本の雑誌に載った追跡報道の多くは、4月中旬デモへの対応に「屈曲」が起きた裏で胡錦涛総書記が果たした役割が大きかったとしている。総書記が直々に乗り出すのは、共産党内部に対立があるせいか、それとも、下の方ではっきりした方針が出せなかったからか。

 中国には「愛国タブー」とも言える現象がある。過去外国の侵略を受けた民族のトラウマのせいで、外国に対して弱腰に出たり、外国の意を迎えたりする言動は「漢奸(売国奴)」と罵られて攻撃される。もう一つ、共産党や当局には「天安門事件トラウマ」というのもある。民衆に銃口を向けたり、暴力的な鎮圧をしたりしたせいで、その後どれだけ民心が共産党から離れたことか。問題によって、この種のタブーやトラウマが共産党だけでなく中国全体の考え方や行動を縛っていることを忘れてはならないだろう。
 恐らく4月に起きたことは、壮大な「ヒラメ現象」だ(みんな上の方を見る)。このタブーやトラウマのせいで、末端の警官から政治局常務委員まで、「愛国無罪」を叫ぶデモ隊に強く当たることの是非について判断が下せない。取り締まりの匙加減は、その大義名分は?と、独り突出した判断を下してしまう責任を恐れて上の判断を待つ。こういうときの組織は「混乱を防止せよ」などと抽象的に指示しても、まず動こうとしないものだ。
 結局、最後はトップがどうするかだが、微妙な問題については総書記といえども薄氷渡るが如く慎重にコンセンサスを見極めながら判断するほかない。追跡報道によると、胡錦涛総書記は騒動が芽生えた4月初めの段階から騒ぎの拡大に警戒を示していた由だが、デモ隊が「愛国無罪」を叫び、外国公館に狼藉を働くという誰の目から見ても容認し得ない危険な兆候が出たところで、初めて厳命を下せたはずだし、下も心安んじて奉命できたのだと憶測する。

 それにつけても思うことは、中国という国の意思決定の難しさだ。一党独裁というと、鶴の一声で何でも決まってしまうような印象があるが、内実は逆だろう。よく日本では、「閣僚の指揮権を持つのが総理ではなく内閣だ」といった点を引き合いに出して、総理の権力が弱いと言われる。しかし、小泉総理のように周囲の悪口に耳を貸さなければ、方針を通すことはできるのである。「選挙で選ばれた」というレジティマシー(正統性)、「みんながオレを選んだんじゃないか!」という決めぜりふは想像以上に強くて重い。この決めぜりふを欠く中共システムでは、いったん対日関係のような微妙な問題に遭遇したとたん、日本以上にコンセンサスを測らなければならないような気がしている。ブログの表題、「一党独裁のパラドックス」はそう考えてつけた。(2005年6月4日記)





 

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